長い話  122

2021-12-30 05:03:43 | 小説

大分冷えてきたと思って、窓の外に目をやると、白いものが舞い始めたようだ。

星が、渚ちゃんや久実さんを送って帰った後、加藤のおじいちゃんだけが、店に残った。

マスターが、2杯目の☕を淹れて、テーブルに運んできた。

薄めに、しておきましたよ。

ありがとう。

今年も、もう終わりだね。

加藤のおじいちゃんが、しみじみ言った。

そうですね、年々一年が、早く感じられますね。

孫たちが、小さかった頃は、暮れや、正月は、家族で過ごしたものだったけど、段々それもなくなって、

寂しくなって来たよ。

それだけお孫さんが、成長されたってことですよ。

そうだね・・・。

星のこと、マスターに話したよね。

ええ、亡くなられた息子さんの忘れ形見だって、伺いました。  

あれを見てるとね、段々亡くなった息子に、似てくるようでね・・・。

婿や、娘が、空と同じように育ててくれたのを、今更ながら感謝してるよ。

星の父親は、売れない役者でね、嫁が、愛想をつかして、出て行った後、病でね、星を残して亡くなったんだよ。

今頃になって、息子の別れた嫁が、星に会いたがって、手紙を寄越したんだけど、

星は、会いたくないって、言うんだ。

地方で、再婚して、今は、幸せに暮らしているようだよ。

ただ、子供は、いないようだね。

星君も、大人ですし、会いたければ、止めても会うだろうし、そっとしておいてあげて、良いんじゃ、ありませんか?

マスターの助言に、加藤のおじいちゃんも、深く頷く。

星は、何か自分のやりたい仕事があったんじゃないだろうかとか、不動産屋を手伝わせてしまって、良かったんだろうかとか、年のせいか、色々考えてしまうよ・・・。 

大丈夫ですよ、星くんは、分かってくれますよ。

マスターの慰めを背に聞きながら、重い腰を上げて加藤のおじいちゃんは、店を後にした。

白いものが、辺りを包み込むように降り続いている。 

 


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ラーメン食べたい  121

2021-12-26 17:28:42 | 小説

渚ちゃん、図書館からの帰り道で、後ろから声を掛けられた。

振り向くと、少し疲れたような久実さんが立っていた。

今、帰り?

はい、久実さんも仕事帰りですか?

そう、今日はこれでも、早く帰れた方かな?

寒いからマスターの店にでも寄って行きませんかと、渚ちゃんが誘うと、

その前に、コンビニに寄ってと言われた。

渚ちゃんがコンビニの前で待っていると、久実さんが、レジ袋に一杯買い物をして戻ってきた。

何をそんなにたくさん買ったのだろう?

マスターの店に着くと、久実さんがマスターにお湯沸いてますかと尋ねた。

沸いてるけど、何するの?

カウンターの上に、レジ袋から取り出されたカップラーメンが、幾つも並んだ。

何だか、ラーメンが無性に食べたくなって・・・。

寒いからね、その気持ち分かるよ。

久実さんは、激辛担々麺、マスターと渚ちゃんは、醤油ラーメン。

お湯を注ぎ、蓋をした所に、星がやって来た。

カウンターに並んだカップラーメンにちょっと驚いて、

中々見られない光景ですねと言った。

クリスマス会に誘っていただいたのに来られなかったから、今日寄らせてもらったとも言った。

久実さんに、カップラメーンを勧められた星は、戸惑いながらも、激辛担々麺を選んだ。

四人が、それぞれのテーブルで、カップラメーンを食べ始めた時、

店を間違えたかねと言いながら、加藤のおじいちゃんが入って来た。

マスターが、コートを預かって、席を勧める。

ありゃ、星も来てたんかい?

今晩は、と星が他人行儀な挨拶をした・・・。

 

 

 

 


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シチューにつられて・・・。 120

2021-12-22 17:25:41 | 小説

入って来たのは、見慣れぬ客だ。

美味しそうな匂いがしたのでと言いながら、グレーのコートを着た中年の男が立っていた。

どうぞ、お入りください。

マスターが、声を掛ける。

それじゃあと、遠慮がちに入って来て、入口近くの席に着いた。

マスターが、コーヒーで良いですか?と、尋ねる。

コーヒーも頂きたいけど、シチューも頂けたらと、客が答えた。

ああ、それは、・・・。

マスターが、言いかけた時、冬子さんが、シチューは、私のお持たせなのよ、それで良ければ、

どうぞ召し上がってと、声を掛けた。

客は、あわてて、でもそれじゃあ、申し訳ないからと遠慮した。

マスターは、客の言葉が聞こえなかったかのように、トレーの上に温めたシチューを載せ、

バケットも添えて、テーブルに運んだ。

申し訳ないと言いつつ、目の前に出されたシチューに、心奪われた客は、

一心不乱に食べ始めた。

マスターと冬子さんは、顔を見合わせて、その様子を楽しんでいる。

どう?美味しいでしょ?

冬子さんが、いたずらっぽく尋ねる。

ええ、本当に美味しいです。ホワイトソースも手作りなんですね。

客に問われて、そうよ、良くお分かりになったわねと、至極ご機嫌だ。

大分前に一度、仕事の関係者と来たことがあるが、その時は☕しかない店だと、教わったのに

こんなに美味しいシチューを頂けるなんて夢のようだと言った。

冬子さんが、説明する。

この店には、メニューがないの。

知らない方には、コーヒーしか出さないのが、マスターのポリシーよ。

でもね、常連になると、美味しいものも頼めるのよ。

感心する客に、マスターが補足する。

そんな、大げさなことじゃなくて、メニューを作ると、常に

メニューに載せた材料を用意しとかなくてはならないんで、面倒だから・・・。

でも、サンドイッチくらいならいつでも作りますよ。

客は、すっかり満足したらしくコーヒーを飲み終わると、レジに来て3000円出すと、これで足りますかと、尋ねた。

マスターが、コーヒー代だけで良いと言っても聞かずに、又、寄らせていただくので、取っておいてと言って冬子さんにも、礼を言って帰って行った。

ああ、何だか救われた気分だわ。

私のシチューが、どなたかを、少し幸福にできたみたいで・・・。

冬子さんは、クリスマスにも来ると言って帰って行った。 

 

 

 

 

 


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何でかしらね・・・。  119

2021-12-19 18:24:25 | 小説

白いモヘアのショールを羽織って、冬子さんがやって来た。

何だか、雪でも降りそうなくらい冷えてきたわ。

大きな紙袋から出てきたのは、赤いホーローの鍋。

シチューを作りすぎちゃったから、マスターに食べてもらおうと思って、持ってきたのよ。

ありがとうございます。

でも、重くて大変だったでしょ。

そうでもないわ・・・。      

何だか一人で、部屋にいるとたまらなくなってね。   

まあ、座って下さいよ、珈琲淹れますから。       

マスターに勧められて、いつもの席に向かう冬子さんの後ろ姿が、悲しげだ。

マスターには、冬子さんが、何を言いたいのか、痛いほど分かる。

何で、若い人が、死を急ぐのか?

誰かに相談することは、出来なかったのか?

何で、自分を、追い詰めてしまうのか?

冬子さんに珈琲を運んだ後、鍋を火に掛け、シチューを細火で温める。

冬子さんの好きなシャンソンを掛け、鍋をゆっくりかき回す。

まるで、伴奏の様に、シチューがグツグツ音を立てる。

何時も思うの、冬子さんが突然話始める。

これから先、100年も生きると思ったら、そりゃあしんどいと思うわ。

でも、取りあえず今日を生きて見ればよいのよ。

明日は、雨かもしれないし、雪かもしれない。

そうしたら、傘をさせば良いし、風が強くて傘をさせなければ、濡れたって良いのよ。

濡れたら、タオルで拭いて、温かいもの食べて、そうしたら少し元気になれると思うの・・・。

自分だけ辛いと思っちゃだめよね。

私みたいなばあさんも、マスターだって、辛いことは、皆あるのよ。

でもね、なんとかね生きてるのよ。

冬子さんのシチューを器によそって味見したマスターが、美味しいと、一言。

良かったと、冬子さん。

ドアが、開いた。

どうやら、シチューの匂いに誘われて、誰かがやって来たらしい。

 

 


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クリスマスは、どうする?  118

2021-12-15 17:02:57 | 小説

かみさんがさあ、お父さん、今年のクリスマスは、どうする?って言うのよ・・・。

家は、クリスマスも仕事に、決まってるだろって言ったら、そうじゃなくて、ケーキの事よって言われてさ、ヤマさんが、ため息をつく。                      

どうせ、渚はデートだし、かみさんと二人でケーキ食べたってねと、マスターに嘆く。

いいじゃないですか、奥さんと二人で、クリスマス過ごせるなんて、伊達さんが、話に加わる。

私なんて、アパートで一人ですよ。

何で一人よ?

デートでもしたら良いじゃん。

相手が、いません。

しょうがないな、ほら、この間の南条君辺り、誘ってみたら良いじゃん。

無神経なヤマさんに、マスターは、ハラハラしながら、コーヒー飲んだら仕事行った方が良いんじゃない?と水を向ける。

マスターに促され、そうだ、そうだ、仕事に行かなくちゃと、言って慌てて店を出て行った。

良かったら、うちに来てくださいよ。

来られそうな人に声を掛けてみるからと、マスターに誘われて、伊達さんが、やっと笑った。

悪気はないんだけど、ヤマさん空気読めないから・・・。

マスターが、ヤマさんの代わりに謝ると、

大丈夫ですよ、それよりも、マスターに合えて良かったと礼を言った。

良かったかどうかわからないけど、この店には、若い人も、お年寄りも来てくれて、

皆、世代に関係なく仲が良いのが、自慢かなと言った。

伊達さんのカップに、珈琲が注がれ、いつの間に蒸かしたのか、湯気を立てた肉まんの皿が置かれた。

冷めないうちに、どうぞと言って、マスターは、FMラジオのダイアルをいじっている。

肉まんにかじりつきながら、マスターの優しさに、涙がこぼれそうになるのを、必死に誤魔化す伊達さんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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伊達さんが来た   117

2021-12-10 09:16:26 | 小説

先日は、ご馳走様でした。

南条君の引っ越しパーティに来ていた、図書館の先輩の伊達さんが来た。

お一人ですか?

マスターが尋ねると、南条も、渚ちゃんもこんな良い店教えてくれなくて、あの日初めて来て、

後で、絶対来ようって思ったんですと、答えた。

カウンター席に腰かけると、グリーンの手袋をバッグに仕舞った後、店内をグルっと見渡している。

メニューは、ないんですよ。

マスターが、気づいて声をかける。

コーヒーで良いですか?

ええ、☕を、お願いします。

どうやら二人から、この店のことについて、何も知らされていないらしい。

看板のない事もメニューがない事も・・・。

この間の帰り、南条に送ってもらったんです。

伊達さんが、唐突にマスターに、話かける。

カウンターに置かれた☕を、一口飲むと、急に笑い出した。

思い出し笑いだろう。

マスターの視線を感じて、ごめんなさいと、誤った。

酔ったふりして、南条に、告って見たんです。

見事、撃沈です。

ゲームみたいにあっけなくて、笑えるでしょ?

マスターが、答えに窮していると、

結果は、分かっていたんですけど、でも告れて良かったです。

どうして、水川黎にしろ、伊達さんにしても、こんなにチャーミングな人たちの

恋が叶わないんだろう?

でも、伊達さんが、あまりにもあっけらかんとしているので、マスターも救われた気がした。

それにしても、何故こんなに恋と縁遠いおじさんに、彼女たちは、恋の話をするんだろう?

マスターは、自問した。

寒い、寒い、ドアが開いて、恋とはおよそ無関係なヤマさんが、顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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この冬一番の寒さ 116

2021-12-06 05:49:11 | 小説

この冬一番の寒さです。

テレビから流れる天気予報に、耳を傾けながら店の前を掃く。

この間までは、掃くのが追い付かないほどだった落ち葉も、あらかた落ちてしまったようで、

掃くのが、楽になった。                    

フリースを羽織っただけでは、身体の芯まで凍えそうで、早々に店に入った。

店の中は、暖房が漸く効き始めたようで、心地よい。

自分のために、珈琲を淹れ、トーストを焼く。

ハムエッグを作ろうと、フライパンに卵を落とした時、ドアが開いた。

加藤のおじいちゃんだ。

お早いですね。

悪いけど、私にも、モーニング頼むよと言った。

この店に、モーニングセットなんて、元々ない。

ないけど、頼まれれば断れないのが、マスターだ。

私の朝ごはんと、同じで、良いですか?

悪いね。

娘が、早くから出かけちゃって、空が朝飯作ってくれるって言うんだけど、これから仕事なのに、悪くてさ、それで、マスターの所へ来たって分け・・・。

自分のために用意した朝ごはんを、加藤のおじいちゃんに先に勧め、自分の分は、後から用意することにした。

トーストを口にした加藤のおじいちゃんは、バターが、パンに沁みこんでいて、何て美味しいんだと、

感激している。

随分昔、学生の頃に食べた喫茶店のトーストを、思い出したよと、言った。

最近は、こんな厚切りの美味しいトースト食べたことが無いとも言った。

これからは、時々モーニングを食べに来させてもらって良いかね?と、尋ねた。

マスターも、コーヒーを飲みながら、私の朝ごはんと、一緒で良いなら、付き合ってくださいよと言った。

食事を終え、何時もの席で、新聞を広げた加藤のおじいちゃん。

外から見たら、全てに恵まれ幸福な老後を、満喫しているように見えるのだけど・・・。

 

 

 

 


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12月  115

2021-12-03 08:36:56 | 小説

ドアには、クリスマスリースが飾られ、カウンターの上には、赤いポインセチアの鉢が置いてある。

壁のカレンダーは、ドイツのクリスマスマーケットの風景に変わっている。

暫く来ないうちに、いつの間にか12月ですね。

いつの間にかって感じですよね。

マスターが淹れたての珈琲をサイフォンから、カップに注いでくれた。

誰もいないなんて、珍しいですね。

私の言葉が聞こえたかのように、ドアが開いた。

お久しぶりです。

久実さんだ。

何時切ったのか、肩まであった長い髪は、少年の様に短くカットされていた。

ヘアスタイルが変わって、一瞬誰かと思ったわ。

変ですか?

そんなことないけど、イメージが、違って戸惑っただけよ。

素敵よ。

そうですか?だったら良かった。

仕事で、結構ストレスたまって、気分転換に、思い切って短くしちゃったんです。

何処に行っても、人間関係って、煩わしいですね。

何かあったの?

後から入って店長になったものだから、前からいるパートの人が、気に食わないみたいで、何かと嫌味を言われるんです。

良くある話よね。

気にしないこと、兎も角気にしない。

ああ、ジャガイモが又、何かしゃべってるとでも思えば、腹も立たないでしょ。

ジャガイモはひどいね、マスターがシニカルに笑う。

世の中には、自己中の人が、どれだけ多いか、嫌になるほど見てきたから言えるんだけど、

本気に受け止めていたら、メンタルやられちゃうからね・・・。

そうですよね、☕を口に運びながら、久実さんが、小さく頷く。

あのカレンダー素敵よね、来年はクリスマスマーケット行きたいな~。

私の言葉に、マスターが、海外旅行に行けるような年になると良いよねと、同調した。

 

 

 

 

 

 


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ウソとホント  114

2021-12-01 15:12:55 | 小説

まだ仕事があると言う星に、車に乗せて頂いたお礼に☕ご馳走しますからと言ってマスターの店のドアを開けた。

あら、珍しい組み合わせね、何時もの席に座っていた冬子さんが、目ざとく二人を見つけて、声を掛けた。

図書館の傍で偶然合って、車に乗せてもらったんですと、渚ちゃんが答えた。

そうよ、たまには星君も、マスターのコーヒー飲みに来なくっちゃね。

冬子さんには、かなわないなと、星が笑った。

マスターが、星と渚ちゃんに、ココアを淹れてくれた。

あれ、コーヒーじゃないんだ。

渚ちゃんが呟くと、こんな寒い日は、ココアの方が良いかなと思ってねと、マスターが言った。

二人が店に入って来た時から、マスターには、二人の気持ちがお見通しなんだと思う。

星が降るように綺麗な夜に生まれたから星なんだって、加藤さんから何時も聞かされているわと、冬子さんが言った。

自慢の孫なのよねと、しみじみ言った。

そんなことないんですよ。

子供の頃は、何時もじいちゃん手こずらせていたから・・・。

星の話を黙って聞きながら、複雑な気持ちの渚ちゃんだった。

空と星がホントの兄弟じゃないこと知っているのは、誰なんだろう?

マスターも冬子さんも知らないのだろうか?

それとも知っていて知らないふりをしているのだろうか?

おお、寒い、寒いと言って、加藤のおじいちゃんが、入って来た。

星を見つけて、お前が来てるなんて、珍しいねと言った。

マスターに頼んで、美味しいものでも作ってもらいなさいよと、言ったが、

星は、まだ仕事が残っているからと言って、マスターに挨拶して、入れ違いに出て行った。

愛想が無くてねと、冬子さん達に言い訳した。

マスターが、そんな事ないですよ、しっかりした良いお孫さんですよと、褒めた。


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