子どもの権利条例制定検討委員会を設置するための条例案が共産党から発議され、教育未来常任委員会で審議されました。
「子どもの権利」とか「子どもの人権」というと、内容よりもその単語にアレルギー反応が起きるような事態がこの国には散見されます。
こんな、当たり前に守られるべき事柄が対立に使われてきた経緯には悲しさを覚えますが、今回の教育未来常任委員会での意見には、今日の子どもたちの現状を踏まえた重要な論点がたくさん含まれていました。
- 子どもの権利条例は問題点が多い。権利だけを主張するのはどうか。また、子どもは家庭で育てるものであり、行政が介入すべきではない。
- 子どもの権利の問題は大事な問題。しかし権利を主張する保護者が子どもの権利を尊重した日常活動をしているかというと疑問に感じる事例を目にしている。この発議は、権利条例と検討会設置と二つの意味を含んでいる。精査する必要がある。
- 日本国憲法はアメリカが日本を弱体化させるために作ったもの。権利だけ与えて愛情不足なのが問題。待機児童ゼロにも疑問。3歳までは親の肌で育てるべき。子どもたちが幸福感を味わえないのは、親の愛情不足。
- いじめ、不登校など深刻な状況に対する思いには賛同。一方、次世代後期計画で参画条例の調査研究をし、課題整理をしていこうという思いがこめられている。これまでの参画の取り組みを見ても期待できる。第三者的立場は児童福祉専門分科会も同じ。今の計画の中で、もっと幅広い意見を包含して引き出せるようにした方が良い。今のやり方が良い。
- 問題提起は非常に重要。地域の子どもたちを丁寧に見ていくと、居場所が無い。家族で育てられることが大前提だが、そこから漏れてしまった子ど もたちが現実にいる。子どもへの愛情は、社会全体が薄れていて、これを醸成していくことが大切。権利侵害の際に駆け込める救済機関と、社会全体が愛情を醸成するための条例との二つが必要。これは理念では醸成できない。子どもが社会とつながる場として市が行っている参画を進める必要がある。児童福祉専門分科会は課題に応じて臨時委員も入れられるので、こういったものを使いながら総合的な子どもの条例を作っていきたい。
- あえて権利に絞った条例について、まだまだ議論が浅い。常設の審議会があり、構成メンバーもほとんど網羅されている。あえて設置するのは疑問。虐待問題に関しては、条例制定というより速やかに救っていく手立てを講じる必要がある。
千葉市議会において、子どもの権利について議論を始めることは、大変重要なことだと思います。
子どもの権利は、生存し発達する権利、保護される権利、参加する権利・・・などさまざまにあります。
子どもの権利条約は全てを含んでいて、どの権利が欠けてもならないのに、ある一部分だけがクローズアップされて解釈されているようで、誤解を生んでいる面があります。
生存と発達を守りながら、社会とつながっていけるようなところまで保障できる条例を作るべきです。
そのためには、まずは子どもたちが活躍できる場を丁寧に作っていこうとしている今の取り組みに、今回の提案は、棹をさすのか水をさすのか、何とも悩ましく、大切な問題提起であったと思います。
子どもを育てるという一大事業を、今や狭い範囲となった家庭だけが担うのではなく、社会全体で担おうという意識が醸成できるような、総合的な子どもに関する条例が千葉市でもできたらいいなあ・・・と思います。
いずれにしても、児童福祉専門分科会の方が、今回提案された検討会よりも仕組みとして開かれていますので、今回の提案には反対をしました。
この人たちは本当に子どもたちと関わっているのだろうか
と、思うときが時々あります。
大人が子どものためにと、あれこれ苦労しても
実際に子どもは冷めた目で見ていたりします。
福谷さんは、実際に子どもたちとふれあいながら、
子どもの力を信じ、
それを引き出せる仕組みづくりを考えているのですよね。
子どもはチャンスさえあれば、
そこから大人が思う以上に大きな力を発揮するもの。
難しいことはよくわかりませんが、
子どもたちにもわかりやすい、目に見えやすいものを
私自身も期待しています。
提案に反対した意味もよく理解できました。
「子どもはチャンスさえあれば、そこから大人が思う以上に大きな力を発揮するもの。」
まさに、おっしゃる通りだと思います。
子どもは、その子なりに力を発揮します。
大人の役割はその個性を見極めて、乗り越えていく姿を見守り続けること、いざという時に手を貸すこと・・・だと思っています。
子どもの権利を守るということは、子どもが安心して失敗できる環境(文化)を整えることでもあります。
子どもが最も不安に感じるのは、大人の対立がある場。
子どもの権利に関する認識にこんなに差があり、熟議の文化が育っていない現状では、机上の議論は必ず瓦解します。
まずは、一人でも多くの大人に、子どもたちと触れあって彼らの実態を知り力を感じてもらいたい。
その上で、社会全体で子どもたちを育てていくことを担保できるような千葉市ならではの条例ができたらいいな、というのが切なる願いです。