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風のゆくえには~ あいじょうのかたち19(戸田先生視点)

2015年09月11日 21時35分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
連載再開にあたり、軽い人物紹介。その後、本文になります。

桜井浩介(40)
フリースクール教師。身長177cm。現在、高校時代からの恋人渋谷慶と同棲中。
高圧的な父親と過干渉な母親の元で育つ。小中学校ではイジメにあい不登校に。
慶のおかげで、外面は保てているものの、内面は屈折していて、両親との確執、慶への独占欲・依存度は病的。
でもそれではダメだ!と一念発起して、現在、心療内科に通院中。

渋谷慶(41)
小児科医師。身長164cm。誰もが振り返る美形。筋トレが趣味←脱いだらすごいんです。
天使のような外見とは裏腹に、竹を割ったような男らしい性格。口が悪い。
浩介が初恋で、そのまま浩介一筋25年。
小児科医師としては、子供にも親にも優しく腕も良くて、非常に評判が良い。

一之瀬あかね(40)
浩介が唯一心を許している友人。中学校教師。女優のような容姿をしている。
同性愛者であり、現在恋人の綾さんと綾さんの娘と一緒にシェアハウスで暮らしていて、
自分名義のマンションを浩介と慶に貸している。


目黒樹理亜(19)
浩介の勤める学校の卒業生。浩介と同じ心療内科に通院中。
慶に片思いをしていたけれど、浩介が恋人であることを知り、諦める。
母親に売春までさせられていて、リストカットの常習者でもあった。
浩介らに助け出され、現在、陶子の店で住み込みで働いている。

陶子(52。見た目は40くらい)
ビアンバーのママ。謎の多いクレオパトラのような美女。
あかねは大学一年の時から陶子の店でアルバイトしていた。

ララ(19?)
陶子の家に住んでいる少女。性依存症らしい。

ユウキ(19)
陶子の店の常連。樹理亜に気がある。

圭子先生(60代)
樹理亜の元担任。みんなのお母さんと呼ばれる包容力のある先生。


峰先生(53歳)
慶の勤める病院の院長。慶の良き理解者。

戸田菜美子(30代前半)
心療内科医師。樹理亜、浩介の主治医。

西田さん(40代半ば)
看護師。ガサツでうるさくおせっかい気味。

谷口さん(20代前半)
看護師。おとなしくて気が利く。


こんなところでしょうか。

今回、この「あいじょうのかたち19」は、少し話を遡りまして、15の一週間後からはじまります。
心療内科医、戸田ちゃん視点でお送りします。



------------------



「桜井浩介。40歳。教師。幻覚症状。過換気症候群。睡眠障害を訴え、睡眠導入剤の処方を希望」

 要点だけつらつらと読み上げる看護師の柚希ちゃん。

「でも、睡眠導入剤出してないですよね?」
「んー………」

 くるくるペンを回す。「浪人回し」の名の通り、浪人時代に身につけてしまった癖だ。

「パートナーへの殺害に使われる恐れがあったからね」
「さ、殺害?!」

 柚希ちゃんのぎょっとした声。まあ、そりゃぎょっとするわよね。

「まあでも、パートナーさんもこの一週間無事だったみたいだし」
「無事じゃなきゃ事件ですよ……」
「だわね。さ、今日は4回目ね。どんな顔をみせてくれるかしらね。お呼びして?」
「はい。……6番の方、2番診察室へお入りください」

 柚希ちゃんの呼びかけの直後、軽くノックがあり、扉が開いた。
 入ってきた長身の男性……

(…………お)

 第一印象。明るい。何か一皮むけたような、清々しい表情をしている。
 でも、躁鬱の躁の可能性もないとは言い切れないので、慎重に話をすすめる。

「眠れてるようですね? 顔色がとてもいいです」
「あ、そうですね。眠れるようになりました」

 ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべる桜井氏。確実に、何かあったようだ。

「何かありました?」
「そうですね……スポーツジムに入会しました」
「スポーツジム? それはまたどうして」

 桜井氏は何か思い出したのか、笑いをこらえるような表情を浮かべながら言った。

「彼に無理やり入会させられたんです」
「彼に?」

 桜井氏には同性の恋人がいる。私が火曜と木曜だけ担当している病院の小児科医師、渋谷慶先生。超イケメン。
 あのイケメン先生に男の恋人がいると知ったら、みんな驚くだろうなあ……。でも、渋谷先生も私を信頼して恋人を託してきたのだろうから、その信頼を裏切るわけにはいかない。病院の看護師たちや患者さんたちが渋谷先生を見てキャアキャア騒ぐ度に、喉元まで出かかるんだけど、我慢我慢。我慢してます。

 桜井氏、引き続きちょっと笑いながら話を続ける。

「あの、こないだお話した、彼に対する殺意というか……」
「……はい」

 前回、独占欲から殺意を抱いてしまう、と告白してくれた桜井氏。彼が寝ている間に殺してしまったら困るので、先に眠りたい。だから睡眠薬が欲しい。という話だった。でも私はそれを拒否した。なぜなら、その薬を使って、彼を永遠の眠りにつかせてしまったらそれこそ取り返しがつかないことになるからだ。
 なるべく彼との接触をさけ、寝室も別にするように、という話で先週は終わったのだが……

「僕、彼に話してしまったんです。その……殺したくなる、ということを」
「………え」

 そ、それは……
 そう言われて、耐えられるパートナーはそうそういない。
 パートナーに見放された患者を何人も知っているが………

「それで、彼はなんと?」
 内心の緊張を押し隠し、何の動揺もない顔を作って桜井氏に問う。
 すると桜井氏は、ビシッと人差し指を立てた。

「『殺せるもんなら殺してみろ。ぜったい負けねえ』」
「……え?」

 負けねえ?

「『おれを倒したかったら、ちったあ鍛えろ』」
「…………はい?」

 倒す? 鍛えろ?

「で、次の日スポーツジムに連れていかれました」
「…………」

 ………なにその展開。

「面白い彼ですね……」
「でしょう? もう、かなわないなあと思って」

 くすくすと笑っている桜井氏。愛おしくてたまらない、という柔らかい表情……。いい傾向だ。
 これは一つステップを進めてもよさそうだ。

「桜井さん」
「はい?」

 にこりと返事する桜井氏に、私もピシッと人差し指を立ててみせる。
 
「来週はカップルカウンセリングをしましょう」


***


 翌週、桜井氏と渋谷先生は一緒に来院した。渋谷先生は勤務日だけれども、休み時間を調整してもらったのだ。桜井氏が病院まで車で迎えに行ったようだ。
 いつもとは違う部屋に通すように指示し、私はその隣の小部屋に待機した。マジックミラーになっていて中の様子を見ることができる。

「………あ」
 入るなり、渋谷先生、こちらの鏡をチラッとみた。
 ……バレたかな。おそらくバレてるんだろう。同業者の診察はやりにくい……。

「先生、先生っ」
 二人を部屋に案内し終わった柚希ちゃんが、頬を蒸気させて小部屋に入ってきた。

「見ました?! 桜井さんと一緒にきた人、すっごいイケメン! 芸能人ですかね?」
「あー……そうね」

 いや、ホントに……。渋谷先生、芸能人ばりなのだ。あの顔で医者ってどれだけスペック高いんだ。
 それに、桜井氏も背が高くて優しくて顔もまあまあで学校の先生で、かなりの高スペックといえる。
 そんな二人が恋人同士……女子的にはもったいないとしかいいようがない。

 桜井氏が甲斐甲斐しく備え付けのポットでコーヒーを入れている。その間、渋谷先生はテーブルに置かれたお菓子をチェックして、

「お前、抹茶とイチゴ、どっちがいい?」
「両方!」
「ん」

 器用に半分に折って、分け合ったりして……

(くそー………)
 なんだこのラブラブっぷりは。なんか見てるの嫌になってきた……。

「あ、これおいしい。どこの?」
「んー……」

 個包装の裏を二人で見ながら、ああでもないこうでもない話していたが、桜井氏がふいに真面目な顔をして渋谷先生を見つめた。

「慶………」
 おっと、ラブシーンはじまっちゃう? と思いきや、渋谷先生が、すっと桜井氏を手で制し、こそこそこそっと耳打ちした。桜井氏ビックリしたように目を見開き、こちらをみる。目があったような錯覚に陥ってしまう。

「戸田せんせーい」
 ひらひらと手をふってくる桜井氏。渋谷先生は苦笑いしている。

「まいったな………」
 だから同業者は嫌なんだ……。

 しょうがない。

「今行きまーす」
 聞こえないことは分かっているけれど、鏡の向こうに呼びかけ、診察室へと向かう。
 渋谷先生に見透かされないよう、気合いを入れなくては。



----------------


以上、戸田ちゃん視点でした。

4/4(土)浩介3回目受診
4/5(日)スポーツジム入会
4/11(土)浩介4回目受診
4/18(土)浩介5回目受診(慶と一緒に)
4/25(土)浩介6回目受診・ミックスデー
4/28(火)樹理亜奪還。慶の41歳の誕生日。

となっております。
今年41歳。芸能人でいうと、くさなぎ君、国分君、早生まれ同級生に中村俊介氏(←浅見光彦役のイケメンね)。
やっぱり芸能人若く見えるなあ。


一か月半ぶりに再開してみました。
私の中で、このシリーズが風のゆくえには最終章だろうな……というのがあって、
なんだかすごく寂しくて再開するのを迷っていたところもあったのですが
でも、いつまでも浩介が両親との確執を抱えたままなのはいかん!
両親健在のうちに何とかしないと!!と思い、再開した次第であります。はい。

次回は、浩介視点でお送りします。
もしお時間ありましたら、次回もどうぞよろしくお願いいたします。

----

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち18-2(浩介視点)

2015年07月21日 10時17分59秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち


 慶の誕生日は4月28日。翌29日はみどりの日、じゃない昭和の日(おれ達が日本を離れている間に変わったらしい)で休みだし、ちょうど当日も火曜日で慶は休みだし、外で食事でも……と思ったんだけど。

「キャバクラにでも行くか」

と、慶が、おれが以前樹理亜の母親からもらったキャバクラの名刺をポイッとテーブルに置いた。

「目黒樹理亜と連絡がとれなくなって丸二日だ。せっかくあの子は変わろうとしていたのに、これじゃ元の木阿弥ってやつだ」
「…………」

 土曜日の夜。樹理亜の母親が陶子さんの店にやってきた。
 慶は、おれとの関係を知られたらマズイだろう、というあかねの咄嗟の判断により、すぐに従業員用の部屋に押し込められたので、樹理亜の母には会っていない。

 樹理亜の帰宅を促してきた樹理亜の母と、おれとあかねと樹理亜の4人で話をしていたところ、はじめは「ここでのお仕事楽しいからやめたくないなー」と、帰ることを拒否しようとした樹理亜だったが、

「樹理亜っ」

 鋭く名前を呼ばれると、ビクッとして、「やっぱり帰る」と言い出した。

 おれもあかねも止めようとしたが、樹理亜の意志は固く……

「お店、遊びにきてね?」

と、乾いた笑顔を浮かべた樹理亜。今思い出しても切なくなってくる。

 それから樹理亜の携帯が繋がらなくなってしまった。
 樹理亜の担任だった圭子先生に、樹理亜の母親と連絡を取ってもらったけれど、一方的にキレられ、話にならなかったそうだ。学校側からも、卒業した生徒に過度に関わるな、と注意を受けてしまい、おれも圭子先生もこれ以上動けなくなってしまった。

 どんよりとした気持ちを切り替えたつもりでの、「明日の誕生日の夜、どこに行きたい?」だったのだけれど、慶にはお見通しだったということだ。


**


 名刺の毒々しいピンク同様に、店内も吐き気がするほどのピンクであふれていた。これが良いと思っている人の気がしれない。

「いらっしゃいま………」

 入口にいた女の子が、慶とあかねを見てポカンと口を開いた。そりゃそうだ。この2人、揃うと相乗効果で美形オーラがとんでもないことになる。特に今日のあかねは気合いの入り方が違う。そして慶も、あかねの指示により、さっくりとした白いシャツを鍛えている胸元が見えそうなくらい開けていたりして、色気がハンパない。道を歩いていても、モーゼの十戒よろしく人波が割れたくらいだ。

「樹理ちゃん指名したいんだけど?」
「は……はいっ」

 転がるように入って行く女の子の後ろから、勝手に店内にズカズカ入り込むあかね。
 店の中には、着飾った女の子が3人、やる気のなさそうな男の子が1人、それから……ピンクのママ。客は今、3人……。開店時間直後だから少ないのかいつもこんな感じなのかは分からないけれど、閑散とした雰囲気の小さな店だ。

「……姫?!」
 ビックリして立ち上がったピンクの頭の子。樹理亜……ピンクの頭に戻ってる……。

「え、それに、慶先生?! 浩介先生も!」
「樹理」

 あかねが樹理亜に駆け寄り、思いっきりハグをする。

「会いたかった!」
「姫……会いたかったって、3日前に会ったばっかりだよー」

 樹理亜がくすぐったそうに言うと、あかねは「でも、ずいぶん長い間会ってなかった気分よ?」と言いながら引き続きハグを続けている。

「ちょっと、なんなの?」
 樹理亜の母親が尖った声であかねを咎める。

「あんたこないだの店にいた子よね? 営業妨害……」
「え、女性のお客お断りなの? この店?」

 きょとんとあかねが言うと、樹理亜がブンブンと首をふった。

「だよね? 私、お客さんでーす。樹理ちゃんご指名ー」
「ちょっと! 樹理亜には先客が」
「先客さんどこー?」

 え、と顔をあげた近くのテーブルの中年二人。

「ここのテーブル? ねえ、オジサマ方、私ご一緒してもよろしいかしら?」
「ちょっと、あんた……」
「も、もちろん」

 あかねの素晴らしく綺麗な足に釘づけのオジサマ二人。

「じゃ、失礼しまーす」
「ちょっと、エミリ……、エミリ?!」

 樹理亜の母親が呼んでいるであろう、キャバ嬢のエミリは、早々に慶のところにすり寄っていた。もう一人の女の子も慶のテーブルにつこうとしている。

「まったく……」

 ため息をついた樹理亜の母。

「あの……」
「ああ、浩介先生、来てくれたのはいいけど、ずいぶん派手なお友達を連れてきてくれたものねえ」
「すみません……」

 頭を下げると、樹理亜の母は肩をすくめ、

「まあ……いいわ。浩介先生はどうする? あっちのテーブル? それとも……」
「ちょっとお話できたら、と思ってるんですけど」
「え?」
「あの……」

 跳ね上がる心臓をどうにか抑え、普通の顔で言う。

「裏メニューがある、という話をきいたもので」
「……………」

 ジッとこちらを見つめ返してくる樹理亜の母。

「ふーん……」
「……………」
「いいわ。こっちにきて」

 カウンターの隅の席を案内された。その二つ離れたところに、小太りで冴えない感じのスーツの男が座っている。50代後半といったところか。おそらくこいつが慶の病院に一緒にきたという弁護士……。

 ちらりとあかねに目をやると、あかねが自然な感じにすーっとやってきた。

「あら、このバッチ、もしかして弁護士さん?!」
「………ああ、まあ……」

 あかねに間近に顔を覗き込まれ、気の毒なくらい赤くなった弁護士さん。あかねはこれでもかというくらい魅力的な笑みを浮かべると、

「まあ! 素敵! よろしければご一緒にいかがです? 弁護士さんとお話しできる機会なんてめったにないから是非ご一緒したいわ」
「え」
「グラスお持ちしますね。樹理ー、弁護士さんご一緒してくださるってー」
「ちょ、ちょっと……」

 弁護士さんがあわててあかねについていく。

 樹理亜の母は呆気にとられたような顔で2人を見送ったが、気を取り直したようにこちらを見た。

「先生、何飲みます?」
「じゃあ……とりあえず、ビール」
「とりあえず、ビール」

 クスリ、と樹理亜の母が笑った。

「こういう店来なれてないでしょ? そのセリフ、普通の飲み屋のマニュアルよ?」
「…………」

 そして、ビールをついでくれながら、妖しい笑みを浮かべる。

「でも、そういう人ほど裏メニュー利用したがるのよね。風俗には行きたくないけど、みたいなね」
「……………」
「誰から聞いたの? 樹理亜から?」
「ええ………まあ」

 あいまいな感じに肯くと、樹理亜の母は左手をパー、右手を3にして差し出した。

「今、先生のお友達の右側に座ってるエミリは一晩8。あの子は色々できるわよ。例えば……」
「…………」
「先生って一見Mに見えて、実はSでしょ?」
「…………さあ」

 ふっと笑ってしまう。鋭いな……。

「そういうのも対応できるし。ご期待に添えると思うわ」
「…………」

 少し肩をすくめて見せると、樹理亜の母は「じゃあ」と言って、左手のパーだけ残した。

「樹理亜は5。何もできないけどね。ただされるがまま。まあ、そういうの好きな人も結構いるのよね。セーラー服とか着せてね」
「それで5?」

 聞きかえすと、樹理亜の母はちょっと笑った。

「でも樹理亜は本番OKよ」
「え」
「ピル飲ませてるから、生でも大丈夫。ほら、そう考えると安くない?」
「……………」
「でも、気持ち良くしてあげてね。あの子するの大好きだから」
「……………」

 本当に………そうなんだ………。

 ニヤニヤと笑っている樹理亜の母親……。
 ピンクのお化けだな。………気持ち悪い。

 直視できず、ビールのつがれたグラスを見つめていたら、本当に胃液があがってきた。

「まあ先生、ゆっくり考えてみて。あと、手前側に座ってるミーナはね……」
 樹理亜の母の卑猥な話が続いていく。普通の顔をしつつも内心は怒りと吐き気で頭が割れそうだ……。

「…………浩介」
 もう限界、と思ったところに……涼やかな風のような声。背中に触れられた優しい手によって毒が浄化されていく……。

「………ばっちり」
「こっちもOK」
 慶も苦々しい顔をしている。

「何の話?」
 眉を寄せた樹理亜の母を置いて、樹理亜の元に向かう。あかねがニッコリと手を振ってくる。

「もういいの?」
「はい。もう充分です」

 慶が肯くと、あかねが樹理亜に向き直った。

「じゃ、樹理。行こっか」
「…………………え?」

 キョトンとした樹理亜にあかねが言葉を継ぐ。

「樹理は本当にずっとここにいたいの? ここが樹理の居場所?」
「え……」
「樹理は本当に髪の毛をピンクにしたいの? ピンクの服を着たいの?」
「…………」

 うつむき、ピンクのスカートの裾を掴む樹理亜……。

「樹理は本当にここで好きでもない人とエッチしてたいの? 本当の愛を知りたくないの?」
「何を言って………っ」

 慌てたように、弁護士先生があかねの言葉を遮ろうとした。やはり、こいつも知ってたのか。

「ちょっとあんたたち、一体何なのよ……っ」

 樹理亜の母がヒステリックに叫びながら、カウンターから出てきた。
 常連客であろう中年二人も、キャバ嬢二人も、若いボーイも、息をひそめて事の成り行きを見守っている。

「樹理亜は私の娘よ。母親のいる場所が居場所に決まってるじゃないの」
「売春を強要するような人を母親とは呼べません」

 ピシャリと慶がたたきつけるように言う。

「何をいって……」
「先ほどのお話、録音させていただきました」

 今度はおれがポケットの中からボイスレコーダーを取り出し掲げてみせると、樹理亜の母の顔がザッと青ざめ、弁護士先生も「しまった」という顔をした。やはり弁護士を引き離して正解だったようだ。おそらく彼が横にいたら、新規の客であるおれにあそこまで具体的な話はさせなかっただろう。

「はっきりと、樹理亜さんに売春行為をさせていることをおっしゃっていましたよね」
「こちらも」

 慶も携帯電話を掲げた。

「そちらのお嬢さん2人のお話、録音してあります」
「やば……」

 ピンクのママに睨まれ、エミリとミーナが手を握り合いながらソファに身を埋める。

「このまま警察に行くことも可能ですが………」
「警察?!」

 樹理亜の母と弁護士先生は同時に叫んだが、弁護士先生はさすが弁護士をしているだけあって、すぐに切り返してきた。

「あなた方の目的はなんですか? 警察に届けることが目的ではないでしょう?」
「ええ」

 あかねが樹理亜の手を取り、にっこりという。

「私たちの目的は、樹理が自由になること、です」
「自由………」

 樹理亜がポツンと言う。

「自由って……何?」
「誰にも行動を制限されたりしないで、自分の好きなように生きることよ?」
「好きなように……」

 考え込んだ樹理亜に、母親が慌てたようにつめよる。

「樹理亜、あなたはここにいればいいの。ママのこと大好きでしょう? 今までママがどれだけ樹理亜のために頑張ってきたか分かってるわよね?」
「ママちゃん……」

 樹理亜が眉を寄せて母親をふり仰ぐ。

「あたしは………」
「陶子さんはね」

 あかねが優しく響く声で樹理亜に言う。

「陶子さんは、樹理の好きにしなさいなって言ってたわよ」
「………うん」
「でも」

 にっこりとするあかね。

「でも、ミミが寂しがってるわよ、ですって」
「ミミ……」

 ミミって何だ? と首を傾げたところ、慶が小さな声で「陶子さんちの猫の名前」と教えてくれた。
 樹理亜が心配そうにあかねを見上げる。

「ミミ、ちゃんとご飯食べてる?」
「さあ? 心配だったら自分で確かめたら?」
「…………」

 樹理亜はあかねの手を握り返してから離すと、母親を正面から見返した。

「ママちゃん、あたし、ミミが心配だから帰るね」
「帰るって……あなたの家はここでしょう?」

 呆気にとられたように樹理亜の母が言う。

「何を言ってるの?樹理亜……」
「ママちゃん、ごめんね」

 樹理亜はピンクのスカートの両端を掴んで上げると、

「あたし、もう、ピンクの服は卒業したいの」
「え……」
「ピンクの髪の毛も、もう止めたい」

 樹理亜の瞳が射抜くように母親を見上げている。口調もいつもの間延びした感じから、意志のこもった話し方に変わっている。

「それに、もう、愛のないエッチもしたくない」
「じゅ……」
「昨日、どっかの社長さんとしてて思ったよ。上辺だけ気持ち良くても心が気持ち良くないって。あたし、ちゃんと幸せなエッチがしたいって。だからママちゃんのお願いはもう聞きたくない。だから」
「樹理亜っ」
「!」

 樹理亜の母の振り上げた手を咄嗟に後ろから掴む。

「ちょっと、離してっ」
 おれが手を離すのと同時に、慶が母親の前に立ちはだかった。
 あかねが樹理亜を引き寄せる。

「樹理、荷物取りに行こうか?」
「………うん」
「浩介、お会計よろしく~」

 そしてそのまま樹理亜の肩を抱いて、ドアから出て行く。

「樹理亜っ。待ちなさいっ」
 追いかけようとした樹理亜の母を、慶が手を広げて遮った。

「一か月前に出て行けと言ったのはあなたの方でしょう? それを急に呼び戻したのはなぜですか?」

 無表情で淡々と言う慶。

「それは」
「売春の依頼が入ったから、ですよね?」
「……………」

 樹理亜の母がソファのキャバ嬢二人をにらみつけた。これで肯定したのも同然だ。

「親だからといって子供に何してもいいわけないでしょう」

 怒鳴りたい気持ちをなんとか抑え、樹理亜の母に冷静に告げる。

「これ以上、樹理亜さんを苦しめないでください」
「苦しめるなんて、そんな」
「あなたの存在そのものが彼女を苦しめている」

 ボイスレコーダーをつきつけ、言いきる。

「今後一切、樹理亜さんに近づかないでください。もし近づいたら、警察に通報します」
「な………っ」

 樹理亜の母は弁護士先生を振り返ったが、彼は苦虫を噛み潰したような顔をして首を横にふっただけだった。樹理亜の母は崩れるようにソファに座り込んだ。

「私は樹理亜の母親よ……会えないなんておかしいじゃない。樹理亜だって私に会いたくなるはずよ……」
「会いたくなったら、樹理亜さんの方から会いにくるでしょう。それまではどうぞ遠くから娘さんの幸せを祈っていてください」

 慶は冷たく言うと、若いボーイに視線を移した。

「すみません。お会計を」
「は……はい」

 慌ててレジに向かうボーイの後をついていく。

「…………樹理亜」
 ポツリと言う樹理亜の母の声を背に、おれも慶の後に続く。

 これでいい。これでいいんだ。
 これで、樹理亜はピンクの毒から解放される。

「…………」
 振り返った視線の端に写る樹理亜の母の姿と、自分の母親の姿が重なり合う。


 お母さん。子供も一つの人格を持っているんだよ。
 子供は親の所有物じゃないんだよ……。


***


 あかねが樹理亜を陶子さんのところまで送って行ってくれるという。

「だって今日、慶君誕生日でしょ? 二人でお祝いしなよ」

 こそこそっと言うあかね。あいかわらず気が利く。


「どこに行きたい?」
 あかねと樹理亜を見送った後、慶を振り返ると、慶は「んー」と首を傾げた。わざと開けていた胸元はもうキッチリ閉められている。残念なような、他の奴には見せたくないから安心したような……

「どこでもいい。つか、夕飯買って家で食べてもいいくらいだ。なんか疲れた」
「……そうだね」

 肩を抱き寄せたいところをぐっとこらえて、「それじゃ」と提案する。

「慶の実家に行こうか。ケーキ買って」
「は?」

 眉を寄せた慶。その額に口づけたいのもぐぐっとこらえる。

「慶の誕生日だもん。慶のご両親もお祝いしたいでしょ」
「いや……この歳で誕生日っていってもなあ」
「電話してみるね」

 電話をしようと携帯を取り出したところで、

「ちょっと待て」
 手首をつかまれた。今さらながらドキッとしてしまう。

「………何?」
「実家は行くなら明日でもいいだろ」
「でも、今日が誕生日当日だし」
「だからこそ」

 手首をつかんだまま、慶がこちらを見上げる。黒曜石みたいな瞳。

「今日はお前と二人でいたい」
「え」

 慶………。
 感動して抱き寄せたくなったのに、

「だいたい、ここから実家まで1時間以上かかるじゃねえかよ。行くのも帰ってくるのも面倒くせえよ」
 さも面倒くさそうに言う慶……。
 
「………そっちが本音だね」
 思わずつぶやくと、慶が小さく舌をだした。

「ばれたか」
「……………」

 あ、その舌、舐めたい。
 ほとんど無意識に、慶に顔を寄せようとしたところ、ゴンっと拳骨で額を押し戻された。

「お前、こんな人通りの多いところで何しようとしてんだよ」
「舌、舐めようかと」
「あほかっ」

 ぐりぐりぐりと額を押される。

「そういうことは帰ってからにしろ」
「え、帰ったらしていいの?」
「……………」

 カーッと赤くなっていく慶……。
 もう……なんでこんな初々しいの? おれたち付き合って何年目?って感じだけど……

「じゃ、夜ご飯、買って帰る?」
「ああ。駅前のスーパーの弁当にするか」
「え、誕生日なのに?」
「いいんだよ。さっさと帰りてえし」
「……うん」

 樹理亜も帰れただろうか、自分の居場所に。

「じゃ、ケーキはちゃんとケーキ屋さんで買おうね?」
「あー、じゃあ、渋谷で乗換するときに買うか」
「うん」

 並んで歩きだす。
 おれの居場所は、慶の隣。ただ、それだけ。


----------------------



長くなりました。でも、とりあえず、樹理亜を母親から離すことができました。
けど、樹理亜は別に母親のこと嫌いじゃないあたりが逆に悲しい感じで……。

さて。次は浩介の番。慶のおかげで精神的には落ちついてきたからそろそろ頑張れるかなあ。
でもせっかく落ちついてきたのに、また壊れちゃいそうでこわいんだけど……。

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち18-1(浩介視点)

2015年07月17日 09時07分23秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

「キャバクラにでも行くか」

と、いうのが「誕生日の夜、どこに行きたい?」という質問に対する慶の答えだった……。


**


 キャバクラに行くのはおれは初めてなんだけど、慶は「何回かある」という。

「前の病院の時にな。接待で連れていかれたりしたんだよ」

 今はねえぞ、という慶……。

 つっこんで話を聞いてみたところ、行っていたのは、おれが慶を置いて日本を離れた3年の間のことらしい。そうなると、何も言えない……。

 それだけでも充分打ちのめされた気分だったんだけど……

「あの……もしかして、風俗、も……?」
「……………」

 慶、天を仰いだ。

 うわ……あるんだ……。

 いや、実は先日、慶と目黒樹理亜の電話での会話を聞いていて、ちょっと引っかかっていたことがあった。
 おそらく樹理亜から性的関係を迫られたらしい慶が、

『オレ、ゲイだから、誰であれ女性は無理なんだよ』

と、答えていたのだ。まるで試したことがあるような言い方だな、と思って……思って……思って……

「あの………慶って、女性経験……」
「ねえよ」

 即答。むっとしている慶……。いや、でも、風俗……

「無理やり連れて行かれたけど、何もしなかった」
「…………」

 何もしなかった? そんなことが可能なのか?

「何もしないで………何してたの?」
「30分、喋ってた」
「喋ってた?」
「栄養学の話をな。その女がダイエットをしていると言ったからアドバイスを」
「……………」

 えーと………

「実際、裸同然の女と狭い個室で2人きりにされたら、さすがにどうかなるのかな、と思ったけど……」
「………………」
「何もならなかったから、やっぱり、おれ、ゲイにカテゴライズされるんだなってその時思った」

 淡々という慶。

「考えてみたら、中学の時、部室でみんながエロ本見て喜んでたときも、ふーんくらいしか思わなかったし……。まあ、かといって、野郎の裸みてもどうも思わなかったから、単に淡泊だったのか、性の目覚めが遅かったのかもしんねえけどな」
「……………」

 それはおれも同じかも……。いや、おれの場合は、中学時代なんて恋愛どころか友人関係すら結べなくて家に引きこもっていたからな……。

「でも、高校入ったら彼女くらい欲しいとは思ってたけどな。人並みに。彼女とかいたら楽しそうだし」
「それなのに………」
「彼女じゃなくて、彼氏ができた、と」

 顔を見合わせ笑ってしまう。
 思い出す高校時代。楽しかったなあ……。

「なあにー? 二人してずいぶん楽しそうじゃなーい?」
「…………あかね、それ……」

 待ち合わせしていたあかねが現れた……のは、いいけれど。

「どんだけ気合い入ってんの……」

 いつもはバサッとおろしているだけの肩につくくらいの長さの髪が、芸術的な形に結われている。長い足をさらに強調するような短いスカート。高いヒール。元NO1キャバ嬢で今は高級キャバクラのママをしてます、みたいな完璧な化粧……。そこらじゅうの人がチラチラチラチラ視線を送っている。いつもとはまるで別人だ。
 あかねは艶やかにニッコリと笑うと、

「あら、だって、樹理を取り返すための戦いよ、これは。作戦は確実に成功させないと、ね」
「…………うん」

 拳を握りしめて肯く。
 そう。おれたちはこれから、目黒樹理亜を取り戻しに行く。あのピンクおばけの母親から。



-------------------


長くなりそうなので、短いですがここで切ることにしました。

慶が風俗にいったことがある、という話はいつか書きたいと思っていたので、ここで書けて良かったです。

風俗にいって何もしない、ということが可能なのか?

可能、らしいです。
私の知り合いは、会社の付き合いで風俗に連れて行かれることがあるそうですが、毎回何もしないでお喋りしてるそうです。
(隣のブースに入った別の知り合いが「こいつずっと喋ってて何もしねーの」と証言してました)
あまりにもお喋りが盛り上がりすぎて、店の人に「やらないなら帰ってくれ」と言われたこともあるらしい^^;

そんな感じで慶さんも、何もやらなかった(やれなかった?)そうです。
浩介は行ったことすらないです。女性に対して畏怖感みたいなものもあるし、潔癖症だからまあ無理ですね。


クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!
嬉しすぎるやら何だか申し訳ないやら……。感謝の気持ちでいっぱいでございます。

ランキングに載っているたくさんの素敵なお話……
読めば読むほど、自分の書いているものを「こんなんでいいのかな……」と思ったりして……
でも、いやいや、私が書きたいのは、こういう話なんだからいいんだよ!と思い直したりして……

そんな中、お一人でも、賛同してくださる方がいらっしゃるということに、どれだけ励まされることか……。
本当にありがとうございます。
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風のゆくえには~ あいじょうのかたち17(慶視点)

2015年07月15日 10時03分11秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 何だか不思議な感じ。
 初めて「カップル」として堂々と大勢の人前に出た。付き合いはじめて約四半世紀……初めての経験だ。

「先生ーこっちこっちー!」
 カウンターの中からこちらに手を振ってくれている女の子……近づいてみてギョッとした。

「め、目黒さん?!」

 おれの知っている目黒樹理亜は、ピンクのおかっぱ頭でピンクのフリフリを着ていて目だけギラギラしている女の子。
 だけど、ここにいる樹理亜は、サラサラの茶色っぽい黒髪のショートカットで、白いスッキリした清楚なワンピースをきていて、表情も明るく穏やか。

「わあ、すっごいイメチェンだね」
 浩介もビックリしたように目をパチパチさせている。

「どう?どう?」
 得意げに微笑む樹理亜に、おれと浩介は同時に肯いた。

「すっごく似合ってる!」
「かわいい!」
「やったあ」

 樹理亜は、うふふふふ、と笑ってから、「これも見て!」と爪をこちらに差し出した。
 小さくて綺麗な花のビーズみたいなものがたくさんついた爪……

「うわー細かい……」
「お客さんに教えてもらって、自分でやったんだー。才能あるって褒められたのー!」
「すごいね」

 へへへーと笑う樹理亜はキラキラしている。

「それでねーお金ためてねーネイルの学校に行こうと思ってー」
「へえ」

 それはいい。すごくいい傾向じゃないか。

「樹理ー、もしかしてこの二人?」
「あ、ユウキ」

 不躾な声に振り返ると、中学生の男の子、みたいな感じの子がこちらに不躾な視線を向けている。

「そうそう。先生、この子、ユウキっていうの。常連さんでね……」
「デキてる」
「え?」

 ユウキは、どちらにしようかな、みたいにおれと浩介を交互にさして、

「どうみたってデキてるじゃん。つか、熟年夫婦の雰囲気醸し出してるじゃん」
「じゅ………」

 さすがにまだ熟年って年齢ではないっ。
 なんと言い返そうか、いや言い返すのも大人げない、と躊躇していたところに、

「あはははは。熟年夫婦だってー」

 明るい笑い声。ユウキの横からヒョイと顔を出したのは、あかねさん。

「あ、姫!」
「わあ! 姫様!」
「姫様、こっちきて!」

 途端に、あかねさんのまわりを女の子達が取り囲んだ。
 真横にいたユウキは、ハトが豆鉄砲くらったみたいな顔で、ポカーンとあかねさんを見上げている。

「えーと、君は、初めまして、だよね? 私、一之瀬あかねです。よろしくね」
 ニッコリとあかねさんが言うと、ユウキがハッと我に返ってから、気の毒なくらい真っ赤になった。

「はい、あの、半年くらい前から通ってて……」
「ユウキっていうんだよー」

 カウンターの向こうから樹理亜が言うと、あかねさんが「まあ!」と感嘆の声をあげた。

「樹理! かわいい! めちゃめちゃかわいい!」
「へへへー」

 あかねさんともすっかり打ち解けているようで、樹理亜が嬉しそうに笑っている。たったの一か月でこんなにも変われるものなのか、と感心してしまう。見た目だけでなく、表情もまったくの別人だ。

「姫ーこっちー」
「姫様ー」
「うん。行く行く。じゃ、樹理、また後でね。ユウキもよければこっちおいで?」
「え、あ、はい……」
 借りてきた猫みたいになったユウキも含め、女の子たちを引き連れて、あかねさんがソファ席に移動していく。

 思わず浩介と顔を見合わせてしまう。

「これは絶対、綾さん連れてこられないよな……」
「綾さんが他の誰かに目を付けられたら嫌だから、とか言ってたけど、それ以前に、こんなとこ綾さんに見られたら……」

 ソファ席のあかねさんは、たくさんの女性をはべらせたどこかの国の王子様のようだ。とてもじゃないけど、恋人の綾さんには見せられない光景……。

「お二人は何飲む?」
「あ、陶子さん。この度は……」

 浩介が即座に立ち上がり、カウンターの中に向かって頭を下げた。綺麗な黒髪の女性がふいとおれに視線を向けた。

「なるほど。こちらが天使様ね?」
「て……っ、あの、渋谷、です」

 いい加減、この歳なんだし天使扱いはやめてほしい。誰が言ってるんだ……って、浩介とあかねさんしかいないか……。

「店内明るいですね。バーというからもっと薄暗いのかと」
「日によって照度変えてるのよ。今日は姫がくるっていうから明るめにしたの」
「あかねはしょっちゅう来てるんですか?」
「いいえ」

 陶子さんが肩をすくめた。

「一年くらい前だったかしら。綾さんが見つかったっていって、パッタリこなくなって……。先月から樹理のことでくるようになったけど、それでも今日で4回目」
「それなのにあの顔の広さ……」
「あの子、一度会った子の顔と名前絶対に忘れないからね。覚えられた子の方は嬉しくて舞い上がっちゃうわよね」

 あかねさんのまわりを取り囲む女の子達の紅潮した頬……。さながらアイドルのファン交流会のようだ。

「姫がこの調子でちょくちょく来てくれると、集客率アップにつながるんだけどねえ」
「うんうん。姫が来るとお客さんすごい増えるよねー」

 樹理亜がニコニコと言う。浩介がふっと笑った。

「目黒さん、仕事楽しい?」
「うん! 最近ねーちょっとだけおつまみ作るのも手伝わせてもらえるようになったんだよー。あとで出すから食べてねー。それでね……」
「樹理ー」

 何か言いかけたところで、新しく入ってきたお客さんから声をかけられ、

「じゃ、先生たちゆっくりしていってね! ナオさーん! 見て見てこれ! 自分でやったのー!」

 慌ただしく、入口の方に向かって行ってしまった。
 思わず顔を見合わせたおれ達に、陶子さんが

「素直な良い子よ。樹理。この数日でまた一つ殻が破けた感じ」
「良かった……」

 浩介がホッとしたように息をつくと、改まった表情で陶子さんを見上げた。

「あの、目黒さんの母親がこちらにきたことは」
「今のところないわよ」
「…………」

 再び安心の息をつく浩介。陶子さんは少し眉を寄せて、

「できることなら母親にはしばらく会わせたくないわね。あまり良くない人みたいだから」
「はい」

 深刻な顔をした浩介。おそらく自分の母親と重ねているところもあるのだろう。
 数秒の暗い沈黙のあと、

「はい。この話はおしまい!」
 この重い空気を破るかのように、陶子さんが浩介の目の前でパンッと手を叩いた。

「せっかくなんだから楽しんでいって。何飲みたい?」
「………」
「天使様は? 飲める口?」
「いや、おれは、あまり強くないので……」

 っていうか、天使っていうのやめてほしい。

「じゃあ、まかせてもらっていいかしら?」
「はい。お願いします」

 陶子さんが離れてからも、まだ沈んでいる浩介。カウンターの下で太腿を叩いてやると、その手をギュッとつかまれた。

「おれ、守れるかな。目黒さんのこと」
「………大丈夫。おれもあかねさんも陶子さんもついてる」

 視界の端に写る、別人のように明るくなった樹理亜の姿……。

「それに何より、目黒さん自身が変わろうとしてる」
「うん………」

 手を絡ませつなぐ。伝わってくる浩介の不安。おれはそれを受け止めることしかできないけど。

「一緒に、見守っていこうな」
「うん」

 さざめくバーの中で、切り取られたように静かなカウンターの隅。繋いだ手からあふれる愛。

 陶子さんの作ってくれるカクテルはどれも綺麗で飲みやすくて、めずらしくおれも浩介も時間を忘れてグラスを傾けていた。関係を隠さないでいられる空間は想像以上に居心地が良い。

 そんな中……

「樹理亜ーーー!」

 けたたましい声と共に現れたのは……ピンクの髪の派手な中年女性。
 紹介されなくても一目見て分かった。樹理亜の母親だ。





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風のゆくえには~ あいじょうのかたち16(樹理亜視点)

2015年07月13日 10時06分52秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
注:今回GLも含まれます。

-----


「頭のてっぺんにチューって、男の人同士で普通にするものー?」
「しない」
「大親友ならするー?」
「しない」

 やっぱりしないよねー……。
 カウンターの向こうのユウキは、ビシッと人差し指を立てて言いきった。

「それは二人がデキてるか、したほうの男が片思いしてるかのどっちか」
「デキてたとしたらW不倫だー」
「結婚してんの?」
「してるー。奥さんはー……」

 いいかけて、慌てて口をつぐむ。

 ここはあたしが1か月くらい前から住み込みで働いている女性専用のバー。
 今話してた、『頭のてっぺんにチューされてた男の人』っていうのは、芸能人みたいな美青年医師の渋谷慶先生のこと。で、慶先生の奥さんは、この店の伝説の常連さん『姫』、だと思う。

 『姫』はものすごい美人。気さくで明るいみんなのアイドル。以前は毎週末にきて店の手伝いまでしていたのに、一年くらい前に『本命が見つかった』って言って、それまで付き合ってたたくさんの女の子達と全員お別れして、お店にもほとんど来なくなってしまったらしい。

 たぶんその『本命』っていうのは慶先生のことだと思う。あたしは二人が仲良く家に帰って行くところを偶然目撃しちゃったから知ってるんだけど、他の人は知らないみたい。

 ちなみに『チューしてた人』っていうのは、あたしの通ってた学校の先生で、桜井浩介先生。
 浩介先生と慶先生は超仲良し。高校時代の同級生らしい。こないだも慶先生、浩介先生のうちにお泊りしてた。

 今日、偶然、病院の駐車場で二人が一緒にいるところを見かけたんだけど……。ごく自然な感じに浩介先生が慶先生の頭のてっぺんにチューして、それで、慶先生が浩介先生の後ろ太腿に蹴りをいれてた。ただ仲良しさんがじゃれてるだけのような感じもしたんだけどな……。

 そういうと、ユウキはうんうん肯いて、
 
「それじゃその二人、来週のミックスデーに連れてきてよ。ボクがデキてるかどうか判断してやる」
「ミックスデー?」

 なんだそれ?

「二ヶ月に一回だけ、男でもカップルだったら入店OKになる日があるんだよ」
「えっ。そうなのー?!」

 初耳。陶子さん何も教えてくれないんだもん。

「誘ってみる誘ってみるー」

 やったあ。慶先生に会える。
 この数週間、何度か電話で話もした。呼び方も「渋谷先生」から「慶先生」に変えて、急接近でいい感じなのだ。慶先生はやっぱり超カッコいい。バレンタインではバッサリ振られてしまったけど、まだまだ諦めきれない。アタックあるのみ。

「教えてくれてありがとー」
 笑いかけると、ユウキがすっと真面目な顔になってこちらを見かえした。

「樹理、じゃあ、教えたお礼に明日……」
「ユウキ」

 ピシャリとした冷たい声にビックリして振り返ると陶子さんがいた。陶子さんはこのバーのママ。年齢不詳。クレオパトラみたいな黒髪が綺麗な大人の女性。

「樹理には手を出すなって言ったでしょ。姫からの預かりものなんだから」
「姫、姫、姫って、みんな言うけどさ」

 ぶうっとした顔になったユウキ。

「何なの姫って。ボク会ったことないから知らないし」
「え、そうなのー?」

 そうか。ユウキはあたしと同じ19歳らしい。でも見た目は年下の男の子って感じ。ユウキがこのバーに出入りするようになったのは、ここ半年のことらしいから、姫に会ったことがないんだ。

「そんなこと言って、本当は陶子さんが樹理にちょっかいだされるのが嫌なだけなんでしょ」
「そう思ってもらってもかまわないわよ?」
「やっぱりね」

 ユウキが鼻にしわをよせた。

「樹理、陶子さんのストライクゾーンだもんね。背小さくて痩せてて可愛い系で」
「えーそうなのー?!」

 びっくりして叫んでしまった。陶子さんが苦笑する。

「私、ノンケの子には手を出さない主義だから安心して」
「へえ、そうなんだ? じゃ、今、陶子さん特定の子いるの?」
「あら、私、女の子切らせたことないわよ」
「わ~羨まし~落とし方教えてよ~」

 陶子さんとユウキが上辺だけの会話をしている中、あたしは、心の中で、あーっと叫んだ。

 背小さくて痩せてて可愛い系。今、陶子さんのマンションで一緒に暮らしているララもまさしくこれに当てはまる。……まあ、あたしの方が断然かわいいけど。
 やっぱり、ララが陶子さんの今の彼女なのかもしれない……。


 バーと同じビルの6階に陶子さんのうちがある。大きいリビングとダイニングキッチンと部屋が4つあって、あたしは玄関入ってすぐの部屋を貸してもらっている。

「たーだーいーまー」

 玄関を開けると、猫のミミがすっとんできた。人懐っこくて本当にかわいい子。
 ママちゃんに会わなくなってもう一か月たつのに、寂しいとか思わないのはミミのおかげもあるのかもしれない。この一か月で何回か、手首切りたくなったりしたんだけど、その度にミミがミャーミャー鳴くから切ること忘れちゃってた。

 それに、ちょっとしか切らなかった時、陶子さんが褒めてくれたのも嬉しかった。最近は、おつまみ作るものちょっとだけ手伝わせてもらえるようになったし、お客さんとも少し話すようになったし、お店でのお仕事が忙しくなってきて、余計なこと考える時間が減った気がする。

 あと、慶先生が電話でお話ししてくれると、目の前のスクリーンがなくなることにも気がついた。

 なんだか最近、本当に心が軽い。


 ミミのご飯を用意してあげてから、着替えようと自分の部屋に戻りかけたところ、

「樹理………」
 すーっと、リビングの隣の部屋のドアが開いた。ララだ。部屋の暗闇の中で目だけが光ってる。

「あーごめーん。起こしちゃったー? 陶子さんは仕込みがあるからまだお店に……なに?」

 細い手が手招きしてる。なんかこわいんですけど……。

「きて」
「え、なになにー?。こわいんだけどー……」

 近づいていって……

「ちょ……っララ?!」
 びっくりして悲鳴をあげた。
 ガリガリで折れそうな腕に引っぱられた。背の高さが同じくらいだからちょうどぶつかる。口と口。

「なに……っ」
 さらにびっくりなことに、ララ、下着姿。骨の浮いた細い体がなんだか痛々しい。

「ちょ、どうしたのー?ララ」
「樹理としたいの」
「……は?」

 何を?

「しよう?」
「え? 何を?」

 言う口をララの唇にふさがれた。あらま。これはキスだ。
 キスするの久しぶりだなあ、最後にしたのはどっかの会社の社長さんとかいう人だったな……なんてことを思う。

「んーと? これはエッチをするってことー?」
「そう」

 ララ、地味なくせに積極的。

「いいのー? ララと陶子さん付き合ってるんじゃないのー?」
「付き合ってないよ」
「え、そうなのー?」

 ほんとにー?

「ていうかさー、女の子同士ってなにすんのー?」
「なんでも」

 ちょっと笑ったララ。あら。笑うと結構かわいい。

「なんでもできるよ」
「んー……」

 ちょっと興味あるかも……。そういえば、この一か月以上ご無沙汰してるわけだし……。

「じゃあしてみようかなあ」
「うん。きて」

 ララの細い腕に引っ張られて、部屋の中に入りかけた、その時。

「ララ」
「!」

 後ろからの鋭い声にビックリして振り返る。今日2回目。陶子さんが立っている。陶子さんいつの間に帰ってきたんだろう。忍者みたい。足音全然しない。

「やめなさい」
「………っ」
 ララがビクッとしてあたしから手を離した。

「………どうして?」
 ララの小さな声。

「どうしてしちゃいけないの?」
「言ったでしょう?」

 陶子さんが怒り口調になっている。珍しい……というよりあたしは初めて聞く。

「セックスは本当に愛している人とするものなの。本当の愛を知らない子が、快楽のためだけのセックスをしては絶対にダメ」
「え、なんで!?」

 思わず叫んでしまい、慌てて口をふさいだ。が、遅かった。陶子さんが眉間にシワを寄せたまま、あたしに視線を移した。

「樹理も絶対にダメよ」
「えーでもー……」

 ママちゃんの姿が目に浮かぶ。

「あたしのママは、気持ち良ければ誰とでもしていいって言ってた。それでお金までもらえたらさらにラッキーって」
「そうだよ」

 ララがまた小さく言う。

「相手なんて誰でも同じだよ」
「それは本当に愛している人としたことがないからそう思うのよ」
「だったら……っ」

 陶子さんの低い声に、激昂したようにララが叫んだ。

「だったら陶子さんしてよ!」
「ララ」
「できもしないくせに偉そうなこと言わないでっ」

 バタンっと鼻の先でドアを閉められた。び、びっくりした。

「……樹理」
「は、はい」

 陶子さんがキッチンに向かう。目線でついてこい、とされたのでついていくと、

「ララの誘いには乗らないで」
「………どうして?」

 さっきからいつもの陶子さんらしくない。陶子さんはいつも「自分の好きにしなさい」って言ってくれるのに、こんなにハッキリと行動を制限してくるなんて。

「あの子、依存症なのよ」
「依存症?」
「性依存症」

 なんだかよくわからない……。

「樹理も、快楽のためだけのセックスはやめなさい」
「……どうして?」
「幸せになれないから」
「…………」

 ハテナ、と首をかしげている私に、陶子さんは優しく微笑んだ。

「本当に好きな人とすれば分かるわよ。今までのセックスがどんなに無意味なものだったのか」
「………」

 ふーん……。何が違うんだろう……。

 部屋に戻ってから考えてみる。
 今まで、色々な人としてきた。優しかったり乱暴だったり上手だったり下手だったり色々だけど、気持ちいいことのほうが多かった。

 思い出していたら、ふっと、また目の前にスクリーンが張られた。

「……慶先生、起きてるかな……」

 今、朝の6時。電話……しちゃおう。

 1、2、3、4、5……とコールしたところで、

『……もしもし』

 出た! ちょっと寝ぼけたような声。かわいー。

「慶先生ー? ごめんねー。寝てたー?」
『……大丈夫。ちょうど起きるところだったから』

 お布団の中をゴソゴソ動いている感じが伝わってきて、キュンキュンなる。

『目黒さん早起きだね』
「ううん。今仕事終わって帰ってきてこれから寝るところだよー」
『ああ……そうか。昨日土曜日だもんね』

 昨日、浩介先生と一緒にいるとこ見たよ、とか色々言いたいことはあるんだけど、とりあえず今一番言いたい話を言う。

「慶先生は、本当に好きな人とエッチしたことあるー?」
『………唐突だね』

 戸惑ったような先生の声。

「あのね、陶子さんがねー本当に好きな人とエッチしなさいって言うのー。そうじゃない人とするのと全然違うんだってー。本当かなあと思ってー」
『…………』
「だからー、慶先生、私とエッチしてー?」
『は?!』

 あ、すごいビックリしてる。かわいい。

『いや、それは無理だから』
「どうしてー?」

 即答で断ってくる先生に食い下がる。

「それは奥さんがいるから? じゃあ、奥さんがオッケーしたらしてくれる?」
『そういう問題じゃなくて』
「じゃあ、どういう問題?」

 ふと、自分の傷だらけの腕が目に入る…。

「こんなリスカばっかりしてる子には触れたくないってこと?」
『そんなことは……』
「そういうことでしょ?」

 あの完璧な容姿の『姫』の姿を思い出して、胸が苦しくなってくる。あの人は慶先生に抱かれてるんだ……想像つかないけど。

「あたしなんか先生の奥さんに比べたらブスで背も低くてバカでどうしようもないもんね」
『そんなことないよ』
「あたしみたいな子はそこらのオジサンにやられてればいいってことだよね。先生には関係ないもんね」
『目黒さん、自分のことをそんな風に……』

 慶先生のマニュアル通りな答えにどうしようもなく腹が立って我慢できなくなって、

「うるさいうるさい!」

 叫んでしまった。

「そんなことないって言うなら、あたしとしてよっ。どうせできないんでしょ?!」
『……うん。できない』

 ほら、みろ!

「どうせあたしなんか先生が触りたくもない女なんだもんねっ」
『いや、そういう意味じゃなくて』
「はあ?! そういう意味じゃないって、どういう意味?! 魅力がないって話?!」
『そうじゃなくて』
「そうじゃないって何だよっやっぱりあたしが」
『オレ、ゲイだから』
「やっぱり………………え?」

 今、何て言った?

「今……なんて?」
『オレ、ゲイだから、誰であれ女性は無理なんだよ』
「………………………は?」

 何を言って……だって、奥さんが……

『ごめん、目黒さんの勘違い、ずっと訂正しそびれてたんだけど、目黒さんが奥さんだって勘違いしてる人は、浩介の友達でね。おれとはそんなに親しくないんだよ』
「………………え?」

 勘違い? だって、一緒に帰って……

『たぶん目黒さん、彼女が浩介のところに遊びにくるときに、おれと偶然会ったところを見たんじゃないかな?』
「……………え」

 あれ? あれあれあれ………

 ってことは……ってことは?

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 色々、つじつまが合ってきた。
 あ、そうだ。指輪……指輪!!

「指輪、やっぱりお揃いだよね?!」
『え?』
「浩介先生と、同じ指輪してるよね?!」
『ああ……うん』
「うわーーーー………」

 そっかあ……やっぱり、そうなんだ。頭のてっぺんのキス。

『それは二人がデキてるか、したほうの男が片思いしてるかのどっちか』

 ユウキが言っていた言葉が頭の中に流れてくる。
 やっぱりデキてたよ!ユウキ!!

 慶先生と浩介先生……ただの仲良しじゃなかった。すんごいすんごい仲良しだったんだ!

「じゃあさ、二人は一緒に暮らしてるってことー?! 今、浩介先生……」
『いるよ。代わる?』
「代わって代わってー!」

 ゴソゴソと動く音。小さく「浩介」って言う声。これ……もしかして二人同じベッドの中?!

『……目黒さん?』
「もー隠してるなんてひどーい!どうして言ってくれなかったのー!?」

 即座に文句を言うと、

『ごめんね。各方面バレると色々面倒で……』
「ああ、そっかそっかー」

 内緒にしてるってことね。

「オッケーオッケー。絶対誰にもいわなーい」
『ありがとう』

 安心したような声。
 そこでそういえば、と電話した目的を思い出した。

「ねえねえ。浩介先生は本当に好きな人とエッチしたことあるー?」
『あるよ』

 浩介先生あっさり。

「いつ?」
『昨日も………いてっ』

 バシッと音がした。ぶたれたか蹴られたかした音。前に浩介先生、慶先生によく蹴られてるっていってたもんね……。あ、そうか。変な質問してしまった。二人は恋人同士なんだから当然してるよね。羨ましい。

「ねえねえ、そうじゃない人とするのと何が違うの? だって、同じように気持ちいいはずでしょー?」
『んーーーー幸福感、とか?』
「幸福感?」

 幸福……幸せな、感じ?

『愛されている実感が味わえるっていうのかな』
「んーーーーーー」

 愛されている……かあ。確かに今までの人は、欲求を満たすためだけに求めてきているだけで、愛とかそういうのとは無縁だったかも。
 でも、ママちゃんは気持ち良ければそれでいいって言ってたんだけどな……。

「いいなあ。羨ましいー」
『でしょ?』

 しゃあしゃあと自慢げに言う浩介先生が、再び「いてっ」と叫んだかと思うと、

『で、目黒さん。大丈夫なの?』

 慶先生に代わってた。大丈夫ってなにが?

『電話してきたってことは……』
「ああ………」

 スクリーンが張ったから電話したんだけど……衝撃の告白にびっくりしてスクリーンもなくなってる。

「もう大丈夫ー」
『そう。よかった』

 ほっとしたように言ってくれる慶先生。

 あー。相手が姫だったら頑張って奪おうって思ってたけど、相手が浩介先生じゃあなあ。

「あたし、先生のこと諦めるよー」
『え、あ………うん』

 またまたほっとしたように肯く慶先生。

「そのかわりー来週、お店来てー」
『え、でも』
「今度の土曜日は男性もカップルだったら入店OKなんだってー」
『へえ……ちょっと待ってね』

 浩介、今度の土曜日空いてるか? はあ?んなもん知るか、ばかじゃねーの。いいから空けとけよ。

 ………とかいう声が小さく聞こえる。慶先生、いつもと話し方全然違う。なんか……いいな。

『じゃあ、来週行くから』
「うんうん。待ってるねー」

 ばいばーい、と電話を切ったあと……なんだかおかしくてしょうがなくて一人で笑いだしてしまった。

 失恋、してしまった。
 でも、なんか………楽しい。

「せっかく失恋したから、髪の毛、切ろうかねー?」

 鏡に写る自分の姿に呼びかけてみる。
 生え際の髪の毛、茶色っぽい黒。これが本当の私の髪の色。
 ママちゃんの家を出て1か月。いつもだったらピンクに染め直すところだけど……。

「本当の色に戻そうかな……」

 本当のあたし……。どんなあたしになるんだろう。
 怖いようなワクワクするような、そんな気持ち。

 よし。すっごく可愛くなって、いい人見つけて、浩介先生に自慢し返してやる!

 興奮して眠れなくなったので、部屋の大掃除をはじめた。ピンクの服もピンクの小物ももう卒業。
 もっと大人可愛い子になりたいから。

 あたし、絶対、可愛くなる。それで本当の愛っていうのをつかまえてやる。



---------------

以上、長々書いてしまった樹理亜パート……。
樹理亜もララもまだ若いんだから、これからいくらでもやり直しきくよ。頑張れ。

次回は、慶視点。陶子さんのお店に行きましょう。

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