ガーベラ・ダイアリー

日々の発見&読書記録を気ままにつづっていきます!
本の内容は基本的にネタバレです。気をつけてお読みください。

いらしゃいませ

2007-01-31 | 日々のあれこれ
今日のタイトルを見て、「?」と思ったかた。
反対に、なにも思わなかったかた。

あなたはどっちですか?

私はつい先日、とある店の自動ドアに「いらしゃいませ」と白く書かれた文字を見た。

いや、正確にいうと、いらしゃいませ と書いてあるのを見た。
               っ

つまり、同じ行に「っ」が書かれていないのである。いかにもあとから書き足しました。。。という表記なのである。これをドアに書いた人は、もしかしたら日本語になれていない人ではないか。。。と思った。日本語を母語とした人なら、促音を書き忘れるということは考えにくいし、一行でおさまるようにもう1段階字の大きさを小さくするのではないかと思うのだ。

この文字の表記で思い出したのだが、アメリカで日本食レストランに入ったときのこと。メニューがローマ字で書かれている。

そこに「oyako donguri」というのがあった。

……ど・ん・ぐ・り?オヤコドングリってなんだろう?おもしろそう!

と思ったのもつかの間、「あっ」と思いついた。

……これは「親子どんぶり」のまちがいだと。

たった一文字、「b」が「g」に変わってしまっただけ。それだけでまったく違う意味になってしまう。これも外国ならではの表記ミスだろう。

逆に、英語で書かれた単語を妙な日本語に直してしまうこともあるようだ。

「アメリカ西海岸」のガイドブックを読んでいたら、あるデパートのことを「ノーズトロウム」と表記してあった。これは英語で書くと「NORDSTROM」で「ノードストローム」と発音する。

……さがせばもっとたくさんあるんだろうな。

……こんなちいさなことをみつけては喜んでる自分って……(汗)。


長田 弘著 「読書からはじまる」 NHK出版

2007-01-30 | こんな本読みました

……どうしよう。感想が書けない。
手元に欲しい、この本……!

なぜなら全部を理解できたわけではないので、後日再読したいから。そしてなにより、こころに残る文章やことばがたくさんあったからー。

「本」「読書」「言葉」「図書館」などについて著者の考えがつづられていく。ひとつのことばを著者独自の視点でかみくだいている。それを読むのがとても楽しい。普段考えてもみなかったことについて考えさせられることがたくさんあった。

以下が目次。

はじめに
1 本はもう一人の友人
2 読書のための椅子
3 言葉を結ぶもの
4 子どもの本のちから
5 共通の大切な記憶
6 今、求められること
7 読書する生き物
8 失いたくない言葉
あとがき

<友人と言うと、人間のようにしか聞こえないかもしれませんが、人間だけでなく、たとえば山もそうです。そこに山がある。その山を見て、そこにひとは、さまざまなものを見る。緑を見る。晴れたり、曇ったり、天候を見る。過ぎてゆく季節、やってくる季節を見る。山を見ているうちに、自分の思いを見ていることに気づくことも、きっとあります。状況、年齢、環境、その日の気分の問題まで含めて、それぞれに、さまざまに、そこにある山を見る。そうやって山を見ることができるためには、大事なのはただ一つ。そこにその山がずっとある、ということです。ずっとあるのが、山なのです。>

「友人としての本」というふうにして本をとらえ、その前提として著者は、「友人というあり方」を考えている。友人を<その場限りではなく><ずっとつづく>関係であると述べている。親しい、よく知っているという以上に、友人というあり方の根をなすのは、「ずっとつづく」ということ。日常的にたとえ連続していなくとも、続いているという感覚がずっとつづいている、ということだと述べる。

そして先人のことばを二つほど挙げている。一つが啄木のうただ。
<石川啄木が「ふるさとの山に向かひて言ふことなしふるさとの山はありがたきかな」と歌った「山」は、山すなわちふるさとであり、ふるさとすなわち友人です。そこにずっとある山が、「石をもて追はるるごとくふるさとを出でし」啄木には、終生の友人でした。>

そしてもう一つが幸田露伴。
<どんな人もその気になれば友だちは見つけられる。現実生活に友だちがいない人にも、唯一友人を準備してくれるものがあるとすれば、それは書籍だ」。幸田露伴はそう言いました。>

<伝承によって、文字によって、そうして本によって、わたしたちに手渡されてきた、ここにあるもののむこう側にある、もう一つの文化というものの大事さ、人が死んだあとにものこってゆくもう一つのもの、「ずっとある」ものに対する想像力が、今はなんだかひどく削がれているように思います。>

また、本とはどういうものか。<本は、人間のあり方、人生のつくり方、毎日毎日の過ごし方、そういうところに密接に、深く係わってきた。>ものだという。本と自分とのかかわり方を意識すること。そのことが大切だと気づいた。

<もう一つの時間への入口を気づかせるということが、そもそものいちばん大事な仕事だからです。こちら側だけの考えでは計れないものが、そこにあるということを思いおこさせるのが、本のひそめているちからです。>

<言葉のゆたかさというのは、たくさんの言いまわしをあれこれ揃えることではありません。美辞麗句は言葉のゆたかさを意味しないのです。そうでなく、むしろ限られた言葉にどれだけ自分をゆたかに込められるかが、ことばにとっては重要なのです。(中略)言葉というのは、言葉の使い方の問題です。自分がどういう言葉をどう使うか、その言葉のなかに自分をどう表現してゆくか、それができるか、できないかが、これからは社会のいちばん重要な錘となってゆくようになるのではないかと思うのです。>

<「……のように美しい」というそれだけのごく短い表現一つを考えてみても、すごく簡単なのに、「……」に何を入れるか、どんな言葉をそこに使うかで、一人一人の自分、一人一人の経験が、その言葉のなかにそっくり出てきます。それが言葉です。自分が選びとった言葉のなかに、じつは選びとられるのが自分なのです。何を美しいと思うかというそれだけのことでも、その人をもっともよく語りうるというのが言葉です。>

おりしも、某大臣が国会で発言した一連の言葉が大変問題になり取りざたされている。その言葉を使ったことを謝罪する以前に、そういう考えをもっているということに愕然としショックを受けた人が多いのではないだろうか。しかもそういう人が、わが国の少子化問題についてリードしていくとなると。。。この発言によって厳しい局面に立たされているということをご本人がどれだけ意識されているのか。。。

また、子どもの本についてもいろいろな示唆がありたいへん興味深かった。

本は年齢で読むものではなく、むしろ子どもの本というのは、実は大人こそ読むべきもの。大人になるとともに自分たちがいつか失った疑いや希望といったものがそこに見いだされるような、確かめられるような、そういう入り口をもつ本として捉えこと。

子どもの本になくてはならないものが三つあること。一つは、「古くて歳とったもの」。人でもものでも。二つめは、「小さいもの」。生き物、人、植物、玩具、道具など。三つめは、「大切なもの」。わたしたちの日々にとって、何が大切かを語るもの。

また、言葉について著者のこんな考えがある。
<言葉を使うというのは、他者とのつながりをみずからすすんで認めるということであり、言葉を自分のものにしてゆくというのは、言葉のつくりだす他者とのつながりのなかに、自分の位置を確かめてゆくということです。人は何でできているか。人は言葉でできている、そういう存在なのだと思うのです。言葉は、人の道具ではなく、人の素材なのだということです。>

<経験というのは、かならず言葉を求めます。経験したというだけでは、経験はまだ経験にはならない。経験を言葉にして、はじめてそれは言葉をもつ経験になる。経験したかどうかでなく、経験したことも、経験しなかったことさえも、自分の言葉にできれば、自分のなかにのこる。逆に言えば、言葉にできない経験はのこらないのです。>

<言葉と経験を載せている心の秤が、感受力です。感受力というのは、だれかに教えられて育つというものではなくて、自分で、自分の心の器に水を入れてやってしか育たない、そういうものです。>

そこでそのやりかたを、良寛の「耳を洗え」という詩を例にひいて述べている。「我見」によってしかこの世を見ないというのは危ういこと。「耳を洗う」=「耳をきれいにする」=「耳を澄ます」=「心を澄ます」こと。「洗う」ということを「行為」としてでなく人の生き方の「隠喩」として、大切につかっているということを読者に示している。

言葉は器量である。心の容積をおおきくしてゆく言葉を自分のなかにたくわえること。また本をどの椅子で読むかということが大事。いい椅子を一つ、自分の日常に置くことができれば、何かが違ってくる。。。と著者はおっしゃるが。。。ここらへんはまだまだ修行が足りず実感できないなぁと思う次第である(汗)。 

 


林家木久蔵[編] 「林家木久蔵の子ども落語 その4 おもしろトンチ編」 フレーベル館

2007-01-29 | こんな本読みました

この本の編者は「笑点」でおなじみの木久蔵氏。ほら、黄色い着物を召され目がほそいかたです!。ラーメンでも有名ですね(笑)。

今回紹介した「おもしろトンチ編」の目次は次の通り。

時そば
提灯屋
饅頭こわい
壺算
うそつき村
道灌
千早振る
牛ほめ
子ほめ
かつぎや
しの字嫌い
金明竹
こんにゃく問答

今や小学校の某出版社の国語の教科書(4年生だとか)に落語が採択されている時代。その数はまだ少ないようだが、落語のよさおもしろさは徐々に浸透しつつあるのではないだろうか。いや、むしろそうなってほしい(笑)。そのあたりの現状はいまいちよくわかりませんが(汗)。

この本についていえば、漢字にルビがふってある。イラストもとてもかわいい。そしてなによりこの本が読みやすいのは、題名の次にすぐ本題に入らずに<お話の内容>ということで、はじめに大まかに話の流れをつかめるようになっているところにあると思う。

落語になじみのない子にとって、話がどんな方向に向かっていくかを多少知っているのと全く知らないとでは、心構えがちがってくる。話がだんだんひろがっていっても、またこっちにもどってくる。。。と思えば安心して聞いてられるということがあると思う。

落語ゆえ、声に出して読むとさらにおもしろさが倍増する。ことばのリズムにのせて、とぼけたものの言いよう、人をちょっとおちょくってるさま、おこったようすなど、人のさまざまな表情や心情が会話文から伝わって来る。おもわず、笑ってしまう場面がそこここにある。

これはシリーズになっており、以下が出版されているそうである。
その1 お殿さま・おさむらい編
その2 かわいい動物・ゆうれい編
その3 わんぱく少年・どろぼう編
その4 おもしろトンチ編(本書)
その5 まぬけな人たち編
その6 おさわがせな人たち編

それと。
ト書きにはむずかしい用語の説明が書かれており、お話の最後には「ひと言雑学」コーナーというものもありとても親切な本である。

 


新年会!

2007-01-28 | 日々のあれこれ
今年になり、やっと活動をしはじめました。。。

……というわけで、新年会に行って来ました!。

メンバーは元・同僚。実は、ありがたいことに私が一時帰国するたびに集まってくれるメンバーでもあるのです。今回はMさんが仕切ってくれました(ありがとねー。この場を借りてお礼をもうしあげます)。

そして場所は、なんと「金魚や」さん!
都心の大きな通りの一本奥に入るとそこは普通の民家が立ち並び、そのまた一本奥の路地に入るとその店はあります。

……都会の中のまったくの「異空間」です(笑)。

そこでなにをするかって?

もちろん金魚すくい!
縁日などで泳いでいるものとは、色が全然違います!
とっても赤色が強くきれいなのです。

……まあ実際にすくったのは、約1名だけでしたが(笑)。
ちなみに料金は1回100円。2匹まで持ち帰れます。全くすくえなかったときは1匹だけくれるそうです。

ピンポンパール、東錦(あずまにしき)、すいほうなどなどいろいろな金魚が水槽または、釣り堀のような大きなところに泳いでいるのです。また、金魚関連のグッズも置いてあります。ユニークな形の金魚鉢、えさ、水槽、水草、石などなど。金魚を飼いたい人はここに来ればとりあえずなんでも揃いそうです!

お店に入る前に金魚くんたちをひととおりながめて、おしゃべりがはずんだところで。。。

……店内へ!

……と。いきなり入口には金魚グッズが!(笑)
金魚のペーパーウエイト、はがき、一筆箋、風呂敷、手さげ、手ぬぐい……などなど。よくこれだけ集めたな~と感心感心!金魚のえほんなんていうのもありました。

店内入口には、グランドピアノがデーンと置いてありその上には、雑誌の切り抜きのパウチやこの店の企画のちらしなどが置いてありました。そこでちょっとしたコンサートやパーティなども行えるそうです。店内を貸し切ると30名くらい入れるとか。

天井にはシーリングファンが回り、シャンデリア風の電灯。品のいいテーブルと深い緑色のすわりごこちのいい椅子。隠れ家的なとても落ち着く空間です。

そこのランチメニューは、魚の定食、煮魚定食、豚の角煮、ビーフ黒カレー、金魚坂御膳など。ふつうのトーストなどもあります。夜の食事は懐石料理、松花堂弁当などがあるそうです。

今回はお昼に集まったので、ランチメニューからオーダーしました。ビーフ黒カレー派、豚の角煮派の2つのメニューに分かれたのですが、どちらもおいしく大満足との声でした。私はカレーを注文してみましたがとても深みのある味でした。サイドのサラダも小さな芽キャベツ、えび、マッシュルームなどがゴマドレッシングとうまく調和しおいしかったです。そうそう赤だしのおみそ汁と薬味もついてきました。

上記のランチメニューにはドリンクが付き、「工夫茶」(中国茶)をたのんでみました。硝子茶器に茶葉(今日のは四季春高山というものだそうです)を直に入れ、そこにお湯を注ぎます。その茶器のなかで葉が広がり、とてもまろやかなお味でほっとなごみました。グラスが空になるとお店の方がお湯をつぎたしてくれました。

おいしいお料理とともに、話はとどまることを知らずえんえんと続き(汗)、ついにデザートを注文することに!

アップルパイ、モンブラン、チョコレートケーキ、3種アイスクリームの盛り合わせなどがありました。お皿の外側に緑色で星座のマークが描かれたへレンドのイヤーズプレートに、ケーキがのせられてきました。私はアップルパイを食べたのですが、パイの上にクリームがちょこっとかかっており、中のりんごがたっぷりでこれまた大満足でした。

……そうそう、階段を数段上ると「カウンター」がありそこにはきれいな珈琲カップが飾ってあり、メガネをかけたマスターがドリップで珈琲をいれていました。さらにその上にも食事をするスペースがありました。

こじんまりしたお店ですがとても素敵な空間で、また誰かを誘って来たくなるお店でした。久しぶりにおしゃべりをして、たのしい時間をすごすことができなんだかパワーが出てきました!そんな一日をともに過ごせた友たちに感謝です。どうもありがとー!次回は○○邸でねー!(笑)


渡邉美樹著 「父と子の約束」 世界文化社

2007-01-27 | こんな本読みました

大きなタイトルの横に<ワタミの成功を生んだ人生哲学の原点>と朱書きしてある。著者は、ワタミフードサービス(株)代表取締役社長という肩書きをもつかたである。

先日教育再生委員会の方針が発表された。そのメンバーのなかにこの本の著者が入っている。なぜ、外食産業の社長がメンバーに?という思い。それと同時に某テレビ番組で教育について話し合う場面を拝見したとき、額に汗し熱心に語る人だなあという印象をもった。

……ということで、この本を手にとってみた。

はっきりいって、著者の経営手腕について、また会社の経営状態などはまったく知らない。第一この会社経営の居酒屋にも入ったことがない(汗)。

……なので、ここに書かれていることがらを全てウノミにすることはできないと思うし、そのつもりもない。。。という前置きはともかく。。。

今、第一線で活躍されているかたの考えや生い立ちの一端を知ることができた、という点で意義があった。

幼い頃の母親との死別。父親の会社の倒産。若い頃に苦労をしていることがわかった。また、中学時代に聖書にふれたり、ボランティアをしたり、大学時代に施設の子どもたちとのふれあいを企画したりされている。「介護」方面にも事業を拡大しているというのは、過去の体験からの流れであることがわかった。

またご子息2人と勉強する時間をもうけ、課題図書を与え感想文を書かせたり、日記を書かせたり、テーマを決めて話をしたり、カードを渡して自分でお金の管理をさせようとしたり。。。子育てに主体的にかかわっている姿が伝わってきた。その方法の是非についてはよくわからないが、子どもをこういう人に育てたい。。。との思いを抱いて激務をぬって時間を捻出したり、あえて子どもに試練を与えているのがすごいと思った。

また、子どもに対する思いとともにそれが会社の社員にまで広げられている。社員のしあわせを考え、そのために経営者としてなにをするのを考えている。「父と子の約束事 五ケ条」「ワタミ社訓」「郁文十戒」などに集約されているように思った。ちなみに郁文十戒というのは、理事長をされている私立の学園で提示されているものである。

以下、本文より引用です。

<大事なことは、ノウハウを語るのではなく、「なぜなのか」をつねに言い続けることなのである。ノウハウだけを言っていると、言われたことをやればいいんだという浅い考えになりがちになるが、「なぜなのか」を言い続けることは、深く考える習慣を子どもたちが身につけることになるのである。>

<大切なことは、自分の夢に対して、「できる」とイメージすることである。自分の心の中でイメージすること、それは努力の継続を意味し、夢の実現に向けて想像力をかき立てることになる。それによって不可能はなくなるというのが、私の信念である。>

また、本書の最後の章に著者の息子さんの生の声が聞けるページがあるのだが、そこを読むと、親である渡邉氏の子どもさんへの思いと多少温度差があり興味深かった。

 


ちょこっと。。。

2007-01-26 | 日々のあれこれ
ちょこっと働きたい女性のためのセミナーに行ってきました。これでこの手のセミナーに出るのは3回目。自分も好きだなー(笑)。

今回は、パネリスト4名のかたによるシンポジウムが中心。某子育てネットワークの代表理事をしているかたによる司会で進行し、2時間ほどのセミナーでした。個人的には今回のセミナーが一番よかったです。なぜなら会場の窓から「真っ白い富士山」の姿が一望できたから!(笑)。

……という冗談はさておき。。。

4名のパネリストのかたの肩書きは実にさまざま。パートタイムでベーカリーショップで働くかた、起業して女性社長として活躍されているかた、地域の子育て支援センターのスタッフとして働いているかた、コーディネイターとして務めているかた。司会のかた含めてどのかたもひとりもしくは3人のお子さんの母親でもある。そして結婚、出産、転勤などの理由でいったん仕事をやめたかたたちでもある。

現在に至るまでの職歴、家族や子育てとのおりあいなどいろんな紆余曲折のなかで自分の道をきりひらいてきた方の話。どのかたも自分に合う道をみつけるまで、実にいろんなことをしていらっしゃる。複数の仕事、ボランティア、学校役員などなど。それらの活動を通して、自分を発見し自分のすきなことを見つけてらっしゃったことを知ることができた。

「レジとポスティングだけはしたくない」と思っていたがここを乗り越えないとダメだと思いやってみた、とか。
コンビニでの仕事は案外主婦向き。いろんなことに注意を向けていないといけないから、とか。
初めは皿洗いからはじめ、そこで自分の自信をとりもどした、とか。
好きな地域活動をやっているうちにそれが仕事になってきた、とか。
いろんな体験談を生で聞くことができ刺激を受けるとともに勇気をもらった気がした。

今、自分のできる範囲からちょこっとでもいいから働いてみる。10年、20年後の自分をみつめながら。その一歩をまずふみだしてみる。いろんな仕事や活動を通して、それらの過程の中で自分のほんとうにやりたいことが見えてくる。。。ということを感じました。アタマデッカチになりすぎないこと……!笑。


ホウコク

2007-01-23 | 日々のあれこれ
検証報告を受けました(1月19日の記事のつづきです)。

<「1週間」だけだけど、1日2パック食べ続けたら……1キロ体重減!>

おおっー。すごい!!ばっちり成果があらわれてますね!
(Mさん、メールでのご報告どうもありがとうございます♪)

……しかし。このナット○騒動。「品薄」だけで終わらなかった。。。

番組内での「実験データ」の改ざんとか、使用した写真が違っていた(同一人物ではない)とか、英文の日本語訳に問題があったとか。。。5つのことが「ねつ造」されて放送されたことが「発覚」したようです。

関係者のかたたちがカメラの前で、おわびの会見をしていました。。。

……たしかに。あんなにやせるのはどうかなーと思う節はあった。

……しかし……

血中のイソフラボンの濃度ってナットウの摂取によってかなり違ってくるんだ、とか。かきまぜて20分おいておくと、ナントカという(失念しました。汗)物質が分泌されていいんだとか。そういう知識ははじめて知りました。

……ナットウを食べることによって、「朝食を摂取する習慣」がつきました!
……ナットウを食べるので、他のおかずをたくさんに食べずにすむようになりました!(よって体重減につながった)

……とか。そういう面から「健康によい」ということを言えばよかったのか?。
……でも。それではちょっと番組的にインパクトが弱いか?。

おもうに。。。
……「食べるだけで」というのがかなりインパクトがあったのではないか?

……そんなに簡単にダイエットできるのなら。。。ということで、実践してみた人が相当の数いたことが予想される。なぜなら苦情の電話が殺到したということなのでー。

……番組でやっていた通り「実践してみた」が。。。結果がかんばしくない。

……はたして、あの実験データややり方は本当なのだろうか?

というギモンが生じても不思議ではない。
他にも専門分野のかたからも指摘があったようだが。

……そして本日ついに、番組のスポンサーが降板とのニュース。
(実質的に、この番組の打ち切りということになろうか。。。)

……この失敗はどこからきたのか?しっかり分析する必要があると思う。今までの番組作りをふりかえりつつー。

「人のふり見てわがふりなおせ」と自分のこととしてとらえている、他番組の制作のかたもいるのではないだろうか。

「番組(報道)」にとってなにが一番大切なことなのか?なにが一番こわいことなのか?そして、それを受け取る側が気をつけることは?

……一連のナット○騒動で考えさせられることが多々あった。


シナウス

2007-01-19 | 日々のあれこれ
「品薄」だそうである。

なにがって?

……ナ○トウが。。。

それは、今年の正月7日(日)夜9時に放送された。

某バラエティ番組で、「ダイ○ット」するための効果的な食材として紹介されたのである。

1.それを朝夕で2パック食べる(つまり1パックずつ)。
2. 食べる前に20分おいておく(かきまぜておく)。
3.それを2週間毎日続ける。

……そうすると。
……いや、そうする「だけ」で。
……体重が減る。

なぜに、ことほど詳しいかって?このわたくし。。。

……実は見たのである。横目で。つれあいがつけているTVをー。

それで。

翌日たまたまスーパーに行ったつれあいは、納○コーナーを見たらほとんどなかったそうである。ふつうの3個組みとかの納○がー。

……す、すごい(汗)。

しかも翌日のTVの情報番組で納○の生産が追いつかないと言っていた。

たしかに、消費するわな。。。1日2パックだもん。。。

……あれからもうすぐ2週間。

みんな効果は出ているのだろうか?(笑)。

いったいどのくらいの人が、途中で食べ忘れたり挫折せずにやり続けているのだろうか?

……ちなみに私の身近でやっている人がいるのだが、多少効果がでているとのことである。ただしこれがはたしてこの食材のおかげなのかは、正直言ってわからないが。。。とのことであるが(笑)。

……どこかで「検証報告」してくれないかなー(笑)。 


外山 滋比古著 「ちょっとした勉強のコツ」 みくに出版

2007-01-18 | こんな本読みました

もしかしたら、以前(といっても十数年以上も前)に読んだことがあったかもしれない……と思いながら最後まで読んでしまった(笑)。
まあ、何度読んでも損はないし。読むたびに新たな発見がだろうし。こころにとまるところも違うだろうし(汗)……などと自分にいいわけをしながら(笑)。

今回読んで、外山氏の著書(エッセイ)でこころにのこったところを記しておく。

タイトル「三つのことば」より。
ことばには三種類ある。
ひとつは、生まれてまず覚えるもので、たいていは、ものの名前。日常の最小限のコミュニケーションはこれでできる。これの特質は、ものごとを直接的に指し示すところ。これをアルファーとする。

もうひとつは、ベーターのことばとする。これは、人間の文化、価値のあるウソそういうものにかかわりのあるもの。虚構、フィクション、創作、創造など。昔話、おとぎ話など、ベーターのことばのテクストとして最適。

そしてもうひとつは、ガンマーのことば。これにはベーターのことばと違って、ストーリーがない。その代わりに、ものごとの関係を扱う。それは論理といいかえてもよい。物語りや小説を読んだだけではガンマーのことばは育たない。論説や理論のある文章、表現にふれることで体得するほかはない。

……という概要である。なるほど、本を選ぶときもこのことを念頭に置いておくといいかもしれないと思った。

タイトル「雑念を払う」より。
頭の働きにふた通りある。ひとつは直接目にふれ、身体に係わることを考える表層の頭の働き。反応とよばれる。もうひとつは、もうすこし頭の深いところの作用で中層の思考。これが知的活動といわれるもの。

あまり鋭敏に反応する表層思考をもっていると、中層思考が進まないことがすくなくない。逆に言うならば、中層の知的活動に集中すると、表層での反応が一見鈍くなる傾向にある。すこしぼんやりしているように見える子の方が、知的能力が高いということがすこしも珍しくない。

……なるほどなあと思った。今、目の前の子は単にぼーっとしているだけなのか?もしくは中層思考をしているのか?。何をか言う前に考えねばならないと思った(汗)。

次は「ブタモキニノボル」より。
山本五十六元帥の名言。
<シテミセテ、イッテキカセテ、サセテミテ、ホメテヤラネバ、ヒトハウゴカジ>

……けだし名言だと思う。
そして、著者はこれに蛇足をつけたという。以下の文言である。

<ホメテヤラネバ、ヒトハウゴカジ。ホメレバ、ブタモキニノボル>

……なかなか遊び心のある著者であるなぁ。しかし、お世辞ではなくて、ほんとうに「いいなあ」と思うこと。どんな小さなことでもいいから「見つけて」、こころから「ほめる」ことをしないといけないんだろうな。。。と思った。

タイトル「口も手も」より。。。
芭蕉が、句をつくるときの心得として、「舌頭に千転させよ」ということを言っている。できた句をそのままよしとしないで、何度も何度も口にしてみよ、声に出してみよ、そのうちに、だんだん、よい形になっていくに違いない、と言っている。

また、口で言ってみるのに劣らぬ効果のあるのが、手で書いてみることである、とも。本などもかならず感想を書く習慣をつけるようにしたい。これがどんなにわれわれの精神を大きく豊かにしてくれるか、はかり知れない、と。

……自分に関して言えば、精神が大きくなっていっているかはなはだ疑問だが、感想を書いたものについては内容を「忘れる」確率がかなり低くなる。これだけは確か(笑)。

さいごはタイトル「暗黙知」より。
本文から引用してみる。
<体で覚えることを暗黙知という。わかってはいるのだが、それをことばで説明するこのできない‘知‘である。他方、頭で覚えるのは言語知である。これはことばでのべることができなければ、知っていることにならない。われわれの‘知‘は、たくさんの言語知と、それに劣らずたくさんの暗黙知からなっている。そのことを普通あまり意識しないでいる。>

<言語知を支配するのは大脳であるが、暗黙知をつかさどるのは小脳で、五体を動かして学び覚えるのである。小脳は一般に運動の中枢だとされているが、その運動はただ身体の動作ということにとどまらず、それが反復されて、習熟する過程において、習い性となるということわざもあるように、特性、個性につながっている。ことに幼児期における広義の学習教育は、この身体的学習によるところが大きい。ほとんどこれにつきるといってもよい。すべてを身体で覚える。遊びもその意味で学習である。>

子どもを育てるうえでも、また自分が何かを学ぼうとするうえでも<ちょっとしたコツ>を得ることができた。 

 


女性のための。。。

2007-01-16 | 日々のあれこれ
再就職支援セミナーなるものに行って来ました。セミナー好きな自分?(笑)。

市の「就職支援」をする部署が主催しているもので、整った環境のなか長時間(午前10時~午後4時)にわたる講座でした。最後は集中力がもちませんでした(汗)。
が、なかなか楽しかった……じゃなくて、ためになりました。

「再就職活動の概念」ということで「自己の分析」→「自己の生き方再発見」→「やってみたいことの整理」→「仕事探しの目標設定」→「応募書類の作成」→「面接トレーニング」→「セルフマーケティング活動」という一連の流れを知ることにより、今自分の置かれている状況や今後の生き方などを考える必要性を認識することができました。

個人的に心理学というのは興味のある分野なので、そこらへんの掘り下げた話もおもしろかったです。

例えば「ジョハリの窓」。普通は「自分の知っている自分」と「他者の知っている自分」の領域が広いと思われているが、実際は案外「自分にも他人にもわからない無意識界」が広いということ。なので「自他にオープンな領域」を広げていくとよいこと。

ワークシートを用いて「ライフスタイルの明確化」「仕事の価値観」をチェックしたり、「人生設計シート」に1年後、5年後、10年後の自分(家族)を予測して書いてみたりしました。

また、「あなたの興味は?」ということで90項目にわたる質問に「はい」「いいえ」で回答し集計することにより、自分の「バーソナリティ・タイプ」を知ることができました。

これら一連の作業を通じて、自分の気づかなかった面や新たな自己を発見したように思います。

個人的なことを申せば、特にホランドのパーソナリティ・タイプのテストで顕著な結果が表れてしまいました(汗)。

これは次の6つのタイプに分類されるそうです。「研究的タイプ」「芸術的タイプ」「社会的タイプ」「企業的タイプ」「慣習的タイプ」「現実的タイプ」。
その中で「ほぼ満点」のものと「0点」「1点」のものがあり、テストを実施した本人も驚きました。そして、それが驚くほど「当たって」いました。

これら6つのパーソナリティ・タイプを「人」「アイディア」「物」「データ」の軸で分けると、自分は前者の2つに思いっきり傾いていることを再発見しました。

これらの結果を「ワールド・オブ・ワークマップ」に当てはめて「ジョブファミリー」をみつけ、そこからさらに「仕事の分野や具体的な職業例」が表記しある表を参考に、自分の興味のある分野の具体的な仕事を探せるということです。

また「今までに仕事でやってきたことをまとめ」たり、「自己PR作成シート」を実際に書いてみたり、2人1組で面接の練習をしたりしました。

「職務分析用語リスト」なども資料に添付されており、自分の知らないいろいろな職務内容とその用語を知ることもできました。

上記の話やワークショップを「キャリアカウンセラー」という肩書きを持つかたの主導によりやっていきました。はずかしながら、そういう肩書きの職業の存在をつい最近知りました(12月末に同様のセミナーに出席したので)。

また、このような就職のためのセミナーに出席すると、雇用保険受給者のかたには「受講証明書」なるものが発行されるそうです。これをハローワークなどに提示することにより「就職する意思」を表明できるそうです。

30名定員のセミナーでしたが、満席でした。この他にも同部署主催で「ミニセミナー」と称して「応募書類・面接のテクニック」や「中高年齢者のための再就職成功のポイント」の講座があるそうです。カウンセリングも受けつけているのでどうぞという話もありました。

隣の人や前の座席の人と話す中で、人によってまた年齢によっていろんな形態で働いてことがわかり、とても参考になりました。個人的には、いきなりフルタイムで働くのはハードルが高すぎる(生活に慣れていないのと、就業ブランクがあること。そして子どもの下校後の世話の問題など)ので、とりあえず無理のない程度で働いていこうかなという思いを抱きました。