マンゴーしいたけのつぶやき

いわゆる団塊の世代です。40年余の東京暮らしを経て、生まれた古里で織りなす珍道中の「つぶやき」になりそうです。

総括  ハチのムサシは死んだのか

2014年05月01日 22時41分33秒 | 日記

西の都を「どげんかせんといかん」と 1人の女性が立ち上がりました

限界集落の社会的弱者の声を代弁せんと

男社会の議会を女性目線で変革せんと

停滞する行政を活性化せんと

横浜から母娘で移住(山村留学)して8年 職を辞め 一世一代の清水の舞台でした

結果は最下位当選者とは241票の差   (西都市市議会議員選挙 定数18)

投票していただいた「声無き声」の重さを 私たち応援組も今 心底から共有しているところです

 

思えばもう少し時間が欲しかったなと思っています

本人が決断したのが3ヶ月前 すべてはそこからでした    

地盤(後援会)・看板(知名度)・カバン(選挙資金)という選挙に必須といわれる「3バン」も当然ナシ

それでも心は錦 清く正しく美しい選挙運動を貫徹しました

顔を表に出しての応援(選挙カーなど)は ほぼ「よそ者」(東京・徳島・・・)

好意で貸して頂いた旧寮の一室(選挙事務所)には電話も引かず 常駐の運動員も不在のまま

「よそから来て なにがわかる」 こんな声や冷ややかな視線を浴びながらも

歩いて歩いて 西の都の山奥まで 隅々まで歩いて訴えた7日間

結果は惜敗でしたが たくさんの声無き声を 「同志」がいることを知ったのは大収穫でした

今回の運動で 彼女も西の都を「どげんかせんといかん」という気持ちをさらに強固にした感があります

 

  

 

 Tシャツの背中にある「ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう」 こんな彼女の熱き思いの実践は まさに今からが本番

私たちも「一夜の歌声喫茶」の限界集落への出前とか 福祉レクで共同歩調をと考えているところです

楽しみながら ゆっくりと駒を前に進めていきます

私にとっても初めての貴重な選挙応援運動でした

 

さて福祉の現場にゴールデンウィークはありません こちらの仕事も頑張りましょう

休暇で遠出される方は どうぞお気をつけて行ってらっしゃい

ではまた ごきげんようです。

 

 ♪ハチのムサシは死んだのさ♪ (1972)

 

ハチのムサシは死んだのさ 畑の日だまり土の上

遠い山奥 麦の穂が きらきらゆれてる午後でした

 

ハチのムサシは向こう見ず 真っ赤に燃えてるお日様に

試合をいどんで負けたのさ 焼かれて落ちて死んだのさ

 

ハチのムサシは死んだのさ お日様仰いで死んだのさ

高い青空 麦畑 いつもと変わらぬ午後でした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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