良い匂いだね。
加藤のおじいちゃんが、バーバリーのチェックのマフラーを巻いて店に入って来た。
「ええ、良い大根が手に入ったんで、久しぶりにふろふき大根作ってみようと思いましてね。」
カウンターの椅子に腰かけた加藤のおじいちゃんは、「マスターは、ホントにまめだね」とマスターを、褒めた。
「今年も、もう、終わりだね。年を取ると、一年が早いよ。」
「そうですね、去年も同じようなことを、話しましたよね・・・。」
マスターの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、加藤のおじいちゃんは、「悩みがないなんて言ったら、嘘になるけど、今年も何とか年が、越せそうで良かったよ。」と、呟いた。
「ヤマさん、隣町に引っ越されたんですね?」マスターが、尋ねた。
「駅から少し離れるけど、私の知り合いが、住んでた家が、売りに出たもんだからヤマさんに、勧めたんだよ。古いけど、庭もあって良い家だよ。」
「ヤマさんが、電気屋、辞めるなんて、思いもしませんでしたものね。」
「そうだね、生きていると、いろんなことがあるもんだよ・・・。」
コーヒーカップを置いて、店内を見渡した加藤のおじいちゃんは、「冬子さんは、娘さんのところに行ったのかい?」と、尋ねた。
「昨日、行かれたみたいですよ。」とマスターが答えた。
冬子さんのお気に入りの席には、淡いピンクのひざ掛けが、主の留守を告げている。