2016年2月29日(月)
「女は基本、ウソつきですから」
そう言って微笑んだ戸田さんは、とてつもなく魅力的で、くらくらしてしまった。
彼女のどこまでが本当でどこまでがウソなのか知りたいけれど………それは一生無理な気がする。
***
新宿で合流した戸田さんとユウキとオレ。
戸田さんの担当患者である目黒樹理亜が、おそらく母親の策略で佐伯というストーカー男と関係を持たされそうになっている。樹理亜はもう成人しているので、もし、樹理亜も望んでのことならば、オレ達がとやかく言える話ではない。だから樹理亜の本心が知りたい。
オレとユウキが補い合いながら説明し終わると、戸田さんは軽くうなずいた。
「分かりました。樹理ちゃんに連絡してみます」
「でも樹理、電話出てくれるかな……」
ユウキはずっと青い顔をしたままだ。彼は体は女性だけれども心は男性で、樹理亜に片想いをしている。
さっきから何度か樹理亜に電話しているのだけれども、出てもらえないらしい。
「それじゃ、1回ライン送ってみますね」
「ボクもさっきから送ってるけど既読スルーで……」
「じゃ、電話したくなるようなライン送らないとね」
戸田さんが、すぐに何か書いて送った。わりと長文っぽい……。それを覗きこんだユウキはビックリした顔をして、なぜか戸田さんとオレを見比べた。
「戸田ちゃん、これマジ?」
「…………」
肯定も否定もせず、ニッコリとした戸田さん。なんだなんだ?
ユウキは、うんうんうなずくと、
「確かにこれなら、すぐ連絡くれると思う。樹理、こういう話大好きだし、なにげに面倒見いいし」
「そうよね。ただ問題は、電話できる状況にあるか……」
と、言ってるそばから、電話がかかってきたらしく、
「あ、樹理ちゃん、ごめんね。うん……うん……だからね……」
戸田さんが電話の声を集約するために、手で口元を押さえながら、何か説得をはじめた。
「………ライン、なんて?」
「………………」
ユウキにこっそり聞くと、ユウキはちょっと上を向いてから、言いにくそうに頬をかいた。
「あのさー山崎サン、戸田ちゃんからバレンタインのチョコもらった?」
「え!?」
な、何でそれを!?
オレが後ずさったのを、肯定ととったユウキが「わ、ホントなんだ」と口に手をあてた。
「で、それから今まで音信不通ってのもホント?」
「………………」
う………ホントだけど……
言葉につまっていると、ユウキは呆れたように肩をすくめ、
「それなのに、今、山崎サンから、『樹理ちゃんと連絡が取りたい』って、突然ラインが入ったんだけど、これどういうことなのかな。私、フラれたってことなのかな。樹理ちゃん何か知ってる? 会って相談したいんだけど、時間ある? ………だって」
「………………」
フラれた? フラれたって、なんの話だ? だって、あのチョコは戸田さんがヒロ兄のために用意したもので、それを奥さんに拒否されたから、オレにくれただけで………
「樹理ちゃんすぐに来てくれるそうです」
「え!?」
戸田さんの涼やかな声に飛び上がってしまう。
「二人と一緒にいると不自然なので、1回別れて、あとで合流したいんですけどよろしいですか?」
「え、あ、え?」
あ、そうか。フラれたとかいう話は、樹理亜を呼び出すためのウソだ。そりゃそうだ。ああ、ビックリした………
オレが挙動不審になっていると、ユウキがバシバシ腕を叩いてきた。
「わーごめんー二人とも。もしかしなくても気まずいよね?」
「え、あ……」
「でも、良い機会だから二人もあとで話したら?」
「え、いや………」
訂正しようとしたけれど、戸田さんがユウキの後ろで「シー」というように唇に手を当てて、にっこりしているので、押し黙った。……というか、その「シー」があまりにも魅惑的で、思考が止まってしまった、というのが正確なところだったりする……。
***
「戸田ちゃん……あたしの話はいいよ」
はじめはニコニコしていた樹理亜が、話が自分のことに及ぶと、顔をこわばらせた。
居酒屋の個室の中、向かい合った席に座った戸田さんと樹理亜……。オレは戸田さんの綺麗な横顔と樹理亜の青ざめた顔を見比べながらハラハラするしかなかった。オレの前の席のユウキも同様なようで、口を引き結んで、ことの成り行きを見守っている。
「樹理ちゃん、聞いて?」
そんなオレ達の目の前で、戸田さんは樹理亜の心に踏み込んでいく。落ちついた淡々とした声……心が揺らいでいく感じ。きっと、診療室の戸田さんはこんな感じなんだろう。オレの知らない、戸田さんの顔……。いったい戸田さんにはいくつ顔があるんだろうか。
淡々と、本当に淡々と、戸田さんが樹理亜の心を解していく。
オレまでも魔法にかかったように、心がフワフワとしていく中、
「でも!」
「……っ」
切羽詰まった樹理亜の声にドキリとする。
「でも、でも戸田ちゃん」
樹理亜が自分の手をギュッと胸におしつけている。
「ママちゃんがね、ママには樹理亜しかいないって言うの。ママちゃんにはあたしがいないとダメなの」
「………」
ふっと、心臓のあたりがザワザワとしてきて、思わずオレも手を胸に押しつける。
(ママには樹理亜しかいないって)
(ママちゃんにはあたしがいないと……)
樹理亜の目……泣きそうな目……
その泣きそうな目に……重なる、あの日の母の瞳……
(お母さんには、卓也しかいないから)
(卓也はいなくならないよね?)
(卓也はずっとお母さんと一緒にいてくれるよね?)
縋られ、掴まれた両腕。ぎゅっと、痛いほど強く掴まれ……
(僕が守るから……)
オレも腕を握り返して……
(大丈夫だよ。お母さん。僕がいるから……僕がお母さんのことも誠人のことも守るから)
だから、お父さんのことなんて忘れて大丈夫。
だから、お母さん、安心して。
僕が、ずっと、そばにいるから。
「でもね、樹理ちゃん」
「……っ」
戸田さんの声に我に返る。
「樹理ちゃんの心は樹理ちゃんのものよ?」
「でも」
「このままじゃ、樹理ちゃんの心が壊れる」
「………」
首を振り続ける樹理亜の背中をユウキがそっとさすっている。
戸田さんはあらたまったように、樹理亜に問いかけた。
「樹理ちゃん。少し時間をくれないかな?」
「……少しって?」
「そうね……明日の夜まで」
妙に具体的。しかも短い。でもそれ以上の長さになったら、樹理亜は首を縦に振らないだろう。ただでさえ、先ほどから何度も母親から帰ってくるようにとのラインが入っているくらいだ。
「明日の夜まで、もう少し話をさせてくれないかな?」
「…………」
こっくりとうなずいた樹理亜。
ほっとしたように、戸田さんが息をついた。
明日の夜……明日の夜までに、説得。……できるのだろうか。何か策があるのだろうか……
「じゃあさ!」
ユウキがこの重い雰囲気を吹き飛ばしたいかのように、樹理亜の背に手をあてたままニコニコと言いだした。
「次は、戸田ちゃんと山崎サンの話しようよ。樹理、聞いたー? 山崎サンひどいよね」
「………うん」
樹理亜が小さく肯いた。
「ヒドイ。チョコ受け取ったくせに無視するなんて……」
「あ、いや、それは……」
「戸田ちゃんカワイソウ」
「カワイソーヒドーイ」
「ヒドイヒドイ」
樹理亜が元気を吹きかえしてきたように、ヒドイヒドイと言いだして、ユウキと二人盛り上がりはじめた。
つるしあげられながらも、ホッとする。あの空虚な瞳に、生き生きとした色が戻り始めている。戸田さんもニコニコと若い二人の言い分を聞いている。けれども……
(あれ?)
でも、よく考えてみたら、これ、戸田さんがオレのことを好きみたいになってないか?
「戸田さん、いいんですか? こんなウソ……」
コッソリと戸田さんに聞いてみたら、戸田さんは優美に微笑んだ。
「女は基本、ウソつきですから」
「…………」
クラっとしてしまう。
ウソつき……ウソつき、かあ……。
どの戸田さんが本当の戸田さんなんだろう? ………どの戸田さんも本当じゃない気がする。
(そういえば……)
母も、あの日以来、涙を見せたことはない。いつも明るく振舞っている。
でも、あの時の母が本当の母である、ということは10歳のオレでも分かったことだ。
母も、ウソつき、なんだろう。
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お読みくださりありがとうございました!
足踏み回失礼しました。でもこれがないと進まないからしょうがない……ということで。
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有り難い~~と拝んでおります。背中押していただいています。
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