限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

想溢筆翔:(第288回目)『資治通鑑に見られる現代用語(その131)』

2016-12-29 21:59:28 | 日記
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【230.分限 】P.3846、AD433年

『分限』とは、日本語ではたいていにおいて「分限者」という語句で用いて「金持ち」を意味する。しかし、漢語では「尊卑・身分の上下」つまり「身のほど」の意味しかないので、「分限者=金持ち」は日本語特有の言い回しのようだ。

二十四史(+資治通鑑+続資治通鑑)で検索すると26ヶ所しか使われていず、それも清史稿が11ヶ所なので、殆ど使われていない語句であることが分かる。初出は三国志。

資治通鑑でも『分限』は2ヶ所でしか使われていない。初出の場面を見てみよう。北魏が高車を属国として統治していたが、その方針を巡って、太武帝と臣下の陸俟の意見が対立した。

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北魏の太武帝が陸俟を散騎常侍に任命し、懐荒鎮の大将として高車を統治させた。一年も経たないうちに、高車の族長(莫弗)たちが、陸俟のやりかたがあまりにも厳しく、思いやりに欠けると訴えた。以前の統治者の郎孤に戻してくれるようにと懇願した。北魏の太武帝は陸俟を召喚して、郎孤を代わりに送った。陸俟は戻ってくると、太武帝に向かって「一年も経たない内に郎孤は必ず失敗して高車は必ず反旗を翻すでしょう」と言った。太武帝は怒って、陸俟をきびしく叱りつけ、陸俟の建業公の爵位だけは残したものの蟄居するよう命じた。

翌年、陸俟の予想通り族長たちは郎孤を殺害して反乱した。太武帝は大変驚いて、すぐさま陸俟を呼び出して問うた。「貴卿はどうして、反乱を予知できたのだ?」陸俟が答えていうには「高車の連中は上下の礼を知りません。それで、私が彼らに対するときには威厳をもって臨み、法を厳格に適用しました。こうすることで徐々に法を守らせ、貴賤の上下関係を周知させようと思ったからです。しかし、族長たちは私のすることを嫌がって「思いやりがない」とこじつけて謗り、郎孤を誉めたのです。私が去って郎孤が代わって治めると、郎孤は自分の名声を高めるために、もっぱら寛大な処置をするようになりました。そうなると、礼義を弁えない連中は得てして驕慢になるものです。その結果、一年も経たないうちに、上下関係がぐちゃぐちゃになることは目に見えています。郎孤も我慢できなくなって、法律を厳格に適用したことでしょう。そうなると、連中は厳格な統治を恨んで反乱すること間違いありません。」太武帝は、なるほどと頷いて「貴卿は体は小さいものの、思慮は底知れず深いなあ」と感心した。そして、その日の内に陸俟をもとの官位の散騎常侍に戻した。

魏主徴陸俟為散騎常侍、出為懐荒鎮大将、未期歳、高車諸莫弗訟俟厳急無恩、復請前鎮将郎孤。魏主徴俟還、以孤代之。俟既至、言於帝曰:「不過期年、郎孤必敗、高車必叛。」帝怒、切責之、使以建業公帰第。

明年、諸莫弗果殺郎孤而叛。帝大驚、立召俟問之曰:「卿何以知其然也?」俟曰:「高車不知上下之礼、故臣臨之以威、制之以法、欲以漸訓導、使知分限。而諸莫弗悪臣所為、訟臣無恩、称孤之美。臣以罪去、孤獲還鎮、悦其称誉、益収名声、専用寛恕待之。無礼之人、易生驕慢、不過期年、無復上下、孤所不堪、必将復以法裁之。如此、則衆心怨懟、必生禍乱矣。」帝笑曰:「卿身雖短、思慮何長也!」即日復以為散騎常侍。
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現代の人権尊重の世界では、人々の心の痛みを思いやる政治が望ましいと考えられている。しかし、この例でも分かるように、人道主義的な思いやりのある政治が必ずしも全ての局面で良いとは限らない。



過去の中国では、法律違反に対して残酷すぎるほどの刑罰を課さないと治め切れなかった例に事欠かない。最近出版した本『旅行記・滞在記500冊から学ぶ 日本人が知らないアジア人の本質』(P.113~P.115)にも書いたが『春秋左氏伝』の子産が死ぬ前に子大叔に残した言葉がある。「徳の備わった人に限り、緩やかにしても民を服させる。その次は力を烈しくして見せるのが何よりだ」(唯有徳者、能以寛服民。其次莫如猛)。

日本人は、政治家、一般人を問わず、大多数の人は人道主義的な観点が善だと単純に信じて疑わず、世界のどの国でも善意が通用すると考えている。しかし、現実の世界だけでなく、過去の歴史をつぶさに観察すると、そういった考えは単なる思い込み(illusion)に過ぎないことが痛いほど分かる。その国々の伝統的な民族性に適合した統治が必要とされる。

続く。。。
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