夕焼け金魚 

不思議な話
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謀殺3

2012-11-30 | 創作

武田家滅亡の知らせは、驚愕をもって全国に知らされた。
備中高松城を攻囲していた羽柴秀吉のもとにも、姫路城留守役の前野長泰から上方の情勢とともに報告された。
手紙には武田家滅亡の様子や織田信長の様子、そして甲斐攻めの総大将であった織田信忠の事や明智光秀が信長に叱責された様子も詳細に書かれていた。
秀吉は、この手紙を弟羽柴秀長と参謀格の黒田官兵衛にも見せた。
「秀長、さすが上様、武田家も滅亡した今、もはや敵と呼べるのは毛利だけであろうか」
「そのような、まだまだ東に上杉、西には毛利の他に九州島津もおりますれば、そのように気を緩めるわけにはまいりません」
「そうじゃ、まだまだ敵は多いわ。日の本を統一したならば、唐・天竺まで上様に献上して見せようぞ」
秀吉は、敵のいなくなることが、不安であった。今のように信長様から使ってもらえるのも、敵があればこそと思っている。本願寺が降伏したとき、佐久間・林の重臣が追放された時の恐怖を忘れてはいなかった。自分も何時、追放されるかもしれないという恐怖が常に頭の片隅にあった。官兵衛が何度も手紙を見ているのに、不審に思った秀長が尋ねた。
「官兵衛殿、何か気になる事でも書いてありますかな」
「いえ、戦勝報告で、いたってめでたいことばかりなのですが」
「何か、気になりますか」
「城介様の評判が、都で少し良すぎる様に思われるのですが」
城介様とは、信長の嫡男、織田信忠のことで、当時官職名で呼ぶのが通例であった。
「城介様の評判の良い事は、めでたきことかと思われますが」
「はい、めでたきことなのですが古今、都での評判はつとに政治的なことでござる。たとえば、源氏の義経の評判を、意識的にあげて鎌倉の頼朝との対抗勢力にしようとしたのは、有名な話でござろう。また、足利尊氏と新田義貞との話もござる」
官兵衛の話は常に、古今から始まる。秀吉と秀長は最初は珍しき話が多く、聞き入っていたが何度も聞かされとウンザリさせられることが多かった。
「官兵衛殿、もそっと分かりやすく話してくれまいか」
官兵衛は、秀長の問いに直接答えず、「しかも、右府様の日向守への叱責など、甲斐侵攻までは考えられない事でありませんか」
「日向は、公家や商いばかりで戦に出ないから、当然のことじゃ」
「兄上、声が高うござる」
明智光秀のことになると、秀吉もつい声が大きくなるのであった。常に信長の側近くで行動している明智光秀は、秀吉ばかりか柴田勝家・丹羽秀長にも評判が良くなかった。
しかし、近畿軍団とも呼ばれるような摂津・山城の豪族を束ねる明智光秀は、常に信長の護衛役を仰せつかる信任厚き軍団であった。
「かようなことを、一本の筋道で考えるならば、やはり誰かが意図をもって、噂を流しているのでは無かろうかと」
「そのような噂で、得をするものがおるのであろうか」
「まあ、全くの推量でござれば、これ以上はご勘弁願いたい」
官兵衛は、話が織田家にとって危険な話になることを恐れて、話を打ち切ろうとした。
「いや、これは羽柴家にとって重大なことでござる。もし、分かっているならばご教授願いたい」
秀長が再度聞いてきた。うむを言わさぬ迫力があった。官兵衛は苦笑いをして、秀吉ににじり寄ってきた。
「申し訳ござらぬが、再度お人払いを、ご確認下さるようお願いします」
「市松、お虎。呼ぶまで人を近づけるな」
小姓頭となっていた後の福島正則・加藤清正の両名が、回りの様子を伺った。
「では、申し上げますが、全くの推量ですので、言葉遊びとでも思っていただきたいのですが」官兵衛はもう少し、秀吉ににじり寄ってきてから話し始めた。
「城介様の評判が良くなると言うことは、世継ぎの心配が無くなる事で、誠にめでたきことでありますが、逆に言うならば」ここで官兵衛は再度言葉を継いだ。次の言葉が言いにくいのであった。
「大殿、右府様がいなくなっても心配が無いと言うことであります」
「なに、それは」
思わず声を出そうとする秀吉を、秀長が押しとどめた。
「それは、城介様が右府様に背かれると言うことでござるか」
「いや、そう深刻に考えずに、言葉遊びであれば」
官兵衛は、やはり言うのではなかったと思った。二人の表情はこわばり、まるでうらぎりものを見るような目で官兵衛を見つめるのであった。織田家にとって謀反は、先の荒木村重の例もあり、次は誰が行うのではないかという風潮があった。信長の峻厳な性格は、先の荒木村重の家族・郎党への仕打ちとも考えあわせると、常に織田家の家臣全員が持っていた不安であった。官兵衛は、参謀としての見識として謀反と言うことを考えるが、秀吉兄弟にとっては、単なる言葉としての謀反と言うことではなかった。秀吉自身五年程前には、無断で北陸戦線から帰ってきて、信長の怒りを買っていたのであった。官兵衛は、自分の才をひけらかす癖があった。これが後年秀吉・家康の警戒心を刺激していたのであったが。
「武田家が無くなれば、この日の本で織田殿に反抗できる勢力はござらぬ。とすれば、敵方の知恵ある者が織田家の力を分散させようと考えるのは、当然のことでござる。しかも、これはお家争いの形を取るのが通例でござる。お家争いならば、2分する争いになるのが常でござる。これは、ご両者ともよくご存じの調略のイロハであって、城介様の忠義を疑うものではござらぬ」
「左様、城介様の忠義を疑う者でござらぬが、敵方としたら行うかもしれない策であろうな」
秀長が、少し気分を落ち着かせようと軍議談の口調で言葉をついだ。
「して、そのような計りごとがあるとすれば、毛利であろうか」
「いえ、我等は上方の前野殿からの書状にて、初めて知ったのであれば、毛利や四国からではなく、やはり東国から計られたのではないかと考えます。計り事は味方からと申しまして、手近な所から噂を流し初めて、様子を見ながら行うのです。海路を通じて行ったにしても、我等が陣中にそのような噂がないいじょう、やはり東の方かと」
「されば、上杉であろうか」
「かもしれませんが、上杉の家風からすれば、このような調略は合わないのではないかと、それよりは北条の方が、それとも」
「それとも」
「織田家の中のどなたかも」
「織田家の中でか」
「例えば、越前柴田殿なら」
「なんと、柴田殿とは、家中第一の筆頭家老ではないか」
「家中第一であればこそ、次の世継であられる城介様に覚えめでたくありたいと思われるのでは、それに佐久間殿や林殿と同じく右府様に背かれた事がおありとか」
「口が過ぎるぞ、官兵衛」秀長がたしなめた。
達者に喋る官兵衛を秀吉が睨み付けていたのであった。過去に背いたと言うことであれば、秀吉とて同罪だったのである。官兵衛が策を楽しむ風情があることに、秀吉は不愉快であった。
「して、この策に対して、我等が取るべき術はどうなるのであろうか」
「この策に対しては、我等は状況を把握するのが一番の策でござる。いずれにしても、まだ噂の段階でいかなる事になるのか、皆目見当が付きません。策のないところにあるが如く振る舞うのも、後々そしりを受けるかも知れません。といって何もしないのでは、みすみす敵の術中に落ちることに成りかねません。ここは、いかなる様にも対処できるよう細作を放って状況を調べることと、毛利に対して和戦両様の構えで身軽になることが肝要かと思います」
官兵衛が上目遣いに秀吉の決断を仰いだ。和戦両様とは、和議の打ち合わせも行えと言っているのであった。先に備前宇喜多秀家と和議を整えて、信長に上申したときは勝手な振る舞いと叱責されたばかりであったのに、ここでまたも毛利と信長の内諾もなく和議の使者を出したことが露見すると、まさしく今度こそ切腹ものと考えられた。
秀吉は、秀長の顔を見て、同意を求めた。
「はっ、しからばそれがしの裁量にて執り行うことといたします」
「そうか、秀長。そちの裁量にて行うか」
短く言うと秀吉は、その場から立ち去っていった。
「秀吉殿は、この場にはおらなんだ。それでよろしかろうな、官兵衛殿」
「はっ、仰せのままに」
いつもは、その存在すら感じない秀長であったが、こと兄秀吉の事となると見境が無く成るのであった。今も、刀の鯉口を広げての問答であった。多少腕に覚えのある官兵衛とはいえ、片足を患い、しかも脇差ししか許されていない状況では、大刀を帯びている秀長の言葉に逆らえるはずもなかった。官兵衛が秀長のもとを立ち去った後、秀長は別室の秀吉のもとに来た。
「官兵衛は、少し才に走りすぎる気配があります。お気をつけたほうが良かろうかと」
「分かっておる。そちがいなければ、何事も前にすすまぬわ」
「して、今後は、街道筋や海路での交通を厳しく制限いたします」
「うむ、何人といえども、毛利方には通すな。上方の状況を分からないようにせよ。して、毛利の様子も上方には報せるな。我等のみが分かるようにしておくのじゃ。もし、和議のことが右府様に知れたら、どのようなお叱りを受けるか分からぬ。そして、前野にもっと上方の様子を調べるよう使者を立てておくのじゃ」
その日から、毛利の様子は上方では分からなくなってきた。毛利も上方の情報が入らなくなってしまった。秀吉が情報封鎖を行なったのだ。武田家の滅亡は、織田家の中でも今後の進退を決める重大な転機であった。


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