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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・後日談4.1

2017年11月10日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

2006年8月


【慶視点】


 浩介が一足先に日本を離れてから4か月たった。

 連絡が取れにくいので、この4か月で電話で話せたのも数回しかないけれど、音信不通だった3年間に比べたら雲泥の差だ。

 正直、職場での風当たりはきついし、語学を含め、新たに勉強しないといけないことが山のようにあるしで、凹みそうになることもある。でも、これから待ち受ける浩介と共に生きる時間を思ったら、どんなことでも乗り越えられる。

「たーだいまーっと………」

 誰もいない部屋に帰る。4か月前までは、孤独に押し潰されそうになっていたけれど………

「………はいはい。わかってるよ」

 冷蔵庫に張られた浩介の手書きの文字を見て、温かい気持ちに包まれる。

『ご飯は一杯まで。とにかく、ちゃんと野菜も食べること』

「食べる食べる」

 トマト買ってきた。カレーの残りもある。

『カレーの温め直しはよく混ぜてね』

「混ぜる混ぜる」

 昨日、大量に作ったカレーをぐるぐる混ぜる。

『ちゃんと噛むこと。忙しくても早食いしないでね』

「たく、うるせーなー。子供じゃねーっつの」

 張り紙を見るたびに、くくくと笑ってしまう。浩介がいる。この部屋には浩介がいる……。


 4か月前……浩介出発の朝。
 おれは仕事だったので、朝7時過ぎにうちを出なくてはならなかった。

「じゃ、色々作って冷凍庫に入れておくからね?」
「んー、サンキュー」

 離れ離れになる前と同じやり取り。あの頃も浩介はうちに来ると作りだめをしてくれていた。それを当然のことのように甘えて受け入れていた当時のおれ……。
 3年前の、浩介が出国する日には、冷凍庫のおかずはすべて無くなっていた。おそらくこの日までに全部食べ終わるように計算して作っていたのだろう。

『おれのことなんか、忘れていいよ』

 あの時、浩介はそう言っていた。忘れさせるために、自分の痕跡を全て消し去っていったのだ。歯ブラシもマグカップも、浩介のものは全て無くなっていた。

 そのことに気がついた時の絶望感は、今、思い出しても震えがくる。

「鍵、持っていくね?」
「ん」

 3年前、唯一残されたのはこの合鍵……。でも今度は取り残されない。お前と一緒に行く。

「じゃ、お仕事頑張ってね」
「お前も気をつけてな」
「うん」

 玄関先で、ぎゅーっ、ぎゅーっ、ぎゅーーーっと抱きしめあう。

 浩介が日本にいた5日間、出来る限り一緒にいた。仕事もなるべく早めに上がらせてもらった。それでも足りない。足りないけど………

「じゃあな」
「うん」

 きりがないから、無理矢理に体を離した。

「行ってくる」
「いってらっしゃい」

 コツンとおでこをくっつける。

「いってこい」
「行ってきます」

 触れるようなキスをする。

「じゃあ……」
「ん」

 そして、もう一度だけ、ぎゅっと抱きしめあってから、振りきるように勢いよくドアから出た。

「痛え………」

 胸が、痛い。痛いけれど、半年後からはずっと一緒にいられるんだ。と、なんとか気持ちを持ち直す。

 たった半年の辛抱だ。3年に比べたら全然短い。すぐに過ぎる。

 そう思いながらも、さすがにこの日は何となく落ち込み気味に一日を過ごし、深夜に誰もいない部屋に帰ったのだけれども………

「……………何だこれ」

 冷蔵庫に張ってある、浩介手書きのメモ紙に気がついて、笑いだしてしまった。

『おかえりなさい』
『2週間分は作ってあるけど、あとは頑張って自分で作ってね』
『休みの日にカレーの作り置きをするのもおすすめだよ』
『カレーの温め直しはよく混ぜてね』
『あと、ちゃんと噛むこと。忙しくても早食いしないでね』
『ご飯は一杯まで。とにかく、ちゃんと野菜も食べること』
『お弁当買うのもいいけど、ちゃんと野菜も入ってるものを選んでね』

「…………浩介」

 3年前は自分の存在を消して出ていった浩介。でも、今回はこんなにもはっきりと温もりを残してくれている。

「ちゃんと野菜、ちゃんと野菜」

 浩介の声が聞こえてくるようだ。3年前もいつも口うるさく言っていた。「ちゃんと野菜」って。

「浩介………」
 そっと、その綺麗な文字を指で辿る。

「早く会いたい」

 だから頑張る。だから頑張ろう。

 お前と共に生きる未来のために。



***



 出発まであと2か月を切り、東南アジアでの仕事の打ち合わせも、より具体的なものになってきた。

 つい立てに囲まれた応接スペースで、事務局長と話していたところ、

「あ~、あかね先生、こんにちは。浩介先生どうだった?」

 事務の大学生・リカちゃんが、あかねさんに問いかけている声が耳に入ってきて、思わずそちらを振り返ってしまった。

「うん。大丈夫そうだったよ」
「そう、良かった。びっくりしましたよ~」

 二人の会話に心がザワザワする。浩介、何かあったのか? 「どうだった?」「大丈夫そう」って、それは、あかねさん、最近浩介に会いにいったってことか……?


 浩介の友人である一之瀬あかねさんは、大学時代は舞台女優をしていた、ものすごい美人だ。今は都立高校の英語教師をしている。
 教師という職業や、趣味が読書という共通点もあったりして、浩介とあかねさんは仲が良い。恋人のふりをしているせいもあって、余計に仲が良い。

 あかねさんの恋愛対象は女性なので、浩介とどうこうなる心配はないのだけれども、そうはいっても、ここまでの美人だとヤキモキしてしまうし、二人がすごく仲が良いことも知っているので、モヤモヤしっぱなしで……

 浩介がケニアに滞在していた間も、おれは1回しか会いに行っていないのに(しかも一泊しかしていない)、あかねさんは3回も行っていて、しかも何泊もしたらしい。それにもモヤモヤしている心が狭いおれ……。

 二人もおれが良く思っていないことに気が付いているからか、普段は「あかね」「浩介」と呼び合っているくせに、おれの前では「あかねサン」「浩介センセー」と呼び合う。それが余計にムカつくんだけど、かといって、それをやめさせるのも違う気がするので、そのままになっている。

 
「あの……」
「ああ、ごめんなさいね。2人とも、その話はここだけの話って言ったでしょ?」
「え、だからここだけなんじゃないですかー」

 リカちゃんが悪びれずもせず、ねえ?とあかねさんに言い、あかねさんは、つい立て先のおれの姿が目に入っていなかったようで、おれと目が合うと、大きな目をますます大きくして「あ」と口元に手を当てた。

 なんだ……なんなんだよっ。

 眉間にシワを寄せたまま事務局長を振り返ると、事務局長は苦笑して答えてくれた。

「浩介先生からは、慶君に言うと心配するから黙っててって言われてたんだけど……、浩介先生、倒れたのよ」
「え!?」

 思わず立ち上がってしまった。た、倒れたって……っ

「でも、もう大丈夫だって。イザベラ先生からも、とりあえず大丈夫って連絡はきてるの」
「…………」

 すとん、とまた座る。
 イザベラ先生、は名前だけ知っている。現地にいるアメリカ人の精神科医のはずだ。

「慶君も知ってるのよね? 浩介先生の『発作』のこと」
「……………」

 やっぱり、発作、か………。

「…………。昔よりはだいぶ出なくなったと思ってたんですけど」

 浩介は過換気症候群の発作を起こすことがある。でも、就職してからはずいぶんよくなっていた。

「そうみたいね。ケニアでも何度かあったみたいだけど、頻繁ではなかったらしいわね」
「……………」

 ああ、どうしておれはそんな時にお前と一緒にいられないんだ。発作を起こしても、おれに抱きしめられると、すぐに良くなるって、浩介は昔よく言っていたのに………

「でも、あと2ヶ月で慶君と合流できるから安心だって、浩介センセー言ってました」

 穏やかに、あかねさんが言う。

「そうね、お医者様と一緒に住むから安心よね」

 事務局長もうんうんとうなずいている。

 浩介とは「ルームシェア」することになっている。今、浩介は老夫婦とルームシェアしているそうで、その夫婦が今月いっぱいで出ていくので、おれはその後に入ることになっている。ちょうど良い物件を上手いこと見つけたもんだ……。


 その後の打ち合わせは、気が入らなくて、早々に切り上げさせてもらった。

 何となく気持ちがクサクサしたまま事務局を出たところで、

「慶君」
「え」

 良く通る声に呼び止められた。

「ちょっと飲みにいかない?」
「………………」

 振り返ると、あかねさんの大きなアーモンド型の瞳がこちらをジッと見つめていて……

「……………はい。喜んで」

 何となく………何となく、受けて立つ!って気持ちで見つめ返すと、あかねさんに苦笑いをされてしまった。



----



お読みくださりありがとうございました!
慶とあかねの話は以前から、書こうかなあ、でもつまんないから書くのもなあ、とずっと躊躇していた話でして……。次回チラリと書ければいいな、と思っております。

次回火曜日。後日談4.2。どうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・後日談3

2017年11月07日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

【浩介視点】


 慶がご両親に東南アジア行きの報告に行ってくれた。
 本当はおれも一緒に行くべきだと思ったのだけれども、どうしてもできなかった。

 慶の実家とおれの実家は最寄り駅が隣。徒歩30分ほどの距離だ。
 もし万が一、どこかで父や母と会ってしまったら……と思ったら、恐怖で身がすくんでしまって……

 でも、慶にはそんなこと言いたくないので、

「事務局の人と打ち合わせがある」

と、嘘をついた。あいかわらず、おれは嘘つきだ。


「…………で?」
 目の前に座っている超絶美女、一之瀬あかねが苦笑気味に言った。

「その嘘を本当にするために、私を呼び出した、というわけね?」
「………………………はい」

 ありがとうございます、と深々と頭を下げる。

 一応、あかねも「事務局の人」なので、これで嘘は本当になる。

「じゃ、何を打ち合わせましょうか?」
「あの、お願いが……………」

 親対策のため、おれは引き続きケニアにいるということにするので、万が一連絡があったら口裏を合わせて欲しいということ、日本での書類関係の受け取りを引き続きお願いしたいということを、わざと事務的に話すと、あかねも「承知しました」と、事務的にうなずいてくれた。

 しばしの沈黙の後………

「嫌よね」
 あかねがふっと笑った。

「お互い、いくつになっても親に振り回されっぱなしで」
「……………なんかあった?」

 会った時から感じていた、微妙な瞳の曇り……。用心深く聞くと、あかねは大きくため息をついて、ぽつぽつと、話し出した。

「うちのハハオヤ、今度は健康食品の販売始めてさ………」

 数ヵ月前、大量のサプリメントが請求書と一緒に突然送られてきた。無視してたけど、あまりにも支払い催促の電話が酷くて、面倒くさくなって支払ったら、味をしめたのか、何度も送ってくるようになって………

「受取拒否にして送り返したら、今度は職場に送ってくるようになってさあ……」
「わ……」

 それは………

「だから、会社側に連絡して発注ストップかけようとしたら、もう、その会社潰れて無くなってて」
「え」
「結局、ハハオヤのノルマだった残りの分、全部支払いさせられて………まあ、30万ちょいで済んだから良かったといえば良かったけど」
「………………」
「で、人に払わせておいて、ありがとう、どころか、お前のせいだって怒鳴りちらしてきて………ホント意味分かんないんだけど」

 サバサバと言いつつも、瞳は『もう、うんざり』と語っている。

「ほんとにさ……………あんただから言うけど」
「うん」

 あかねは一呼吸おくと、あっさりと……あっさりと言った。

「この世から消えてくれればいいのに」

 それが彼女の本心。おれと一緒。親なんかいなくなればいいって本心。

「………………うん。そうだね」

 こっくりとうなずく。おれも本心でうなずく。

「消えればいいのにね」
「でしょ!?」

 ふふふ、とあかねは笑うと、「あー嫌になっちゃうなー」と伸びをした。

「あー、早く自由になりたーい」
「………そうだね」

 自由に………自由に。

 あかねとおれは、出会ったころからずっとそう言い続けてきた。

 でも、おれ達はいつになったら自由になれるんだろう………


***


 慶のマンションに帰宅すると、慶はもう戻ってきていた。レトルトのカレーを食べているので、思わず、

「それだけ!?」

と、ツッコミを入れてしまう。

 昨日ご飯を作ろうとして気がついたのだけれども、慶はあまり自炊していなかったようで、ほとんどの調味料の賞味期限が切れていた。その代わり、こういうインスタント食品が棚にたくさん入っていて……

「サラダぐらい………」
「面倒くせー」

 慶が口を尖らせながらいう。
 おれのいなかった3年間もこんなだったのかと思うとクラクラしてきてしまう。

 こんな時間にご飯大盛り過ぎ!炭水化物取りすぎ!

 まったくもう………と思いながら目の前に座って問いかける。

「実家で食べなかったの? 行ったんだよね?」
「行った。けど、さっさと帰れって言われて食わなかった」
「………………え」

 血の気が引く。

 さっさと帰れって……それは、認めてもらえなかったってことか……

 勝手に「慶のご両親は理解があるから大丈夫」なんて決めつけていた自分の浅はかさに、目の前が暗くなってくる。

「慶………」
 なんて言えばいいのか迷いながら、何か言おうとしたのだけれども………

「何かな、また半年会えなくなるなら、この4日間、お前とちょっとでも多く一緒にいろってさ」
「……え?」

 慶の言葉にポカン、としてしまう。

 半年会えなくなるなら、ちょっとでも多く……?

「え、じゃあ、いいって………?」
「いいも悪いも、もう大人なんだから親に許可取る必要ないって言われた」
「………………」

 うわ……………

 うわ……………

 今度は違った意味で言葉が出てこない。

(なんて素敵なご両親なんだろう……)

 うちとは大違いだ………

(………あかね。世の中にはこんな親もいるんだよ。ちゃんと認めてくれて、気遣ってくれて、見守ってくれて……。それを普通にやってくれる親もいるんだよ……)

 心の中であかねに伝える。おれもあかねも、こんな親の元に生まれていたらどんなに幸せだっただろう……



「ごちそうさまー」
「え、あ」

 考えに沈んでいる間に、いつのまに慶は山盛りのカレーを食べおわっていた。そして、

「これ、南がお前に渡してくれって」

 食器を下げて戻ってくると、思い出したように、手提げ袋をこちらに差し出してくれた。茶色の地味な感じの袋……

「南ちゃんいたんだ?」
「いや、帰ったあとだったから、親に渡された。なんかのお土産らしいぞ?」

 お土産……?
 慶の妹の南ちゃんは、ちょっと変わっている子で、BLと呼ばれるジャンルの物書きをしている。その彼女のお土産が、普通のものであるわけがなく……

「うわ~~~」
「げ」

 手提げ袋の中の紙袋から中のものを出してみて……予想通り過ぎて笑ってしまった。慶は鼻に皺をよせている。

 それもそのはず。中身は、赤と黒のパッケージのコンドームと、赤い容器の潤滑ジェル。

「なんなんだあいつ……」
「あ、手紙が入ってる」

 その走り書きのようなメモによると……


『取材先でもらいました。感想聞かせてね❤』


「………だって」
「アホか」

 慶は眉を寄せたけれど……すぐに笑い出してしまった。つられておれも笑ってしまう。


 慶が笑ってる。慶と一緒に笑える。それが何よりも嬉しい。


「じゃー、するか」
「わ、する!?」

 思わず声を上げると、慶が眉間にシワをよせた。

「なんだそれ?したくねえのかよ?」
「いや~~緊張するというか……」
「なんだそりゃ」

 いいながらベッドの方へ引っ張ってくる慶。
 実は再会後、まだ一度もちゃんとはしていない。久しぶりすぎて緊張してできなかった、ということもあるけれど、潤滑のものがなかったので、最後までするのは憚られた、ということもある。結局、昨日の昼も夜も、お風呂で抜きあいっこして終わってしまっていた。
 今日、買おうかとも思ったのだけれども、慶がしたいと思ってくれてるかも分からないのに、先走って買うのも……と躊躇してしまって……。でも今、「するか」と言ってくれた。それに自信を持つことにする。

「じゃ、せっかくいただいたから、使ってみよう!」

 容器についているフィルムを剥がしていると、慶がまた眉間にシワを寄せていってきた。

「お前、南に感想とか言うなよ?」
「え、言うよ? だってそのためにくれたんでしょ?」
「アホかっ。何が面白くて妹にそんな……、あ、」

 ブツブツ文句を言う可愛い口をふさぐ。すぐに応えてくれた慶の舌を絡めとる。

「あと4日……これ使い終わるくらいしようね?」
「………ばーか」

 しがみついてきた慶の腰に手を回す。

 この4日間、ちょっとでも多く一緒に……。そう言ってくれた慶のご両親の心遣いに感謝したい。

 また半年離れてしまう。
 だから、今はたくさんたくさん、慶の中におれを注ぎこみたい。



----



お読みくださりありがとうございました!
次回金曜日。後日談その4でございます。
こんなまったりした話、クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!!
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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・後日談2

2017年11月03日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて


【慶視点】


 日本を離れてちょうど3年後。浩介が日本に帰ってきた。
 そういえば、浩介って「記念日」をやたら大事にしてたよな……と、ちょっと可笑しくなってしまった。


 その日のうちに、おれも浩介と一緒に東南アジアに行くことを決めて、事務局に挨拶にいった。そして、帰宅後、久しぶりに浩介の膝枕で少しだけ寝て、それから夕飯を食べて、一緒に風呂に入って、一緒のベッドに入って……

「でも慶、ご両親に反対されない?」
「まあ……大丈夫だろ」

 心配げにいった浩介の手をギュッと握る。

「南に先に話して援護射撃してもらおうかな」
「あはは。それは心強いね」

 クスクス笑い合う。すごく久しぶりなのに久しぶりじゃない感じ。心がフワフワする。

「おやすみ、慶」
「おやすみ」

 軽く唇を合わせて、おでこをコツンとぶつけて……

 以前は普通にあった日常の挨拶。それができることが苦しくなるほど嬉しい。


 夕方、浩介の膝枕で眠る前は、眠るのが怖かった。これは夢で、目が覚めたら浩介がいなくなってしまうのではないか、と思って………

 でも、一時間ほど眠って目が覚めた時……

(浩介………)

 浩介はおれの腰のあたりに手を置いたまま、ソファの背にもたれて眠りこけていた。のんきな感じに、口を少し開けて、寝息をたてていて……

(ああ……)

 不覚にも泣きそうになった。
 ちゃんと、いる。浩介がここにいる……

 そっと起き上がって、額にキスをする。

(浩介………)

 その頬を撫でる。唇を指で辿る。……と、浩介がぼんやりと目を開けた。そして、

「……慶」

 幸せそうに笑って、ぎゅっと抱き寄せてくれた。

 離れたくない。もう、離れたくない。

 この温もりを離さないために、おれは明日から各方面に頭を下げて回ることになる。でもこの幸せを手に入れるためなら、いくらでも頭なんか下げてやる。



***


 翌日の昼休み……

「はああああああ?!」

 峰先生に部屋中に響き渡る声で叫ばれてしまい、近くにいた看護師数人が何?何?何?とこちらに近づいてきてしまった……
 でも、峰先生は気が付かないように、眉間にシワを寄せたまま、

「それ、決定?」
「……はい」
「いつから?」
「半年後には……と思っているんですけど」
「あー……まあ、そうだな」

 まあ、半年後ならどうにかなるか……、と峰先生は腕組みをしたまま、椅子をクルリと回転させると、

「お前、あれだろ。島袋先生の影響だろ?」
「え?」

 突然、おれが医者になるキッカケとなった島袋先生の名前を出されてキョトンとなる。島袋先生の影響???

 キョトンとしているおれの横で、看護師の早坂さん達が問いかけてきた。

「何のお話なさってるんですか?」
「いや……」
「島袋先生って、新生児科にいた島袋先生ですか?」
「そうそう。こいつの憧れの先生。な?」

 峰先生がニッと笑って早坂さん達に答えている。

「元々、渋谷は島袋先生に憧れて医者になるって決めて、それで、島袋先生のいるこの病院に就職したんだもんな?」
「あ……はい」

 でも、おれの希望は小児科だったので、結局、新生児科の島袋先生の下につくことは一度もなかったんだけど……

「え、そうなんですか?! 知らなかった!」
「島袋先生って、確かご実家の小児科病院を継ぐとかで……」
「そう。オレも遊びにいったけど、海に囲まれた自然がいーっぱいの長閑ないいところでさあ……」

 峰先生が思い出すように視線を上にやると、看護師さん達が、わあっと声をあげた。

「そんなところでお医者さんするなんて、ドラマみたいですね~」
「島袋先生、似合う~~」
「まあ、あのドラマよりはもうちょい人いたけど……似たような感じかな」

 峰先生はうーんと首を傾げてから、おれに再び視線を戻した。

「ああいうの、目指したくなったんだろ?」
「えと………」
「医師不足の地域での医療活動、みたいな」
「…………」

 …………。

 なるほど。言われてみれば少し似ているかもしれない……。

『ここの子供達を守ることが、今のオレの仕事だから』

 そう言っていた島袋先生の笑顔を思い出す。

 おれは知らず知らず島袋先生と同じ道を辿ろうとしていたのか……。

「そう……ですね」

 こっくりとうなずくと、峰先生は「やっぱりなあ」とため息をついた。

「でもだからって、いきなり東南アジアってのはぶっ飛び過ぎてる気がするけどなあ」
「東南アジア?!」

 峰先生の言葉に、看護師さんたちが、一斉にえええ?!と悲鳴をあげた。

「渋谷先生、東南アジアに行っちゃうんですか?!」
「東南アジアのどこですか?!」

 わあわあ叫ぶ看護師さんたちを「すみませんっすみませんっ」となだめる。

「これから部長に時間いただいて話してくるので、くれぐれもまだ内密に……」
「ホントに行っちゃうんですか?!」
「え」

 いきなり、早坂さんがグイッと迫ってきたので、一歩下がってしまう。でも構わず早坂さんが叫ぶように言った。

「彼女のこと諦めちゃうんですか? 待ってるんじゃなかったんですか?!」
「あ………」

 彼女の問いかけに、部屋の中がシンとなる……

 早坂さん……

 告白してくれた時と同じ、真剣な瞳をしている。ずっと気にかけてくれていたんだ……

「………。大丈夫」

 だから、おれも真剣に答えよう。

「一緒に行くから」
「え………」

 目を瞠った早坂さんに、Vサインをしてみせる。

「あいつ、ちゃんと帰ってきたよ。それで、一緒に行くことにしたんだ」

「…………」
「…………」
「…………」

 しばしの沈黙のあと………

「えーーーー!!!」
「きゃああああ!!」
「すごーい!!」
「え、ちょ、ちょっと……」

 看護師さんたちがますます大騒ぎをはじめたので、慌ててしまう。峰先生は「あーうるせー」と耳をふさいでるし、「静かにしなさい!」と、看護師長には怒られるし……、でも、

「良かったですね。渋谷先生。頑張ってください」

 コソッと早坂さんが言ってくれた。ニコニコの笑顔で。

「………ありがとう」

 3年前、この笑顔のおかげで浩介を見送る決意ができた。

 今また、背中を押してくれる早坂さんの笑顔。でも、今度は見送るのではなく、浩介と共に生きるために、おれは旅立つ。



***


 その日の夜……

「はあ…………」

 実家に帰って「浩介と一緒に東南アジアに行く」と宣言したところ、母に大きな大きなため息をつかれてしまった。

「そのうち言い出すんじゃないかとは思ってたけど……」
「東南アジアのどこなんだ?」
「あ、うん」

 母の言葉を遮っての父の穏やかな物言いに、ホッとしながら言葉を継ぐ。

「とりあえずはじめはミャンマー。でも状況によって、あちこち行くことになるらしい」
「そうか」

 父は反対ではないようだ。この人は昔からそうだ。おれが浩介と付き合っていると告白した時も、あっさりと認めてくれた。信頼されているというプレッシャーで逆に変なことができない、という感じ、昔と変わらない。

 でも、母は眉間にシワを寄せたまま、ソファーの横に座って詰め寄ってきた。

「ねえそれ、慶は本当に行きたいの? ただ単に浩介君と一緒にいたいだけなんじゃないの?」
「…………」

 それを言われると……

「そんな覚悟で海外になんか行って大丈夫なの?」
「…………」

 痛いところをついてくる母………

「浩介君が日本に住むっていう選択肢はないの?」
「……………。それは………ない」

 浩介は活躍の場を海外に求めている。それに何より、日本では一緒に住むことは難しい。もう3年前と同じことは繰り返したくないんだ。

「どうして? そんなの……」
「ごめん、お母さん」

 誠意をこめて頭を下げる。

「浩介は海外で働きたいって言ってる。だからおれも行く。浩介と一緒にいることは、誰が何と言おうと譲れない」
「…………」
「そのこと、この3年で嫌と言うほど思い知った」
「慶………」

 浩介のいない日々……
 あんな辛い毎日、もう二度と過ごしたくない。

「浩介と一緒にいることがおれの幸せだから」
「…………」
「だから、ごめん」

 膝に額をつける勢いで頭を下げる。

「お母さんとお父さんに心配かけることは分かってるけど、でも」
「…………」
「これだけは譲れない」

 他には何もいらない。おれは浩介と一緒にいたい。


 長い……長い、沈黙の中、

「今、浩介君は?」
「え」

 飄々とした父の声に、緊張感が破られる。

「ケニアの話とか聞きたいなあ。一度連れてきて……」
「あ、ごめん、それはちょっと無理かも」

 浩介は今晩、事務局の人達と会っているらしい。

「あいつ、あと4日で出国するから、色々忙しくて……」
「そうか。残念だなあ」
「あと4日?」

 母がまた眉を寄せた。

「慶が行くのは半年後って言ったわよね?」
「あ………うん」
「じゃ、また離れ離れなの?」

 なぜか呆れたように言う母。

「そうだけど………」
「はー……なんだかねえ……」

 母は頬に手をあてたまま、またため息をつくと、

「じゃ、さっさと帰ったら?」

 そういって立ち上がった。

「え」
「うちになんか、またくればいいでしょ。それより浩介君と半年会えなくなるんだったら、今のうちにたくさん一緒にいなさいよ」
「お母さん、それじゃ」

 おれ、行っていいの?

 見上げていうと、母は肩をすくめた。

「いいもなにも、もういい大人なんだから、親に許可取る必要ないでしょ」
「いや、そうなんだけど………」

 父を見ると、父も肩をすくめてうなずいている。

「………ごめんっ」
 そんな二人を見ていたら、申し訳なさでいっぱいになって、衝動的に立ち上がった。

「ごめんっ、おれ、迷惑かけてばっかりで、何も………痛っ」

 思いきり額を押し上げられ、悲鳴をあげそうになってしまう。

「なに………」
「バカねえ」

 母の再びの呆れたような声。

「迷惑なんて思ってないわよ。親っていうのは、子供が幸せでいてくれることが幸せなんだからね?」
「お母さん………」
「そうだよ」

 父の飄々とした笑顔。

「それで慶が幸せなら、何も言うことはない」
「………………お父さん」

 おれは、愛されてるんだな、とあらためて思う。何があっても見守ってくれている、という安心感に包まれる。

「………ありがとう」

 おれ、行くよ。幸せになるために。



----

お読みくださりありがとうございました!

『あいじょうのかたち10』の中で慶母が浩介にしていた「浩介君と一緒にいることが慶の幸せなんですって」という話、『ここが居場所』で言っていた「親っていうのは、子供が幸せでいてくれることが幸せなのよ?」の話は上記のことでした。2年以上前に書いた話のネタの回収。すみません自己満足。

次回、火曜日の後日談その3……

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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・後日談1

2017年10月31日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

【浩介視点】

 一緒に東南アジアに行く条件が「好きって言え」だなんて、慶らしくなくて胸が痛んだ。それだけ不安にさせていたということだ。これからは絶対にそんな思いはさせない。

「大好きだよ、慶」

 繰り返し言いながら頬に耳に首筋に唇を落とし、シャツに手をかけたところで、

「ちょっと待った」
「え」

 いきなり押し返された。

「おれ、当直上がりで風呂入ってなかった。風呂入ってくる」
「え」

 アッサリと腕からすり抜けていってしまった慶………

「なんでーー!?」

 後ろからついて行って、思わず叫んでしまう。

「久々の再会なのに!お風呂なんて後でもいいじゃんっ!」
「…………久々の再会だから余計に」

 お風呂の前で、慶がボソッと言った。

「汚いとか思われるの嫌だから」
「…………」

 そんなこと思うわけないのに……
 その小さな声に、ますます胸が痛くなる。
 以前の慶はそんなこと言わなかった。おれのせいだ。おれが不安にさせてるんだ。

「……じゃあ、一緒に入ろ? 慶の体洗いたーい。髪も洗いたーい」
「…………ん」

 こくん、と肯いた慶。
 愛しくて、愛しくて、たまらなくて、後ろからぎゅうっと抱きしめた。

 もう絶対に離さない。



 ……とは言っても。
 現実問題として、すぐに一緒に暮らせるわけではない。

「うーん……早くて半年後くらいかと」
「…………」

 一緒にお風呂に入りながら、ちょっとだけ「イチャイチャ」して、それから軽く昼食を取って、二人でおれの所属する国際ボランティア団体の日本支部の事務局に顔を出した。
 そこで、あいかわらず甲高い声の事務局長から、あちらでの勤務先と住居の説明を受けたのだけれども……

「慶君はいつから行けそう?」

という、事務局長の問いかけに、慶は「うーん」と唸ってから「半年後」と答えたわけだ。
 事務局長が慶を「慶君」と呼ぶのは、慶がまだ学生だったころに、何度かボランティア教室のイベントを手伝ってくれたことがあるので、その時の名残りだ。


 事務局長はニッコリとすると、

「それはちょうどいいわ。今いるうちのスタッフが年内には戻りたいって言ってるから、そことチェンジのつもりであちらの方と調整するわね」
「よろしくお願いします」

 慶の爽やかな笑顔に、大学生スタッフの女の子達が「きゃあっ」と声をあげた。今日は日曜日で若い子が多いから余計に華やかだ。

「………事務局長」

 慶が女の子達につかまって質問攻めにあっている隙に、そっと事務局長の隣に行くと、彼女も察してくれて、慶達を背にして小さく言った。

「シーナから聞いてる。その件については大丈夫よ」
「………ありがとうございます。ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「別にたいした手間じゃないわよ」

 ヒラヒラと手を振ってくれる事務局長。シーナも快くおれの頼みを聞いてくれた。有り難い……。


 おれの母親は、おれに対して異常な支配欲を持っている。日本を離れた理由の一つには、母の束縛から逃れるため、ということもあった。

 だから、慶と一緒に東南アジアに赴任することは、母には絶対に絶対に絶対に隠さなくてはならないのだ。そんなことを知られたら何をされるか分からない。

 そこで、考えに考えて、シーナとも相談した結果、おれは引き続きケニアにいることにさせてもらった。

 カモフラージュは万全に、と言って、ちょうど新版を発行する予定だった紹介冊子のケニア支部の写真に、おれが写っているものを選んでくれたシーナ。

『これ、お母さんに送っておいたら?』

 出来上がった冊子を渡しながら言ってくれたのだけれども、さすがに母に送る気にはなれなくて、父の事務所の庄司さん宛に郵送しておいた。

『冊子が新しくなるときに、また遊びにいらっしゃい。それでまた写真に写ればいいわ』

 シーナはそういって、おおらかに笑ってくれた。


 慶には東南アジア地区に新たに出来る団体に直で所属してもらうことにした。辿っていけば連盟先は同じだけれども、一応別団体となっているので、目眩ましにはなるはずだ。

 そこまでするのは大袈裟かもしれない。けれども、万全を期したかった。


「眼鏡、似合うじゃん」
「え、そう?」

 夕方、マンションに帰ってきてから眼鏡を外すと、慶がそう言ってくれた。外出時、眼鏡とマスクを着用していたのは、本当は母親対策だけれども、慶には「花粉症対策」と言ってある。

「大人っぽくみえる」
「大人っぽく?」

 もう31だ。大人っぽくって、もう充分大人だろう。少し笑ってしまう。

 でも、慶は「あーああ」とため息をつきながらソファに座ると、

「おれも眼鏡かけたら大人っぽくみえるかなあ」
「………気にしてるの?」

 今日、事務局で遭遇した大学生の子たちに、学生と間違えられたのだ。やっぱり慶は若くみえる。慶はぶつぶつと、

「ただでさえ日本人は若く見られるっていうのに、日本でも若く見られるおれって、あっち行ったら、いったいいくつに見えんだよ……」
「……………」

 あっち行ったら、だって。
 本当に一緒に行ってくれるんだ、とあらためて嬉しくなる。

「慶」
 隣に座って、腰を引き寄せ、こめかみにキスをする。

「東洋人はみんな若く見えるから大丈夫だよ」
「でも、働くメンバーには色々な国の人がいるって言ってたな」

 とりあえず英語は必須だな、と言いながら、慶、大きなアクビ……

「慶、眠い?」
「あー……昨日寝てないこと忘れてた」
「え!?」

 そういえば、当直明けだと言ってた。当直の時は、何もなければ仮眠を取れるけれど、忙しいと夜通しになる、と以前言っていたことを思い出す。

「少し寝る?その間に夜ご飯作るよ?できたら起こそうか?」
「…………」
「…………慶?」

 慶が無言でもぞもぞと体をずらして、おれの腿の上に頭をのせてきた。膝枕、だ。

「慶……」
 懐かしくて嬉しくなる。昔していたように頭を撫ではじめると、ふいにその手ををつかまれた。

「慶?」
「眠いけど……」
 小さく言いながら、おれの手を口元に引き寄せ、きゅっと握った慶。

「寝たくない。夢から覚めそうで……」
「え」
「目、覚めたらお前いなくなってそうで……」
「慶………」

 ぐっと心臓が押されたように痛くなる。

「……いなくならないよ」
 握られていない方の手で、慶の頭をゆっくり撫でる。

「ずっと一緒にいるよ」
「……………」
「慶?」
「………………ん」

 小さくうなずいてから、慶は瞳を閉じた。

(慶………)

 3年前………
 慶には仕事もあるし、友人もたくさんいるし、おれなんかいなくなっても大丈夫だと思った。あの頃は「愛されている」実感はあっても、「必要とされている」とは思えなかった。一緒にいる自信がなかった。

 でも、今なら……今のおれなら…………


 しばらくしてから、慶は眠りに落ちたようで、膝にのった頭が微妙に重くなり、握られていた手の力が少し緩んだ。

(……良かった)

 そっと手を引き抜き、置いてあった膝掛けを体にかけてあげる。
 せっかく食材も買ってきたことだし、本当は、慶を膝から下ろして、夕食を作りに行った方がいいのだけれども……、目が覚めた時におれが近くにいなかったら不安になってしまうかもしれない。目が覚めるまで、このまま膝枕を続けよう。
 
 おれは5日後には出国するので、また半年会えなくなってしまう。この5日間、たくさん甘やかして、慶の中の不安を全部愛に変えたい。変えられるかな……

(……うん。きっと大丈夫)

 今度の別離は終わりが見えている。次に再会してからは、ずっとずっと一緒にいられる。だからきっと大丈夫。

「慶、大好きだよ」

 愛しい人がこの手にいる喜びをかみしめながら、小さく小さくささやいた。



----

お読みくださりありがとうございました。
弱気慶君❤勝手に半年後とか言ってますけど、まだ職場にも親にも話してません(^-^;

次回、金曜日の後日談その2では、そこらへんのお話しを……

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!!こんな真面目な話なのにご理解くださる方がいらっしゃること本当に心強いです。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・三年目-8.2

2017年10月27日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

***


「だから一緒にきて。慶。おれと一緒に生きて」

 
 浩介の真っ直ぐな瞳。
 心臓が直接握られたかのように痛い。苦しい。

(一緒に生きて)

 その言葉、どれだけ待ち望んだことだろう。どれだけ……


 でも……


(一緒にきて)


 それは………


『海外なんて問題外!』
 眉を寄せた母の顔が、真っ先に思い浮かぶ。浩介との交際も、医学部進学も、文句を言いつつも認めてくれた母。その母にさらに心配をかけることになる……

『渋谷先生のビシッと注意は効果的なので助かります!』
 先ほど、ニコニコでそう言ってくれた早坂さん。3年前、おれが浩介の背中を押せたのは、彼女のおかげでもあった。

 そして………

『一緒に頑張ろう』
『一緒に乗り越えましょう』

 毎日毎日、病院にいる子供達、親御さん達にそう言っているのは、おれ自身だ。


(一緒に生きて)

 おれだって、浩介と一緒に生きたい。離れては生きていけない。そんなことはこの三年間で嫌と言うほど思い知った。だから、もちろん、浩介と共に日本を離れることだって、何度も考えた。浩介がそれを望んでくれるのなら、と。

 でも……でも。

 恋人と一緒にいたい、なんていう理由で日本を離れる。ついていって、向こうで職を探す。そんなこと………

「…………そんなの無理だ」

 絞りだすように何とか言葉にのせて、浩介をおしのける。

「おれにだって仕事があるし、おれを頼ってくれている人たちもいる。そんな人たちを置いていけると思うか?」
「うん」

 え? というくらい、アッサリと、浩介が肯定した。

「全部捨ててよ」
「………」

 …………。なんだそりゃ。

「………なんでだよ。お前が日本に残ればいいだろ」
「やだ」

 浩介は短くいった。

「慶、日本なんか捨てて」
「……お前な」

 なんなんだ……

 浩介、絶対に譲らないって顔してる。こんな浩介、久しぶりに見た。昔はバスケの試合中とか、ケンカしたときとか、こういう表情をよくしていた。何だか少し懐かしい……

 浩介は、その顔のまま言葉をついだ。

「だって慶、日本に住むなら、この病院で働くんでしょ?」
「まあ……そうだけど……」
「そしたら一緒に暮らせないじゃん」

 は?

「だからっ。おれはもう慶と一日だって一晩だって離れていたくないのっ。一緒に暮らしたいのっ。一緒に起きて一緒に朝ごはん食べるのっ」
「へ?」

 呆気にとられたおれを置いて、浩介は駄々っ子のように繰り返す。

「だから行こうよ。誰も何も言わないところで一緒に暮らそう。ね?」
「……………」

 この病院では、独身の医師は病院から徒歩5分のところにあるこのマンションに住むことが暗黙の了解となっている。

 でも、おれもいい加減いい歳なので、そろそろここを出ても大丈夫かな……とは思っていた。でも、浩介と一緒に暮らすことについて、誰も何も言わないかというと………

 浩介は、嫌と言わせない強い意思を持って、こちらを見ている。

「………嫌だといったら?」

 聞くと、浩介、ビシッと指をさして、

「無理やり連れてくっ」

 即答。
 そんなこと言われたら………

 おれが頭を抱え込むと、浩介も「あ、しまった……」と頭を抱え込んだ。

「違った……本音ばっかり言っちゃった……アマラに注意されてたのに……」

 そして「ちょっと待って」といって、大きなカバンから冊子を取り出した。

「これ、アマラから」
「アマラから?」

 それは浩介が所属している国際ボランティア団体(アマラの母シーナがケニア支部代表をつとめている)の紹介の冊子だった。

 世界各地の教育を受ける場のない子供たち……医者にかかれず苦しんでいる人々……

「あ、これお前じゃん」
 子供たちに囲まれて笑っている浩介の写真もある。見覚えのある白い校舎……

「えー、こほん」
 浩介はわざとらしく咳をすると、背筋を伸ばした。

「我々はこの度、東南アジア地域における医療、教育の発展のため……」
「ちょ、ちょっと待て」

 何やら演説を始めようとするのをあわててやめさせる。

「それは……医師としてのおれをスカウトするって話か?」
「そうです。ぜひ我々とともに世界の子供たちに笑顔を」
「………」

 浩介はよそいきの顔で澄ましている。
 アマラに注意されたってさっき言ったな……これはアマラの演出か……

「………医者なら誰でもいいのか?」
「誰でもいいわけないでしょっ」

 途端に、またいつもの浩介の顔に戻る。

「だーかーらーおれが一分一秒でも慶と離れたくないから一緒に来てほしいってのが本音! 医者云々は後付……っていうか、アマラが、大人の慶には大人の理由が必要だろうからって」
「アマラ……」

 浩介を連れて帰らない、といったおれに『慶って大人ね』と言ったアマラ。そして彼女は言ったのだ。『我慢することが大人になるってことなら、私は大人になんかなりたくないわ』と。

 大人……大人、か。
 自分の望みだけを追求できないのが大人。できない理由をたくさん持っているのが大人。

(無理やり連れてくっ)
 今、そう言った浩介は、まるで学生時代のような純粋な感情の塊で……

「……あ」
 冊子の一番最後に、マジックで落書きがしてあることに気が付いた。崩れた平仮名。


<しあわせになれ ばか>


「アマラ……」
 その字をゆっくりなぞる。

『みんなから彼を取り上げるなんて許さない』

 そう言っていた彼女が浩介の跡を継いで先生になり、浩介のことを送りだしてくれたという。彼女の中でどんな葛藤があっただろう。どんな思いで浩介の背中を押してくれたんだろう……

(しあわせになれ……)

 写真に写っている笑顔の浩介の横に……おれの居場所はあるのか? おれはそこにいていいのか……?

 よくない、としても……

(浩介と、一緒にいたい)

 その抑えきれない思いを優先してもいいだろうか。
 色々な人に迷惑や心配をかけるけれど……それでも、そちらの道を選択してもいいだろうか。

(しあわせになれ……)

 大人の理由……使わせてもらうよ、アマラ。


 浩介の顔をゆっくり見上げる。愛しい浩介。離れたくない。もう二度と離れたくない。おれもお前と一緒に翼を広げたい。


「慶……お願いっ」
 何もいわないおれに、不安になったように、浩介がパチンっと手を合わせてきた。

「お願いだから、これだけわがまま聞いて。ついてきてくれたらもう一生わがまま言わないからっ。何でも言うこと聞くからっ」

 必死な様子で拝んでいる浩介……

 お前もおれと一緒にいたいって思ってくれてる。それが何よりも嬉しい。信じてたけど……それでも、聞きたくなってしまう。

 本当に……本当にいいのか?
 もう、置いていったりしないか……?


「……………。条件がある」
「じょ、条件……?」

 真面目な顔で言うと、「何でも」と言ったくせに浩介の顔がこわばった。

「なに?」
「………浩介」

 心配そうなその頬にそっと触れる。
 愛しい愛しいその瞳に、本当の望みを告げる。

「好きって言え」
「え?」

 きょとんとした浩介をまっすぐに見上げて、もう一度言う。

「好きって言えって言ってんだよ。毎日、毎日、死ぬまで、さ」
「え、そんなことならおれ、毎日百回だって二百回だっていうよっ」

 ぱあっと顔を明るくした浩介の頬をむにっと掴む。

「へー……絶対だな」
「え……?」

 声色を変えて言うと、浩介は何か悪いことでもいった?とでもいうようにおれを見返してきた。

「な、なに……」
「絶対だな?!百回いうな?!お前っ」
「う……、言ったら一緒にきてくれる?」

 浩介のすがるような目に、ニッと笑う。

「百回いったらな。あ、今日は一回もいってないな。これから百回な」
「ホントにきてくれる?」
「だから一日百回いったらな」
「百回……。今、何時?」
「まだ昼ま……、うわっ」

 時計を見ようと立ち上がりかけたのをいきなり引っ張られソファに倒れこんでしまった。

「何すんだよっ」
「だって……」

 言いながら、唇が重なってくる。優しく、柔らかく……

「大好き。大好きだよ、慶。大好き……」
「こ……」

 言葉にならない想いが溢れてくる。

「まだ3回……あと97……」
「ん……大好きだよ……慶……」
「浩介……」

 これからはずっと一緒だ。ずっと……




----


<完>


……って感じですが、もう少し続けさせてください。

「旧作・翼を広げて」(←私が高校時代に書いた話を要約したもの)は、慶視点のみで書かれていて本編はここで終わり、エピローグが2012年の話でした。でもリメイク版の今回は他視点もあることですし、もう少し補足していきたいと思います。
今回も前回同様、「旧作・翼を広げて」のセリフをほぼ移行したため、そのやり取り前に読んだよ!という方には申し訳ありませんでした。高校時代に書いたセリフなので、めっちゃこそばゆい~~っっ。
こんなこそばゆい話、最後までお読みくださりありがとうございました。

次回、火曜日は後日談その1。

こんな真面目な話にクリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!!
もう少し続きます。今後とも何卒よろしくお願いいたします。


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