
『海の男』
海、砂浜に立つ男、しかし、足元の床板の断片は左右に分かれていて不如意であり、顔は顔ほどの大きさの平板な板に隠されている。右手には何かのレバーを握りしめているが、宙に浮く断片だけが表出しており、他の暖炉や籐椅子も辛うじて想起に足りるほどの断片にすぎない。
背景の海は不吉、あるいは深い悲しみを象徴しているような曇天である。
黒い着衣というより、生理的な肉体条件を外した身体であり、男と言っているので男に限定しているという感じである。
海・・・母なる海という印象のある海に、あえて『海の男』と題している。
暖炉があり籐椅子があるという平和な生活をしているが、立っている足元(生命)は必ずしも永遠を約束しない。
(このレバーを引きさえすれば、世界は変換されるのかもしれず、異空間(あの世)へと通じる道が開くのかもしれない)
匿名のこの男、母なる海に背を向けてはいるが、今しも海に入る準備が出来ているような気配は海(母なる海)への渇望を思わせる。・・・しかし、男は日常生活の中に生きているらしい。
レバーで変換される世界はないが、男は海の至近に心を寄せ海を静かに想っている。
不穏な背景の海は、誘い込むような引力を秘めているとも、それを拒否する力のようにも見える。
『海の男』は、切ない純情を隠蔽した裸の心である。(誰にも介入を許さないマグリットの母恋かもしれない)
(写真は『マグリット』西村書店刊より)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます