虚無交換日記

神戸大学将棋部の住人たちによるブログ

ギャル棋っ!#3

2015-10-17 20:45:06 | IKE

~角行の場合~

 

 

角。孤独を愛する黒髪ロング。身長162cm。飛車と並ぶ大駒の一人だか、性格は対照的に物静かで没交渉。基本的に集団行動が苦手なタイプであった。

 

対局が始まるとすぐ、角は『そいつ』と対峙することになる。5五の天蓋を挟み、そいつはいつも対角線上にいるのだ。

対角線。まるで私のためにあるような言葉だな、と角は自嘲する。反対側でそいつ--角の半霊も、笑う。互いに視線は逸らせないまま二人の自分が運命を諦観する。

角には二種類の未来しかない。交換されて生きるか。あるいは交換されるために生きるか。

いずれ肉体への執着はない。角にとって肉体は二分された思念の依り代であり、一時の容れ物にすぎなかった。仮初めの仲間に囲まれて、仮初めの主に操られる。やがて半霊と入れ替わる運命の角にとって敵・味方の意識は薄く、勝敗の行方すらどちらでも良かった。

……はずだった。

 

「……あの……、何の真似ですか?」

その日は初手から違和感があった。そして、違和感は次の一手で危機感に変わった。3手目で角はたまらず声を上げた。

「なにって、知らない?」

その日着任した新たな指揮官は、角の質問に対して事も無げに答える。「嬉野流、っていうんだけど」

「そうじゃなくて!」

戦法の名前が聞きたいのではない。それも初耳だったが、大事なのはそこではなく。

「何がしたいのかって聞いてるんです」

こんな扱いを受けたのは初めてだ。6八銀-7九角-7八金。開始早々、主戦力である自分を生き埋めにする手順は全く意味がわからない。そうこうしているうちに、つい先刻まで居た8八が何故か後退してきた歩で埋まり、角の行き場は完全に無くなった。

「何がしたい、ね……そうだな。強いて言うなら」彼は6九に歩み寄り、最後の隙間を塞いだ 。

「君と話がしたい」

動悸がする。身体が熱い。呼吸が苦しい。

「……寝言は寝てから言ってくれますか」

「だから君を眠らせた。君はいつも、じっとしててくれないからね」

こうでもしなきゃゆっくり話もできない、と彼は角を見つめる。いたたまれず、角は目を逸らそうとしたが、あいにく視界は真っ暗だった。四方壁に囲まれて、身動きできない。

動悸がする。身体が熱い。呼吸が--苦しい。

「……やめて……」

角は震える声を絞り出した。「どうして……こんな、こと……」

 

角は、閉所恐怖症だった。

 

昔から、周囲を壁に囲まれると上手く息ができなくなり、前後不覚に陥ってしまう。

たまらず膝をつき、胸を押さえて荒い呼吸を繰り返す。そんな角を、彼は冷静に見下ろしていたが、

「落ち着いて。周りをよく見て」

諭すように言われ、角は視線を上向けた。

「君の周りにあるのは、本当にただの『壁』か?」

「誰が絶壁だこらぁ!!!?」

突然、壁のひとつが喋った。

同時にその壁は動き始め、角の視界に目映い光が差し込む。光の中に浮き上がる、やや小柄なシルエット。彼が指差した。「この壁は、銀。君の仲間の一人だよ」

「おいやめろ!こら!壁って言われるの一番傷つくんだからなっ」

壁--ではなく銀は、ひとしきり彼にくってかかった後、キッと角に視線を向ける。

「……大きい」

「え?」

「何でもない!銀だよ、よろしくねっ!次わたしのこと壁って思ったら許さないから!」

「え、あっはい!……角です、よろしくお願いします!」

わけもわからず角は自己紹介をする。そして気づいた。……息苦しさが、消えている。

「やっぱり、仲間の名前も知らなかったんだね」彼はため息をついた。

角は「……仕方ないじゃないですか」と目を逸らした。

「覚えても、遅かれ早かれ仲間じゃなくなるんです」

「一緒だろ、それはこいつらだって……」

「貴方に何が分かるんですか!」

堰を切ったように、百年間押さえ込んでいた感情が溢れだす。

「いつもいつも、やっと仲良くなれたと思ったら交換なんですよ!……拒まれてもこじ開けてまで交換。召喚されても合わされて再度交換……一人で駒台から見下ろすんです、私だけがいない戦場を。そしたらもう、二枚分の記憶が混じって誰が仲間で誰が敵で、何の為に戦うのかも解らなくてっ、」

--虚しい。

繰返しリセットされる戦友の顔。いつしか角は覚えるのをやめた。

「わからないんです……どうやって信じればいいんですか?この自分は次の瞬間にはいないかもしれない。それでも私は……皆の仲間になれるんですか?」

角は神を恨む。世界を正方形に作った神を。斜めの翼を自分に与え、対角に引き裂いた神を。

だが彼は平然と、自信に満ちた声で角の問い掛けに答えた。

「なれるさ」

 

「そうだよ」

銀がまた動く。5七から4六、3五、そして更にその先へ。

「なれるよ」と彼は繰り返した。

「理由を言おうか。俺は--俺達は、必ず勝つからだ」

意味は角にもわかった。

--勝者のハレムには38枚全ての駒が集う。一繋がりの《棋譜(メモリー)》とともに。

君が今どちらの陣営にいようと関係ない。最後に勝つのは自分だ--彼はそう言っているのだ。

なんという傲慢な信念。

だが、銀は彼を信じているようだった。--4六、3五、2四へと向かう斜行ルートは敵駒との交換を意味している。彼女は言い切った。それでも私達は仲間だと。

--信じてみても、良いのだろうか。

「信じろ。必ず勝つ」

彼は角の心を読んだように、そう繰り返した。

「……そんな大口叩いて」

角は目を閉じる。覚えたばかりの仲間の顔を思い浮かべ、脳裏に刻む。

局後再会したとき、ちゃんと名前を呼べるように。

目を開けて、彼を睨んだ。

 

「負けたら、絶対に許しませんよ」

 

 

その日、角は珍しく最後まで交換されることなく、5五の地点で終局(エンディング)を迎えた。

 

合計8回動く大活躍をした角を、大勢の仲間が取り囲み喝采した。敵陣営から駆け寄ってきた銀の隣に、半霊の姿があった。

その夜の駒箱の中で、彼女達の穏やかな話し声は遅くまで尽きることがなかったという。

 

 

〈次回金将!〉

*********************

【角行プロフィール】

▲角、角さん、かっくん、かっさんなど△好きなプロ棋士は谷川浩司▲座右の銘は「一期一会」△異能の狙撃手として隊内で一目置かれる憧れの先輩であり、敵角に切られて散ることは今や小駒達の間で一種のステータスとなっている▲人見知り△巨乳▲成ると豹変△年齢不詳▲性別、女。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 新人戦&ネット団体戦(VS金沢... | トップ | 個人戦記 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

IKE」カテゴリの最新記事