少年倶楽部・旅・絵日記

流離いの・・・

タイムスリップしたような・・・

2005-03-24 02:44:13 | Weblog
秋、小さな山グミが赤く色ずいて雑木に囲まれてその家はありました。僕たちは無邪気さと無知、幼さから、小枝を振り回しながら歌っていました。♪チョウセンチョウセンカーワイソウ、ナゼカトイウト、オイエガペーシャンコ。なんどもなんども、飽きるまで。残酷な歌でした。山土が砂のように細かく砕けた、その家の庭先には畳4枚分くらいの広さでムシロが広げてありました。その上には、山のようなトウガラシ。冬にそなえて干しているのです。真っ赤な、その鮮やかさに、遊び疲れた僕たちは思わず心を奪われたものでした。見上げると、双胴機というのか、今ではまったく見ることのない輸送機がゴーンゴーンと何十機と編隊を組んで、西の空に飛んでいきます。子供心にも岩国から飛んで来るのだとわかりました。山口県宇部市、沖之山炭鉱から工業が発展し、当時、世界中で一番煤煙の多い街といわれたところです。家に帰ると、父親が東京出張の出張費をうかして購入した東芝の5球スーパーから、笛吹き童子、岩窟王、赤胴鈴の助、矢車剣之助が聞こえた頃です。今思うと、母が裏庭で七輪で焼いていたのは塩サンマではなくて、ニシンだったような気がします。宇部の炭鉱にも、強制連行で連れて来られた朝鮮人、沢山いたと聞きます。炭鉱から動乱特需で工業主体に変わりかけた街にも、やまかげ、窪地、川のそば、自分たちが住みたくないような、水はけの悪い所に、朝鮮があったのです。かならず、豚、ヤギ、鶏、犬、猫、とともにです。ドブの匂い、餌の匂い、ニンニク、ニラの匂い、ドブロクの匂い、すえた匂いとケンカ、笑い、嬌声。夜になると、紙で補修したガラス窓や板張りの隙間からこぼれてくる、裸電球の灯りが不気味でもあり、好奇心をかきたててくれました。・・・、雨の中、「パッチギ」観てきました。唄「イムジン河」がすべてですネ、井筒監督、ヘタに苦労してないネ、ツボ、心得ています。
「青春のはかなさ」、年取らなきゃ、わからないんだなぁ・・・。泣けました。4ブラボー

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