雪の中を、小舟が進んでいる。
船上には、女と船頭。
女は言う。私は天涯孤独の身だ、と。

「それはお気の毒に。」
「そのようなお言葉はかけて下さいますな。」
女は妙な事を言う。
「思い出されるのも嫌、ということですかな。」と船頭。
「いいえ、ちがいますとも。思い出されないのですか?」
「はて、何のことです?」船頭は、怪訝(けげん)である。
女は、声を震わせて言う。
「あなたは、わたしの両親を殺したでしょう。」

「な、何を、たわけたことを。」
「しらばっくれるでない。確かに十日前の夕暮れに、
私の親を、お前はその手で殺したではないか。そして、
事もあろうに、食うたではないか。」

船頭は、叫ぶ。

櫂(かい)を化け物に向かい振り回す。

奴は、飛び去った。船頭は一人、舟に残る。いつまでも罵(ののし)りながら。


舟は、雪の中に消えて行く。(了)
船上には、女と船頭。
女は言う。私は天涯孤独の身だ、と。

「それはお気の毒に。」
「そのようなお言葉はかけて下さいますな。」
女は妙な事を言う。
「思い出されるのも嫌、ということですかな。」と船頭。
「いいえ、ちがいますとも。思い出されないのですか?」
「はて、何のことです?」船頭は、怪訝(けげん)である。
女は、声を震わせて言う。
「あなたは、わたしの両親を殺したでしょう。」

「な、何を、たわけたことを。」
「しらばっくれるでない。確かに十日前の夕暮れに、
私の親を、お前はその手で殺したではないか。そして、
事もあろうに、食うたではないか。」

船頭は、叫ぶ。

櫂(かい)を化け物に向かい振り回す。

奴は、飛び去った。船頭は一人、舟に残る。いつまでも罵(ののし)りながら。


舟は、雪の中に消えて行く。(了)