しげじいの雑記帳

あんなことこんなこと、老いの生活を思いつくままに、、、、

今日と明日とそして、

2024年03月10日 | 言いたいこと

 ・1945年(昭和20年)106回もあった東京空襲、特に激しかった今日3月10日は「夜間東京下町大空襲」があった日。罹災者だけでも100万人を超え、死者数9万5千人を超えた。人の起こした「戦争」人災。ウクライナ戦争・パレスチナの現状を視るにつけ今「平和」である事に感謝と心の安らぎ。そして、

・明日は13年前この日「東北地方太平洋沖地震」が発生した11日。毎週必ず視聴する「こころの時代」。今朝は震災関連の話題「185頭と1人 生きる意味を探して 吉沢正巳」。心を打たれた、涙腺が弱くなった老人、涙を禁じえない、話題が多い番組。大地震・大津波による関連死者・行方不明者の数3802人。そして、人災である「東京電力福島第一原発事故」。今も2万9千人が全国各地で避難生活を送っている。

 あの激しい揺れを思い出す。家内は都内某所へ出掛け、帰宅困難者の一人になり翌日無事帰宅出来た。数日は「地震・津波・原発事故」の報道が続くテレビにくぎ付け。そして、年頭一日に発生した「能登半島地震」、自然災害はいつどこで何が起こるかわからない。    話題を変える、、

 ・この歳になり「終活」「断捨離」の文字が目につく。人にもよるが人生の終わりを思い「物心共に後始末」を奇麗にして置きたい気持ちは誰にもある。だが、私も家内も「死んだあと」の事はあまり口にしない。終活として、備前焼の小壷二個と葬式費用「生命保険」は用意したが、それ以外なにもしないする気もない。
 
 ・「死んでしまえば人はゴミ」、確か養老孟司先生のことば?。『死ぬ前に物などを処分して整理する「終活」が流行っていますが、僕はこれも意味がないと思っています。死という自分ではどうにもできないことに対して、自分でどうにかしようと思うのは不健全です。生まれたときも、気付いたら生まれていたわけです。予定も予想もしていなかったことです。死も「気が付いたら死んでいる」でよいのではないでしょうか。しかも死んでいることに自分が気付くことはありません。』とおっしゃる、そんなもんだと思ってる。
 
 とにもかくにも、他人様に迷惑を掛けるのは最後の最後、なるべく短時間でありたい。「ピンピンコロリ」、「じぶんのことはじぶんで」が今後の生きる目標。健康維持のため、その日その日を充分に生きて行こう。
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