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BL小説・風のゆくえには~80歳になっても・前編

2020年06月02日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
2020年お正月のお話です。

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【浩介視点】

 父と和解(慶との関係を認める発言をしてくれたのを『和解』と思うことにしている)したのは、2015年11月3日。今から4年ほど前のことだ。
 それ以来、数ヶ月に一度は実家に顔を出すようにしている。でも、いまだにやっぱり、父に対する苦手意識は抜けない。根付いてしまった恐怖心の完全なる払拭はやはり無理なのだろう。
 父も父で、おれと話すときは何となくムッとしているし、無言になってしまうことが多い。

でも、慶と一緒の時の父は、全然違う。父ってこんなに喋る人なんだ、と驚くほど饒舌になる。慶が年上の人への対応が上手なせいもあるんだろうけど……

(慶みたいな息子だったら良かったのにね?)

 楽しそうな父を見ていると、そんな卑屈なことを思わないでもない。けれども、父の機嫌がいいのはひたすらに有り難い。
 だからついつい、実家に行くと、父の相手を慶に押し付けて、母の手伝いをしていたりする。

 そのことについて、慶には「おればっかり話してていいのか?お父さんもお前と話したがってるのに」なんてとんでもない大勘違いなことを言われたけれど、

「慶の実家だって、お婿さんである近藤さんと沢村さんはお父さんと飲んでるでしょ? それと一緒だよ。慶はお婿さんなんだから、父の相手してて」

と、慶のお姉さんと妹さんの旦那さんを引き合いに出していったら、「そういやそうだな。そんなもんか……」なんて一応納得してくれたみたいなのでホッとした。

 今さら父の相手なんて、緊張するだけだから、なるべく避けたい。

 一方、母とはほとんど普通に接することができるようになってきた。時々、何かの拍子にフラッシュバックがおきそうになることもあるので、まだまだ油断は禁物ではあるものの、慶が一緒に来てくれた日は、安心感が増して、無理をしなくても笑えることもある。すごい進歩だ。

 正直に言うと、いまだに積極的には「両親に会いたい」とは思えない。それでも会いにいくのは……

 理由の一つは「慶が喜ぶから」だ。慶は、おれが両親と交流を持つことを望んでいる。もちろん、それを強要するようなことは一切しないし、本人は内心を隠しているつもりみたいだけれども、慶は単純なので、喜んでいることがバレバレなのだ。

 あとは、「恩返し」だ。何だかんだ言っても、大学まで出してくれたことには感謝している。その教育資金を返す、と申し出たら、母に「時々会いに来ることが恩返し」と言われたのだ。
 将来のことを考えると、余計な出費はしたくないのが本音なので、それで済むなら安いものだ。……と、思うおれは、やっぱり親の財に頼った甘ったれた人間なのだろう。でも、母がそれがいいというのならいい、と、開き直っている。

 …………。

 …………。

 なんて、理由を上げてみるけれど……

 理由の一つに「期待」があることにも、ちゃんと気がついてはいる。

 それは……
 両親と「新たな関係」を築くこと。
 そうしたらおれは、昔のことを思い出しても大丈夫になるのではないか、という期待……

 昔の記憶を塗りかえることは出来ないけれど、少しずつ、違う記憶を追加していって、少しずつ、歩み寄っていって、そうして、昔の自分を受け入れる……

(それが出来たら、ラクになるだろうか……)

 そんなことを思いながら、毎回、実家を訪れている。


***

「来週、車出しをお願いしたいのよ」

 台所でお節を出す用意を一緒にしている最中、母が「お願いがあるの」と切り出してきた。
 慶と父は、リビングで新聞をみながら何だか盛り上がっている……

「車出し?」
「滝さんがね、うちに来るっておっしゃってて」
「え、イギリスからいらっしゃるんですか?」

 滝さん。
 おれの知る限り、父の唯一の友人で、大学時代からの付き合いだと聞いている。
 奥さんがお金持ちのイギリス人で、おれは子供の頃から中学生まで、その奥さんに英語の家庭教師をしてもらっていた。
 当時、滝さん夫妻は、スイスに別荘を持っていて、おれも何度か滞在させてもらったことがある。そこで滝さんの娘さんがスキーを教えてくれた。おれより15歳年上のその娘さんは、イギリスの大学に進学してそのままイギリスで就職していた。

 おれが高校進学した頃に、滝さんと奥さんもイギリスに移住した。おれがまだ実家にいた頃に、来日した滝さんには何度かお会いしたけれど、社会人になってからは一度もないので、最後にお会いしたのは20年以上前のことになる。

「法事があって日本にいらっしゃるんですって。その帰りに寄るって」
「ああそういうこと……」
「お父さん、『これであいつに会うのも最後だな』なんておっしゃってて」
「それは……」

 そうかもしれない。
 滝さんも父と同じ歳だから、86歳だ。長旅は大変だろう……

 と、思いきや、

「とか言って」

 母は軽く肩をすくめて、言葉を継いだ。

「去年、お父さん、イギリスに行ったときも同じこと言ってたのよね。きっと来年も同じこと言いながらまた会うんでしょうね、あの二人」
「確かに」

 母の口ぶりに思わず笑ってしまう。
 滝さんも父もあいかわらず元気なようだ。そしてあいかわらず仲も良いんだな……

 と、リビングから、父と慶の笑い声が聞こえてきた。

(声上げて笑ってる……)

 不思議な気持ちでリビングの方を振り返っていたら、

「お父さん、渋谷君といると楽しそうよね」

 手際良く、お椀にお雑煮の具を入れながら、母が思わぬ言葉を続けた。

「渋谷君、滝さんと似てるものね」

 ………。

「え?」

 滝さんは、父と同じくらい背が高い。でも、貫禄のある父に比べて、ヒョロっとして身軽な感じ。大きな目がキョロキョロ動くひょうきんな印象の人だ。小柄で天使のような美貌の慶とは全く似ていない。
 それに性格も、明るいところは似てるけど、求められない限りは控え目に徹する慶と違って、にぎやかで目立ちたがりな感じの人だった。おれ達の周りだと、同級生の溝部とか、父の弁護士事務所を継いでくれた庄司さんとかと同じタイプだと思う。

「渋谷君と滝さん? 似てます?」

 思わず眉を寄せながら母に言うと、母は「似てるわ」と頷きながらも、

「あー、似てるっていうのは違うかしら。似てるっていうか……」
「………」
「滝さんと一緒にいるときのお父さんと、渋谷君と一緒にいるときのお父さんが似てるのよ」
「え」

 それも違う気がする。滝さんがいるといつも滝さんばかり話していて、父は頷いているだけで、こんな風に話すなんて……、と、おれが言うと、母は「あら、違うわよ」と、少し楽しそうに手を振った。

「確かにみんながいる時はそうだけど、滝さんと二人の時はお父さんもよく話すし、いつもああやって楽しそうに……」

 言っているそばから、また、リビングから笑い声。

「うん。あんな感じよ?」
「へえ……」

 知らなかった……

「お母さん、お父さんのことよく知ってるんですね…」

 思わず言うと、母はふふふと笑った。

「そりゃあ夫婦歴50年ですもの。お父さんのことはだいたいのことは知ってるわよ」

 得意そうな母。なんだか……不思議な感じ。

 昔は、父と母の関係を「夫に隷属している妻」と認識していた。父は絶対君主で、母もおれも、逆らうことは出来なかった。
 でも5年前に帰国して、再会してから、その印象が少し変わったのは、本人達が変わったからなのか、おれが大人になって、人間関係の奥まで見られるようになったからなのか……

「さ、もうご飯出来るって声かけてきてくれる?」
「はい」

 言われるまま、リビングに顔を出す。
 おれの姿に気がついて、話をやめてこちらを振り仰いだ父と慶。

 昔よりも小さく感じる父。昔よりも大人びた慶。

 おれ自身が昔と大きく違うのは……

「お話中すみません。そろそろご飯出来ます」

 ぎこちないながらも、父に向かって微笑みかけられるようになったこと。そして……

「分かった」

 あいかわらず仏頂面だけど、父の瞳が昔よりも柔らかいこと。「出来損ない」っておれを蔑んだ光は、みあたらない。

 そして。

「おー」

 キラキラ笑顔で手を上げた慶。
 慶が、いてくれる。おれにとって牢獄でしかなかったこの家に、慶がいてくれる。慶がいるだけで、空気が清涼になる。世界が、明るくなる。


後編に続く。


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お読みくださりありがとうございました!

本日6月2日は、二人が小学校3年生の時に「初めて出会って、バスケを一緒にした」記念日!……何十年前だー(^_^;)

こんな不定期更新の真面目な話にお付き合いくださり、本当にありがとうございます。

前々から書きたいと思っていた浩介父の話になります。

息子・浩介が男友達である慶とキスをしていたと聞いたときに、浩介父は、なぜ、「一過性のものだから放っておけ」と言った(『〜将来』)のか。なぜ、「お前のその感情は、錯覚だ」とか、慶と「友人関係を続けるのはかまわない」と言った(『〜自由への道』)のか。
浩介高校時代の話で、「父の友達の別荘のスキー場」だの「父の友達のイギリス人の奥さんに英語を習っていた」だの出てくるのを読んで、浩介父って友達いなそうなのに、友達いるんだ?という疑問を持たれた方(←なんてそんな有り難い方がいてくださったら、という希望的観測)へのアンサーで、そこら辺の裏設定の話を、文章化しようかな、と思いまして。 誰得だよ。いいの。私が読みたいからいいの……といういつもの自問自答をしつつ……

次回、滝さん登場。いつか滝さんに話して欲しいと思っていましたが、ついにその時がきました。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当に本当にありがとうございます!おかげさまで書きたい話、書く勇気をいただきました。ありがとうございます!
よろしければ次回後編もよろしくお願いいたします。
来週更新できればいいなあ……という感じです。

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コメント (6)
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