しまね分かち合いの会・虹

自死遺族自助グループ
『分かち合いのつどい』
と『J交流会』

~何十年経っても 初めての一歩~

2016年06月25日 | その他
 
 
久しぶりに、分かち合いの集いの近況をお知らせします。
 
約30年前に父親を亡くした、という息子さんからご連絡をいただきました。
もう30年も経っているのですが参加してもいいですか・・・と。
そして、出雲市に住んでいるけれど地元はちょっと行きにくいので、松江会場に参加させてほしいとのこと。
どこの会場でも大丈夫です、予約もなしです、足の向くままにお出かけください、と伝えました。
集いの当日も、会場の建物の案内板の前で、行こうか・・・止めようか・・・悩み迷われたそうです。
(ご本人の許可を得て、地域などを書かせていただきました)
 
私にも覚えがあります。
私が初めて自死遺族の分かち合いの集いに参加したのは、仙台でした。
仙台の駅前に降り立ち、道行く人に集いの会場の場所を聞くのが怖かったのです。
だれ一人私のことなど知っている人はいないのに、私の中の自死への偏見が、そんな気持ちにさせていたのでしょう。
 
集いに一度参加してしまえば、ガチガチに身を守りかためていた鎧が、一瞬にして取り除かれました。
向かいの人もとなりの人も、この場にいる人はみんな、あの修羅場のような壮絶な悲しみや苦しみを体験した仲間でした。
封印してきたおもいを安心して分かち合えたこと、孤立からとき放されつながり合えた安堵感。
帰る頃には悲壮な表情は薄らぎ、笑顔さえこぼれていることもありました。
 
松江会場、その日は偶然にも、20年前に母親を亡くされていた息子さんも初めていらっしゃいました。
親を亡くした子供4人、子供を亡くした親4人、8人での分かち合いになりました。
集いへの最初の一歩は、誰もが勇気の一歩でしたが、そこから、再生へのスタートが始まるのかもしれません。

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あなたは

大切な家族を 自死で突然失う衝撃 誰にも話せず胸がつぶれそうな日々 一人ではとてもかかえきれない想い このつどいでは 悲しみ苦しみ怒りなどを分かち合っています 涙しています 聴いています あなたのとなりには 同じおもいの自死遺族しかいません 安心して分かち合っています 新しいつながりが きっとあなたを待っています 一度いらしてみませんか (会場等に自死自殺の文字は使用していません安心してお越しください)