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うたのイラスト(リンゴの唄)

 この曲については以前書いたことがあるが、今ページとして残っていないので、もう一度書こうと思う。

 1945年の作品(発売は翌年)ということだから、私のような歳の者でもリアルタイムでは知らない。「大戦直後に、日本国民に明るい希望を与えた曲」というストーリーで語られてきたわけだけれども、1949年の「青い山脈」と比べると、底抜けに明るい、という感じがしない。かすかに悲しみのようなものを感じさせるところがある。

 そう思っていたところへ、先日亡くなられた橋本治さんの書いた文章を読んで納得がいったのである。

 冒頭の有名なフレーズで、赤いリンゴに唇をよせながら「黙って見ている」青い空、という描写がある。なぜ青空を黙って見ているのだろう? 希望に満ち溢れているのなら、笑って(あるいは微笑んで)見ているのが普通ではないか。ここで考えなくてはいけないのは、この曲が作られたのは終戦直後、まだ戦の傷が癒えない時だった、ということである。

 昨日まで続いていた戦争。そこで亡くなった近しい人たち、失ってしまった物、希望。そして戦争は終わった。しかしまだ心の傷は生々しく残っている。そんな時に、飢えた腹をかかえた人が、リンゴをかじる前にふと青空を見る。そして失ったものがいかに大きかったか、という感情に改めて襲われる。そんな人は、ただ黙って空を見つめるしかないのである。

 新しい時代が来た。前を向いて歩かなければならない。でもまだ、希望に燃えるという段階ではない。むりやりにでも明るく、心のうちでは泣きながらも前を向いて歩くしかないのである。4年後の作品「青い山脈」との違いはそこにあるのだろう。

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女性像(古代女性像 2019・5.・10)

この表情に合う服装を探したら、古代人の服装になりました。

ちょっと乙姫様ふう、ですね。

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夢の中の山

以前不思議な夢を見たことがある。

山の麓にいた。そこには人がたくさん訪れていて、神社のような雰囲気である。

回りは高い木が鬱蒼と立ち並び、山頂は見えない。

しかし一カ所、木々の間から山頂が見える場所があって、そこに人が集まっている。

私もそこへ行って山の頂を見た。

だがそれは異様な光景だった。

昼間なのに、山頂の空は真っ暗である。

高さはわずか二百〜三百メートルくらいなのに、冬の富士山のように真っ白な雪が覆っている。

しかも雪嵐のためか、雪が吹き上げられているのが見える。遠くの富士山頂を望遠レンズで見たような光景である。

そして全体に、侵し難い神々しさが満ちているのだ。

そこには決して人間は到達できない、と瞬時に了解する。

そこへ登ろうとしたら、決して戻って来られない、ということも。

その姿に、ただただ見入っていた。

そういう夢である。

この山頂のイメージがあまりに強烈だったので、これは何だろうと考えた。

もしかすると人間の根っこにある自然への畏れみたいなものかもしれない。

山岳信仰、というものもこういう感情と関係があるのかもしれない、とも思った。

絵にしたい、と思いながらなかなか出来なかったが、今回試みてみた。

充分に表現した、とは言えないけれど、漠然とイメージは理解してもらえるかもしれない。

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似顔絵(知花くららさん)

新聞にあった写真を軽くスケッチ。

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春雨の中の雪江さん

以前「雪江さんと花を」という短編マンガを載せたけれど、その雪江さんを久しぶりに描く。

そろそろ本格的な春。でもまだ雨の日は寒い。

 

ちょっと調子を崩したけれど、絵は描き続けるぞ。

間隔は多少空くかもしれないけれど。

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