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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係36-2

2019年02月08日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係


【享吾視点】

 母は、オレと兄のことを忘れてしまったらしい。

 入院中の母を初めて見に行った帰り道、兄が教えてくれた。
 母の中では、母はまだ20代で、結婚前に、原因不明の蕁麻疹で入院していた頃に戻っているそうだ。

「お母さん、窓にへばりついてただろ?」

 兄が苦笑しながら言った。

「あれ、お父さんが来るのを待ってるんだって。お父さん、お母さんが蕁麻疹で入院してた時に、仕事帰りに毎日お見舞いに行ってたらしくてさ」
「へえ……」
「なんか……あの二人にそんな恋愛時代があったなんて想像できないよな」
「…………。そうだね」

 不思議な感じがする。オレの記憶の中では、両親は特別仲が良いということもなく、父は父で、母は母でしかなかった。そんな二人にも若い時はあったわけで……

「なんか幸せそうだから、お母さんのためにはこれで良かったんじゃないかなって思ってさ」
「うん……」
「それに」

 兄は瞳に力をこめて、言った。

「オレ達のためにも、これで良かったんだよ」
「……………」
「オレ達は、これで自由だ」

 兄は噛み締めるように、繰り返した。

「オレ達はやっと自由になるんだよ。もう、お母さんを気にして遠慮することはない」
「……………」

 自由………

 でも………胸が痛い。

(だって、お母さんは、オレ達のことを思って………)

 出かけた言葉を飲み込んでいると、

「享吾。オレのこと、酷いって思ってるだろ?」
「……っ」

 心を読まれたようでドキリとする。

「オレも酷いと思うよ。元々、お母さんがあそこまで神経質になったのは、オレのせいだからな。オレが中学の時にイジメにあったから」
「……………」
「でも……オレはもう、耐えられない」

 兄は淡々と続けた。

「オレはオレの生き方をしたい。もう、息をひそめて生活するのは嫌だ」
「…………」
「それに、享吾が我慢しているところを見るのも嫌だ」

 兄はふいっとこちらを向いた。

「お母さんさ……また、享吾が白高に行くことを反対しようとしたんだよ。バスケ部の子が白高受験するって話を偶然聞いたらしくて、享吾が合格してその子が落ちたらどうしようとか言ってさ」
「え」

 バスケ部男子で白高受験するのは、渋谷慶と上岡武史。どちらの母親も交友関係が広く、発言力があるタイプで、母が苦手としている人達だ。

「だから今からでも志望校変えられないか、なんて言いだして……」

 兄は苦々しい表情になると、軽く頭を振った。

「それ聞いたら、オレの中で何かがキレちゃって」
「…………」
「いい加減にしてくれ!って怒鳴っちゃって……そうしたらお母さんが暴れて出て行っちゃって……。だからお母さんが出て行ったのは、オレのせいなんだよ」
「……兄さん」

 それは兄のせいではない。オレのことで怒ってくれたんだから、やっぱりオレのせいだ。
 複雑な気持ちでいると、兄にポンと肩を叩かれた。

「ま、でも、これは良いチャンスだと思おう」
「………」
「お前ももう自由にしていいんだよ」

 兄はあの柔らかいふわりとした笑みを浮かべると、ハッキリと、言ってくれた。

「お前はお前らしく生きてほしい」



(…………村上)

 オレらしくいるためには、オレには、村上哲成が必要だということは、もうとっくの昔に気が付いている。

 眠れない夜を過ごした翌朝、自然と足は村上哲成の家に向いていた。

「やっぱり、白浜高校を受けようと思う。だから、お前も白浜高校を受けてほしい」

 そういうと、村上はニカッと笑って、手をギュッと握りしめてくれた。

「よし! 一緒に、白浜高校、行こう!」

 その温もりが、その頬の柔らかさが、オレに勇気をくれる。立ち止まりそうになる度に、勇気をくれる。


***



 もうすぐバレンタインだ。
 受験生にはバレンタインなんて関係ない、なんて言っている奴もいるけれど、みんなバレンタインを気にしているのはバレバレだ。

「キョーゴは人気急上昇中だから、チョコいっぱいもらうかもなー」
「は?」

 村上哲成がなぜか、ムーッとした顔を机の上に乗っけていってきた。こめかみのあたりを小突くと、あごを支点にしてユラユラ揺れるから面白い。オレが楽しむのを知ってて村上は時々やってくれる。

「何の話だ?」
「何の話って、バレンタインに決まってるだろー」
「ふーん?」

 ユラユラユラユラ……なごむ……

「西本が言ってたんだよーキョーゴは今人気なんだって。渋谷が暗くて、暁生に彼女できたから」
「なんだそれ?」

 意味が分からない。っていうか、それよりも、西本……か。

「西本は何か言ってたか?」
「何かって?」
「誰かにあげるとか」

 言うと、村上はイキナリ立ち上がった。さらにさっきよりもムーッとした口になっている。

「キョーゴ、気になるんだ? 西本が誰にあげるか」
「…………」

 気になる……というか、西本の好きな人は村上だ。あげるとしたら村上になる。『誰にあげるか』ではなく『あげるかどうか』が気になる。

(いや別にオレが気にしてもしょうがないんだけど……)

 でも……気になる。これで村上が西本と付き合うことになって、村上とこうして話したりする時間が減るのは……嫌だ。

 でも、何て言っていいのか迷って黙っていると、

「キョーゴー」
「……なんだよ」

 村上はムッとした口のまま、オレの腕を掴んでグラグラと揺すってきた。

「お前、チョコ貰って告白されたら付き合う?」
「は? 誰と?」
「誰って……わかんないけど、例えば西本とか」
「………」

 だから、西本はお前狙いなんだって……ってことは絶対に言わない。

「……。誰とも付き合わないし、そもそもチョコ貰うこともないだろ」
「わかんねーぞー。何しろ人気急上昇中なんだからお前!」
「だから何なんだよそれ」

 意味分かんねえ、と言うと、村上は今度はバシバシと叩いてきた。

「じゃあさ、じゃあさ、貰わないって約束しろ」
「なんで?」

 反射的に聞くと、村上は真剣な顔で、一言、言った。

「嫌だから」
「…………」
「…………」
「……………え」

 嫌って……

 当然のことのような顔をしている村上。

 口の中が乾いていくのが分かった。『嫌だから』……オレも、お前が誰かから貰うのは嫌だ。だから……

「じゃあ……貰わない」
「おお。約束だからな」
「…………」

 コクリ、と肯くと、村上はまたしゃがんで、あごを机の上にのせた。チョンッとつつくと、またユラユラ揺れ出す……

「あ、そうだ、キョーゴ。オレが、コアラのマーチ買ってやる」
「………そうか」

 ユラユラ、ユラユラ……

「じゃあ、オレはアーモンドチョコ買ってやる」

 だから、お前も誰からも貰うなよ?

 そう言うと、村上は、いつもみたいにニカッと笑った。



 でも……それから数日後のバレンタイン前日。西本に言われてしまった。

「私、明日、テツ君にチョコレート渡すから」

 邪魔しないでね?

 西本の目は真剣そのものだった。



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お読みくださりありがとうございました!
現在、gooブログもブログ村もリニューアル中で戸惑うことばかりです。
そんな中きてくださった方本当にありがとうございます!!
偶然にもちょうどバレンタインの時期にバレンタイン♪なんだか嬉しいです。
でも現在の神奈川県の中学三年生は、バレンタインが公立高校受験日当日なので、チョコどころじゃないですね^^;
作中は1990年。バレンタインの日くらい息抜きでバレンタインデート!できたらいいね^^

次回、火曜日よろしければどうぞお願いいたします!

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