少年倶楽部・旅・絵日記

流離いの・・・

土を喰ふ日々

2009-02-25 00:18:59 | 居酒屋&B・C級グルメ
ここんとこ、なぜか、深夜、布団に入って、この水上 勉著「土を喰う日々」1978年刊行、を行ったり来たり、読んで(?)います、







9歳で禅宗の寺に入り、承弁という僧名で隠持(いんじ)を勤め、精進料理をおぼえた水上さんの、一年十二ヶ月の料理歳時記というか、哲学ですネ・・??

水上さん、1919年生まれだから、59歳のときの執筆ですね、

食材の少ない、2月のこと、なにか、料理のヒントでもと思い、本を開いたのだけど、今更ながらの薀蓄の多さ、深さに圧倒されます・・・、

「ぼくは一ど台所の隅に、ほうれん草の根のところをうすく切り捨てたのを放置して、老師に見つかったことがあった。老師はだまってそれを拾いあつめられると、「よう洗うて、ひたしの中へ入れとけ」と言われた。ぼくは赤面した。・・・中略・・・、「いちばん、うまいとこを捨ててしもたらあかんがな」といわれた。・・・中略・・・、こういうことも道元禅師の言葉とかさなるのである。ほうれん草の葉もへたも同じなのである。どっちを尊び、どっちをさげすむことがあってはならぬと教えられるのである。」

↑ 水上さんが、承弁と呼ばれた少年の頃のハナシです、そして、60を前にして、軽井沢の自宅でのハナシ ↓、 

ある年の秋更けて、ひょろりとやせて、トカゲノの尻尾のような細い大根をぬいた時のこと、おろし金ですってみて、

「なんと辛かったことよ。しかし、その辛さは独特の味だった。めしにのせると甘くなって舌をひたした。昔の大根だった。いや、ぼくらがわすれてしまった大根の味なのだった。いまの大根はなりは立派だが水っぽくてそっけない。こころみに、これをおろしにして 見給え。どこやらうす味の、まのぬけたようなところがないか。ぼくは、一見してはなはだ出来のわるい姿とみた大根が、しっかりと、辛さだけを、独自に固守していたことに感動した。都会人にすれば、姿もわるいから、捨ててしまうぐらいのものだろう。もっとも、お百姓が、こんな大根を荷出ししていては、市場も買うまい。規格にはずれる駄物大根に、本当の味が残っていたと知るのはことしのことだが、このときも、前記の「典座教訓」を思った。まことに「一茎草を拈じて宝王刹を建て、一微塵に入って大法輪を転ぜよ」である。出来のわるい大根を、わらう資格はぼくらにはない。尊重して生かせば、食膳の隅で、ぴかりと光る役割がある。それをひき出すのが料理というものか。」


と、軽井沢の自宅で畑を耕し、野菜を収穫し、月に二三度、お手伝いさんに休みをくれ、少年の日に立ち戻る思いからか、一人台所で、自分でやった料理の数々を紹介、そして、

1月 くわい、小芋、水菜 2月 山椒、小かぶ、ほうれん草、大根、味噌 蕗の薹網焼き 3月 高野ドーフ、湯葉、ひじき、うずら&おたふく豆、春菊、なずな、ジャガイモサラダ、椎茸 4月 水芹、山菜、アケビのつる、タラの芽、わらび、コゴメ、山ウド、よもぎ、アカシアの花びら 5月 筍、うど、えんどう豆メシ 6月 梅 7月 茄子、浜ちしゃ、山椒、夏大根、茗荷 8月 奴トーフ、いろんなトーフ 冬瓜 9月 松茸、しめじ、昆布 10月 またたび、すぐり、地梨子、唐辛子 11月 栗、クルミ、コンニャク、大根、馬鈴薯、里芋 12月 渋柿の灰焼き、椎茸・コンニャク・里芋・ニンジン・大根・トーフのケンチン汁、焼き山芋、

まあ、いまどきの若い人達が好んで食さないような食材ばかりです・・・、成長盛りを過ぎ、自分と自然の係わり合いを否応ナシにかんじてくると、なぜか、ありがたく、美味しく感じるものたちです・・・??

「どや、元気でやっとんのか・・??」、水上さんの声がきこえそうです・・・、馬食鯨飲、飽食の諸君、面白いです、一読の価値有り、読んでみてください !!



嗚呼、今夜も行ったり来たり・・、です・・?? 


※ 大根のハナシ、   大根=役者、タレント、都会人=我々、マスコミ、お百姓=劇団、プロダクション、市場=我々、マスコミ、料理=演出、と置き換えると違った意味で面白い、・・・本質をついているかも・・??