2006年4月2日
【慶視点】
あいかわらず元気いっぱいの早坂さんが、帰り際のおれに声をかけてくれた。
「渋谷先生、昨日大変だったんですって? 子供達の間でエイプリルフール合戦があって」
「そうそう」
昨日のことを思い出して、肩をすくめながら報告する。
「拓海君の死んだフリはシャレにならないから、ちょっと強めに注意したよ。だからまだ元気ないかも」
「りょーかいでーす。渋谷先生のビシッと注意は効果的なので助かります!」
早坂さんはおれに告白してきたことなんてなかったのかのように、以前とまったく変わりがない。あれこそ嘘だったのではないかと思ってしまうくらいだ。
彼女の笑顔には本当に助けられている。彼女が病室に入ると子供達もみんな明るくなる。
「じゃ、お疲れ様でしたー」
「うん。よろしくね」
手を振って、早々に帰宅の途につく。昨晩の当直ではトラブルが重なって横になることすらできなかったのだ。早く帰って眠りたい……
「昨日はエイプリルフールだったんだよなあ……」
午前の太陽の下を歩きながら一人ごちる。
3年前の4月1日、浩介の教え子の泉君達から、浩介が学校を辞めてアフリカに行こうとしてる、と聞かされた時には、はじめはエイプリルフールの嘘だと思った。嘘だったらどれだけ良かっただろう……
あれから3年。
いまだに浩介のいない日常に慣れない。
待ち合わせに使っていたベンチに行く度、マンションのドアを開ける度、そこに浩介がいるような気がしてしまう……
そんなことを思いながら、マンションが見えてきたところで、
(…………?)
3階のおれの部屋の前の廊下で人影が動いていることに気が付いた。宅急便の人とかではなさそうな、あきらかに不自然な動き……
(………空き巣?)
最近ここらへんで空き巣被害が頻発しているという張り紙が掲示板にあったことを思い出す。
(まさかなあ……)
そう思いながら、マンションの真下について、上を見上げて……
「……………!!!」
心臓が、止まるかと思った。
手すりから身を乗り出して、おれの部屋の方をのぞこうとしている、その人は……
「浩介………」
浩介だ。絶対に、浩介だ。
階段をのぼりながら、心臓を落ちつかせる。
浩介がいる。浩介がいる。浩介がいる……
苦しくて息ができなくて、大きく深呼吸を繰り返しながら3階の廊下にでる。……と。
(………いた)
おれの部屋の前、なぜか廊下の手すりにへばりついている……
(夢、じゃ、ない……)
もう一度、深呼吸をして……愛しいその名を呼ぶ。
「浩介?」
「!!」
ビックリしたように、浩介が振り返った。
日本にいたときよりも日に焼けて、少し痩せて……でも、その優しい瞳は少しも変わらない。
少しも変わらない……
3年も日本にいなかった、なんて嘘みたいだ。つい昨日も、こうしてここにいたみたいで……
「慶………」
つぶやくように言った浩介の声が耳に入ったとき、その思いはさらに強くなった。
浩介が、ここにいる。当然、みたいに、ここにいる。
だから……
「何やってんだ? お前」
昨日も会っていた、みたいな感覚で、浩介に問いかけた。
「泥棒かと思ったじゃねーかよ」
呆れたように言うと、浩介は3秒ほどの沈黙のあと、
「もーーー!!第一声がそれーーー?!」
と言って、ぶーっと口を尖らせた。その顔が可愛くて可愛くて、ケタケタと笑いだしてしまう。
浩介が、ここにいる……。
***
「前から言ってるけどさー、慶はムードがなさすぎるんだよっ」
「あー分かった分かった。お前、ホントそれ前から言ってるよなあ」
洗面台で手を洗いながら、浩介がブツブツ文句をいってくるのに、適当に返事をするのも、以前と少しも変わらない。3年もいなかった期間があったなんて思えない。おれの部屋に馴染んでいる浩介の姿……。
「本当はさ」
浩介が眉間にシワをよせながら、こちらに戻ってきた。
「もっと感動的な再会をしようと思ってたのに、泥棒って……」
「しょうがないだろーすげー怪しかったからお前」
「怪しいって……」
「…………」
ムッとしたままの浩介の頬にそっと触れる。途端に、怒っていたはずの顔が泣きそうな顔に変わった。
「慶……」
「浩介」
そして、どちらからともなく唇を合わせる。愛しい柔らかい感触。もつれあうようにソファに倒れこむ。
ぎゅううっと抱きしめて存在を確かめあう。ここにいる……ここにいる。
「お前……学校大丈夫なのか?」
温かい腕の中でたずねると、浩介はアッサリと言った。
「アマラが先生になったからやめたんだ」
「え、じゃあ……」
思わず浩介を押しのけて起き上がる。と、浩介は頬をふくらませた。
「なに慶、せっかく……」
「それどころじゃないっ。じゃあお前、これからは日本で暮らすんだな?!」
がっついて聞いたのだけれども、
「ううん。違うよ」
「え……?」
一瞬浮かんだ希望の光がすーっと薄れていく。
「慶、聞いて」
呆然としたおれの前で、浩介はきちんと座りなおすと、きっぱりと言いきった。
「今度は東南アジアの方にいくんだ」
「と……うなんアジア……?」
呆気にとられて浩介を見上げる。
「また……いくのか……」
「うん。それで慶に言いたいことがあって……」
「いいたいこと……?」
目の前が暗くなってきて浩介の顔もよく見えない……。浩介のあいかわらずの冷たくて気持ちのよい手に頬を囲われる。
「あのね、慶」
浩介の真剣な声。
「おれ、本当にこの三年間で死ぬほど思い知った」
「……何を?」
「慶のことが大好きで大好きで離れていられないってことを」
「そ……それなら……」
どうしてまた遠くに行くんだよ?!そう言いかけたのを、制された。
「慶、聞いて」
「…………」
真剣な表情の浩介。
「一緒に、きてほしい」
「え……」
言葉が脳にまで達せず、ぼんやりと見つめ返す。
「なんだって……?」
「三年前、やっぱり一緒に来てもらえばよかったってずっと思ってた」
「………」
「一昨年の夏、次の日いなくなってることに気がついた時、すごく後悔した」
「………」
浩介の真摯な瞳。吸い込まれそうだ。
「アマラにきいたよ。慶、おれは村の人たちがいるから大丈夫って言ったんでしょ?」
「あ……」
「おれ、全然平気じゃないよ。言ったでしょ。慶がいなくちゃ生きていけないって」
浩介はスッと一回息を吸い込むと……意を決したように、はっきりと、言った。
「だから一緒にきて。慶。おれと一緒に生きて」
----
お読みくださりありがとうございました!
途中なのですが、ここで切ります。
数ヵ月前まで載せていた「旧作・翼を広げて」(←私が高校時代に書いた話を要約したもの)のセリフをそのまま移行したため、そのやり取り前に読んだよ!という方には申し訳ありませんでしたっ。
次回、金曜日はこの続き。3年目その8.2。
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2006年4月2日(日)
【浩介視点】
アフリカを離れることを決めてからも、慶に連絡はしなかった。なぜなら、
「次は東南アジアに行く。慶も一緒にきてほしい」
なんて話を電話でするのは難しいと思ったからだ。やはり、目をみて、顔色を見ながら話をすすめたい。
そうアマラに話したところ、
『だったら、サプライズで感動的に再会して、その勢いで説得すればいいのよ!』
と、提案され………
今日がその決行日だ。
アフリカでの任期は3月末までだったので、日にちは迷いなく、4月2日にした。
4月2日。3年前の今日。
慶に背中を押してもらって、おれは日本から飛び立ったのだ。
***
『謝らないといけないことがあるの』
アマラがそういったのは、3か月前、年明けのこと。
『大人の慶には大人の理由が必要でしょ?』
といって、世界各国にある支援先の資料を渡してくれたあとに続いたセリフがそれだった。
『?? 謝る?』
『あの日、慶が帰っちゃったのは、私のせいだから』
「…………え」
あの日って……慶が来てくれた二年目の夏のことしかない。
『…………ごめんなさい』
眉間にシワを寄せたまま、アマラはポツポツと話してくれた。
慶が来てくれた日……
夕食の後、おれが大人向けの授業のために学校に行っていた間、慶とアマラは二人で話をしたそうなのだ。
慶がおれを日本に連れ帰ろうとしているのではないかと思ったアマラは、
『生徒達も村の人もみんな彼のことを頼っている。みんなから彼を取り上げるなんて許さない』
と、慶に言ったそうで………
その翌朝、慶はおれには別れを告げず、帰国してしまった。
『朝、挨拶にきてくれた時に、一応、とめたっていうか……浩介がさみしがるわって言ったんだけど……』
『……………』
『慶、浩介には生徒達や村の人や私やママがいるから大丈夫だって言って……』
慶………
そんなことあるわけないのに。おれは慶が来てくれてどれだけ嬉しかったか……このまま一緒にいてくれたらって、どれだけ願ったことか……
胸を押さえたおれに、アマラが淡々と言葉を続けた。
『慶って大人だなあって思ったのよね。自分の欲よりも、恋人の夢を応援するなんてね』
「…………。え?」
あまりにもアッサリと言ったので聞き逃してしまうところだった。
今、アマラ、恋人って……
『あの、アマラ、おれの恋人は……』
『あかねじゃなくて、慶でしょ』
『……っ』
断言されて、詰まってしまうと、アマラはふっと笑った。
『大丈夫。誰にも言ってないから。でも、ママも気がついてるけどね』
『……………』
『分かるわよ、そのくらい。あかねの時と態度が全然違ったし』
『……………』
二人とも気がついていたのに、ずっと黙っていてくれたのか……
『それに、慶が帰っちゃった後、浩介、写真を見ながらボーってする時間増えたし』
『…………』
手帳に挟んである数枚の写真の中に、高校卒業の時に慶と校門の前で写した写真がある。写真嫌いの慶との唯一のツーショット写真。確かにあれ以来、写真を眺める時間が増えていたかもしれない……
『浩介、日本に帰りたいんじゃないかなって思った』
『そんなこと……っ』
否定しようとしたけれど、『あ、違うか』と、遮られた。
『日本に帰りたい、というより、慶のところに行きたいって感じね』
『…………』
それは……
『そんなあなたをここに縛りつけておくのはいけないって思ったの』
『え?』
アマラの言葉にギクッとなる。
『まさか、アマラ……おれが学校を辞めても大丈夫なように、先生になったんじゃないよね……?』
『…………』
アマラはふっと息をついた。ちょっと笑ってる。
『違うわよ。でも、浩介のせいっていうのは合ってるかな』
『え』
アマラの漆黒の瞳が、こちらをジッと見つめてくる。
『私も浩介みたいになりたいって思ったの』
おれみたいに……
アマラ、こないだもそう言ってくれた……
『私、浩介みたいな先生になる』
アマラは、宣言するように言った。
『浩介みたいに、子供達のこと全部包み込むみたいな、そんな先生になる』
『………っ』
アマラ……
そんな風に思ってくれていたなんて……
子供達を包み込むような先生……おれのなりたかった先生像……
『だからね、浩介』
アマラはニッコリと笑った。
『残りの時間で、たくさん、たくさん、教えて?』
『………うん』
ふわっと温かい気持ちが広がっていく……
おれの思いが繋がれていく。実がなっていく。そんな奇跡みたいなことが、本当になる。
(慶……待ってて)
ようやく、迎えにいける。
***
4月2日。
あれからちょうど3年ぶりの慶のマンション……
少しも変わっていなくて、タイムスリップしてきたような気になってしまう。
慶の部屋は3階の角部屋。階段の近くなので、エレベーターではなく階段を使うことが多かった。
「慶……いるかな」
緊張のまま、インターフォンを鳴らす。
いち……に……さん。
「………いない」
まったく反応なし。
今日は日曜日。仕事の時もあれば休みの時もある。というか、仕事のことの方が多かったな……
「…………。何時に帰ってくるんだろう」
慶に会える、ということに浮かれて、そういうこと何も考えていなかったことに今さら気が付いて自分でも呆れてしまう。
「うーん……」
とりあえず、カバンを玄関の前に下ろす。日本を離れたときと同じ大きなカバン。
『でけーカバンだな』
そう、慶に言われたことを思い出して、グッと胸が痛くなる。
慶……慶。あの時、どんな気持ちでこのカバンをみたことだろう……
(慶……)
そんなことを思いながら、カバンの横にしゃがみこんで一時間経過……
ふと、不安になってきた。
(慶………まだここに住んでるよね……?)
表札が出ていないのは3年前から同じだけど……
3年前から引っ越ししていない、という保証はどこにもない。
(違ったらどうしよう……)
うーんうーん……と唸ってしまう。
(電話してみる……?)
いやいやいや。それじゃ、再会の感動が薄れてしまう!
突然あらわれることに意味があるのであって……
(でも、ここに住んでなかったら意味ないし……)
………。
………。
………。
「あ!そうだ!」
いきなり思いついた。
玄関入って左にお風呂がある。その窓のところに慶はいつもオレンジのボトルのシャンプーを置いていた。行きつけの美容院で売っているシャンプーで、これを使うと髪の毛のまとまりがよくて朝が楽ラクだといって、ずっと使い続けていたので、たぶん今も変わってないはず……
これでオレンジのボトルがなかったら、電話してみよう。そうしよう。
「……見えるかな」
廊下の手すりに乗り出して、お風呂の窓の方をのぞいてみる。
「んーーーーーー?」
窓は見えるけど、シャンプーがあるかどうか……
「……わわわっ」
乗り出しすぎて、落ちそうになり、あわてて戻る。ここは3階。下手すると命にかかわる。
「でも、見たいーーー」
もう一回、手すりに手をかけて、窓をのぞき………
と、その時だった。
「………浩介?」
「!!」
後ろから、愛しい愛しい愛しい声が……
「あ……」
振り返ると、あいかわらずの完璧な美貌のその人が立っていて……。澄んだ湖のような瞳も以前と何も変わっていなくて……。
慶、慶、慶……会いたかった。
思いが溢れて声にならない。
「慶………」
胸に手を当て、ようやく、その愛しい人の名を呼ぶと……
「何やってんだ?お前。泥棒かと思ったじゃねーかよ」
と、心底呆れたように言われた。
「……………」
感動の再会をするはずだったのにーーー!!
----
お読みくださりありがとうございました!
次回は、数ヵ月前まで載せていた「旧作・翼を広げて」(←私が高校時代に書いた話を要約したもの)を元にしたものになります。セリフはそのまま移行するので、そのやり取り前に読んだよ!という方には申し訳ありませんっ。
今回の「泥棒かと思ったじゃねーかよ」も、私が高校の時に書いたセリフからの引用でして……。もっとロマンチックな再会させてあげればいいのに~~と自分にツッコミつつ………
次回、火曜日は3年目その8。浩介君の慶説得大作戦、でございます。
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2006年2月
【慶視点】
「はじめは、慶が一緒にいってくれたらって思ったんだよ」
ケニアに旅立つ前日、浩介はそういっていた。
あの時のおれは、まだ卒後丸3年で、先輩方に助けてもらいながら、何とか仕事をやっているような状態で、とても着いていくことなんてできなかった。
あれから3年弱……。少しは経験を積んで、後輩もできて、少しは周りから頼られるようになったけれど……
(理想とする医師からは、まだ遠い……)
おれの理想の島袋先生は、実家の小児科病院を継ぐために、何年も前にこの病院を辞めてしまった。去年の夏に初めて先生の病院に遊びに行ったのだけれど、ビックリするくらい長閑な病院で、入院施設もなくて驚いた。入院手術を要するような病気の場合は、転院することになるそうだ。
「先生の腕がもったいなくないですか?」
思わず、失礼ながら言ってしまったら、先生はニコニコと笑って、
「ここの子供達を守ることが、今のオレの仕事だから」
そう、言い切った。やっぱり島袋先生はかっこいい。昔から変わらない。
島袋先生おすすめの「流れ星スポット」で一人星空を眺めながら、ボーっとしていたら、頭の中は当然、浩介のことでいっぱいになって……
(本当は、浩介と来るはずだったのにな……)
旅行を予定していたのに、直前に浩介が交通事故にあったため、やむなく中止にしたのだ。その翌年は予定が合わず、断念して……
(その次の年は、浩介はもうアフリカで……)
…………。
どうしてもっと一緒にいなかったんだろう。
病院の暗黙の決まりなんか無視して、社宅には入らず、一緒に住めばよかった。浩介は一緒に住みたいって言ってたのに。そうしたらもっと一緒の時間が取れたかもしれないのに。そうしたらあんな風に、浩介が日本を離れることを秘密裏に進めることもなかったかもしれないのに……
後悔ばかりが、頭の中を渦巻く……
本当は心奪われるはずの美しい星空も、今のおれには何の感動も呼んではくれなかった。
***
「わ~~こうすけ君、すごい量のチョコだね!」
「…………っ」
看護師の早坂さんの言葉に、ほんの少し、ドキッとする。
先日入院してきた中学生の男の子。「光輔」という。「こうすけ」という名前自体、別に珍しくはないから、今までも患者にいたことはあったのだけれども、この「光輔」は、わりと背が高くて痩せ気味で、しかもバスケ部で……、どうやっても、おれの「浩介」を連想してしまう子なのだ。でも……
「いや~まだまだ! 本番は明日だから! 明日は女子が行列作っちゃうからね!」
…………。
でも、性格は全然「浩介」とは違う。喋り方も何もかも、笑ってしまうくらい、違う。
「渋谷先生だってたくさんもらうでしょ?」
「いや……」
軽く首を振ると、光輔は楽しそうに言葉を継いだ。
「ウワサ本当なんだ? 別れた彼女をウジウジと思い続けてて、チョコも全部断ってるとかいう……」
「…………」
別れてねーし。しかもウジウジって……誰だ、そんなこと言ってるのは。……って、みんな言ってるんだよなあ……。
「もったいないじゃーん。さっさと次行きなよー」
「…………」
無視して診察をはじめる。が、光輔は黙っていない。
「この病院の看護師さん、結構レベル高いよね? ビックリしちゃったよ。みんなわりと若くて可愛くて」
「シー」
人差し指に手を当てると、ようやく口を閉じた。
が、終わった途端に、「ねえねえねえ!」とおれの腕を叩いて、
「ほら、早坂さんなんてどう? 二人お似合いだよ?」
「ちょ……っ、やだ、光輔君!」
こんな子供の言うことに、早坂さんがアワアワしている。
「そんな渋谷先生に失礼……っ」
「なんでー」
「光輔君」
ピシッと軽くオデコを叩いてやる。
「セクハラ」
「えー」
光輔がぶーっと口を尖らせた。そういう顔はちょっと浩介に似てる……
「だって先生、せっかくカッコいいのにもったいないじゃん。なんでそんな一人の女にこだわってんの?」
「……………」
なんでと言われても……
おれにはあいつしかいなくて……いなくて……
「こうすけ、君」
久しぶりにきちんと声に出して言う「こうすけ」の四文字が、愛しくて愛しくてたまらない。
「明日、行列作られたとしても、あまり無理はしないようにね」
「………はーい」
嫌そうに肯いた光輔の頭を軽く撫でてから、病室を後にする。「こうすけ」という甘美な響きの4文字が、おれの中でグルグルと回る。
(浩介……浩介。お前の名前を呼びたい)
お前の名前を呼んで、お前の頭を撫でて……
(浩介……)
思いきり抱きしめて、それから、それから……
「渋谷先生?」
「!」
早坂さんの声で我に返って立ち止まった。
しまった……早坂さんの存在を忘れて、何も言わずに階段を下りはじめてしまっていたのだ。
「ごめん、考え事してて……。これで終わりだったよね?」
「あ……はい」
「おれこのまま昼行ってもいいかな?」
「はい……」
うなずいてくれた早坂さんに手を挙げ、階段の続きを下り……
「………渋谷先生っ」
「え」
再び呼ばれ、立ち止まった。振り返ると、早坂さんが真剣な表情でこちらに下りてきていて……
(あ、まずい)
その少し紅潮した頬をみて、反射的に思う。
(これ、告白される)
経験上、この雰囲気はそういう流れだと瞬時に気がついた。これは避けなくては。仕事仲間との恋愛のイザコザは絶対に嫌だ。回避。回避。回避。
「ごめん、おれ、いそいでて……」
慌ててその場から逃げ出そうとしたのだけれども………
「渋谷先生!」
逃げる間もなく、早坂さんに詰め寄られてしまった。
「明日、チョコ受け取ってもらえませんか?」
「う」
案の定だ……
たじろぐおれに構わず、早坂さんは、真っ赤なまま、叫ぶように、言った。
「私、渋谷先生のことが好きなんです!」
「え……」
ビックリするくらい、清々しい真っ直ぐな告白。
(うわ……)
まるで小学生みたいだ。いつも元気いっぱいの早坂さんらしすぎて………思わず笑いそうになってしまう。
この子、おれと5歳しか変わらないよなあ。なのになんでこんなに若々しいんだ。微笑ましすぎる……
「…………先生、笑ってます?」
「あ」
早坂さんがムッとしている。
「なんで笑うんですかっ。私、真剣に……っ」
「ご、ごめん」
降参、というように両手を軽く上げる。
「若いなあと思って……」
「………それは子供っぽいということですか?」
「………」
苦笑してしまうと、「ひどい」と早坂さんがプウッと頬を膨らませた。
「こんな子供じゃ、恋人候補にはなりませんか?」
「…………」
かわいい。かわいい子だな、と思う。
いつでも一生懸命だし、誰に対しても親切で明るくて、本当に良い子だと思う。
けれども……
「………ごめん」
ゆっくりと頭を下げる……
「早坂さんがどうとかじゃなくて……おれ」
「彼女のことが忘れられない、ですか?」
「…………」
早坂さんの黒目がちな瞳がジッとこちらを見つめてくる。
「私だったら、ずっと先生のそばにいます」
「…………」
「そんなさみしい目させません。絶対」
「…………」
さみしい目……って……
「さみしい目、してる? おれ」
思わず聞くと、
「え? 自覚ないんですか?」
それはビックリ、と早坂さんは口に手を当てた。
「すっごくさみしそうですよ? みんな言ってますよ?」
「…………」
「まあ、そのさみしそうなところが憂いがあっていいって評判なんですけどね」
「………なんだそりゃ」
普通にしているつもりなのになあ……
「でも、先生。私と付き合ったら絶対毎日楽しくなりますよ? おすすめですよ?」
「………………」
毎日楽しく……か。
「そっかあ……」
「そうですよ?」
「そう……」
「そうですよ!」
「……………」
ニコニコの早坂さん。
そうだろうな。こんな子が彼女になったらきっと楽しいだろう。
でも……でも。
「でも………ごめん」
真摯に頭を下げる。
「おれは……」
あいつのことしか愛せない。
***
売店でおにぎりとパンを買って、外のベンチに行く。
行き止まりと勘違いする先にあるため、めったに人がこないベンチ。浩介が日本にいた頃は、時々ここにお弁当を持ってきてもらって一緒に食べたりしていた。
「…………いない、か」
いるわけないのに、ほんの少し期待してしまうアホな自分に毎回笑ってしまう。
今日も寒いけれど、日射しが暖かい。
「さみしい目、だってよ」
ベンチに座っておにぎりを食べながら、先ほど言われた言葉を、空白の隣に報告する。
「そりゃ、さみしいもんなあ……」
お前がいない。
そのさみしさは隠しようがないということだ。
「早く帰ってこねえかなあ」
空に向かって呟く……
『押しかけ女房しちゃえば?』
正月に妹の南に言われた言葉がよみがえってくる。
『浩介の意思を尊重してる』
と、行かない理由を答えたおれに、
『行って拒否されるのがこわいってことでしょ?』
ズバッと言い放った南。
あいかわらず容赦なく、真実をついてくる奴だよな……
一昨年、ほんの少しだけ、アフリカにいる浩介に会いにいった。
浩介は喜んでくれたけど………でも、おれは気がついてしまった。おれは今のお前には必要のない人間だということに……
「……だから、待ってる」
いつか……お前が再びおれと一緒にいたい、と思ってくれる日を。
そんな日は、一生こないのかもしれないけど……でも、待ってる。
その日が来たら、今度こそちゃんと「一緒に」いられるように、今度こそ後悔しないようにする。だから……だから。
「帰ってこい」
帰ってこい。浩介……
ぎゅっと胸を押さえて、強く強く念じる。
帰ってこいよ……
***
翌日のバレンタイン……
『義理』
と、デカデカと書かれた箱を、看護師一同からもらった。
早坂さんは、昨日の告白の後、「明日からは普通の看護師に戻ります」と言ってくれた通り、少しも変わらず、明るく元気。
だけれども、周りはそうではなかった。
「早坂ちゃん、告ったらしいね?」
「そうそう。でも『あいつのことしか愛せない』って振られてたよっ」
昨日の告白の様子、見られていたようで、早坂さん以外のスタッフが噂話をしている……
「うわー渋谷先生、ナルシストっぽーい」
「自分に酔ってる系」
「ありえないわー早坂ちゃんかわいそー」
………………。
一応、皆さん隅でコソコソ話しているけれど、丸聞こえだ。せめて本人のいないところで話してくれ……
「先生、早坂さんのこと振ったんだって?」
「え」
回診の際、光輔にまで言われてビックリする。入院患者にまで知れ渡ってるのか?
「それは……」
「先生、そんなに彼女のこと好きなんだ? すごいねえ一途だねえ」
「……………」
中学生に感心されても………
「オレもそんな相手に出会いたいなあ」
「…………」
夢見るように言う光輔。
おれと浩介の出会いは奇跡だ。でも、偶然じゃなく必然。奇跡だけど、必然。必ず会う運命だったから出会えた。
「こうすけ、君」
おれの運命の相手と同じ名前の彼だからこそ、余計に幸せになってほしい。いつの日かこの子にも運命の相手が現れるといい。おれがお前と出会ったように。
「会えるといいね」
言うと、光輔はエヘヘと笑って、「先生も早くヨリ戻せるといいね」と言った。
………………。
だから、別れてねーっつーの。
と、いう心の声は口に出さないでおこう。
-------------------------
お読みくださりありがとうございました!
光輔とのやり取りや早坂さんの告白は、私が高校生の時に書いた「翼を広げて」が元になっているため、青臭いのはそのせい!ということでっ
次回、金曜日は3年目その7です。
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【浩介視点】
中学校3年生の夏。
息苦しいブラウン管の中にいたおれを救ってくれたのは、『渋谷慶』という名前の眩しい眩しい光だった。
『渋谷慶』に再び会いたい一心で、初めて親に意見した。
「今通っている私立中学の付属高校には上がらず、地元の公立高校に進学したい」
母は大反対した。これでもかというくらい、罵詈雑言を浴びせられた。でも、折れなかった。それは、ただひたすらに『渋谷慶』に会うため。それだけがおれの心の支えだった。
その後、父が「学区のトップ校に行くこと」を条件に許可してくれたので、死ぬ気で神奈川県立高校向けの受験勉強をした。内申点を上げるために、登校日数を増やす努力もした。
当時、神奈川県では『神奈川方式』と呼ばれる受験方式が取られていたので、皆が中学2年時に受けているア・テストを受けていないおれは、その点数が0点となってしまうため、相当に不利だった。でも、内申点がそこそこ良かったことと、当日テストで全教科満点を取ったことで、なんとか学区トップの県立白浜高校に入学できた。
おかげで、あの悪夢のような学校生活から解放された。そして……そして、『渋谷慶』に出会った。
そして、『渋谷慶』と友達になって、親友になって……
「慶のことが、好き」
高2の冬。生まれて初めて、愛の告白をして。
「おれなんてもう一年以上前からお前のこと好きなんだぞっ」
生まれて初めて、「好き」って言ってもらえて………
それからもう、何年たっただろう?
「先生になれ」
高校3年生の時、慶がそう断言してくれたから、先生になる決心がついた。
「行ってこい」
2年9か月前、慶が背中を押してくれたから、今まで全力で頑張ってこられた。
おれの人生の節目には、いつでも慶の姿がある。
ケニアでの役目を終えた、と思えた瞬間、頭の中に浮かんできたのは、やはり慶の姿だった。
(慶を迎えに行こう)
真っ先にそう思った自分の揺るぎなさに少し笑ってしまった。
(慶……待ってて)
今なら、今のおれなら、慶と一緒に生きていける。
***
ストン、と落ちてくるように、その瞬間はやってきたのだ。
それは、年末のホームパーティの席でのことだった。
「新学期からみんなと一緒に働く新しい先生を紹介します!」
学校の理事をしているシーナが言うと、職員たちが、わあっと声を上げた。人手不足のこの学校に、新たな職員が加わってくれることは有り難い。でも……
「誰?誰?」
みんなキョロキョロしている。それもそのはず。ここにいるのは、職員の家族や近所の人達なので、全員顔見知りなのだ。唯一の珍しい顔は、たまたま今日遊びにきている、シーナの親戚の山田ライトだけれども、ライトは大学生なので新しい先生にはなりえない。
ざわめきの中、シーナの横に立ち、にこやかな笑顔を見せたのは……
「アマラ……」
シーナの娘のアマラだった。
「浩介先生、知ってた?」
ライトに腕をつつかれ、ブンブン首を振る。大学を卒業したばかりのアマラ。教育学部に通っていることは知っていたけれど、卒業後も大学に残りたい、と話していたのに……
驚きすぎて何も言葉が出てこないところへ、アマラが飲み物を片手にこちらにやってきた。
「ビックリした?」
いたずらそうに微笑んだアマラ。反応できないおれに代わって、ライトがはしゃいだように言ってくれる。
「ビックリしたビックリしたー!なんで教えてくれないのー!」
「だってビックリさせたかったんだもの」
「アマラ……」
笑っているアマラに、なんとか声を絞り出して聞いてみる。
「なんで、急に?」
「急じゃないわ」
アマラは肩をすくめると、グラスを一気に空けた。
「浩介のこと見てるうちに、私も何かしないとって思うようになって」
「え?」
何の話だ?
首を傾げたおれに気が付かないように、アマラは淡々と続けた。
「それで、浩介みたいになれたらって思って、先生になることにしたの」
「え?」
おれみたいになれたら……?
「何をいって……」
何をいってる……?
アマラの言葉の真意を確認しようとしたところで、
「浩介先生!」
「わわわっ」
いきなり、背中に衝撃がきた。振り返ると、今年小学校を卒業したルイスが、シーナと一緒に立っている。かなりの暴れん坊だったルイスも、この一年ほどですっかり大人っぽくなった。
「ルイス?」
「先生ありがとー」
ルイスがニコニコと言ってくる。なんだ?なんだ??という疑問にシーナが答えてくれた。
「ルイス、中学行けることになったのよ」
「え! ホントに!」
思わず飛び上がってしまう。ルイスの両親はずっと進学を反対していたのに。
「浩介先生の粘り勝ち。ほとんど毎日ルイスの家に行ってくれたでしょう?」
「ええ、まあ……」
学校帰り、可能な限りご両親に会いに行って、説得は続けていたのだ。
「浩介先生がきてから3年目。浩介先生のおかげで、この村の進学率が上がったわ」
「それは、おれのおかげなんかじゃないですよ」
何を言ってるんだ。
「校舎ができて、教育環境が整ったから……」
「大人向けにも授業をしましょうって言い出したのは浩介先生でしょ? おかげで、意識改革が広がっていったのよね」
「それは……」
それはおれ一人の力ではない。
「それは、おれの提案にみんなが協力してくれたからです」
と、正直に答えたところで、
「あー、ホントに、日本人の『謙遜』ってイライラするわよね」
ズバッと横からアマラに切りこまれた。
「うちの大学にいる日本人の先生もそう。なんなの?それ? 自分の手柄ですって自慢にしていい話なのに、いえ、僕なんか僕なんかってさ」
「それが日本人の『美徳』だから~~」
うひゃひゃひゃひゃ、と横でライトが笑いながら言って、「その笑い方やめて」とアマラに注意されている。
謙遜……、いや、謙遜なんかじゃなくて、本当に、おれなんかがそんな影響を与えるなんて……
「でね、浩介」
ボーっとしかけたところで、シーナに肩を叩かれた。
「ルイスが浩介先生に言いたいことがあるって言って」
「え……」
シーナに押し出されたルイス。恥ずかしそうに笑うと、ギュッとおれの両手を掴んで……
「あのね、ボク」
その黒曜石みたいな目がまっすぐにこちらを向いて、そして…
「ボク、浩介先生みたいな先生になるよ!」
「……っ」
キラキラした瞳。
何……それ。何を言って……
「おおっ。アマラと一緒だねえ」
ライトの明るい声。
「アマラもさっき、浩介先生みたいになりたいっていってたもんね?」
「じゃあ、ライバル?」
「ライバルじゃないでしょ。仲間でしょ?」
アマラとルイスが笑いあっている横で、ライトが「浩介先生は本当にいい先生だからね!」と言って、おれがスワヒリ語を覚えた経緯を二人に話しはじめて……
「ねえ、浩介」
なんだか気が遠くなっていっているところを、再びシーナに肩を叩かれた。
「こちらに来たばかりの時、あなた『何かを成したい』って言ってたけど……」
「はい……」
はじめの面談の時にそんなことを言った……
「充分に『成した』と思うわよ?」
「え?」
それは……
ふっと笑ったシーナ。
「こういってはなんだけど……、あなたはやっぱり、ここの人間ではないのよね。心はいつも違うところにある」
「……それはっ」
それは否定できない。でも、この地にいる限りはここのことを一番に……っ
「大丈夫、分かってるわ」
言いかけたところを、穏やかに制された。
「そうやって、ここの村の人間じゃない浩介が頑張ってくれていることに、みんなが影響をうけたの」
「…………」
「小さな頃から、村から出たいっていつも言ってたアマラまで、あなたに刺激されて村を愛するようになって……」
「え……」
振り向いた先のアマラは、ライトに向かって自分がどんな先生になりたいのかって話をしている。
シーナが母親の顔になって微笑んだ。
「浩介のおかげよ。ありがとう」
「そんなこと……」
そんなこと……そんなことは……
「あなたは『成した』のよ」
シーナの手がゆっくりと腕をさすってくれる。温かい手……
「あなたのおかげで、たくさんの子供たちが学べた。中学に進学する子も増えた」
ルイスの黒曜石のような瞳。嬉しそうな笑顔。
「あなたは、この地を耕して、種をまくことまでしてくれた。それで充分よ」
「………」
「育てていくことは、私達がするべきことだと思うの」
「シーナ……」
それは……それは。
「あなたがしてきたことは、確実にこの地に根付いている」
シーナは優しく笑うと、力強く、断言してくれた。
「だから、もう、あなたは旅立っても大丈夫」
***
ふわふわと……ふわふわとした感覚がずっと続いていた。自分が認められた、という確かな実感。
慶にはじめて告白された後に少し似ているかもしれない。嬉しくて……夢みたいで……
でも、年が明けると、すぐに頭が現実対応に切り替わった。
残りの期間で、おれが持っているすべてのことをアマラや他の先生方に伝えよう。
そして、おれは次の地へ旅立つ。慶を連れて。
それにはクリアしなくてはならない課題が2つある。
1つは、慶をどう説得するか。
昨年の夏に慶に会ったというライトの話によると、慶はおれのことを「待って」くれているという。心の底では信じていたものの、こうして言葉で聞けたことが、迎えに行く自信に繋がったということはいうまでもない。ライトに感謝だ。
でも………、それはきっと、日本に帰ってくるのを「待って」くれているのであって、一緒に海外に行ってくれるという意味ではないと思う。
だから、慶に着いてきてもらえるように、説得しなくてはならない。
そして、もう1つは、母に対して、どうカモフラージュするかだ……
「どうしようかなあ………」
うーん……と悩んでいるおれに、アマラがプリントの束を差し出してきた。
「大人の慶には大人の理由が必要でしょ?」
そういったアマラは、なぜか苦笑いをしていた。
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お読みくださりありがとうございました!
策士・桜井、これから説得&カモフラージュ大作戦を決行します。
そして、迎えに行く日は当然、3年前に別れたその日でしょう。だってアニバーサリー男だもん♪
次回、火曜日は3年目その6です。
そんなことになっているとは知らない慶君は、ひたすら健気に待ち続けております……(電話くらいしてやれよ、と思うけど、電話でする話でもないからね……)
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
こんな真面目な話、見守ってくださる方がいらっしゃるなんて、もうホントに夢のようです。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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2006年正月
【南視点】
浩介さんがいなくなって3回目のお正月……
「なんかさ……悟りを開いた感じ?」
すっかり大人しくなってしまった兄に、半分喧嘩ふっかけるつもりで言ったけれど、
「なんだそりゃ」
兄はふっと笑って私の嫌味を聞き流した。……別人のようでコワイ。
「お母さーん、お兄ちゃんがコワイー」
「何言ってるの」
私の訴えに、母はちょっと呆れたように肩をすくめると、
「もう31なんだから、悟りの一つや二つ、開かないと」
「えー」
二つも開くものではないと思うんですけどー……
「慶が納得して浩介君を待つって言ってるんだからいいじゃないの」
「えー」
「しょうがないのよ」
母も悟りを開いたようにうなずいている。
「渋谷家は代々一途な家系なの。椿だって初めてちゃんとお付き合いした近藤さんと結婚したし、南、あんただって……」
「はいはいはい」
子供の前で恋愛話はやめてください。
リビングで遊んでいる息子と娘にこれ以上変なことを聞かれる前に、話を元に戻す。
「でもさ、お兄ちゃん。浩介さんがずーっと帰ってこなかったらどうすんの?」
「どうって……」
別にどうもしない。と、悟り顔の兄。
…………。
それじゃ物語が進まないでしょ! そのままおじいちゃんになっちゃったらどうすんの!
という、ツッコミを心の中にしまいこんで「ねえねえ」と提案してみる。
「押しかけ女房しちゃえば?」
「は?」
眉間にシワを寄せた兄。
「何言って……」
「お医者さんなんていくらでも働き口あるでしょ? お兄ちゃん、働きはじめてもうすぐ丸6年だよね? もう新人って歳でもないよね? どこでも雇ってもらえるよね?」
「…………」
肯定も否定もしない。ということは、肯定とみた。一気にたたみかける!
「ね! だからさ!」
無表情の兄の目の前でパチンと手を叩く。
「突然行っちゃってさ! んで、『きちゃった❤』って言えばいいだけの話……」
「何を………」
「ちょっと南」
兄が何か言う前に、母が盛大に眉を寄せた。
「変なことけしかけるのやめてよ。これで慶が本当に浩介君のとこ行っちゃったらどうするの」
「え」
母らしからぬセリフに驚いてしまう。
うちの両親は、基本的に子供のすることに口出しをしない主義なのだ。おかげで姉も兄も私も自由にやらせてもらえていた。
兄が同性である浩介さんと付き合うことになったときも、父は「容認」母は「黙認」という感じだったし、私自身、2回り年上で中学生の息子のいた沢村さんと結婚するときも、さすがにはじめは良い顔をしなかったものの、比較的すぐに許してもらえた。
「意外!お母さん、反対なの?」
思わず大袈裟に叫んでしまった。
「お兄ちゃんが大学の時なんて、お兄ちゃんが浩介さんのアパートに入り浸って帰ってこなくなっても、ご飯作らなくていいから楽でいいわ~~なんて言ってたのに!」
「それは浩介君のアパートが、うちから一時間半くらいのところだったからでしょ。しかも慶の大学のすぐ近くだったし」
肩をすくめた母。え? 問題そこ?
「え、近ければいいってこと?」
「当然でしょ! 国内ならともかく、海外なんて問題外!」
ああ、考えただけで恐ろしい……と、眉を寄せた母は真剣そのものだ。なんだそれ……
「えー……別にいいじゃん……」
「嫌よ。心配だもの。慶、『きちゃった❤』なんて絶対やめてよ?」
「…………大丈夫だよ」
兄はまた、ふっとあの悟りの境地の笑みを浮かべると、
「おれは待ってるだけだから。自分から行ったりしない」
「えー」
その悟り顔、なんかムカつく。
「なんでよー」
「だからおれは浩介の邪魔になりたくないんだよ」
「邪魔なんてそんな……」
浩介さんがそんなこと思うわけないのに……、と言おうとしてから、気がついた。
まさか………
まさか、この弱気…………
「まさか、お兄ちゃん、邪魔にされるかもってビビってるの?」
「…………」
ピクリと兄の眉が動いた。
うわ、ビンゴだ。
お兄ちゃん、浩介さんに拒否されることがこわいんだ。
「うわ、今さら……」
「うるせーよ。別にビビってねーよっ。おれはただ浩介の意思を尊重してるだけだっ」
ようやくちょっと昔の顔になって言ったお兄ちゃん。ここぞとばかりに煽ってみる。
「そんなこと言ってかっこつけてるけど、結局のところ、行って拒否されるのがこわいってことでしょ?」
「何を……っ!」
カアッと赤くなった兄。やった!剥がれた! と思ったけれど、
「はい!おしまい!」
母に「はいはい」と止められてしまった。
「正月早々、喧嘩しないの。南、もうすぐ椿たちも来るから、お節並べるの手伝って」
「…………はーい」
「慶はお父さん呼んできて」
「……わかった」
すいっと出ていった兄の後ろ姿……哀愁が漂っているように見えるのは私だけじゃないだろう。
「南」
母が兄が出ていった途端、ボソッと言ってきた。
「慶、せっかく落ち着いてきたんだから、蒸し返さないであげて」
「…………うん」
母の気持ちもわかるけど……本当にそれでいいの?
このまま、待ち続けて……本当にそれでいいの?
浩介さんのところに直談判にいきたいところだけど、まだ幼稚園生の娘を置いていけるわけもなく……
(浩介さん……)
さっさと迎えにきてあげてよ。
また、二人一緒のところが見たいよ。
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お読みくださりありがとうございました!
なんの進展もなくm(_ _)m
次回、金曜日は3年目その4でございます。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!病床でどれだけ励ましていただいたことか……
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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