福谷章子のまちづくり

さまざまな役割を持ちながら暮らす中で、日々出会い触れ合う人々、街、文化、自然、出来事についてつづります。

足るを知り豊かな気持ちで過ごす

2018年02月06日 | 家庭生活&家族事情


2月も1週間が経過し、節分立春を終えました。
早い!
今日は、帰宅すると床の間の掛け軸が変わっていました。

「知足者常富」
足るを知るものは常に富む。
要するに、
「欲をかいていると、いつまでたっても豊かな気持ちになりませんよ」
ということらしいです。

ここのところ、あれもこれもと走り回っている還暦の余裕の無い様子を見て、押入れの奥から米寿が選び出した言葉です。

季節が変わる時に合わせて、あるいはその時々のわが身の状況に応じて言葉を選び愛でる、というようなことはこれまでしてこなかったな・・・と気づきます。

我が子育ては、殺伐としていたのかもしれませんが、子どもたちの思わぬ成長に
「これ以上何を望むというのだろうか」
と思ったものです。

初心にもどろう。

そんな振り返りができただけでも良しとしましょう。

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もう一軒の空き家問題

2017年12月30日 | 家庭生活&家族事情


12月29日の午前中に、亡き舅の7回忌法要を行うために、28日から30日まで北九州市内に滞在していました。

姑は3年前に千葉県内の施設に転居し、大きな手術を経て入退院を繰り返して歩けなくなり、現在は柏市内の夜間も看護可能な有料老人ホームにお世話になっています。
したがって、法要を取り仕切ることが出来ないために姑の希望を確認しながら、宇部市内の寺院で行うことになりました。

夫の兄弟は全員関東についの住処を求めたために、民族大移動です。
そして、宇部市内の実家は現在空き家となっています。

法事の席では年老いた叔父叔母たちにも久しぶりに会い、舅の生い立ちや歩みを聞き懐かしい時間となりました。

法要を済ませて、宇部市内の実家に立ち寄りました。
住まなくなって3年は経過していますが、玄関前の山茶花は美しく咲き、ナンテンの実も真っ赤でした。
  

室内は姑が住んでいた時のままになっていてこの家で暮らした子どもたち(夫とその弟妹)は懐かし気にしていました。
夏には生い茂っていたであろう雑草は既に枯れています。
高台なので、相変わらず見晴らしは良く、新しくできた道路をみつけて一同感嘆していました。


しかし、いつまでもこのままにしておくわけにはいきません。
かといって、姑は今でも「いつかは宇部に帰りたい」と切望しているので、むげに処分するわけにもいきません。

空き家問題はこういったところが、対応を難しくしているのだろうと思います。

大きな問題を抱えながらも、今回の九州滞在は私にとっては浮世を忘れる貴重な時間となりました。
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夏休みを終えて

2017年08月17日 | 家庭生活&家族事情


8月14日に千葉に戻り、それから三日が経過しましたが、世の中はまだお盆モード。
気候はさっさと駆け足で秋モード。
気分と身体とがアンバランスで何となく落ち着きのない数日を過ごしています。

落ち着かないのは、いろいろ迫っている締め切りにこのままでは間に合いそうにない書類なども抱えているからでもあります。

15日は午前中原稿作成。
午後はみんなの広場で、すいようカフェや地域福祉のことについて意見交換。
その後は母を伴って銀行や買い出しに出かけて、夜は引き続き原稿作成。
ところがフェイスブックでトラブルが発生し、その対応に追われて長い時間がかかりました。
気が緩んでいたのか、軽い気持ちがあったのか、普段ならやり過ごすURLを思わずクリックしてしまい、それがスパムだったものですから多数の友人のメッセンジャーに同様のものが送られてしまいました。

関係者それぞれに個別にお詫び送信しつつ、パスワードの変更手続きをしつつとドキドキの夜でした。
結局、夜遅くまで気持ちが落ち着かず作文も手につかず過ぎました。
ご迷惑をおかけしたみなさま、あらためてごめんなさい(*_ _)

16日は水曜日ですが、すいようカフェはお盆休みです。
お昼頃、「今日はすいようカフェはないの?北海道でお土産買ってきて持ってきたのに。今、ドアの前にいるよ~!」
と、嬉しいお電話をいただきました。
来週、心からお待ちしています。

その代わり、ふくろうカフェが再開したので、そちらに行きました。
11日から15日までお盆休みで久しぶりの営業。
野菜はミニトマトや、少し育ちすぎたキュウリ、ピーマン、ネギなどがたくさんあります。
 

お盆休み前に受けた相談のことや、カフェの様子などをスタッフから詳しく聞きました。
9月と10月にはまた新たな講座があります。
その準備も始まっています。

午後は、テラコッタの鉢を取りに来ていただいたり、小雨に降られながら庭の手入れを少々したり。
  

母の88歳の誕生日でもあり、夜少しお祝いをしました。
夫が持ち帰ったサプライズのケーキに、母はもちろん私の方が大感激です。
ささやかに、高齢家族のお誕生会をしました。
 

そして17日は今日です。
今日は都内まで孫たちに会いに行きました。
流行には敏感なのか、今大流行で患者が3万人を超えているという手足口病に3歳の孫が罹ってしまい、しばらく家の中でおとなしくしていましたが「もう限界」というママのオファーを受けて。
ところが、今日から下の孫娘が発熱。
セオリー通りです(^^;

そんなわけで三日間はアッという間に過ぎました。

さて、8月も残すところあと2週間ですが、その間にも行事は目白押しです。
明日からは、お知らせモードでブログを更新していかなくちゃ!と思っています。


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形が消えても残すべきことについて思う

2017年08月14日 | 家庭生活&家族事情


Uターン予報によると、14日の夕方が中央道はピークとのことでした。
そこで何とか小仏トンネルをお昼までに通過しようと、今朝は早めに山荘を発ちました。
諏訪湖で少し休憩。

しばらく留守にする家の始末はとても大変で、米寿の母は、片付けが間に合うか心配で眠れなかったそうです。
寝具を片付け、使ったシーツをはずして持ち帰り、ダイニングの椅子はテーブルに上げ、ソファにカバーをかける。
調理器具には袋を被せて、調味料は持ち帰ります。
 

1カ月に一度くらいの割合で来ることが出来れば、そのまま置いておける物も多いのですが、次に来る時期のめどが立たないので持ち帰ります。

秋には水を抜いておかないと冬場に水道が凍結してしまうので、そんな先の心配もしながらの片付けです。
紅葉の頃にはまた来たいと願いながら、戸締りをしました。

お盆休みを終えて千葉に戻ると、母からお礼を言われました。
「家の事だけが気がかりだったけれど、私が元気なうちに処分することが出来てホッとした、ありがとう」

複雑な気持ちです。
昨年の今頃の、孫たちを連れて実家に滞在し母とひ孫たちとテンヤワンヤでお盆を過ごしている写真を目にしました。
 

処分してしまった父の仏壇が映っていて、心が痛みました。
もしかしたら、私は次世代の子どもたちに残すべき「かけがえのない機会」を切り捨ててしまったのではないだろうか?

物としての実家は、今後誰も住まない空き家として迷惑な建物になったでしょう。
しかし、母たちが生きた証として、またその経験や文化を伝え何物にも代えがたい場としての実家も、一瞬のうちに失くしてしまったのです。

たった1軒の家の出来ごとですが、日本社会が変わってきたその一部であると感じます。

物はいずれ姿を変え消えていきますが、その物を通して伝わる大切な事に無頓着な私であり社会であることに警鐘を鳴らしていかなければと思います。
子どもたちの未来のためにも。

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女と実家 という特集記事を見つけて

2017年08月12日 | 家庭生活&家族事情


木曽にある山小屋は、築25年になります。
我が子たちがトレーニング場のように駆け上り駆け下りした100段の階段は、私たちにとって試練の場になりつつあります。
米寿の母は果たしてここが上れるのだろうか?とヒヤヒヤでしたが、大丈夫でした。

とりあえず室内に落ち着きましたが、今回は室内が大変なことになっていました。
6月25日にこの地域を震源とした震度5の地震があり、食器が一部破損したり、電気の傘がずれたりしていたのです。
割れた食器のかけらは、思わぬところに飛び散るので、無事であっても全ての食器を洗い流す作業が加わりました。
   

山荘に来るときは何か月も空き家になっているので、初日は大掃除から始まります。
地震のために二日がかりで片付け、何とか気持ちよく住めるようになりました。
 

落ち着いたところで木曽福島の街中に出て、コンビニで目についた雑誌を手に取りました。
『婦人公論』で特集記事は「女と実家 帰省、老親、空き家問題」と表紙にあります。
思わず購入!
早速帰宅後に熟読。
 

何と私がしていることは先進的なんだろう!と自画自賛していたら
「決めたのは私ですからね!」
と、米寿。

もちろん、決めていただいたことに感謝しつつ、後悔していないかもう一度だけ問いかけてみました。

自分が決めたことに後悔は全くないときっぱり。

私の気持ちが楽になりました。
されど、この山荘もいずれ同様の課題を抱えるのでありましょう。

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