冬子さんの電話   257

2024-08-30 07:51:04 | 小説

夕べ、最期の客を、送り出して、店を閉めている所に、娘さんの所に行っている冬子さんから、電話があった。

本当なら、今日あたり、帰るつもりでいたのだけれど、この雨じゃあ

、帰れませんものねと言って、暫し沈黙が流れた。

マスターが、「無理なさらないで、台風が落ち着くまで、そちらにいた方が良いですよ。」と、言うと、

娘にも、きつく言われて居りましてねと言って、悲しそうに笑った。

雨の様子や、店の心配をした後、マスターの淹れてくれる☕が、飲みたくてねと、言って長い電話が、切れた。

マスターに分けて頂いたコーヒー豆を挽いて、飲んでいるのだけど、マスターの味には、かなわないとも言っていた。

冬子さんは、この店の開店当時からの常連客だ。

店を、オープンした頃は、会社員を辞めて、コーヒー専門学校で、習っただけの素人だった。

それでも、冬子さんや、ヤマさん、加藤のおじいちゃんの応援のおかげで、マスターのコーヒーじゃなければと、言ってもらえるようになれた事に、感謝している。

前回の台風の時も、店を休むつもりでいたが、結局、店を開けてしまった。

今日も、どうしようか悩んでいたら、久実さんから、メールが来て、これから、行っても良いかと、

尋ねてきた。

皆に、美味しい☕を、淹れてあげる。

自分に出来ることは、それ位しかないから、どうぞ、お待ちしてますと、返信するつもりだ。


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台風接近中   256

2024-08-16 08:27:10 | 小説

テレビから、台風接近のニュースが、流れて居る。

ゆっくりした速度で、関東地方に、近づいてるらしい。

こんな日は、さすがに、店に来る人もいないだろうと、思いながら、マスターが、店のドアに、本日臨時休業の貼り紙を、貼っている所に、加藤のおじいちゃんが、現れた。

「ああ、やっぱり、お休みするんだね。」貼り紙を見ながら、加藤のおじいちゃんが、悲し気に呟いた。

娘に、こんな日に、出かけるのは止めて下さいと言われたのを、押し切って、出かけてきたが、自分の、愚かさを、知らされたようで、何ともきまりが悪かった。

「店の営業は、休みにしますけど、加藤さんと、おしゃべりしたいから、店に入って下さいよ。」と、マスターが、声をかけてくれた。

それじゃあ、マスターに、申し訳ないからと、言っている所に、ヤマさんが、やって来た。

かみさんに、こんな日に行ったって、お店、やってるわけないって言われたそうだが、コーヒーが飲みたくて、やって来たそうだ。

マスターが、店は、休みますが、プライベートな来客は、歓迎ですと、二人を、店に誘った。

こんな日に必ずやってきそうな冬子さんは、娘さんの所に、泊りに行っているそうだ。

お時間、少しかかりますけど、とびきり美味しい☕入れますんで、おしゃべりでもしていて下さいと、マスターが言った。

店の☎が、何回か鳴ったけど、マスターは、電話に出ようとしなかった。

ヤマさんが、電話に出なくて良いのと、尋ねると、今日は、お二人の貸し切りですからと、答えた。

まだそれほど、雨も風も強くないが、そのうちだんだん、酷くなるのだろう。

地震だ、台風だと、息つく間もなく、天災が、やって来る。

つかの間、マスターの淹れてくれたコーヒーを、味わったら、厳しい現実に、立ち向かって行かなくては、いけないのだろうと、ヤマさんが、考えてる時、

加藤のおじいちゃんが、「80年も生きてきて、まだこんな目に合わなくちゃいけないなんて、人生は厳しすぎる。」と、他人事のように、呟いた、


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気にしなくて良いんじゃない?  255

2024-08-03 15:59:28 | 小説

伊達さんが、久実さんに、話しかけている。

新しい職場の同僚の食事の誘いを断ってから、人間関係が、ぎくしゃくしているのだという。

「気にしなくてよいんじゃない?」久実さんは、いとも簡単に、言ってのける。

二人の会話を聞いていたマスターも、「気の合わない人と食事に行ったって、美味しくないよ」と、同感してる。

久し振りに、この店に来て良かったと、伊達さんは、つくづく思う。

もちろん、自分の頑な性格が、禍いしていることも、分かっている。

でも、この店の人たちは、ごちゃごち言わずに、誰もが、すんなり受け入れてくれる。

ご意見番の加藤のおじいちゃんや、冬子さんは、時には、厳しいことを言ったりするけど、暖かく見守ってくれるし、久実さんや、椿さんは、お姉さん的な立場で、アドバイスしてくれるし、渚や、航は元の職場の後輩達だし、今の職場が、きつい時には、マスターのいるこの店が、唯一の救いだ。

「私も、アルハンブラにいた時、後から入って、店長になったんで、色々、嫌みを言われたり、仕事を頼んでも、断られたり、嫌な思いをしたけど、今は、何もかも一人でやっているから、大変は、大変だけど、やりがいもあるよね」と、久実さん。カウンター席に座る二人の前に、マスターが、温かいココアを、置いてくれた。

こんな暑い日に、冷房の効いた店で、ココアを飲むなんて、凄い贅沢だよと、マスターが、ボソッと呟いた。

 


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