【享吾視点】
西本ななえから「話があるんだけど」と呼び止められたのは、バレンタイン前日の下校時のことだった。
「私、明日、テツ君にチョコレート渡すから。邪魔しないでね?」
いきなり、そう宣言された。意味が分からない。
「そんなことオレに言われても……」
「だって、テツ君にチョコ渡されるの嫌でしょ?」
「それは…………」
そうだけど………
って、なんだそれは。
「何言って………」
「私、気がついちゃったんだよねえ」
ニヤリとした西本。眼鏡の奥の瞳がいたずらそうに光っている。
「享吾君、テツ君のこと好きだよね?」
「………っ」
言い切られて、息が止まった。
それは……否定は、できない。
村上哲成に対する感情の動きは、疑似恋愛的なものだろう、と自分では分析していた。でも……
「私もテツ君のことが好き。だから、享吾君の気持ちにも気がついたんだと思う」
「西本……」
戸惑うオレを置いて、西本は淡々と話を続ける。
「私は明日、ちゃんと告白するよ? 中学3年間の片想いにケリつけてから高校生になりたいもん」
西本はニッコリと、こちらを振り仰いだ。
「享吾君は、どうするの?」
「どうするって……」
「どうしたいの?」
「……………」
オレは………オレは。
「オレは………」
どうする? どうしたい………?
ふっと心に浮かぶ村上の笑顔。温かいぬくもり…………
(どうしたいのか………)
そんなことは、決まってる。
この感情が、偽物の恋なのか本物の恋なのか、そんなことはどうでもいい。
オレはずっと、村上と一緒にいたい。ただそれだけだ。
【哲成視点】
バレンタイン当日、教室に入って早々、村上享吾のロッカーの中に、ピンクの包み紙の箱を発見した!
「わー!お前チョコもらってるー!」
叫びながら、ロッカーの前に立っていた村上享吾に飛び付くと、
「違うよバカ」
「痛っ」
ゴッとかなり強めにオデコを小突かれた。本気で痛いぞっ。
「いってええなあああっ」
「来たらもう入ってたんだよ。だから、もらったわけじゃない」
「もらったんじゃなくても、くれたってことじゃん。わーモテモテー」
「ウルサイ」
村上享吾は、もう一回オレを小突いてから、そのチョコを手に取ると、スタスタとドアに向かっていってしまった。慌ててその背中に問いかける。
「おーい、どこいくんだー?」
「職員室」
「へ?」
「だから職員室」
くるり、と振り返り、村上享吾は大真面目な顔でいった。
「オレのものじゃないから落とし物扱いでいいだろ。届けてくる」
「えええええ!!」
教室にいた女子から悲鳴が上がった。
「享吾君ひどーい!」
「なにそれ!女の子の気持ち踏みにじってー!」
「最低!」
わあわあわあとものすごい声の中、村上享吾は表情一つ崩さず、出て行ってしまった。
「うわ……本当に届けにいった……」
「最低だな……」
ボソボソと続く悪口の中に、
「やっぱりカッコイイよね」
「うんうん、あの硬派なところが享吾君らしいというか……」
そんな好意的な女子の声も聞こえてくる。カッコイイ奴は得だな……
(それにしても………)
受け取らないために、職員室に届けに行くとは、すごい方法考えつくな……。
なんでそんなことするかって? そんなことは分かってる。オレと『誰からも貰わない』って約束したからだ。そう思うと、優越感で顔がにやけてくる。
『お前も誰からも貰うなよ?』
って、オレも言われたから、オレも貰わない。って、貰う予定もないけど……
クラス中がそわそわしたまま、帰りの学活まで終わった。いつもはさっさと帰る奴らも何となく残っていたりするのがちょっと可笑しい。
(……あれ? キョーゴがいない)
今日はいつも一緒に登下校している松浦暁生が、彼女と約束があるからダッシュで先に帰るって言うので、村上享吾に一緒に帰ろうと誘っておいたのだ。でも、いつの間にかいなくなっている……
(もしかして女子につかまってるのかな……)
しょうがないから昇降口に行ってみることにした。まだ靴があれば校内にいるはずだ。
(今日は塾の前に、一緒にスーパーに行く約束してるしな……)
そこでコアラのマーチとアーモンドチョコを買って、塾で食べる予定なのだ。
(ポッキーもありかな……)
あと何があるかな……なんて呑気に考えながら階段を下りていたところ、
「テツ君」
一階の階段手摺の横に立っている西村ななえが、こちらに手招きをしているのが目に入った。
「? なに?」
手招きされるまま、目の前までいくと、いきなり「これっ!」と何かを手に押し付けられた。水色のストライプの包み紙の箱……
「これ………」
「………うん。チョコ、なんだけど………」
うつむいている西本。耳が赤い。小学校一年生からの付き合いだけど、こんな西本、初めて見た。でも……
「あー……、チョコ、かあ………」
思わず、唸ってしまう。手作りっぽい包み紙……本命チョコなんだろうな。それをオレに渡してくるってことは………
「…………悪いけど、預かれないから」
「え?」
顔を上げた西本に、箱を押し返し、軽く肩をすくめて言ってやる。
「あれだろ? キョーゴに渡してっていうんだろ? オレ、今日2回目だよ」
昼休みに他のクラスの女子にも頼まれたけど、断ったのだ。
やっぱり、西本も村上享吾狙いだったってことだ。そうじゃないかと思ってたけど、予想通りだ。でも、いくら小学校からの友達でも、この頼みは聞けない。
「ごめんな。キョーゴは絶対に受け取らないから、頼まれても無理なんだよ」
「……………」
「……………」
「……………」
しばらくの沈黙の後………
西本は大きくため息をついて、強ばった表情をしながらこちらを見返してきた。
「ねえ………テツ君」
「うん」
「テツ君は、誰かからもらった?」
「いや?」
なんでそんなこと聞くんだ?
「もらってないけど?」
「そう……」
再び、箱をこちらに差し出してきた西本。
「これ、テツ君にもらってほしいんだけど」
「え」
村上享吾の代わりにもらえってことか。
今まで見たことがない切羽詰まった様子の西本には同情するけれど、やっぱりダメだ。
「ごめん。もらえない」
「どうして?」
「どうしても」
「だから、どうして?」
「だから……」
詰め寄られて思わず両手を挙げた。
「誰からも貰わないって約束してるから」
「約束? 誰と?」
「えと………」
嘘を許さない眼鏡の奥の瞳に、正直に白状してしまう。
「…………。キョーゴと」
「……………」
「……………」
「………………え?」
西本が大きく瞬きした。
「享吾君と約束?」
「うん」
そうなのだ。オレ達は約束したんだ。
「だから、あいつも誰からも貰わないし、オレも誰からも貰わない」
「なんで?」
なんでって………
「なんでって……、嫌だから」
「……………」
「……………」
「……………」
西本は目を見開いたまま、しばらく固まって………、それから、ようやく、言葉を発した。
「まさか二人って、もう付き合ってるの?」
「は?」
付き合ってる?
「何言って……」
「普通に考えて、今の発言はそういうことになると思うけど?」
「へ?」
なんだそれはっ
「いやいやいや、ちょっと待て。あ、そうだ、西本、前もそんなこと言ってたよな?」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
詳しいことは忘れたけど、そんなこと言われた!
「その発想、変だろ。オレもキョーゴも男なんだから、付き合うとかそういうこと………」
「でも、嫌ってことは、好きってことだよ」
「………っ」
きっぱりと言い切られて、ハッとする。
「それは…………」
「でしょ?」
「……………」
「……………」
ジッと深い瞳で見つめられ………戸惑う。
好き………。好きって………………
「………………えええええと………」
沈黙に耐えきれず、何かを言おうと口を開いたその時、
「村上」
「わっ」
後ろから聞こえてきた声に飛び上がってしまった。話題の張本人、村上享吾だ。
「悪い。先生に呼ばれてた」
「ああ………そっか」
いつもながらの涼しい表情。でも、西本に向いた目は少し固くなっていた。
「西本、用事は終わったのか?」
「……………」
微妙な沈黙の後………
西本はなぜかフッと笑って、穏やかに言った。
「はい。終わりました」
「そうか」
「うん。終わりました」
……………?
何だかよく分からない………
分からないけれど、西本は「じゃあね」と手を振り、行ってしまった。村上享吾も村上享吾で、何事もなかったかのように「帰るぞ?」と昇降口に向かってしまい………
オレだけが置いていかれたみたいだ。
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お読みくださりありがとうございました!
作中1990年2月14日のお話でございます。29年前だ。
次回、金曜日。バレンタイン話後編です。よろしければどうぞお願いいたします!
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