ガーベラ・ダイアリー

日々の発見&読書記録を気ままにつづっていきます!
本の内容は基本的にネタバレです。気をつけてお読みください。

歯医者へ行った

2006-01-31 | 日々のあれこれ
1年半ぶりに歯医者へ行った。
仕方なく。痛みの限界が来たため。
なぜ、そこまで放置しておくのか?
答えは簡単「病院が嫌い」だからだ。(←子どもだねf(^_^; )

さて、私のかかりつけの歯医者を紹介しよう。
台湾人の男性が歯科医師。日本の大学で学び、資格をとった人。ゆえに、日本語はぺらぺら。日本人の患者さんが多いと聞く。

治療は個室で行う(4室ほど)。
どの診察台にもパソコンが設置されている。

まず、レントゲンを撮った。
なんと診察台の右横にある戸棚からレントゲンの機械が出てきた!
X線を遮るカバーを上半身にのせ、その場で写真撮影。すぐに画像をパソコンに取り込み、歯の状態について説明があった。

先生より今後の治療方針についてのお話。助手の方より治療についての同意書(英語の文書)についての説明があった。同意をしてその場でサインをした。

とりあえず今日は応急処置をしてもらい、痛みはなくなった(ホッ)。

しかし、次回の治療は約45分かかるという(げーーーー!)。受付で、次回の通院日の予約し、治療費の見積りの紙をもらった。その際、見積の説明を受けたというサインをさせられた。

1回の治療時間は長いが、その分通院する回数が少ないのがなによりも嬉しい。(ここだけ?それともアメリカの歯医者だから?)。以前治療のため、2時間ぶっ通しで口を開けていたことがあった。あれはさすがに苦しかったが。

カーペンターズの曲がBGMに流れ、きれいな個室の診察台に横たわる。と、おもわず眠たくなる。これで歯の治療さえなければ最高なのに・・・とおバカなことを考えてしまった私である(汗)。


気づかなかったが

2006-01-30 | 子育て
先日らら(5歳)が、友だちの家でお世話になった。
迎えに行ったら、預かってくれたお母さんにこう言われた。

「ららちゃんて、すごいねー。もう九九の○だん、覚えてるんだー」
「へっ?そうなの?で、なんのだん?」
「○のだんから○のだんよ」(←忘れてしまった)
「教えた覚えないんだけど・・・」

それで、はたと気がついた。
もしかしたら、この子は「耳」が良いのではないかと。

ピアノの楽譜はなかなか読めないのに、何回か見本で弾いてあげると、リズムも音階も正しくすらっと弾けてしまう。

反対にミミコ(8歳)は、楽譜はスラスラよめるのに、一度まちがってインプットしたリズムや音階を正しく直すことがなかなかできなかったっけ。

おそらく、九九もミミコが唱えていたのを横で聞いて覚えたのだろう。
しかし、これで喜んではいられない。
九九の表をみせたらおそらく、読めないと思うぞ。
意味もわからず”唱えている”だけだから。

なんだか確かめるのが、こわいなー。

実は、ららが「楽譜が読めない」ことにイライラしていたダメな母だが、この一件で考えをあらためた。

「ミミコは楽譜をすらっと読める」
「ららは耳がいい(かもしれない)」
それでいいじゃないか、と。
「ピアノはどっちが上手いとか下手だとか」比べるものじゃないと。

日々、反省の母である(汗)。

アメリカらしい?

2006-01-29 | 日々のあれこれ
子どもがスキースクールでレッスンを受けている約2時間。
今までは、子どもの様子を見たり、コーヒーを飲んだり、本を読んだりしていたが、「せっかくスキー場に来ているのだから」と思い自分もスキーをすることにした。

そこで印象深い光景を見た。

初めて見たとき「けが人」をそりで運んでいるのだと思った。

10歳くらいの子どもが、すっぽりと毛布のようなカバーに覆われそりに横たわっているのだ。口が半開きでほとんど表情がない。そりをひっぱっている人がパトロールの人らしくなかった。ふつうの男性と女性だった。「なんだろう?」と思っていたら、その人たちがリフト(二人乗り)乗り場に並んでいた。

彼らの順番が来た。
まず先に男性がチェアに腰掛け、その横に子どもの横たわったそりを乗せる。
そりを乗せるのを必死で女性が手助けしている。その間リフトはストップしている。そりが動かないように男性が手で押さえながら、リフトは頂上へと向かっていった。

そりを先頭に後ろから男性がスキーで降りてくる。男性はそりにつないだひもを握り、操縦している。子どもの表情は見えない。が、気持ちいいだろうなあと思った。たとえぐるぐるに身体がカバーで覆われていたとしても。

そしてそのような人たちをあと二組見た。ひとりの人は「スキーの足」がそりについているようなものに乗っていた。それをひっぱる人がいた。それに子どもが横たわっていた(先ほど見た子と同様、表情がなかったように思えた)。おそらく身体障害の子どもがそりに乗っていたのだろう。

アメリカに来て驚いたことの一つに、必ずトイレに「車椅子が入れる」個室があること。徹底しているのだ(隣国のカナダはそれほど徹底していないと感じた)。

ある事柄を、どんな人も享受する権利をもつ。それを社会の中で当たり前に実行できるとしたら素晴らしいことだと思う。「周りの人の迷惑」とか「周りの人が迷惑がる」とかそういう思いを越えて。

そしてもう一つは、いい年頃のお兄ちゃんや男性がへんてこりんな帽子をかぶっている光景である。自由の女神が突起のついた王冠をかぶっているでしょう?あれを想像してください。たくさんの突起があって(しかもカラフル!)、それが真上につんつん出ているのである。他にも「魚」みたいな帽子(2つの目がついていた!)、ピエロのような帽子などなど。

恥ずかしくないのか?でも、その帽子をかぶっている人を誰もじろじろ見ないし、本人も意識していない感じ。

そういえば、クリスマス近くに「運転免許取得」の試験を受けに行ったら、サンタさんの帽子をかぶった試験官や、白の襟に赤い蝶ネクタイをつけていた試験官がいたっけ。アメリカのそんな茶目っ気が面白いなーと思ってしまいました。
(今どきの日本はどうだろう?そういう人もいるのかな?)


中華料理

2006-01-28 | 日々のあれこれ
「飲茶」がとても美味しい店に、夕食を食べに行った。
こちらの中華料理の「飲茶」は、出来たてほやほやの”料理”をワゴンにのせて、テーブル間をぐるぐると回ってくれるお店が多い。

料理を見せてくれて、「食べる」か「食べない」かを決められるのでとても嬉しい。どれも美味しそう!!しばしば品数を「とりすぎたかな?」と思うのだけれど、意外と食べ切れてしまう(こわーい)。

入店すると「ハッピー ニュー イヤー」と言われた。ああそういえば、日曜日はチャイニーズニューイヤーですね。ということは、わが家は中国人とみなされたのか?

子どもたちいわく、学校で「チャイニーズイヤー」について保護者(中国人)の方が来て、その日のことについて説明をしてくれたとか。具体的にどんなことをするのか娘に聞いてみた。

「髪の毛を切ること」「前日に大掃除をすること」「お年玉をくれること(赤い袋に入れて)」「ごちそうを食べること」を聞き取ったらしい。

本当はどんなことをするのか?どうしてそういうことをするのか?おもしろそう。ちょっと調べてみようかなーと思った次第です。(そういえばみんなで「マージャンをする」というのも聞いたことがあったなー)

ガレージセール②

2006-01-27 | 日々のあれこれ
朝から小雨。
9時スタートなのに、10分前くらいからすでに5~6人がガレージの前に立って待っている。

とにかく初めの30分でめぼしいものがバーッと売れた。
ビデオデッキ、トランポリン、背もたれ椅子、子どもの本などなど。

地元のウエブサイトにガレージセールの案内を出した効果もあるのか、何を買うか決めてくる人が多い。寒いので「ひまつぶし」的にのんびり見ている人は極めて少ない。

客層も現地のアメリカ人は少なく、ほとんど日本人だった。
だからなのか、値切る人がほとんどいなかった。

以前私がガレージセールをした時は、「値切る人」が結構いた。(いろんな人種の人が来たからか?)

例えば25セントのパズルを3つぐらい抱えて、「全部で25セントにして」とか。残っても困るので「まあいいかな」・・・と思って相手を見ると、手には透明のポーチの中に小銭をじゃらじゃらさせている。しかも乗ってる車がベンツ!ときている。(それだから、お金が貯まるのか!?)。本当にあ然とした。(多分あの人は中国系の人だと思う…)

あとは、業者風の人が来て「金目」のものをあさっていく。子どもの自転車、CDデッキ、小型の庭掃除機などなど。多分どこかに売りさばくのだろう。

また、「布オムツとカバー」を出した時には、「これはどうやって使うのか?」と白人の婦人が聞いてきたので説明した。アメリカ人がどうしてこんなものに興味をもつのだろう?と思っていたら、「フィリピン」に寄付で送りたいという(もちろん自費で)。気候的にあちらでは「蒸れるかな?」と思いその旨を伝えた。がとても「経済的」はである。

あまっても困るのでほとんどただ同然でもっていってもらった。すると次にガレージセールをした時に、その婦人が来て「布オムツをフィリピンに送ったら、とても喜んでもらえた」と報告してくれた。

今回のガレージセールではほとんどハプニングはなかったが、とにかく寒かった。売上も冬のガレージセールにしてはまあまあ(だと思う。よくわからないが)。その日のうちに集計、サインはがしなどをして無事終えた。

翌日の朝、受信メールをチェックしたら次々と”お疲れ様”のメールが舞い込んでいた。みんな律儀だな~。ほんといい人たち(*^-^)。うるうる。

特に、こころに残ったのが2歳のお子さんをかかえて参加された方が、
「久しぶりに”人間らしい”(?)会話の時間を持たせていただいてとても楽しかった」というメール。彼女も多分、”自分の売上金”より”お買い上げ金”の方が上回っているんじゃないかな。

やっぱり「人と協力してなにかを成し遂げる」というのはいいですね~。そういえばそういったことを最近してなかったな~と感じたり。(9月以来?)

寒い中来てくださった方に感謝。いっしょにガレージセールをしてくれたメンバーに感謝。そしてこのブログを読んでくださっているかたに感謝(?)です。(なんだか変なオチだなー)

ガレージセール①

2006-01-26 | 日々のあれこれ
ガレージセールの準備をした。
こんな寒い時期に?
雨が毎日降っているのに?

そう、日本に帰国する人がいるのでこんな時期に。しかも雨天決行!
というわけで「寒ーい」なか友人宅の「ガレージ」(車2台分の広さ)で作業をした。

日本人6家族合同の予定が8家族に増えた。
出品物は、子ども服、おもちゃ、靴、台所用品、食器、掃除機、テレビ、本、ビデオなどなどである。それらに、各個人のイニシャルを書いた(あとで集計しやすくするため)値札を貼る。それらを品物別に見栄えよくディスプレイするのである。

みんなで「これはいくらで売れそう?」「これ、私買いたい!」などとわいわいやっているうちに、あっという間に午前中が過ぎた。みんなで昼食をとりしばし休憩。

その後、ガレージセールのサインづくり。
「GーSale」と「矢印」「曜日」「時間」を画用紙に書き、雨対策としてサランラップでガードした。どこに貼りに行くか地図に書いて確認する。

8人いた主婦も気づくとひとり減り、二人減り・・・。
なぜならひとりは、発熱のため休んでいた子どもさんを連れてきていたから。
ひとりは、学校から子どもの呼び出しの電話がきたから。
ひとりは、お子さんのお迎えの時間がきたから。
あとふたりは、2歳くらいの小さいお子さんを抱えているから。

・・・というわけでフリーで動ける人が3人に。
そのうちのひとりは場所を提供してくれる人で、来客があるので留守番をしていなくてはならない。

私ともうひとりの人で近隣にサイン貼りに回った。
車で走行していて見やすいところ。ポイントとなる曲がり角。
サインは「ストップサイン」の標識や「バス案内」の柱などに貼る。
金属の柱にはテープで。
木製の柱には「ステープルガン」といわれる巨大なホッチキスで。柱に針を向け、ホッチキスのように両側から紙を挟まなくても上から押し付けるだけで、ガンガンとまるのである。(初め見たときビックリした!)

前日までには「チラシ作り」と「チラシ貼り・配り」という仕事もある。なかなか準備に時間がかかるのである。

時間は午前9時から2時まで。だいたい午前中に来客は集中する。開店と同時にいい物はごっそりなくなる。つまり午前中が勝負!なのだ。現金のみ受けつける。(チェックは受け付けない。100ドル札も。)

さあ、明日はがんばろう!

しかし、一つ不安なことがある。みんなで昼食にとお弁当を注文したのだが、私の出品する物は正直いってあまりない。果たして、昼食代がかせげるのか?もしかしたらマイナスになるのでは?

過去4回(うちわが家で2回)もガレージセールをしてきたので、さすがに今回大物がないのである。50セントのおもちゃとか、1ドルの本とかf(^_^; 。まあ、たまにこうして”イベント”的なものをやるのが好きなのかもしれない。血が騒ぐというのか・・・!?ああ、あほな私。。。
(でも、準備中に本好きな友だちができたし、ピアノの楽譜も買えたのでとってもうれしいのだー!)



プレイデイト

2006-01-25 | 子育て
5歳の娘が月曜日に、こんな紙を友だちからもらってきた。

「家の娘と、水曜日にプレイデイトしませんか?」

一緒に遊びましょうとのお誘いだ。
お母さんの名前と電話番号、そしてEメールアドレスが書いてある。

ハッと気づくと、火曜日の夕方。
どうやって連絡をとろうか?
電話?Eメール?

電話はサイアク!うまく聞き取れない(>_<)。
でも、Eメールは作文しなくちゃならない。
しかも、へたくそな英文が残ってしまう(>_<)。

というわけで、低次元のレベルで天秤にかけた結果、電話で連絡をした(情けなーい)。

無事約束をとりつけ、その子のお宅へ。

以前あるお母さん(メキシコ出身の人)が、
「その子のお母さんはくらいかんじよ。子どもも教室で全然しゃべらない」
というようなことを言っていたっけ。
彼女と直接話したことはなかったが、確かに以前見かけたとき、小さな男の子を抱え、暗い表情をしていたっけ。

・・・などと思いながら、家のベルを押した。
彼女(白人)と子どもたちが迎えてくれた。

(あれっ?だいぶ前と印象がちがうなー。しかも、笑顔だし)

家の中に案内され入ると、ファミリールームにイーゼルがありその上に、大きなキャンパスがのっている。
そこには、描きかけの娘さんの肖像画があった。
すごくかわいい。
その横には、ひまわりや花をかいた油絵が飾ってある。
夜、子どもが寝た後に描いているそうだ。
家具もアンティーク調で統一されていてとても素敵だった。

話しているうちに、以前に感じたときの印象がどんどん変わっていく。

この夏に、違う州からこちらに引っ越してきたこと。
1歳の男の子がいること。
今は仕事はしていないこと。
娘さんをキンダーに入れるときとても緊張したが、いい先生でよかったこと。
などなどいろいろ話してくれた。

話している最中、1歳の男の子ったらほんとにじっとしていない!
あっちふらふら、こっちふらふら。
ぐずるやら、おっぱいやら、お姉ちゃんたちの邪魔はするやら・・・
まあ、これも自然な成長の過程のひとつなんだけど。
(自分の子どももその頃大変だったことを完全に忘れている私・・・)
相手する方は、そりゃーくたくただろう。

メキシコ出身のお母さんはどちらかというと「日本人びいき」で、
私や子どものことをほめてくれていたが、内心彼女の思い描いている「日本人像」にあてはまるのか?というプレッシャーがあった。

そういえば、メキシコ出身の陽気な彼女も最近引っ越してきたと言っていたな。
2歳と5歳の子どもを抱えて。
前にいた州では、ラテン系の人が多かったけれどここはあんまりいなくてさびしいとも。
「ここは、日本人がたくさんいていいね」と言われたっけ(なぜか娘の学年に日本人のお母さんが多い)。

なんだか二人の境遇が似ているんで、びっくりした。
いつかこの二人が、なかよく話す日がくるといいな。


工藤直子著 「まるごと好きです」 ちくま文庫 他

2006-01-24 | こんな本読みました

数年前、この本の著者で詩人の工藤直子さんのお話を直接うかがったことがある。
かざり気がなく気さくな方で、小柄なのだがその中にいっぱいエネルギーが詰まっている印象を受けた。「講義」のように「教える」というのではなく「みんなで一緒に考えましょう」という場の雰囲気だった。(内容はすっかり忘れましたがf(^_^; )

『まるごと好きです』まず、タイトルがいい。

<中学のころから、ひとと出会うときは、とりあえず、まずまるごと好きになる、というふうになってきた。会ったとき、まず、相手のひとの好きな部分のほうを先に探しだすのである。好きなところを見つけて、「うん!」と、そのひとをまるごと好きになる。きらいなところを見つけるのはあとでよろしい。きらいなところがあっても別にかまわないじゃないか。とにかくまるごと好き、というのは、「きらい」もひっくるめて好きなことである。そのうえで、そのひとの、好きな部分にだけパチパチと拍手する。>

この文章が工藤氏の全てを物語っているように思える。
小さい頃から転居・転校を繰り返し(なんと約50回ぐらい!)、「友だち」の人数も種類も多い。そのなかから、工藤氏が「友だちってナニ?」と自身で考えた「友だち」について語っている本である。それは「友だち」を語るようでいて、自分自身をも語っているのである。

ここに引用するのが惜しいくらい、たくさんの素敵なフレーズがあった。例えばこんなような。

<文男さんにとって、おとな・子どもの区分は不要だったようだ。そのぶん、ほんとうの「おとな」だったのかもしれない。だからわたしも、「もう子どもじゃない」と突っ張る必要もなく、のびのびと話すことができた。そして不思議なことに、のびのびと、子どもっぽくも振舞えたのである。いや、不思議、ではないか。子どもだからといって区別されないのだから、安心して子どもっぽさも出せるわけだ。>

*注:文男さんとは、兄や姉の友人で当時30歳くらいの人で、大学の助手をしながら、高校で数学の時間講師をしていた人(引用者による注です)

そういえば、私自身も図書室の司書さんのところに逃げ込んで、いろいろくだらないことを話していた記憶がある。何を話したかは覚えていないのだが「高校生でもそんなこと考えてるんだね」というようなことを言われたことだけ覚えている。自分の話を「おとなになったらわかるよ」というようなことを言わずに、ただ聞いてくれるおとながいるということは、子どもにとってすごくほっとすることだと共感した。

友だちが多い工藤氏は、いろいろな人から相談を受ける。
足の不自由な女性が恋をした。相手(彼)に何かを言われるたびに『コノ足ノセイカ?』と考えてしまう自分にイヤ気がさしている。そして彼女はだんだん声がふるえ泣き出してしまう。

<わたしは、あいかわらず何もいえなかった。肩を抱いて、なぐさめたりもできなかった。
ーー何ができよう?Mさんは、おそらく生涯かけて、その問題ととりくんでいくだろう。そんな彼女に、わたしが、わたしの生涯をかけてかけていえるようなことばがあるだろうか。>

<ーー黙って、ひとことももらさずMさんの話を聞き、彼女の鳴き声を聞き、姿を見つめていることが、わたしにできる唯一のことだった。>

とても誠実な人であることがわかる。相手のつらい気持ちを自分のものとしてとらえ、そこから目を離さない。そして本当に相手のことを思えばこそ、軽々しくことばにだして言えないこともある・・・そんな切実な思いをこの文章から感じた。また、工藤氏はこの体験をその場で終わらせず、このようなことを考えているのである。

<わたしは、あの夜以来、Mさんに宿題をもらったような気持ちでいた。(あのとき、だまっていることしかできなかったのはなぜだろう。わたしが、彼女のためにできることがあるのか?あるとすれば、それはなんなのか?--友だちのために、ひとは何ができるのだろうーー)><つらい思いをしているひとに出会うたびに、この宿題を思いだして>いるのである。

なんて素晴らしい人なのだろうと思った。こんなふうに考えることができるようになりたいと思うフレーズである。(実際なかなかむずかしいが・・・)

<「友だち」を得たときの喜びのひとつに、「相手の中に『もうひとりの自分』を見つける」ということがあると思う。友人と話し合い、相手が自分の考えに賛同してくれたときなど、まるで自分の分身がそこにいるような気がしてうれしく、心づよいものだ。そんな分身ーー「もうひとりの自分」が、人間のなかばかりでなく、いろんなもののなかに発見できたとき、ひとはそれらと友情関係を結べるのではなかろうか。>

実際、工藤氏は「樹や草、鳥や虫」などを友人としてつきあい、そこから数々の「詩」を生み出している。こころがのびやかでなににもとらわれない大らかさを感じる。

かように素敵な工藤氏が書いた児童書がある。
『ともだちは海のにおい』(長 新太絵/理論社刊)。これはサンケイ児童出版文化賞を受賞している作品だそうである。

これも合わせて読んだ。いるかとくじらが友だちになる話なのだが、これがものすごくよかった。以前に読んだ時はわからなかったところが、すーっとこころに入りしみてきた。
まず「海のはじまり」で泣けた(はずかしい話だが・・・)。「ふたりがであった」「いるかのうち」「宇宙を泳いだ」「はなしかける海」も大好きな詩だ。

正直言うと、『まるごと好きです』の中に私が一番大好きなフレーズがあった。でももったいないので、これは書かないことにする。是非手にとって読んでみてほしい。『ともだちは緑のにおい』(同 出版社刊)もある(これは芸術選奨文部大臣新人賞受賞だそうだ)。私も今日注文したので後日紹介できればと思っている。(他の2冊は手元にあったのだ)

なんだかこの2冊を読んで、自分が幼いころ、泣き虫だったことを思い出してしまった。

 


いい薬?

2006-01-23 | 日々のあれこれ
マスクが手放せない。
いつもなら「来る、来る、来たー!」という感じで風邪の襲来がわかるのだが、今回は違った。それは突然、いきなり来た。

「なんか、おなかが痛い?」
と夕べ感じ、珍しく早く就寝した。

朝から「くしゃみ、鼻水」の嵐。ティッシュが手放せなくなった。ついでに頭もぼーっとしている。

出かけた先で、知人から良い情報を得た。
それは「抵抗力」をつけるために、いいサプリメントがあるというのだ。
なんでも試してみたくなるタチの私。
さっそくサプリメント専門のお店へと。

「SILVER HYDROSOL (SPRAY)」という商品名が箱に書いてある。
いや、「SOVERIGN SILVER」の方かな(すみません、よくわかりません)。

お値段は60mlで、約$15。
日本でも売っているそうだが、こちらよりは高いとのことである。

使い方は、スプレー式になっているので
上を向き、口を開け舌の下にスプレーをシュッ、シュッとするだけである。
味は、無味無臭。水みたいなものである。
1日に30スプレー。
知人によると、1日2回、1回につき15スプレーされているとか。

ほんとうかうそか定かではないが、これを猫の餌にスプレーしていたら、
猫の耳の中の汚れがきれいになったとか。

いまさら「抵抗力」もないものだが、とりあえずだまされたと思って
使ってみようと思っている。
あとは日本で調達していた「かぜ薬」(錠剤のルル)を服用した。

こちらにいる日本人に聞くと、薬は日本のものを服用している人が多い。
こちらの薬は、ガタイのいいアメリカ人用なので、
日本人には、効きすぎるというのも理由のひとつであるのか。
かくいう私も、一時帰国の際に成田空港で「胃薬」を調達してきた。

「薬」というのは、「効く」と思えば「効く」ものだ。信じる心が必要となる。となれば、やはり日本人の私。日本の薬を信じて、服用したいのである。

しかし、久しぶりの風邪。
少しは、利口になったのかな?
いままで「バカは風邪ひかない!」と豪語していたものでf(^_^; 

(余談だが、文字を太字に出来なくなってしまった。工夫のない画面ですみませんです・・・)

日本の文化を伝える

2006-01-22 | 学校
ここアメリカで日本の文化を伝えようと、学校で様々なことをしています。
学校といっても「日本語を学んでいる」という条件つきですが。

例えば年の初めに「絵馬」に、自分の願い事を書く。
絵馬は、はがきサイズの四角い板に、アイスの棒のようなものを屋根のようにして上につけたもの。(保護者のボランティアによる手作り)
その板の表に和紙で犬を折ったものを張り、裏に願い事を書く。

例えば「だるまの絵」に目標を書き、達成したら目玉を黒で塗りつぶすとか。

または「もちつき大会」をするとか。
「杵」「臼」など見たこともない幼稚園の子どもたち。
「もちつき機」でお餅はほとんど出来ているのですが、最後に子どもたちがぺったんぺったんおもちをつきます。
つきたてのお餅は、やわらかくておいしかった!!
しょうゆ、きなこ、あんこなどでいただきました。

見ると、やはり日本人。「おもち」はほとんどの子が好きですねー。
中には苦手な子もいて、おもちを「粘土」代わりにして遊んでいる子もいました。
「きなこをまぶしたものに、のりを巻き、それにしょうゆをつけて食べている」ハーフの男の子もいました!!面白い発想!!(しかし、それはおいしいのか?)

または「カルタ大会」をするとか。
ボランティアのお母さんで手持ちのかるたを持ち寄ったのですが、いろいろなものがありました。

「妖怪かるた」(箱に京極夏彦と名前があった)
「上方いろは」(滝平二郎絵)
「江戸いろは」( 同上  )
「犬棒かるた」
「復刻版 お魚かるた」
「101 漢字カルタ」
「ドラえもん ことわざかるた(CD付)」
「日本昔話かるた」
「ぐりとぐらかるた」
「おじゃ魔女ドレミかるた」
などなど。

土曜日に日本語を学んでいる学校で、昼休みにカルタ大会をしたのですが、低学年では100名くらいの子が集まりました。高学年では50人強くらい。

敷物の上に7~8名の子どもたちが集まり、ボランティアのお母さんが札を読み上げます。グループごとに勝敗を決めます。熱気むんむん。真剣勝負!。
こちらも声を張り上げて読むのですが、絵札を取れなかった悔しさからか
本当にそうなのかわかりませんが
「聞こえなかったー」とのクレームもしばしば。

しかし、一番楽しかったのは・・・。
低学年の部のあとに高学年の部をする、待ちの時間。
なんと、ボランティアで集まったお母さんたちだけで「かるたとり」をしたことです。

「大人がかるた?」と思われるかもしれませんが、
これが非常に難しいもの。
「101 漢字カルタ」というもので
読み札が「漢字(部首)のなりたち」を説明している文章で、
最後の最後まで取るべき札がわかりません。
よって、おてつきもかなりあります。
絵札には「漢字の部首」が書いてあります。

例によって私も真剣ですが、なんだかそれ以上に(?)
他のお母さん方も目がこわい!?
見た目ほんわ~かとしているお母さんが1番に。
どのお母さんもすごくイキイキしているように感じました。

このように、アメリカで育つ日本人または日本語を保持しようとする子どもたち、日本語を学ぶ現地の子どもに、様々なところで日本の文化を伝えようとしています。

(まだ他にもありますが、それはまたいつか)