限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

智嚢聚銘:(第55回目)『中国四千年の策略大全(その55 )』

2024-05-05 11:49:52 | 日記
前回

歴史を読むとよく分かるのは、現代人の危険に対する感性が鈍さだ。自然災害、戦争、争乱に対してどのように行動すれば自分と家族の身を守れるのか、真剣に考える深さが違う。それだけでなく、危険察知能力の鋭さに於いても、我々は古代人の足元にも及ばない。それは、一つには国家権力及び法がセーフティネットの役割を果たしているため、身の安全が一定レベルで必ず担保されているからである。しかし、それでも現在においてすら、自然災害、戦争、争乱に際しては、瞬間的には危険度合いは過去と全く変わらない。他人に判断を任せることなく、自分自身で身を護るための構えが必要とされる。

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 馮夢龍『智嚢』【巻23 / 859 / 程昱】(私訳・原文)

後漢の末に黄巾賊が起こったとき、東阿城の県知事の王度が黄巾賊に加担した。それで、人々は老人や幼児を背負って、東に逃げ渠丘山に辿り着いた。王度は城の西側に逃げ、数キロメートルの所に留まった。程昱は、様子がおかしいと感じて、名望家の薛房に次のように進言した。「城内の人が全て出払ったので王度は城郭を占拠できるにも拘わらず城内に戻らないのは、きっと人々が遠くに行った時に城内の財宝をすべてかすめようとしているに違いありません。どうして、人々を率いて城に戻って財産を守らないのですか?」薛房は「そうは言っても、人々は恐がって簡単には城には戻らないだろう。」と言ったので、程昱は「ばかな人々に説得するのは難しいことだ。」と怒った。それで、秘かに東山の上に数人の騎兵を送り旗を挙げさせ、薛房たちが見て、大声で「賊が来たぞ~!」と叫ばせた。そして、急いで山を下りて城に向かうと人々も遅れては殺されると恐れて必死になって後を追って城に戻った。程昱は人々と城を守ったので、王度が攻めてきても撃退することができた。

程昱、東阿人、黄巾賊起、県丞王度反応之。吏民皆負老幼、東奔渠丘山。度出城西五、六里止屯。昱因謂県中大姓薛房曰:「度得城郭而不居、其志可知、此不過欲掠財物耳。何不相率還城而守之?」吏民不肯従、昱謂房等「愚民不可計事。」乃密遣数騎挙幡東山上、令房等望見、因大呼曰:「賊至矣!」便下山趣城、吏民奔走相随、昱遂与之共守、度来攻。昱撃破之。
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程昱は、究極的に人は論理では動かない、ことを熟知していた。目的を達成するためには、ニセ情報を流し、恐怖心を煽って、人々に避難させないといけないと考えた。現在では、程昱の行為はフェイク情報を流したという罪に問われるが、それによって多くの人々の命と財産が守られた。これが中国の伝統的理念の一つ「権」(けん)である。


日本で智将といえば、楠正成が真っ先に挙がるだろう。河内の千早城にわずか数百の手勢を率いて立てこもり、数万もの鎌倉勢を釘付けにしただけでなく、さまざまな策略で翻弄したのは、太平記の名場面の一つに数えられる。中国の明代にもそのような智将がいた。

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 馮夢龍『智嚢』【巻24 / 869 / 郭登】(私訳・原文)定襄侯郭登、智勇兼備、一年百戦、未嘗挫衄。以已意設為「攪地龍」、「飛天網」:鑿深塹、覆土木、人馬通行、如履実地;賊入囲中、令人発其機、自相撃撞、頃刻十余里皆陥。

明の郭登(定襄侯)は智勇兼備の武将だ。一年に百回も戦争したが、今だかつて負け知らずであった。智恵を絞って考案したのが「攪地龍」と「飛天網」である。地面に深い穴を掘りその上を木と土で覆って、あたかも本物の地面のように人や馬が通行できる。しかし賊がその域内に入ってくると、仕掛けを外すとばたばたと支え棒が倒れて一瞬のうちに数百メートル四方が陥没する。
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この話に対し、馮夢龍は次のようなコメントを残している。「このような戦法があるのになぜ、今使わないのか?」(今其法想尚存、何不試之)

落とし穴作戦は、ありふれた策略かも知れないが、数百メートル四方が一挙に陥没するとなると、相当高度な土木技術が必要だ。中国の歴史を読むと古代から土木・建築技術が非常に優れていたことがよく分かる。

続く。。。
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