すみません。再録です。
2017年4月7日投稿「現実的な話をします9」の「おまけ」のみ。
「おまけ」の話、探すのが面倒なので短編として抜き出してます
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☆高校の同級生・鈴木さんの息子・陽太君の、二分の一成人式のための作文の添削をしてあげた浩介。その影響で、小学生時代の記憶がよみがえってしまい……
【浩介視点】
今は多くの小学校で『二分の一成人式』というものを行っている。
数年前、その話をはじめて聞いたときには「今の時代に生まれなくて良かった」とつくづく思った。
生まれてから10歳までの自分史を作ったり、両親への感謝の手紙を読んだり……想像するだけで、気を失いそうだ……
10歳の時の自分……
父に対してはひたすら恐怖心しかなかった。母の束縛から逃れることもできず、毎日毎日母と共に勉強机に向かっていた。学校にも馴染めず、家にも安らげる居場所はなく、唯一、本の世界だけが逃避場所だった。
今でこそ、慶と、心療内科医の戸田先生のおかげで、両親に会っても平常心でいられるようになったけれど、何かの拍子に恐怖心や拒絶感が復活してしまうことがある。
(………まずいな)
昼間に『二分の一成人式』の話をしたせいだろうか。子供の頃の記憶に脳が支配されはじめている……。
おれはおそらく、人よりも記憶力がいい。みんなが漠然としか覚えていない昔のことも、かなり詳細に覚えていることがある。それは、嫌な記憶であるほど鮮明だ。思い出してしまうと、感覚までその頃に戻ってしまう。
(慶…………)
そんなとき、おれはひたすら、慶のことを思い出す。慶の笑顔、慶の温もり、慶の声。嫌な記憶を全部慶で埋めつくす。慶の指、慶の腰、慶の背中、慶の……
「………どうした?」
「!」
いつの間にお風呂から出ていた慶が、ベッドに腰掛けたおれをフワリと抱きしめてくれた。
(慶の……匂い)
きゅうううっと胸が締めつけられる。
「慶………」
おれの様子がおかしいことに気がついてくれてる……。できれば知られたくないのに、慶は昔から、こういうとき必ず気がついて、黙って抱きしめてくれるのだ。
(10歳のおれは、こんな愛、知らなかった)
おれの全部を包み込んでくれる深い愛……
慶の細い腰に手を回し、その胸に頬を押しつける。
慶のおれに対する愛情の根本は『保護欲』なのだと、戸田先生が言っていた。孤独な深淵にいたおれだからこそ、慶の保護欲をかきたてたのだと。あの子供のころの日々も、慶に愛されるためだったのだと思えば、意味のあるものだと思える。
「慶……おれ、今、すごい幸せ」
「………そうか」
そのまま気持ちの良い手が頭を撫で続けてくれる。慶の手。温かい、手……。
「慶は、10歳の頃、何になりたかった?」
「んー……なんだろうなあ? 4年だともうミニバスのチーム入ってたから、バスケットボール選手とかかなあ?」
「そっかあ……」
おれは「弁護士」と書かされただろう。父の跡取りになることが母の願いだったから……。
どんな親であれ、生んでくれたこと、育ててくれたことには感謝しなくてはならない、とよく聞くけれど、あの頃のおれに言わせれば「生んでくれと頼んだ覚えはない」というやつだった。生きている意味も分からなかった。ただ、親の期待に応えて弁護士になることだけが与えられた義務だった。でも……
(今なら、感謝できる)
おかげで慶に出会えた。今、愛しいこの人と共に生きている。おれの幸せ。おれのすべて。
「七五三があって、次が10歳の半成人式、で、ハタチの成人式」
慶が「うーん」と言いながら言葉を継いだ。
「そのあとって、還暦のちゃんちゃんこまで何もないんだよなあ」
「ちゃ……っ」
ちゃんちゃんこ?!
「今時それ着てちゃんとお祝いする人っているのかなあ?」
「え、うちの親やったぞ? 写真館で写真撮った」
「え?!」
し、知らない……っ
素早く計算してみて、それがちょうど、おれが慶を置いて日本を離れていた3年間の間の話だと推察され、複雑な気持ちになってくる。あの3年も、今なら必要なことだったのだ、と思えるけれども、それでもやっぱり離れたくはなかった……
「あ、そっか。お前だけ日本にいなかった時か」
「う……」
「今度実家いったとき写真見せてやるよ。笑えるから」
「うん……」
慶の言葉に再びギューッとくっつく。
もう、離れない。絶対に離れない。
「おれたちも還暦の時は写真撮ろう?」
「ちゃんちゃんこは着ねえぞ?」
「さすがにそれはねー……。赤のネクタイとかかな」
「まー着ても赤のセーターくらいだな」
「慶は赤も似合うからいいね」
ちゅっとキスをして、二人でベッドにもぐりこむ。
「ずっと一緒にいようね?」
こつんとおでこを合わせると、慶は少し笑った。
「なに当たり前のこと今さら言ってんだ?」
「だって……」
「いいからもう寝るぞ? 明日仕事」
「うん……」
手を繋いで、最後にもう一度唇をあわせる。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
いつもの夜。昨日も同じだった。明日も同じだろう。
10歳のおれが想像もしなかった、幸せな夜。このままずっと続く幸せな夜。そして、幸せな朝を迎える。
-------------------------------
お読みくださりありがとうございました!
って、暗!! でも、一度書いておきたかった浩介さんの現状話でございました。
慶の両親はわりとノリがいいので、二人でお揃いのちゃんちゃんこ着て写真撮りました。
その写真、撮ったばかりのころはリビングに飾っていましたが、もう10年とか前の写真なので、今はしまってあります。だから、浩介は見たことがない、というわけでした。
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2017年4月7日投稿「現実的な話をします9」の「おまけ」のみ。
「おまけ」の話、探すのが面倒なので短編として抜き出してます
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☆高校の同級生・鈴木さんの息子・陽太君の、二分の一成人式のための作文の添削をしてあげた浩介。その影響で、小学生時代の記憶がよみがえってしまい……
【浩介視点】
今は多くの小学校で『二分の一成人式』というものを行っている。
数年前、その話をはじめて聞いたときには「今の時代に生まれなくて良かった」とつくづく思った。
生まれてから10歳までの自分史を作ったり、両親への感謝の手紙を読んだり……想像するだけで、気を失いそうだ……
10歳の時の自分……
父に対してはひたすら恐怖心しかなかった。母の束縛から逃れることもできず、毎日毎日母と共に勉強机に向かっていた。学校にも馴染めず、家にも安らげる居場所はなく、唯一、本の世界だけが逃避場所だった。
今でこそ、慶と、心療内科医の戸田先生のおかげで、両親に会っても平常心でいられるようになったけれど、何かの拍子に恐怖心や拒絶感が復活してしまうことがある。
(………まずいな)
昼間に『二分の一成人式』の話をしたせいだろうか。子供の頃の記憶に脳が支配されはじめている……。
おれはおそらく、人よりも記憶力がいい。みんなが漠然としか覚えていない昔のことも、かなり詳細に覚えていることがある。それは、嫌な記憶であるほど鮮明だ。思い出してしまうと、感覚までその頃に戻ってしまう。
(慶…………)
そんなとき、おれはひたすら、慶のことを思い出す。慶の笑顔、慶の温もり、慶の声。嫌な記憶を全部慶で埋めつくす。慶の指、慶の腰、慶の背中、慶の……
「………どうした?」
「!」
いつの間にお風呂から出ていた慶が、ベッドに腰掛けたおれをフワリと抱きしめてくれた。
(慶の……匂い)
きゅうううっと胸が締めつけられる。
「慶………」
おれの様子がおかしいことに気がついてくれてる……。できれば知られたくないのに、慶は昔から、こういうとき必ず気がついて、黙って抱きしめてくれるのだ。
(10歳のおれは、こんな愛、知らなかった)
おれの全部を包み込んでくれる深い愛……
慶の細い腰に手を回し、その胸に頬を押しつける。
慶のおれに対する愛情の根本は『保護欲』なのだと、戸田先生が言っていた。孤独な深淵にいたおれだからこそ、慶の保護欲をかきたてたのだと。あの子供のころの日々も、慶に愛されるためだったのだと思えば、意味のあるものだと思える。
「慶……おれ、今、すごい幸せ」
「………そうか」
そのまま気持ちの良い手が頭を撫で続けてくれる。慶の手。温かい、手……。
「慶は、10歳の頃、何になりたかった?」
「んー……なんだろうなあ? 4年だともうミニバスのチーム入ってたから、バスケットボール選手とかかなあ?」
「そっかあ……」
おれは「弁護士」と書かされただろう。父の跡取りになることが母の願いだったから……。
どんな親であれ、生んでくれたこと、育ててくれたことには感謝しなくてはならない、とよく聞くけれど、あの頃のおれに言わせれば「生んでくれと頼んだ覚えはない」というやつだった。生きている意味も分からなかった。ただ、親の期待に応えて弁護士になることだけが与えられた義務だった。でも……
(今なら、感謝できる)
おかげで慶に出会えた。今、愛しいこの人と共に生きている。おれの幸せ。おれのすべて。
「七五三があって、次が10歳の半成人式、で、ハタチの成人式」
慶が「うーん」と言いながら言葉を継いだ。
「そのあとって、還暦のちゃんちゃんこまで何もないんだよなあ」
「ちゃ……っ」
ちゃんちゃんこ?!
「今時それ着てちゃんとお祝いする人っているのかなあ?」
「え、うちの親やったぞ? 写真館で写真撮った」
「え?!」
し、知らない……っ
素早く計算してみて、それがちょうど、おれが慶を置いて日本を離れていた3年間の間の話だと推察され、複雑な気持ちになってくる。あの3年も、今なら必要なことだったのだ、と思えるけれども、それでもやっぱり離れたくはなかった……
「あ、そっか。お前だけ日本にいなかった時か」
「う……」
「今度実家いったとき写真見せてやるよ。笑えるから」
「うん……」
慶の言葉に再びギューッとくっつく。
もう、離れない。絶対に離れない。
「おれたちも還暦の時は写真撮ろう?」
「ちゃんちゃんこは着ねえぞ?」
「さすがにそれはねー……。赤のネクタイとかかな」
「まー着ても赤のセーターくらいだな」
「慶は赤も似合うからいいね」
ちゅっとキスをして、二人でベッドにもぐりこむ。
「ずっと一緒にいようね?」
こつんとおでこを合わせると、慶は少し笑った。
「なに当たり前のこと今さら言ってんだ?」
「だって……」
「いいからもう寝るぞ? 明日仕事」
「うん……」
手を繋いで、最後にもう一度唇をあわせる。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
いつもの夜。昨日も同じだった。明日も同じだろう。
10歳のおれが想像もしなかった、幸せな夜。このままずっと続く幸せな夜。そして、幸せな朝を迎える。
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お読みくださりありがとうございました!
って、暗!! でも、一度書いておきたかった浩介さんの現状話でございました。
慶の両親はわりとノリがいいので、二人でお揃いのちゃんちゃんこ着て写真撮りました。
その写真、撮ったばかりのころはリビングに飾っていましたが、もう10年とか前の写真なので、今はしまってあります。だから、浩介は見たことがない、というわけでした。
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