goo blog サービス終了のお知らせ 

創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

風のゆくえには~ あいじょうのかたち10(浩介視点)

2015年06月24日 12時42分37秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
 高校生の頃からずっと疑問に思っていた。

 どうして慶はおれなんかを選んでくれたんだろう?

 おれなんて、何のとりえもないつまらない男で。
 それに比べて慶は天使のように美しくて、芸能事務所の人にスカウトされたり、知らない女の子から告白されたり、とにかく人目を引く容姿をしている。
 そして、頭も良くて、どのスポーツも満遍なくできて、友達も多くて、あの容姿なのに男らしくて、言いたいことは人前でもズバッと言えて……。おれにないものばかり持っている。

 どうしてこんな完璧な人がおれなんかを好きになってくれたんだろう?

 慶がおれを好きでいてくれてることは、よーく分かっている。滅多に口に出していってくれることはないけれど、愛されているということは、その強い光の瞳からこれでもかというくらい伝わってくる。これだけ愛を実感させてくれる人なんて、そうそういないんじゃないだろうか。

 だから「愛されているのだろうか」と不安に思ったことはないのだけれども、「どうしておれなんか」という不安は常に付きまとっていた。

 付き合いはじめのころ、慶に聞いてみたことがある。すると、慶は、うーんと悩んだあげく、

「お前がバカだからじゃねーかな」

と、答えた。冗談でなく本気っぽかったから、余計に意味が分からなくて、それ以来聞いていない。


 それから20年以上の時が経ち、この長年の疑問に慶のお母さんが回答をくれた。

「それは直感よ」

 お母さんは至極真面目な顔をして言った。

「慶は子供の頃から直感勝負の子だったからね」
「直感…勝負?」

「そう。だから理由なんて本人にも分からないわよ」
「でも……」

「まあ、もしかしたら椿に似てるっていうのもあったのかもしれないわね」
「……………」

 椿さん。慶の大好きなお姉さん。お母さんはおれが椿さんと似ていると言ってくれている。似てるということで直感が働いたのなら納得ができる気がする。

「慶、言ってたわよ。浩介君と一緒にいることは、誰がなんと言おうと譲れないって。浩介君と一緒にいることが慶の幸せなんですって」
「…………」

 慶、そんな話、お母さんにしてたんだ……。

「あの子、一度こうと決めると絶対に揺らがないからね。子供の頃からずっとそう。本当に頑固でね~」
「………わかる気がします」
「でしょ?」

 お母さんと顔を見合わせ笑ってしまう。

 直感……。
 直感で選ばれたのだから自信を持っていい、ということだろうか。

 確かに慶はいつでも迷わない。いつでもまっすぐだ。おれは慶のそんなところに惹かれた。

 慶がおれだったら、おれの両親ともうまくやっていたのかもしれない。
 ……いや、その仮定はおかしいな。あの両親の息子だから、おれはこんなだし、この素敵なご両親の息子だから、慶は光輝いているんだ。

「慶の直感はいつでも正しいから大丈夫よ」

 慶のお母さんがニッコリと言う。

「だから『おれなんか』なんてもう言わないこと」
「………はい」

 心が温かくなる。おれも慶のご両親の子供として生まれていたら、もう少しマシな人間に育っていたのかな……。


***


 その翌日の夜のこと。

 一生の不覚だ。慶に対して、

「やめてくれ」

 なんて乱暴な言葉を言ってしまった……。

 慶には絶対に絶対に見せたくなかった顔。
 慶に写るおれは、明るくて子供っぽくて甘えん坊で……。おれは慶に写る自分だけは気に入っていた。それなのに……

(せめて「やめて」で止められればよかったんだよな。普段だったら「やめてよ」ってところか……)

 こんな醜態をさらす原因になった自分の母親の存在が、余計に憎くてしょうがない。

(あの女さえ来なければこんなことには……)


「浩介センセー。お待たせしましたー。………殺気もれてるわよ」

 あかねがにこやかにおれに呼びかけてから、後半はおれだけに聞こえるようにボソッといった。
 慌てて先生の仮面をかぶる。

「圭子先生、どうでした?」
「お店の中、きれいで雰囲気も良くて、あそこなら安心して預けられるわ」

 圭子先生がうんうん肯いているのでホッとした。

 目黒樹理亜……おれの勤め先の学校の卒業生の19歳の女の子……から、母親から家を追い出されてしまったと電話があったのは、ちょうどおれが慶に「やめてくれ」と言ってしまった直後のことだった。

 樹理亜とあの母親は離れるべきだと思っていたので願ったり叶ったりだ。
 すぐに担当教師だった圭子先生に連絡をとったのだが、圭子先生も息子さん夫婦と同居しているため樹理亜を預かることはできないというし、ホテルに泊めるのも費用の面でも、精神的な面でも不安だし、家出少女を受け入れているNPO法人にも当たってみたが、あいにくどこも一杯だし……。

 困ったときのあかね頼り、ということで、あかねに連絡をしてみた。今、あかねはシェアハウスに住んでいて、一部屋空いていると言っていたからだ。
 しかし、その空き部屋には今、あかねの恋人綾さんの元夫のお母さんが泊まりにきているため空いておらず……。空いてたとしたって、部屋代どうするの?払えるの?と言われ詰まってしまった。
 樹理亜は現在、母親の経営するキャバクラで働いている。当然そこも辞めることになるから、新しい働き口も見つけなくてはならない……。
 その話をしたところ、あかねが「住み込みの働き口紹介しようか?」と言ってきたわけだ。本当に頼りになる……。


 あかねは現在、名門女子中学の英語教師をしている。その学校名は印籠みたいなもので、圭子先生もあっさりとあかねを信用してしまった。

 あかねが紹介してくれたのは、新宿にある女性限定のバー。あかねが昔アルバイトをしていたところだ。
 ビアンの方々の社交場的なバーなわけだけれども、圭子先生は「男の人がこないなら安心ね」などと言っている。おれは中に入れないので雨の中外で待っていたのだが、見に行った圭子先生曰く「女子校みたいで楽しそう」だそうだ。

 明日、樹理亜が退院したら面接をお願いすることになる。ここで落とされたらふりだしに戻ってしまうわけだが、あかねが落とされることはないから大丈夫、と言うので信じることにする。


 本当はあかねに慶や母親のことを相談したかったのだけれども、あいにく圭子先生がいたため話せないまま、終電の時間になってしまった。

『様子おかしかったけど大丈夫?』
 別れてからすぐにあかねがメールをくれた。

『大丈夫じゃない。今度相談のって』
 即レスすると、あかねから、空いている日にちと時間と、

『くれぐれも早まらないように。何かするときも言うときも一呼吸置いてから』
と、説教じみた返信がきた。

 一呼吸置いてから。

 心に留めて、帰路へとついた。
 親に対するこのどす黒い殺意……慶には絶対に見せたくない。こんなものに触れたら慶が穢れてしまう。


***


 帰宅したのは深夜1時過ぎ。また母親のことを言われたら、と思うと憂鬱で、ついつい歩みも遅くなってしまった。慶が良かれと思っていってくれてるのは分かっているけれど、慶が考えているほど単純な話ではない。幸せな家庭に育った慶にはおれの気持ちは理解できないと思う。
 おれはいつまで親の影に怯えながら暮らさないといけないのだろうか……。

「………ただいま」
 電気がついていたので、小さく言って中に入ったのだが、

「………慶」
 ほうっと思わずため息がもれてしまう。
 ソファの上で丸くなってうたた寝をしている慶。白いひざ掛けに包まっている姿は、本当に地上に下りてきた天使そのものだ。

 手を洗ったり、水を飲んだり、と音を出したが起きる気配もなく……
 仕事をしていたようで、ローテーブルの上にはノートパソコンと書類の束と本が開きっぱなしになっている。でも眠ってしまってからはしばらく経つようで、パソコンはスリープモードだ。
 
 ゆっくり近づいてみる。きれいな横顔。柔らかい髪。このすべてがおれのもの。

 見惚れてしまう。すっと通った鼻梁。形のよい唇。奇跡のように完璧な顔。人形のようだ。
 そう。眠っている慶はまるで人形のよう。でもその瞳が開くと途端に生き生きと光輝いてくるのだ。

「慶………」

 その愛しい額に口づける。唇を離し………

「!!!」

 息を飲んだ。なんだ……これ……

 今、おれが口づけた場所に、黒く染みのようなものができている………。

「なに、これ………、!!」

 拭おうと額に手を滑らせて固まってしまう。
 今、おれが触れたところに、染みが広がっている。慶の白皙に醜悪な黒い染みが……

「………浩介?」
「!」

 慶がゆっくりと目をあけ、体を起こした。んーっと伸びをする慶。

「あー、全然途中なのに寝ちまった。で、どうだった?」
「あ………」
「どうした?」
「!」

 触れられそうになり、思いきり振りはらう。でも、振り払ったときに当たった手が……慶の細くて綺麗な手にまで黒い染みが……

「………どうした?」

 慎重な様子で慶が言う。とっさに慶から離れる。慶、額から左目の方にかけて黒い染みができてる。

「浩介?」
「………こないで」

 慶と距離をとりながら後ずさる。

「黒い……染みが」
「え?」
「おれに触ると、黒い、染みが………」
「…………」

 慶の静かな瞳。ただ、静かにおれを見返している。

 でもやっぱり、おれが触れたところは黒いままで……。
 ああ、おれのせいで慶が汚れてしまう。やっぱりおれは慶と一緒にいてはいけないんだ。

「おれがいたら慶が汚れちゃう……」
「浩介」
「ごめん、慶、おれ……」

 愛おしい慶。大好きな慶。汚したくない。

「もう一緒にいられ……、!」

 一瞬のことで避けようもなかった。気がついたら、慶がおれの目の前に立っていて、

「け……っ」
「浩介」

 首に手を回され、力ずくで下を向かされた。

「ダメだってっ」

 重なった唇を無理やりはがす。
 ああ、ほら、慶の綺麗な赤い唇にまで黒い染みができている。頬にも顎にも……。

「だから、慶、黒い染みが……っ」
「いい」

 慶が何でもないことのように言う。

「黒くなるってんだろ? だったら全部黒くしろよ? 黒ブチじゃ格好がつかねー」
「け……っ」

 慶がおれの手をとる。途端に慶の両手も染みで染まっていく。

「慶、やめて……っ」
「いいから」

 強く掴まれた手で、慶の頬を囲まさせられる。白かった右の頬にも黒が浸食していく。

「慶………」
「あとはどこだ?」

 手を滑らされ、触れさせられた首も黒くなっていく。

「あとは……」
 ポツポツとパジャマのボタンを外していく慶。

「おれの全部に触れろよ。そうすりゃ全部同じになるだろ」
「……………」

 どうしてこの人はこんなに揺るぎがないんだろう。
 どうしてこの人の目はこんなに真っ直ぐなんだろう。

 愛おしすぎて胸が苦しい。涙が止まらない。

「そんな理由でおれから離れるなんて許さないからな」

 ぱさりとパジャマをソファーの上に放り投げて慶が言う。

「まあ、どんな理由でも許さねえけどな」
「慶」

 泣き笑いのまま、慶を抱きしめる。
 慶の白い胸も背中もおれが触れた通りに黒くなっていく。

 それでも、慶はおれと一緒にいてくれるという。
 おれも、慶と一緒にいたい。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「あいじょうのかたち」目次 → こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

風のゆくえには~ あいじょうのかたち9(慶視点)

2015年06月22日 07時57分15秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 おれが公園に着いた時、浩介は水飲み場の横で苦しげに胸を押さえてしゃがみこんでいた。母親が何か言いながらその背に触れようとするのを、勢いよく振り払っている。

「浩介っ」
「………慶」

 急ぎかけより声をかけると、浩介は泣きそうな顔でおれの腕にすがりついてきた。

「慶、慶……っ」
「大丈夫…大丈夫だから……」
 ゆっくり息をさせる。
 近くのベンチに座らせ、その肩を抱き寄せる。

 その様子を浩介の母親は呆気にとられたような顔をして見ていたが、途中から小刻みに震えだした。

「どういうこと? どういうことことなのよ……っ」

 その時、おれは激しく後悔した。やはり日本に帰ってきた時点で、挨拶にいくべきだったんだ。

 おれの母の手術が終わって落ち着いてから……と言っていたのだけれど、落ち着いた頃に、今度は浩介が7針縫う怪我をしてしまい……。

 いや、これは言い訳だ。結局のところ、先送りにしたツケが回ってきたのだ。こんな風に何の心の準備もないまま、母親に再会させたくなかった。

 いや、それ以前に、やはり、日本に帰ってくるべきではなかったのではないだろうか……。



 本来ならば、浩介の母親が現れた当日中に、今後どうするか話をするべきだったのだけれど、おれの実家からの帰り道、浩介は妙に機嫌が良くて……。せっかくこんなに機嫌がいいのに、母親の話をして落ち込ませるのも可哀想な気がしてしまって、結局話をしなかった。要はまた先送りだ……。

 でももう先送りにするわけにはいかない。
 今日帰ったら必ず話をしよう。月曜日だから患者数は多いけれど、インフルエンザが落ち着いてきたので、今までほどは遅くならないはず。

 と、いう予想通り、19時前には診察が終わり、速攻で残務を片付け帰ろうとした19時半。

「渋谷先生、ちょっといいですか?」
 申し訳なさそうに声をかけてきたのは看護師の谷口さん。

 嫌な予感がする……。

「目黒樹理亜さんがまた手首を切って入院したそうです」
「…………」
「渋谷先生と話がしたいと言っているらしくて……お願いできませんか?」
「…………はあ」

 思わず大きくため息をついてしまった。よりもよってこのタイミングで嫌な予感的中だ。
 谷口さんが慌てたように手を振る。

「あ、ダメでしたら断りますので大丈夫ですよ?」
「いえ……行きます……」

 目黒樹理亜に関しては、浩介に怪我をさせたという点で怒りしかない。でも、浩介が彼女を気にかけているので、無視するわけにはいかない。


 谷口さんと一緒に樹理亜の病室を訪れると、看護師の西田さんが樹理亜の点滴のチェックをしているところだった。
 あいかわらずのピンクの頭の樹理亜は、ベッドのリクライニングをあげた状態で、点滴をしていない方の手を泳がせている。目の前に見えない壁があるパンマイムのような仕草……。

「あー渋谷せんせー来てくれたー。言ってみるもんだねー」

 おれに気がついた樹理亜が手を振ってきた。

「わーホントに鮮やかだー。やっぱり渋谷先生すごーい」
「……何の話?」

 西田さんに会釈してから、ベッドの横の椅子に腰かけると、いきなり樹理亜に手をつかまれた。

「ほらーつかめるしー」
「目黒さん」

 西田さんが、こら、といって手を離させてくれた。樹理亜がムッとする。

「なによーいいじゃないのよー」
「谷口さん、私、他回って戻ってくるからそれまでよろしくね。じゃ、すみません。渋谷先生」

 西田さんがバタバタと出て行くと、部屋の中がシンとなった。谷口さんは部屋の隅の方に静かに腰をかけている。
 あらためて、樹理亜に向き直る。

「……鮮やかって、なんの話?」
 何から話そうか、と迷いつつ、とりあえず先ほどのセリフの意味を聞くと、樹理亜は驚くようなことを言いだした。

「浩介先生が言ってたんだよー。渋谷先生は鮮やかだって。ホントに鮮やかだねー。そういえばこないだも天使みたいに白くてキラキラしてたもんねー」
「……え?」

 意味が分からない。眉を寄せて見返すと、樹理亜はニコニコと言った。

「あたしねー目の前にスクリーンが張られちゃうことがあってねー色が薄くなってねー」
「……………」

 そういう症状、何ていうんだったか……つい最近も何かの資料で読んだな……

「それでねー浩介先生も同じでー、でも、渋谷先生と一緒にいるとならなくてー」
「え?」

 浩介が同じ? どういうことだ?

「ちょっと待って。話がよくわからない」
「だからー……」

 要領を得ない樹理亜の話を辛抱強く聞いて、分からない点を何度か質問して、ようやく理解した。

 浩介は中学時代、今の樹理亜と同じような症状がでていたらしい。そして、その色褪せた世界の中で、おれがバスケをしている姿だけが鮮やかに見えた、と……。

 高校一年の5月。初めて浩介と話した時のことを思い出す。

 あの日あいつはおれと顔を合わせるなり、おれを指さして「あーーーー!!渋谷慶!」と叫んだのだ。
 そして、中学のバスケの大会の試合でたまたまおれを見て、ファンになったんだ、と言っていた。小さな体でスルスルと間を抜けてツッコんでいくおれの姿がかっこよかった、とかなんとか……。

 世界が色褪せていただの、ブラウン管の中にいただの、そんな話は今まで聞いたことがない。

 聞いたことはないけれど……さもありなん、という気はする。
 あいつは親との確執の話もしたがらない。小中学校時代のこともほとんど話さない。でも、胸の内に苦しい思いをたくさん抱えていることはわかっている。

 話をすることで楽になるというならいくらでも聞く。でもあいつはそうではない。そういうことを、おれに知られたくない、と思っている。だからおれは聞かない。

『慶の瞳にうつる自分だけは好き。慶と一緒にいる時の自分が一番好き』

 いつだったか、そんなことを言っていた。
 おれはいつでもいつまでも、浩介にとって最高の鏡でありたい。一番居心地のいい居場所でありたい。


「浩介先生みたいに、あたしも渋谷先生と一緒にいたら、治るのかなーと思ったりしてー」
「…………」

 それはおそらく、根本的なストレスを排除しない限り治らないのではないだろうか。
 浩介は15年以上症状が出ていないと言っていたそうだ。15年前といったら、25歳。就職してから数年……。親元を離れて独り立ちできたと思えたころ、といえる。

 樹理亜を追い込んでいる正体も、おそらく親なのだと思う。

 先日、浩介のズボンのポケットから派手なピンクの名刺が出てきた。浩介がキャバクラの名刺を持っているなんてありえない。似合わなすぎて驚いていたところ、浩介は名刺の端を汚い物でもつまむように持って封筒にしまうと、樹理亜の母が訪ねてきたことを話してくれた。

 樹理亜の母親はピンクが好きで持ち物も全部ピンクにしているらしい。だから、娘の樹理亜も小さな頃からずっとピンク頭だったそうだ。学校でからかわれたりしなかったのだろうか。それに中学に上がったら校則違反になっただろう。

「ホントに……とんでもないよ」

 浩介が吐き捨てるように言っていた。
 浩介自身も、小さな頃からずっと母親の価値観を押しつけられていたようなので、自分と彼女の境遇を重ねているところがあるのかもしれない。


「もしかして……そのスクリーンをなくすためにリストカットしてるの?」
「うーん……そうだったり、そうじゃなかったりー。うーんでもそうのことが多いかなー。今日はそうー」

 樹理亜は自分の左手首の包帯をじっと見つめてから、ふうっと息を吐いた。

「ホントは後から痛くなってくるしー病院くるの面倒くさいしー切るのやめたいんだけどねーなんかもう癖、みたいなー」
「癖って……」
「あー浩介先生はいいなー切ったりする前に渋谷先生に会えたってことだもんねー」
「………」

 それは……

「浩介先生言ってたよー。渋谷先生は強い力でぐいぐい引っ張っていってくれるんだってー」
「…………」

『慶は、おれを自由への道に連れ出してくれた』

 そう言ったのは、浩介が実家を出て一人暮らしをはじめた時だったか……。

 でも、今なら分かる。おれは連れ出しただけで、何の解決もしてやっていないんだ。
 だからその数年後に浩介は日本を離れる決意をしてしまう。

 本当の意味での自由への道へと連れ出すことはできないのだろうか……。


「ごめん、谷口さん、書くものある?」
「はい」

 谷口さんがポケットからメモ紙を取り出して渡してくれた。それに二人分の携帯番号とメールアドレスを記入する。

「目黒さん、これ、おれと浩介の連絡先。今度また切りたくなったりしたら、絶対に連絡して。おれも浩介も仕事中は出られないけど、折り返しするようにするから」
「え!?」

 樹理亜が目を丸くした。ピンクの髪が揺れている。

「どうしてー? 渋谷先生、前に、あたしのこと関係ないって言ってたのにー」
「そうだね」

 バレンタインの時に樹理亜がチョコをくれようとしたが「関係ないから」と受け取らなかったのだ。でも今はあの時とは状況が違う。

「そうだったけど、浩介にとって目黒さんは大切な生徒の一人みたいだから」
「卒業生だけどねー。あそこの先生は優しいから卒業生も大事にしてくれてねー。浩介先生も生徒みたいに思ってくれてるみたいー」

 うふふ、と樹理亜は笑ってから、あれ?と首をかしげた。

「浩介先生にとって大切な生徒だと、渋谷先生に関係があるの?」
「うん」

 当たり前だ。

「浩介にとって大切な生徒なら、おれにとっても大切な生徒になるから」
「えーそうなんだー」

 樹理亜はへえと言いながらおれの渡した紙を、ベッドの脇に置いてあったカバンに大事そうにしまい込んだ。

「ほんと、二人は仲良しさんだねー。奥さんに焼きもち焼かれないー?」
「………………」

 そこはノーコメントで立ち上がると、

「じゃあ、ゆっくり休んで」
「はーい。渋谷先生と話してたらスクリーン消えたし、今日はちゃんと眠れそー」

 ベッドのリクライニングを戻しつつ、樹理亜が笑顔で手をふってきた。

 なぜおれがそのスクリーンとやらを消すことができるのかは分からないけれど、消せる力があるというのなら消してやる。
 浩介にも二度とブラウン管の中になんか入らせない。おれが、鮮やかな光となろう。


***


 うちに帰るともうすでに夕飯の支度ができていた。

「早いな……」
「おれ味噌汁作っただけだよ。おかずは全部昨日お母さんからもらってきたやつ」

 浩介は年末に帰国して以来、おれの母のことを「お母さん」と呼ぶようになった。ごく自然にそう呼ぶから、あまり深く考えてなかったが、考えてみたらまるで結婚でもしたかのようだ。

 浩介は食べながらも、このキンピラはどうしてこんなにシャキシャキしているんだろう。今度お母さんにレシピを聞いてみよう、などとまるで嫁のようなことを言っている。

「……浩介」
「ん?」

 食べ終わったのを見計らって呼びかける。機嫌の良い浩介に言いだすのは心苦しいけれど、意を決して言葉を継ぐ。

「電話しないか? お母さんに」
「え? お母さんに?」
「ああ」

 きょとんとする浩介。

「キンピラのこと? そうだね。電話で聞いて……」
「そうじゃなくて」

 箸を置き、正面から浩介を見つめる。

「お前のお母さんに、だよ」 
「………………」

 途端に浩介の顔がこわばった。

「なんで……」
「昨日、後日連絡するっていったからな。連絡待ってるだろうし」
「いいよ」

 浩介がぶんぶんと首を振る。予想通りの反応だ。

「じゃあ、おれが電話する。いいな?」
「え………っ」

 みるみる青ざめていく浩介。でもここで引きかえしては同じことの繰り返しだ。心を鬼にして言葉を続ける。

「電話する前に確認したいんだけど、そもそもお前、親に何て言ってあるんだ?」
「………何も」

 ぽつんと浩介が言う。

「何も言ってないよ。日本を離れてからだから、もう12年? 一度も連絡取ってない」
「じゃ、お前、今どこにいることになってるんだ?」
「ケニア……。前に異動になった時に、もし問い合わせがきても異動してないことにしてくれって頼んでおいたから」
「……………」

 徹底してる。浩介は日本を離れる時に携帯も解約してしまったので、直接は連絡も取れなくなっていた。後に再購入したけれど、当然新しい番号は教えていなかったというわけだ。

「おれとのことは?」
「大学の時に別れて、今はただの友達ってことになってるはず。あかねとは10年くらい前に別れさせられた」
「別れさせられた?」

 浩介とあかねさんはずっと恋人のフリをしていたのだ。それが別れさせられたって?

「あかねが同性愛者だってのがバレたんだって。でも、あかねは自分はバイセクシャルであっておれと付き合ってるのは本当だって嘘の主張してくれたらしいんだけど、うちの母が、そういう趣向の人間は桜井家の嫁にはふさわしくないから別れろって言ってきたって。いかにもうちの親が言いそうなことだよ」
「……そっか」

 そんな話、今まで一度も聞いたこともない。10年前というと、おれも浩介とまったく連絡を取らなかった時期だからしょうがないといえばしょうがないが……。

「アフリカにいると思っていた息子が、なんの連絡もなく日本にいたら……そりゃ驚くよな」
「…………」
「しかもいた場所が、別れたはずの男の実家の目の前」

 浩介の母親の顔は、驚きでいっぱいになっていた。

「その上、男の姪っ子と一緒にバスケなんかして遊んでた日にゃ、何が何だかって感じだよな」
「…………」

 南の娘、西子ちゃんが言っていた。浩介の母親は西子ちゃんを見るなり「南さんの娘さん?」と言ってきた、と。西子ちゃんは南とよく似ているのですぐに分かったのだろう。

「そこへおれが現れて……」

 あの時の、浩介の母親のおれに対するむき出しの敵意……。

「息子の肩を抱いてるのを目の前で見せられたりしたら……」
「やめてくれっ」
「……っ」

 浩介の絞り出すような声に驚いて言葉を飲み込んでしまった。珍しい。珍しいどころか、おれに対してこんな口調を使ったの初めてじゃないか? 普段だったらもっと柔らかい甘えたような言い方をする。
 浩介も、はっとしたように口をつぐんだ。おれの前では見せることのない一面が出てしまったことに動揺して、目が揺らいでいる。

 沈黙が流れる。
 何を言ったらいいのか……。

 と、その時。浩介の携帯が鳴りだした。

「………とれよ?」
「あ……うん」

 浩介はカバンから携帯を取り出したが、「知らない番号……」と首をかしげた。あ、そうだった。

「ああ、ごめん。今日、目黒樹理亜にお前の携帯番号教えたから、彼女かも」
「え、目黒さん、慶に会いにきたの?」
「いや、また手首切って入院してきた」
「え……」

 戸惑ったように浩介が電話に出た。やはり樹理亜だったようで、おれに向かって肯いてみせた。

(……助かった)

 内心ホッとしてしまった。あの雰囲気はいかんともしがたかった……。タイミングよく電話をかけてくれた樹理亜に感謝したくなってしまう。

 電話の内容はというと……
 ひたすら、うんうん肯いている浩介……何を話しているのか分からない。

「明日の退院の時には、おれか圭子先生がいくから安心して。その時にこれからのことも話そう」

 そういって、電話を切った。
 浩介は、うーーーーん……と、うなっている。

「なんだって?」
「今、目黒さんの母親が、目黒さんの荷物をもって病院に押しかけてきたって」

 面会時間はとっくに過ぎてるのに……

「それで、二度と帰ってくるな、と言われたらしい」
「え………」

 帰ってくるなって……まだ未成年の娘に対して言う言葉か?

「ちょっとごめん。おれ、これからあちこち電話かけないとだから……」
「ああ。大丈夫。洗い物ならやっとくから」
「うん。ごめんね」

 すいっとリビングのソファに異動した浩介。
 たぶん浩介も、安心してる。これ以上、親の話をしないですむ言い訳ができて。

 食べ終わった食器を運びながら、浩介の横顔を見つめる。

(お前だって、人の親子関係心配してる場合じゃないだろ)

 出かかった言葉を飲み込む。そんなことは浩介が一番よく分かっていることだろう……。



-------------------


長かった……。
イチャイチャが足りないので、途中でR18シリーズに逃避した私……。

具体的な日にちを書きますと、

2月22日(日)「あいじょうのかたち6」「R18・負傷中の…」←福祉祭りの日(浩介が手に怪我をした日)
2月24日(火)「R18・リベンジ」←朝っぱらからエッチしてたって話。

2月27日(金)「あいじょうのかたち7」←樹理亜の母親に会った日
3月8日(日)「光彩8」←あかねの恋人綾さんの娘のダンスの発表会を見に行った日
3月15日(日)「あいじょうのかたち8」←浩介母来襲
3月16日(月)上記の話

になります。


それから……『慶は、おれを自由への道に連れ出してくれた』と言ったのは、
自由への道6」でした。
当時まだ22歳の彼らは、これで自由になった、と思っていたのですがねー……。


次回は、浩介視点。暗い話が続きます。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「あいじょうのかたち」目次 → こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

風のゆくえには~ あいじょうのかたち8-2(南視点)

2015年06月12日 13時00分46秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 手巻き寿司パーティーは大盛況のうちに終わった。
 浩介さんは終始ニコニコと楽しそうだった。時折、浩介さんがお兄ちゃんのことを目を細めて愛おしそうに見ていることも、お兄ちゃんが心配そうに浩介さんを見ていることも、時々二人が目があっては微笑みあっていたことも、私は見逃さなかった。ええ。見逃しませんとも!

 手巻き寿司パーティーでは、どの具材の組み合わせが一番おいしいかを発表しあったり、新たな組み合わせの開発をしようと盛り上がったり、最後の一すくいのイクラを誰が食べるかでじゃんけん大会をしたり……と、渋谷家ではわりと恒例の光景だったのだれども、浩介さんにはどれも新鮮で驚きの連続だったらしい。

 食器の片付けをしながら、浩介さんが「素敵な家族で羨ましい」といったのに対し、西子が素で、

「浩兄だって、家族の一員じゃん」

と言い、浩介さんが嬉しそうに笑みをこぼした。我が娘ながら花丸百万個の素敵発言だ。



 母の体調は、期待通り順調に戻ってきていた。
 手術後しばらくは毎日病院に通わなくてはならなかったり大変だったのだけれども、父も自炊できる人だし、私も姉もわりと近くに住んでいるので交代で様子を見に来たりして、どうにか乗り切った。

 兄も折をみてはちょこちょこ実家に顔をだしていた。
 しかし、その実家通いのための電車内で、浩介さんのお母さんに偶然姿を見られたことが、今回の来襲につながったようだ。うちの実家と浩介さんの実家は最寄り駅が隣なのだ。


 夕食の片付け後、西子は彼氏と狩りに行く約束をしているそうで(ゲームの話ですっ)、ネット環境の安定しているお兄ちゃんの部屋にいき、両親とお兄ちゃん達と私とでリビングで食後のコーヒーを飲んでいた時のことだった。

 浩介さんがおもむろに、頭を下げてきた。
 今日は申し訳ありませんでした。おそらく、今後も母親が迷惑をかけることがあると思います……と。

 僕の両親は、昔から子供を自分の所有物としか思っていない。少しでも意に反することをすると徹底的につぶしにかかってくる。
 どうにか、渋谷家の皆様にご迷惑がかかることのないよう説得しますので……と。

「まあ、うちのことは気にしないで大丈夫だよ」
 震える手を握りしめて頭を下げている浩介さんの肩を、父がポンポンとたたいた。

「我々は細々と年金生活してるくらいでね、失うものは何もないから何があっても大丈夫だよ」
「…………」
「それよりも、君たちが幸せに暮らすことを最優先に考えなさい」

 お父さん、やたらとカッコいいことを言うと、「明日提出期限の絵があるから」とアトリエにこもりに行ってしまった。自分で言ってて照れたんだろう。顔赤かったし。でもかっこよかったよ。


 残された母と私とお兄ちゃんと浩介さん。しばらくの沈黙のあと、母がポツリといった。

「まあ……子供の成長っていうのは、母親の通信簿みたいなところあるからね。自分の思う方向に行かせようと思う気持ちは分かるわよ」
「うん。分かる分かる! 通信簿だよね!」

 私も西子が小さい頃には特にそう感じることがあったため、激しく同意したけれど、お兄ちゃんと浩介さんは、ハテナ?という顔をした。
 キョトン、としている男2人に、いい?と人差し指を立ててみせる。

「言葉が遅いのは母親の語りかけが少ないから、とか、夜泣きをするのは昼間たくさん遊ばせてないから、とか乳幼児時代なんて、どんだけ母親に責任負わせんだよってくらいまわりから責められるんだよ」
「……………」
「小学校上がってからも、朝食はどのようなものを食べさせてますか? 夜は何時に寝かせてますか? そんな時間に寝かせてるから、成績が悪いんですよ。お母さんの責任ですよ。とかね」
「ああ……」

 だからなのかな……とお兄ちゃんが言った。

「子供が風邪引いても、自分が引かせてしまったって妙に責任感じてる母親って結構いるんだよな」
「でしょ?」

 お兄ちゃんは小児科医。ネットの口コミ掲示板ではやたら評判高いので、どう接しているのか興味がある。

「お兄ちゃん、そういう時なんて答えるの?」
「子供は風邪を引くものです。それで強くなっていきます。一緒に乗り越えましょう……みたいな」
「うわ。完璧」

 こりゃ渋谷先生、人気出るわけだ。

「すごいね。お兄ちゃん。そんなん言ってくれる先生のとこなら通いつめるわー」
「別に普通だろ」

 肩をすくめるお兄ちゃん。イケメンで優しくて頼りがいがあって、我が兄ながら外面は完璧だ。外面はね。

「責任感じてる母親にとって、そのセリフはすっごい救いになってると思うよ?」
「そうよね。子供に起きることは、親の責任ってところあるからね」

 母が深く肯いた。

「子供が人の道から外れず育つのかどうかも、親の責任……ってね」
「……それは」

 お兄ちゃんが何かいいかけて、黙った。
 奇妙な沈黙が流れる。
 この沈黙は……兄の問いかけだ。

「おれのことにも責任を感じているのか?」

 という……。母がその沈黙の意味を悟ったようにつぶやいた。

「まあ、慶のこともね、今でこそ吹っ切れたけど、責任感じてたことあったのよ」
「え」

 お兄ちゃんも私も、そして浩介さんも母を見返す。
 ちょっとドキドキしてきた。浩介さんの前で変なこと言わないでよ?お母さん……。

「慶のことは、本当にほったらかしで育てちゃったからね」
「ほったらかしって……」
「生まれてすぐのころは、椿の小学校のPTAの仕事が忙しくて全然構ってやれなかったし……」
「………」
「南が生まれてからは、ほら、ねえ……椿に任せっぱなしだったし」

 私は生まれてから小学校高学年になるまで体が弱くて入退院を繰り返していた。その間、お兄ちゃんのことは8歳年上のお姉ちゃんがずっと面倒をみていたらしい。だからなのかお兄ちゃんは重度のシスコンだった。

「だから、高2のお正月だったわよね? 浩介君と付き合ってるって知って……。ああ、親の愛情不足のせいで人とは違う方向に走ってしまったんだって、ほったらかしてたこと後悔したのよね」
「え!!」

 私とお兄ちゃん、同時に「え!」と叫び、浩介さんは真っ白い顔をして固まった。

「いやいやいやいや、そんなの関係ないし!」
「関係ない!関係ない! だいたい、愛情不足って思ったことない!」

 あわてて手を振る渋谷兄妹。すると、母は頬に手をあてて、

「あと……小さい頃面白がって、女の子の格好させたりしてたのが良くなかったのかしら、とか……」
「え、そうなの?」

 それは初耳。

「南が生まれる前にね。だって慶ってばそこらへんの女の子より可愛かったから、つい……」
「うそ! 写真とかないの?!」
「それは大昔、ネガごと処分した!!」

 お兄ちゃんがプリプリ怒って叫んだ。

「だいたいそんなの2歳になる前の話だろっ」
「だけど気になってたのよ。でも、こないだ浩介君が、慶が亭主関白だって言ってくれて……」
「え?!」

 ちょっと待て。それは聞き捨てならない。

「え、お兄ちゃんの方が亭主、なの?」
「南、そこに食いつくなっ」
「食いつくでしょっ。それは精神的な話? それとも肉体……」
「みーなーみーっ」

 思いっきりクッションを顔におしつけられ、言葉が続かなかった。

「お母さん! そういうこと言いふらさないでよ?!」

 お兄ちゃん、すごい剣幕。しょうがない。この件に関しては今度浩介さんを問い詰めよう。

「言わないわよ。まあ、とにかく親は子供のことに責任を感じてるって話よ」
「…………あの」

 今まで黙っていた浩介さんが、思い切ったように切り出した。

「お母さんは……慶さんと僕のこと……反対ですか?」

 おおっと。直球な質問!
 母はあっさりと答えた。

「当然、昔は反対してたわよ? でも今は大丈夫。それに前に南に言われたのよね。『お兄ちゃんを暗黒時代から救い出したのは浩介さんだよ』ってね。だから浩介君には感謝しないとと思ってるのよ」

 おお。そんなこと言いましたな。

「暗黒時代?」
 なんのことだ?というお兄ちゃん。浩介さんも目をパチパチさせている。
 あら、自分の消したい過去は忘れたふりですか?

「暗黒時代ですよー。ほら、お兄ちゃん、中3の夏に足怪我してバスケできなくなって……」
「それが暗黒時代?」
「じゃなくて。その上、お姉ちゃんがお兄ちゃんの主治医だった近藤さんと付き合いはじめて……」
「……………」

 お兄ちゃん、嫌~な顔をしはじめた。けけ。ざまあみろだ。

「ひどかったよねーあのころのお兄ちゃん。全然しゃべらないし、口開いても『うるせえ』とかそんな言葉だけでさ、ずっと部屋にこもってて出てこないし、ときどきクッションとか壁に投げてたし、ずっと眉間にしわよってたし」
「それは10代男子にありがちな反抗期ってやつだろっ」
「いやー反抗期とはちょっと違ったよねーあれは八つ当たりだよねー。まあ不良になったりしないで、その鬱憤を部屋にこもって受験勉強することで晴らしてたってあたりがかわいいもんだけどね」
「…………」

 反論できないお兄ちゃん。浩介さんは驚いたようにお兄ちゃんを見つめている。

「で、高校に入っても、あいかわらずなんか暗ーく毎日勉強ばっかりしてて、口もきかなくて……」
「それはあの高校のレベルに追い付くのに必死で……」
「でも、そんなとき!」

 お兄ちゃんの言葉を遮り、パンッと手を打つ。

「お兄ちゃんは運命の出会いをするのです。それが放課後の体育館で一人バスケの練習をしていた浩介さんでした」
「……………」
「浩介さんに出会ったことで、お兄ちゃんは暗黒から脱却し、キラキラな青春……うわわ」

 再びクッションを顔におしつけられた。

「お前、もう黙れ」
「えーこれからがいいところなのにー。ねえ? 聞きたいでしょ? 浩介さん」
「え……あ……」

 浩介さんは戸惑ったような表情をしている。

「浩介さん? どうかした?」
「あ、いや……、慶がお姉さんと仲良かったって話は聞いたことあったけど、そんな時代があったのは初耳で、びっくりしちゃって」
「そっか。もー、あの数ヶ月は家庭内すっごい険悪な雰囲気でホント最悪だったんだよ。ねーお母さん?」
「本当よね。どうなっちゃうのかと思ったわよねえ」

 母もうんうん肯くと、お兄ちゃんはブスーッとした顔をして、

「あーはいはい。すみません、すみませんでした! 申し訳ありませんでした!」
「椿もお嫁に行くのに慶のこと気にして気にして……」
「それは昔、椿姉にも謝ったよ!」

 勘弁してくれ、とお兄ちゃんは立ち上がった。コーヒーのおかわりをしにいくらしい。

「だからね、浩介さんには感謝してるんだよ。あの暗黒お兄ちゃんを元にもどしてくれて……」
「え……そんな」

 浩介さんが目をまん丸くしていると、母が「そういえば」と人差し指を口にあてた。

「前から思ってたんだけど、浩介君と椿って似てるわよね?」
「え」
「ちょ、お母さん」

 私もそれは高校生のころから思っていたけれど、触れないでいたんだよっ。

「ねえ? 南もそう思わない?」
「あー……」

 母が気にせず言ってくる。

 いやいやいや、それ、微妙じゃないですか? だから好きになったみたいな感じしちゃうし。
 しかも今の話の流れも、大好きなお姉ちゃんを取られて暗黒時代に突入したけれど、似ている浩介さんが現れたから元に戻れた、みたいになっちゃうじゃん。

「ちょっと、お母さんっ」
 台所から慌てたようにお兄ちゃんが戻ってきた。

「変なこといわないでくれる?」
「別に変なことじゃないでしょ」
「変なことだよっ」

 お兄ちゃんのこの慌てよう……。
 え、もしかして、自覚あったの?! 浩介さんとお姉ちゃんが似てるって!

 お兄ちゃんは焦ったような顔をして、浩介さんの隣にすとんと座ると、

「浩介、あのな、そういうことじゃ……」
「え、そういうことって?」
「あ、いや……」

 口をつむぐお兄ちゃん。
 浩介さん、大きく瞬きをして、お兄ちゃんを見返した。

「おれ、似てる?」
「え、あの………」

 お、お兄ちゃん、墓穴掘らないでよ?!
 そこへ母が空気を読まず、横から口を出した。

「似てるわよー。だから一緒に台所に立ってても違和感がないのね」
「お母さんっ」

 お兄ちゃんと私、再び同時に叫んだ。きょとんとする母。
 そんな中で………

「わあ………嬉しい」
「え」

 ほうっとため息をつくように、浩介さんがつぶやいた。

 ………嬉しい?

「嬉しいって……浩介?」
「だって、嬉しいよ。すごく。すっごく」

 お兄ちゃんににっこりとほほ笑みかける浩介さん。

「この23年の疑問にやっと答えがもらえた感じ」
「23年の……疑問?」

 お兄ちゃんはもちろん、私も母も、ハテナ、と首を傾げた。
 でも、たぶん、浩介さんにはお兄ちゃんしか目に入っていない。見ているこちらが照れてしまうほど、まっすぐにお兄ちゃんの瞳だけを見つめている。

「おれね、ずっと不思議だったし不安だったんだよ。どうして、慶はおれを選んでくれたんだろうって」
「不安て」
「不安だよ。慶はいつでも強くて綺麗で輝いてて眩しくて……。おれなんかと一緒にいていいのかなって思うし、おれなんかふさわしくないっていつも思ってるし」
「浩介……」

 え……と声をあげそうになるのを、口を押さえてこらえる。浩介さんてばそんな風に思ってたんだ。
 横をみると、母も同じように、口を押さえて話の成り行きを見守っていた。うん、余計なことを言わないようにそのまま口押さえておいて!お母さんっ。

「でも、よかった」
 浩介さんはふと目もとを和らげた。

「慶の大好きなお姉さんに似てるっていうのが理由なら、納得できるというか……ちょっと自信がつくかも」

「……………あほかっ」
「いてっ」

 ゴンっと、浩介さんのこめかみのあたりに、お兄ちゃんのゲンコツが思いきりヒットした。い、痛そう。

「ばかばかしくて話しする気にもなんねー」

 立ち上がり、浩介さんを正面から見下ろすお兄ちゃん。

「なんでそうなるんだよっ。おれは別に椿姉に似てるからお前のこと好きになったわけじゃねーよっ」
「慶」
「おれにとってお前は……っ」

 わあ!!こんなシーン目の前で見られるなんてー!!……って息をひそめて見つめていたのに……
 はた、とお兄ちゃん、私とお母さんがいることを思い出してしまったようだ。 

 お兄ちゃん、気の毒なくらいバーッと顔を赤らめると、

「そ、そろそろ帰るぞっ。おれ荷物取ってくるっ」

 わたわたとリビングから出て言ってしまった。
 ちぇー。もっと聞きたかったのに……。

「慶があんなこというなんて、ねえ?」
 母がクスクス笑いながら、私のことを肘でつついてきた。

「ああ、面白かった」
「面白かったってお母さん……」

 意外とうちの母、性格悪かったりする。

「浩介君、もっと自信もって大丈夫よ? 慶はあれで一途な子だから、ずっとあなたのこと好きでいるわよ」
「お母さん……」

 浩介さんはどう受け取ったものかと戸惑っている感じだ。

「でもなんで僕なんかを……」
「僕なんかって」
「あの、お姉さんと僕って、どこが似てますか?」

 浩介さん真剣……。
 母は、んーっと一度上を向いてから、人差し指をピッと立てた。

「真面目なところ。優しくてフワフワしたところ。それでいて中では激しい感情が渦巻いているところ。……ってとこかしら?」
「……………」

 浩介さんが驚いたように目を瞠った。

 真面目と優しくてフワフワはともかく、激しい感情が渦巻いている? お姉ちゃんと浩介さんが?

 ハテナハテナハテナ、と思っているところに、西子とお兄ちゃんがリビングに入ってきた。

「お母さーん。てっちゃん今からお風呂入るっていうから、今のうちに帰りたいんですけどっ」
「浩介も帰るぞ。明日早いんだろ?」
「あ……うん」

 浩介さんはお母さんとまだ話したそうだったけれど、自分とお兄ちゃんのコーヒーカップを持って立ち上がった。

「下げるだけでいいわよ。洗うのはいいから置いておいて」
「はい」

 台所に行きながら、浩介さんとお母さん、何かコソコソ話している。なんだろう……。
 でも、それが終わってこちらをむいた浩介さんは何か憑き物がとれたようなスッキリした顔をしていて……

「西子ちゃん、今日はビックリさせちゃってごめんね。明日頑張ってね」
「うん。ありがとです」

 浩介さんに両手でピースサインをつくってみせる西子。そういえば明日クラス対抗のバスケットボールの試合があるんだった。

 毎回恒例の、母のあれ持って行けこれ持って行け攻撃で、きた時の倍の荷物を持って渋谷家を後にした私達。

「浩介さん、さっきお母さんに何て言われたの?」
「え」

 ピッと車のロックが解除された音。浩介さんは、にっこりとすると、

「内緒」
「えー」
「じゃ、南ちゃん、西子ちゃん、またね」
「えー」

 私のブーイングをものともせず、運転席に乗り込む浩介さん。
 お兄ちゃんも眉をへの字にしたまま、助手席に乗り込み、こちらに手を振った。

「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「えー」

 答えてくれないまま、二人を乗せた車はいってしまった。
 くそー。気になる……。

「ちょっと戻っていい? おばあちゃんに聞きにいってくる」
「ダメダメっ。早く帰ってくださいっ」
「えー」

 西子に拒否られ、しょうがなくこちらも車に乗り込む。

 諸々疑問点に関しては、おいおい追求していくことにしよう。
 今日は思いのほか、おいしいシーンをたくさん見られた。今書いている小説のネタに使えそうだ。
 とりあえず、お兄ちゃんと浩介さんがいまだラブラブだということが確認できて、満足のいく一日となった。


----------------------


ということで、南ちゃん視点でした。

長々と書いてしまった……。

「あいじょうのかたち」の私の中の最大目的(?)は、『浩介救済』なんです。
浩介は、自分が慶に愛されている、ということは分かっているのですが、
なんで自分なんだろう?っていう不安をずっとずっと抱えているんです。
なんでこんなに綺麗で完璧な人が自分なんかを求めてくれるんだろう……と、不安で仕方がない、という……。

慶母が浩介に言ってくれた言葉、は、また後日。浩介視点の時にでも書きますかね。
浩介さん、今の幸せを壊させないために、とうとう両親との対決を決意いたします。
でも次回は、順番からいったら慶なので、慶視点いっときますかね。


にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「あいじょうのかたち」目次 → こちら

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

風のゆくえには~ あいじょうのかたち8-1(南視点)

2015年06月10日 10時19分48秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 浩介さんと一緒に公園に行っていたはずの西子が、慌てた様子で家にもどってきた。

「慶兄は?」
「自分の部屋……」

 言い終わる前に、ダッと階段を駆け上っていく西子。なんなんだろう……
 と思ったのも束の間、今度はお兄ちゃんがものすごい勢いで降りてきて、そのまま玄関を飛び出していった。

「どうしたの?」
「ちょっと……大変」

 母には聞かれたくない様子で、西子がコソコソっと言った。

「浩兄のお母さんって人が来て、なんか話してるうちに浩兄、吐いちゃって……」
「え」
「ちょっと普通じゃない感じで怖かったから、慶兄呼んでくるっていって帰ってきたのさ」
「そ、それは……」

 修羅場だ。
 お母さんの異常なまでの束縛に浩介さんはずっと苦しめられていた。逃れるために長い間外国暮らしをしていて、今回帰国したこともご両親には話していないと言っていた。
 でも、何かしらでバレてしまったということか。もしくは偶然、浩介さんのお母さんがうちのあたりに来たところ会ってしまったということなのか……。


 今日は3月15日。ホワイトデー翌日。
 お兄ちゃんと浩介さんが実家にバレンタインのお返しを持ってくるというので、私と西子も遊びにきていた。

 4月から中学3年になる西子は、私の遺伝子をガッツリ引き継いでオタク道を突き進んでいて、運動も大嫌いだ。でも、明日クラス対抗のバスケットボールの試合があるというので、浩介さんに練習をつけてもらいに、家の向かいの公園に行っていた。お兄ちゃんは仕事が忙しくて寝不足だとかで部屋で寝ていたのだけれど……。


「ちょっと様子見てくる」
 西子に言うと、私も急いで公園に向かった。
 私に何ができるわけではないけれど、第三者がいた方がみんな冷静になれるんじゃないかと思って……

 なんて、軽く考えていたのが間違いだった。

 もう日が落ちて、薄暗くなった人気のない公園。目に飛び込んできたのは……
 ベンチに座って、苦しそうに胸をおさえている浩介さんと、浩介さんを守るかのように肩を抱き寄せているお兄ちゃん。その前に立ち、震えながら二人を見ている浩介さんのお母さんの姿だった。

 とても声なんかかけられない雰囲気………。

「浩介………」
「…………っ」

 おばさんの声に激しく首を振る浩介さん。
 お兄ちゃんがその耳元に何かささやいている。たぶん、落ちつけ、とか、大丈夫、とかそんな感じの言葉。

 お兄ちゃんがスッと顔をあげた。強い色の瞳……。

「すみません、お引き取り願えますか」
「あなたにそんな……っ」
「南」
「えっ」

 おばさんが何か言いかけるのを遮って、お兄ちゃんが私の方に顔を向けた。
 私が来たこと気がついてたんだ?!

「送ってさしあげて」
「え、あ、う、うん」

 こ、この状態で、そんなこと言われてもーーー!と言いたいところだけど、さすがに言えない。

「あの、お宅まで車でお送りしますよ?」
 恐る恐るおばさんに声をかけると、おばさんがキッと私をにらみつけた。

「そんなことしてもらう筋合いないわ。だいたい……」
「………帰れ」
「!」

 殺気のこもった声にぎょっとして、私もおばさんも振り返った。声の主は……浩介さんだ。

「帰れよ……っ」
 浩介さんは絞り出すように言うと、自分の膝に顔を埋めた。心配げに浩介さんの背中をさするお兄ちゃん。

「こう……っ」
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
 浩介さんに触れようとしたおばさんの腕をとっさに掴む。

「何を……」
「どう考えても、この状況でこれ以上話したりするのは無理ですよね? 息子さん、死んじゃいますよ?」
「…………」

 バッと手を振りほどかれ、再び睨まれた。

「私は母親よ? どうして自分の息子と話すことを………」
「だから……」
「とにかく今日はお帰りください。後日あらためて連絡しますので」

 お兄ちゃんがピシャリと言う。
 私もベンチの二人とおばさんの間に入り込み、軽くその腕を押し出した。
 
「はい。行きましょう、行きましょう。お送りしますよ?」
「………結構よ」

 おばさんはものすごい目でこちらをにらみつけ、カツカツとヒールの音をさせながら公園から出ていった。

 こわーーーーーっ。帰ってくれて助かった……。

 その姿が見えなくなったところで、

「南」
 お兄ちゃんが、片手で「ごめん」のポーズをした。

「ありがとな」
「んにゃ、ぜんぜん」

 ひらひらと手を振ると、お兄ちゃんは淡々と、

「おれ達、このまま帰るよ。悪いんだけど、荷物……」
「ダメだよ……」

 浩介さんのひっそりとした声。さっきの殺気のこもった声と同一人物とはとても思えない。

「お母さんが……今日の晩御飯、手巻き寿司にするって……お刺身たくさん買ってあったし、海苔ももう切ってあったし、それにお吸い物、おれが作るって約束してる……」
「浩介……」
「おれ、こんなことで幸せな時間奪われるなんて耐えられない……」

 胸をおさえたままうつむいている浩介さん。どんな表情をしているのかは見えない。

「わかった。わかったから……」

 お兄ちゃんが、浩介さんの髪をくしゃくしゃとなでて、頭を引き寄せ、コツンと自分の頭に合わせた。

(……うわ~~~……)

 な、なんなんでしょうか。これは。
 もしかしておばさんを追い返すのに活躍した私へのご褒美ショットでしょうか?

 なんて絵になる2人……。薄暗いこともあって、アラも目立たないから余計に綺麗。
 写真撮りたい写真。マジで写真撮りたい。
 撮っていいかな。いいよね? ご褒美だよね?

「…………何やってんのお前?」
「え」

 携帯を二人に向けたところで、お兄ちゃんにツッコまれた。

「いや………あまりにも絵になるので、写真を、と思いまして……」
「…………………」

 冷たーい目でこちらを見かえしているお兄ちゃん……。美形って真顔になると怖いんだよね……。

「え、ダメ?」
「ダメに決まってんだろっ」
「いいじゃん。減るもんじゃなしに」
「お前、そうやって高校の時、おれ達の写真で小遣い稼ぎしてただろっ。増えてんじゃねえかよっ」
「これは売らないからーさっきのもう一回やってよー」
「やるかっ」
「けちー」
「誰が………浩介?」

 浩介さんの肩が揺れている。……笑ってる?
 顔をあげた浩介さんは、少し顔色が悪い気はするものの、もういつもの浩介さんに戻っていた。

「南ちゃん……ありがとね」
「いえいえ」

 再びひらひらと手をふると、

「だからお礼はサービスショットでお願いします。はい。さっきのもう一回やって!」
「誰がやるかっ」

 ぷんぷんしているお兄ちゃんの横で、浩介さんはきょとんと、

「え、いいよ。やるやる。おれがこうやって下向いてて……」
「そうそう。それでね、お兄ちゃんが、コツンって」
「だからやんねーよ!」

 せっかく浩介さんは乗り気だったのに、お兄ちゃんに断固拒否され結局撮れなかった。ケチくさい兄だ。
 今度は隠し撮りにしよう。隠し撮りに。


------------



長くなったので分けることにしました。
この「あいじょうのかたち」は、一人1話でいくぞー!おー!って思って、
多少長くなっても我慢してたんだけど、さすがに今回は無理だった…。

次回も南ちゃん視点で。
南ちゃん、娘も中学生になりすっかりお母さんです。
けど、中身は変わりません。あいかわらず腐ってます。


にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「あいじょうのかたち」目次 → こちら

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

風のゆくえには~ あいじょうのかたち7(浩介視点)

2015年06月08日 12時34分34秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

「浩介先生……」
 職員室のドアがソロッと開いて、ピンクの頭が覗きこんできた。ここの学校を昨年卒業したという目黒樹理亜だ。いつも圭子先生を訪ねてきている。

「あ、ごめん。圭子先生、研修会に行ってて今日は戻ってこないんだけど」
「ううん違うのー。今日は浩介先生に会いにきたのー。今、大丈夫ー?」

 ほとんどの教室の授業が終わっているため、今もおれの他に5人の先生がデスクで仕事をしている。あまり他の先生には話を聞かれたくない。

「外で話そうか」
 樹理亜を促し、廊下の隅の自動販売機横のベンチに腰かけさせる。職員室に近いせいか、いつもここは人がいない穴場だ。

「ジュース? コーヒー? 何がいい?」
「………ココアー」

 下を向いたままの樹理亜にココアを渡し、自分はコーヒーを選ぶ。ザーッと勢いよくカップにコーヒーが注がれていく。

「で、どうしたの?」
「浩介先生、手は大丈夫ー?」

 でっかい絆創膏みたいなものを貼っているおれの手を見て樹理亜が言う。
 先日、樹理亜が自分の手首を切ろうとしたのをかばって、7針縫う怪我をしたのだ。

「大丈夫だよ。週明けに抜糸するらしい」
「そー……」

 樹理亜はココアであたたまりたいように、ココア入りのカップを抱えこんだ。

「渋谷先生と浩介先生がお友達だったなんてビックリしたよー」
「あー……うん」

 戸田先生と樹理亜には「高校時代の同級生」と説明してある。
 樹理亜は大きくため息をついた。

「渋谷先生、ものすっごく怒ってたよねー……」
「あー……そうだね……」

 慶の怒りは凄まじく……実はいまだに怒っている。
 慶はおれのことになると、自分のこと以上にものすごくムキになる。
 そういえば高校時代、おれがバスケ部の仲間に理不尽なことを言われたときも、あの小さい体(というと怒られるけど)で、相手の奴に掴みかかってくれたりしたなあ……なんてことを懐かしく思いだしたりした。

 今回の事件後は、不自然なまでに樹理亜を避けて、怒りを直接ぶつけないよう気をつけていた感じだった。おそらく単純におれに怪我させた樹理亜に対して怒っているだけではなく、止めることができなかった自分への怒りもあるのだろう。

 まあ、それだけおれが愛されているということだ。……なんて、不謹慎ながら嬉しくてたまらない。

 実は今現在、怪我をしているおかげで、いまだかつてなく甘やかされている。
 ご飯も食べにくいものは食べさせてくれて、髪も体も洗ってくれて、着替えさせてくれて、爪も切ってくれて……。こんな甘々な生活を送れるなら、何針でも縫っていい。

 ……とも思うけれど、でも家事の負担が慶にかかりすぎているので、やっぱり早く治したい。
 それになにより、傷にひびくから、という意味の分からない理由でちゃんとやらせてくれないし。……いや、それはそれでイイ思いさせてもらったりもしてて、それはいいんだけど、ものすごくいいんだけど、でも色々……ああいうこともこういうこともできないのはやっぱり……。ああ、早く治さないと。

 なんてとても口にはできない妄想を奥の方にしまい込んだところで、樹理亜がムッと頬を膨らませた。

「でも、あたし謝らないからねー? だって勝手に手をだしてきたの浩介先生なんだからねー?」
「そうだね。でもね」

 すとんと隣に腰かけると、ビクッと樹理亜が震えた。謝らない、といいつつも、怪我をさせたことに対して申し訳ないと思っていることが伝わってくる。悪い子ではないのだ。

「おれが怪我してなかったとしたって、渋谷先生は怒ってたと思うけど?」

 まあ、怒りの内容は違くなるけどね、という言葉は飲み込む。

「どうしてー?」
「渋谷先生には、助けたくても助けられなかった人がいっぱいいるし、生きたいけど生きられない人も今までいっぱい見てきたからね」
「…………」
「自分自身を傷つける目黒さんにも、目黒さんを止められなかった自分に対しても、ものすごく怒ると思う」
「でもさー……」

 樹理亜が首をかしげてこちらをみた。

「あたしが傷ついても、関係なくない? あたしが痛いだけじゃん?」
「関係なくないよ。やだよ?」
「へ?」

 きょとん、とする樹理亜。

「なんで?」
「なんでって、嫌に決まってるよ。だからおれだって思わず手出しちゃったんだよ? 君が傷つくのはおれも嫌だし、渋谷先生だって嫌だよ」
「…………意味わかんない」

 意味わかんない。意味わかんない。樹理亜がブツブツブツブツ言い続けている。
 落ちつくまでコーヒーを飲んで待ってみる。

 この子は……何から逃げようとしているのだろう。どうしてリストカットを続けるのだろう。
 リストカットをする理由にはいくつか種類がある。かつての教え子の中にリストカットをしてしまった子は2人いる。一人は、いじめを苦に。一人は、愛してほしい、という気持ちから。でも、樹理亜はそのどちらにも当てはまらない感じがする。

 しばらくの沈黙の後、樹理亜がようやくポツリと言った。

「いつもはね……こう……まわりが映画館のスクリーンみたいになってるのが変な感じで……」
「…………っ」

 離人症……。
 はっとした。昔のおれと同じだ……。

「なんていうか……生きてんだか死んでんだか分かんないから、それ確かめるために切ってたっていうか……」
「…………」

 おれにも覚えのある感情……。
 樹理亜は、うーん、と天井を見上げながら言葉を継いだ。

「でもこないだ切っちゃったのは……あんまり覚えてないんだけど……。じぼーじき?」
「自暴自棄?」
「ママちゃんが、黒ママちゃんになって、お前なんか死んじゃえって言ったから」
「ママちゃん?」

 誰? と聞くと、樹理亜は初めてココアに口をつけた。

「あたしのママ。白ママちゃんの時と黒ママちゃんの時があるの。黒ママちゃんは超コワイの」
「…………」
「でも、白ママちゃんはすっごく優しくって大大大好き。まわりがスクリーンみたいになっても、ママちゃんがぎゅーってしてくれたら直るの」
「…………」
「でね、渋谷先生は、ママちゃん以外で初めてスクリーンから出てきてくれた人なの」
「え」

 驚いた。素の声が出てしまった。

「渋谷先生がね、こう、手をつかんでくれたとき……スクリーンから手が出てきたっていうのかな……」
「ああ……そうなんだ」

 慶……。なんだろう。慶にはそういう力があるんだろうか。

「あ、変なこと言ってるこの子って思ってるでしょー?」
「いや、分かるよ」

 樹理亜の言葉に本心から肯くと、樹理亜が鼻にシワをよせた。

「分かるよ、だってー。そういうこと言う大人って信用できなーい。ウソついてこっちの……」
「いや、本当に」

 思わずふっと笑うと、樹理亜がどういうこと?と首をかしげた。

「おれも、中学くらいから目黒さんがいってたみたいになることよくあったんだよ」
「? スクリーンのこと?」
「おれの場合は、ブラウン管……って分かる? 今の子ってもしかして知らない? 昔は今みたいに液晶テレビじゃなくて、ブラウン管っていうのだったんだけど」
「分かる分かる。うちの前のテレビそうだった」

 樹理亜が言うのに、肯きかえす。

「そう。おれはブラウン管の中って感じだったんだよ」
「それ……治ったの?」
「そうだね……ちょっとずつならなくなっていって、最後になったのは15年以上前かも」

 実家を出て就職してしばらくしてからはならなくなった。考えるまでもなく、原因は実家にあったということだ。

「中学の時は本当にひどくて、四六時中ブラウン管の中だったし、色彩もよくわからなくて……白黒ともちょっと違うんだよね。全体的に褪せてるっていうのかな」
「ああ、うん。分かる」

 こっくりと樹理亜が肯いた。ああ、この子、本当におれと一緒なんだな……。
 
「ねえ、それ、どうやって治したの?」
「それは……」

 言っていいものかと躊躇したけれど、ここで話さないのもウソっぽくなるので心を決めて言葉を継いだ。

「渋谷先生のおかげだよ」
「え」
「中学の時に、偶然、渋谷先生がバスケットしてるところを見かけてね」

 いまだに思い出すと胸が詰まるような感覚になる。あの時の慶。色褪せた世界の中で、唯一光り輝いていた。

「渋谷先生だけ鮮明な色がついてて……すごく綺麗で」
「えー素敵」

 樹理亜が目をキラキラさせた。

「それでそれで?」
「偶然同じ高校に入学して、友達になったんだけど……渋谷先生と一緒にいるときは不思議とブラウン管にならなくてね……」
「へー。天使に癒される感じ?」
「いや……」

 癒されるっていうのは違う気がする。いやもちろん癒されないことはないんだけど、それはまた別の話で……。

「強い力でぐいぐい引っ張られる感じかな。あの人、見た目はあんなだけど、中身は男らしいし、口悪いし、手も足もすぐ出るし」
「えー」

 うそーと樹理亜が叫んだ。

「あんなに天使みたいなのにー?」
「だよね」

 思わず笑ってしまう。

「おれなんかしょっちゅう蹴られてるよ」
「うそー」

 あはは、と樹理亜も笑った。

「仲良いんだねー」
「そうだね……」

 あまり余計なことは言わないように気をつける。

「でもさあ、そんなに仲良かったら、渋谷先生結婚したとき寂しくなかったー?」
「え……」

 思わず黙ってしまう。なんと答えれば……

「あ、でも浩介先生も結婚してるのかー」
「え」

 樹理亜がすっとおれの左手を取り、そして、指輪を見て「あれ?」と首をかしげた。

「この指輪……渋谷先生のと似てるねー」
「え」
「普通の輪っかじゃなくて、メビウスの輪みたいになってて……」
「あー……」
「似てるっていうか……同じ……?」
「え」

 まずい。まずいまずいまずい。
 あ、いや、動揺するな。普通に否定すればいいんだ。

「そう? 似て……」
「樹理亜ーーーー!!!」

 もごもごとおれが言いかけた言葉に、女性の甲高い声が重なった。助かった!
 ビックリしたように、樹理亜が立ち上がる。

「ママちゃん!」
「樹理亜!」

 ケバケバシイ、という言葉がぴったりの女性が樹理亜をガシッとハグした。樹理亜と同じピンクの頭。折れそうなくらい痩せている。

「もーなんで勝手に行っちゃうの!」
「えー勝手じゃないよー。ちゃんと冷蔵庫のとこ書き置きしたよー」
「それが勝手だっていうの! ママも一緒に行くって言ったでしょ!」
「あ、そっか。ごめんごめん。浩介先生!」

 樹理亜がハグから抜け出し、おれに向き直った。

「あたしのママー。美人ちゃんでしょ~。歳は先生たちの一コ下だよー」
「こら。樹理亜、歳を言わない!」

 コツンと樹理亜を小突いた樹理亜ママ。一つ下?見えない……。5、6歳は上に見える……。

「浩介先生、この度は樹理亜がご迷惑をおかけしまして……」
「違うもん。先生が勝手に手だしたんだもん」
「樹理亜」

 めっと樹理亜を再び小突くと、こちらに深々と頭をさげてくる。

「かばってくださったそうでありがとうございました」
「あ……いえ、どうも……」
 何と言ったものか戸惑ってしまう。

 樹理亜ママはこちらににじり寄り、媚びを売るような笑みを浮かべた。

「お怪我の具合はいかがですか?」
「あ、いえ、大丈夫です……」
「この子、昔から突飛でもないことする子で……ごめんなさいねえ」

 樹理亜ママがいうそばから、樹理亜がふてくされたように母親の裾を掴んで引っ張った。

「ママちゃん、もういいよー。浩介先生は勝手に……」
「樹理亜」

 ピシャリ、と強い口調。樹理亜がビクッとする。

「ママは樹理亜のために謝ってるのよ? それを何? さっきから……」
「ご、ごめんなさい」

 途端に樹理亜が小さくなる。

(…………樹理亜のために謝ってる、か)
 大きくため息をつきたくなるのを何とかこらえる。

「それで、先生? 治療費なんですけどね、うちとしてはわざとやったわけではないし、その……」
「ああ、結構です。いりません。単なる事故ですので」
「そうですか?」

 ホッとしたような樹理亜の母親。
 カバンからごそごそと名刺を出してきた。

「先生、私のお店。是非いらしてくださいね。サービスしますので」
「…………」

 母親同様、ケバケバシイ名刺。店の名前………『ピンクピンクズ』

「私のラッキーカラーがピンクなので、持ちものは全部ピンクにしてるんですよ~」
「そう!だからあたしも小さい頃からピンクの髪の毛なんだよー!」
「ねー」

 微笑み合う母と子。
 小さい頃からピンクの髪? 「持ち物」は全部ピンクって……子供は持ち物なのか?

「じゃ、先生。お待ちしてますから」
「じゃーねー先生ー」

 色々な思いが渦巻いて返事もろくにできないおれを置いて、目黒母娘ははしゃぎながら帰って行った。

「…………子供は親の所有物じゃない」
 薄暗い廊下の隅で一人ごちる。自動販売機の機械音が響いている。

 脳裏に、もう何年も会っていない自分の母親の面影がよみがってくる。

「子供は親の持ち物じゃない」
 再度つぶやいたとき、すっと手足が冷たくなったことに気がついた。

(……まずい)

 息が……苦しくなってきた。このままだと過呼吸の発作が起こる。
 まずい。このままではまずい……。

「……慶」
 そっとその名を呼ぶ。慶、慶、慶……と呪文のように唱える。

 あなたの声が聞きたい。触れたい。その柔らかい髪に顔を埋めたい。

(………苦しい)
 日本に帰ってきてから約2ケ月。今までに3度、発作を起こしている。日本を離れていた間は一年に一度程度しかなかったのに……。
 慶には心配かけたくなくて、発作が起こったことは話していない。これからも慶の目の前で起こらない限りは話すつもりはない。知ったらきっと、慶は自分のせいで日本に帰ってきたからだ、と自分を責めてしまうだろう。

(………慶)
 震える手で、携帯を取り出し、写真のデータを呼び出す。
 慶の寝顔……胸があたかかくなってくる。

(大丈夫、大丈夫……)
 慶の写真を見ながら、ゆっくり、ゆっくり息を整える……。

(慶……慶。大好きな慶……)

 空気が入ってくる。大丈夫。大丈夫……。
 よかった。本格的に苦しくなる前に引きかえせた……。

 と、そこへ。突然、携帯が震えだした。ディスプレイに着信の表示が。

「!」
 慶からの電話。反射的に通話ボタンを押す。

「慶!?」
「………早っ」

 ビックリしたような、あきれたような声。聞きたかった大好きな声。

「何? 今、携帯使ってたのか?」
「あ、うん。今、ちょうど、慶の写真見てニヤニヤしてたとこ」
「…………。ばかだろ、お前」

 あ、「あほ」じゃなくて「ばか」だって。相当呆れてるし照れてるな。慶。

「で、どうしたの?」
「あー、お前、まだ仕事?」
「んー……」

 終わろうと思えば終わるし、終わらないと言えば終わらないという感じ……。

「おれ、もう上がれるんだよ。せっかく早いから飯、外でと思ったんだけど……」
「行く!」

 やった! 早く会える!!

「おれも速攻で上がる!」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃなくても大丈夫! 今すぐ会いたかったからすっごく嬉しい!」
「…………」

 何かツッコまれるかと思いきや、

「浩介」
 真面目な声。

「お前、何かあったのか?」
「……どうして?」

 出来るかぎりの普通の口調で言うと、

「なんか……泣いたあとみたいな声してる」
「……………」

 ぐっとつまる。バレるわけにはいかない。明るい声で言い返す。

「あ、うん。泣いてた。慶に会いたくて」
「……………」

 慶はあきれたようなため息をつくと、「まあいいや」とつぶやいた。

「じゃあ、終わったら連絡くれ」
「わかったーあとでねー」

 幸せな余韻に浸りながら電話を抱きしめる。
 ああ、早く会いたい。早く会いたい。

「………あ」
 立ち上がり、椅子の上に放置されていた名刺に気がついた。
 毒々しいピンクの名刺……。
 このまま放置していきたいところだけれど、校内にキャバクラの名刺を置いておくわけにはいかない。

 しょうがなく、拾ってポケットに入れる。その場所だけズッシリ重くなった気分だ。

 樹理亜のリストカットはおそらくまだ続くだろう。
 なんとかしてやりたい、という気持ちと、教え子でもなんでもないもうじき成人する女の子にあまり関わるのもまずいだろう、という気持ち。それに……自分のトラウマに抵触することが怖い、という気持ちが複雑に入り混じっている。

「…………大丈夫、大丈夫」
 もう一度、静かに息を吸い込む。左手の薬指の指輪をぎゅっと握る。

 おれには慶がいるから大丈夫。



--------------------------


はあ。書いてるこっちまで苦しくなってきた。

「いまだかつてなく甘やかされている」浩介の話を書きたくなってきた。
もちろんR18話なわけですが……そのうち書こーっと。

通常、この2人、浩介がまめまめしく慶の世話をしたがる感じなので、
浩介がされるっていうのは新鮮でいいですな。怪我した甲斐がありましたな。
でもきっと、慶は体洗ったりしてくれるのも、淡々と事務的にやりそう……。


次は、慶の妹、南ちゃん視点、いっときますかね~。
南ちゃん、母になってもあいかわらずの腐女子です。


にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「あいじょうのかたち」目次 → こちら

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする