福谷章子のまちづくり

さまざまな役割を持ちながら暮らす中で、日々出会い触れ合う人々、街、文化、自然、出来事についてつづります。

おゆみ野女性の会のこと

2016年10月29日 | おゆみ野女性の会


1996年といえば、今から20年前になります。
その年の2月3日に、おゆみ野女性の会は正式にスタートしました。
どのような会かはおゆみ野女性の会の会則を見ると、何となくわかっていただけるでしょうか。

2009年までのあゆみはこちらにまとめられています。

発足当時は女性の社会参加をテーマに取り組み、次に障がいのある人たちとの共生社会を模索し、その先に多様な人たちが生活する地域社会の絆づくりを進めるような取り組みを続けています。

発足以来20年の歳月を経た今年、市政功労賞をいただきました。
そういうものが欲しいと思ったことはありませんでしたが、その報を聞いた時には素直に嬉しいと感じました。
ご褒美の記念品とお菓子もいただきました。
  

継続するということがどんなに大変なことか、さまざまな活動に関わって実感しています。
これまでにお世話になった方々に感謝の念を新たにしています。

メンバーの多くが孫を持つような世代になりました。
息切れしそうな時もありますが、この年になったからこそ理解できることもあります。

ご褒美をいただいてしまったからには、もう少し頑張ろうと思います。



語り継ごう 戦争体験

2016年07月10日 | おゆみ野女性の会


今年で11回目となる、おゆみ野女性の会主催の戦争体験を語る会。
昨年までは、体験者の語りを取り入れていましたが、今年から少し趣向を変えました。

体験記を代弁するという方式にしてみました。
その手法は、朗読。
そこに、歌も取り入れます。

まずは、発起人の一人である山岸康祐さんのお話し。
11年間、おゆみ野女性の会と二人三脚で、この会を続けてくださっています。
 

トップバッターは、川村悦子さん。
星野光世さんがまとめられた『戦争と子どもたち』という本の中から一話を朗読しました。
 

続いて、田川徹さんと小川章子さんによる朗読とギター弾き語り。

聴きやすい朗読と音楽が入ることで、これまでの語りに比べると軽い感じになります。
しかし、話の内容は重くて深刻なことは変わりません。

こういった内容も、子どもたちを含めて大勢の方々が耳を傾けやすいと感じます。

『戦争と子どもたち』の中には、10話の戦争孤児の体験談が収められています。
今の世の中では信じられない、考えられないようなことが次々と語られています。
戦争は、それが終了した後も子どもたちにどんな影響を与え、それが何十年と傷として残ることを具体的に突き付けられます。

今日は一話だけでした。
残りの9話は、毎月1回、第一水曜日のすいようカフェで、川村悦子さんの朗読タイムを設けて、読んでいただくことになりました。


朗読の練習 戦争体験を語る会にむけて

2016年07月04日 | おゆみ野女性の会


星野光世さんが、自費出版された本です。
戦争孤児の体験談が、挿絵と共にいくつか載っています。

経験された方の言葉で著されていますので、こんなことが起きうるの?という事実が書かれています。
絶望に次ぐ絶望を乗り越えて今を生きている80歳代90歳代の方々の物語です。
 

開催する戦争体験を語る会では、この中の体験談の一つを川村悦子さんが朗読してくれます。
今日は、みんなの広場で、その練習をしました。
 

私の役割は、朗読に合わせて挿絵をプロジェクターで映し出すこと。
25分ほどかかるお話で、戦争で焼け出されてから孤児として社会に翻弄されながら大人になっていく経過が書かれています。

7月10日の戦争体験を語る会では、朗読と共に歌もあります。

これまでは、体験者の語りが多かったのですが、苦しいのは戦時中はもちろん戦後の暮らしは特に子どもたちには過酷なものだったというっことを改めて知らされる内容となっています。
さまざまな影響を知り、さまざまな視点で戦争のことを学んでいきたいと思います。


11回を重ねました 戦争体験を語る会

2016年06月30日 | おゆみ野女性の会


今年で11回目になります。
終戦時に14歳の少年だったご長老の想いと、おゆみ野女性の会の想いが重なり始まった「戦争体験を語る会」です。

初めの頃は、体験者自らが語る会でした。
戦地に赴いた方は当時から少なく、軍国少年時代や戦後の混乱を生き抜いたことなどが中心になりましたが、体験談は身に沁みます。
語り手の中には、すでに帰らぬ人となられた方もあり、この会を開催するにあたり寂しさがこみ上げます。

語りだけではなく、歌や紙芝居など、工夫を凝らして会を重ねました。

さて、11回目の今年は新たな試みをします。
絵本の読み聞かせと、歌に挑戦です。

特に、子どもたちにどのように伝えていくかを考えて企画をしました。
開催日は7月10日。午前10時から鎌取コミュニティセンター1階の創作室です。
開始当初からすいとんを参加者みんなでいただくことも続けています。
美味しすぎる。当時はこんなに具は入っていない。フスマが入っていたけどフスマって知ってるか?
などと、1杯のすいとんからも当時を想起させる場でもあります。


戦争体験を語る会 参加者の感想

2015年07月18日 | おゆみ野女性の会


7月5日におゆみ野女性の会が開催した戦争体験を語る会。
今年で10回目ですが、参加者の感想がまとまりましたので掲載します。
折しも、国会では責任あるわかりやすい説明も無く、国民を不安にさせるだけのような安保法制の改正で揺れている真っただ中の時期であったため、小学生の感想にも不安感が現われています。

7月5日には、当時の小学生(現在70歳代)から疎開生活の話を聞き、その後、紙芝居を2本見て質問タイムを設け、参加者全員ですいとんを試食しました。
以下、感想です。
みなさん、しっかり書いてくださったために、長いですよ。


【平成27年7月5日「戦争体験を語る会」アンケート集計】
《 感 想 》

・「疎開ってなんですか?」子どもたちの率直な質問が印象的でした。これからもたくさんの子どもたちが参加されて、いろいろなことを知って貰えるといいですね。(80代)

・私も戦争を体験した一人です。(昭和9年生まれ)自分の体験と比較しながら聞いていました。そこに住んでいた人々、地域によって様々であったことがわかりました。なんと言ってもあの恐ろしさ、自分の考えを言えない、自由のない生活、これは絶対に今後許されない、戦争の無意味さを痛感し、決して戦争をしてはならないと強く強く感じました。

・岡本さんの戦争中の体験はなつかしく聞かせて頂きました。しかし、本当によく忘れないで記憶していらっしゃると驚きました。日本も再び戦争国に入って行きそうです。どう対応するか??また、平和がやられ、殺し、殺される時代が来るのでしょうか?(70代)

・昔のお話が聞けてよかったです。なつかしいお風呂の話しよかった。(73才)

・去年も参加してお話を聞かせてもらいました。今年は話を改めて聞き国の様子が大きく変化していると思いました。そこで、自分も何かしなくてはと感じました。私たちの「平和な暮らしのために」「次の世代の人のため」にもです。(70代)

・親から話は聞いておりましたが、学童そかいの内容は兄(昭和7年生まれ)がおりましたが何にも苦労なく戦争のことしか聞いていないので大変良かったです。(71才)

・戦争をしないため、何をすべきか考えました。(70代)

・語る会が10回目をむかえその熱心さに敬服いたします。7~8回参加させて頂いてますが、大変充実していて準備も大変だったと思います。また、子どもたちの参加も増え、戦争に対する関心(平和の尊さ)を持つ子が増えていることにも、この会の意義が深まってきていると思います。これからも続けていって欲しいです。(70代)

・昭和15年生まれですが、父が戦死しましたのでその後の生活は、ずっと母の実家の離れで「いそうろう」の生活でした。言葉にはいえません。戦争は2度とやってはいけません。若い人にもう少し関心をもってもらいたいです。憲法を勉強して欲しいです。(70代)

・紙芝居を見て、無残な姿を見て、戦争を二度と繰りかえしてはならない平和の尊さを感じました。自分たちに出来ることは孫たちに戦争の悲惨さ、平和の大切なことを教える。

・戦争のない世界になるといいが、なかなかそういうことにならない。残念ではあるが、身の回りだけでも助けあいながら生活していくことができたらいいと思う。(60代)

・現在の世界もだんだんと昔にもどっている様に感じます。国会も昔に戻るのではないかと心配しております。(60代)

・「戦争体験を語る会」に参加するのも今年で3回目となりました。前の2回は娘と参加しましたが、今回は娘の用があって一緒に来られなくて残念です。本当はもっと若い、中・高生の世代にこういう会に参加してもらって、戦争について考える機会が増えて欲しいのですが、なかなか難しいことなのでしょうね。今国会でも安部政権が戦争法案をごり押ししようとしています。与党の数だけ見れば強行採決されてしまうのかもしれませんが、それでもただ黙って見ているだけではいけないと思いますが、本当にどうやって止めればいいのか。この会をずっと続けてください。(50代)

・知らないことで判断・意見がゆがんでいくのは大変あぶないことです。事実を埋もれさせないことがとても大事と考えます。めんどうと考えずにお話を聞いていきたいと思います。(50代)

・ありがとうございました。戦争のことは母が経験したことを聞くかテレビなどで見るだけでした。小学校へ来て頂けるピーススタッフの方もいらっしゃいますが年々少なくなってきていると聞きます。戦争を体験したことのない私たち世代がこれからどうつたえていくのか、どう戦争のない世の中をつくっていけるのか難しくなると思いますが小学校で子どもたちを育てられる立場である教員として何かがんばっていきたいと感じました。(40代)

・息子がさわがしくご迷惑をおかけしました。私は出身が長崎で8月9日は登校の日があり沢山の話を聞いて育ちました。自分の子どもたちにも同じように学んで欲しいと思い参加しました。とても勉強になりました。ありがとうございました。(30代)

・途中からの参加でした。とてもわかりやすかったです。今の子どもたちは戦争をくわしく知りません。もっとたくさん知ってもらいたいです。(30代)

・勉強になりました。こういう機会をもっとつくっていただきたい。もうすぐ40になる私でさえ理解できない難しい内容もあり30代40代が聞くのが良いのではと思った。小学生にはもう少し簡単な言葉で内容が理解できるように話してもらって子ども向けの戦争体験の話の企画があるとうれしい。戦争経験者など、子どもたちのために伝えなくてはと思ってくれていることに感謝(30代)

・思ったことが自由に言えない戦争前後の状態や、戦争に駆り立てられた時代をよく今の人にわかるようにするにはどうすればよいか。今の政治の中で半数を占めれば何でもできる状況がどうしてつくられるのか?安部首相のグループの会合、このようなことが許されてはならない。マスコミはもう少し戦わなくてはいけない。苦い体験を持ってる筈のマスコミもしっかりして欲しい。(14才)

・とてもわかりやすい紙しばいやお話などありがとうございました。(6年生)

・私たちがまだ生まれてないころにどのようなことをしていたのかきになったので行ってみました。(3年生)

・私は思うぞんぶん勉強をしていて、この紙も使用していますが、昔は勉強ができない事を、話を聞いてわかりました。親の子どもを思うすばらしさ、自分の命をなくしても子どもを守りたいという思いに感動しました。私はせんそうにきょうみがありました。この会に来て、たくさんのせんそうの話を聞いていましたが、まだぜんぜんせんそうについて知っていないということがわかりました。これからもっときょうみ深く、もっとたくさんのことを学んでいきたいと思いました。とても深い悲しみ、妹や両親、きょうだい、または私が死に、周りの人がどれだけ悲しむか、私は生きるよろこびがなくなる。今考えて私は幸せなんだということがわかりました。この世に生きていることを忘れ、ゆうきがすっかり消える。それでも死んだあの人との夢はいうまでもなく「いっしょにいたい」「あの人を守りたい」というつながっている夢。さよならや涙の代わりに死んだ人のために生きなきゃいけない。そんな気持ちが死んだ人の家族にわたっていき、本当にそんな人生で歩んでいく時代があることを学びました。最後にもらったすいとん、とってもおいしくて、こんなにことばにあらわせないほどの幸せを感じていて一生心にのこると思いました。本日は本当にありがとうございました。(4年生)

・とてもすばらしいと思いました。とくにかみしばいがかんどうてきでした。かみしばい、わたしすきなんです。おもしろいし。(小学生)

・わたしはいつも塾の社会でせんそうについて学んでいます。でも、こんなにくわしくはしりませんでした。せんそうは「つらいもの」だとは思っていたけれど、ひろ子さんの家に(かみしばい)しぼってみると思った以上につらく、子を失った親は死んでもせんそうをにくむのではないかと思いました。「少国民が見たせんそう」では「平和のとうとさ」ということばに心がゆれました。(4年生)

・もとから戦争はたくさんの人がしんだりして、もうしてはいけないことは知ってはいましたが、この話を聞いて二度とやってはいけないこととあらためて思いました。(小学生)

・もう二度とせんそうをしないようにしたい。(小学生)