うさぎのひとり言

唐突な思いつきで、脈絡なく不定期に書いてます。

元気かな?

2008-10-30 | Weblog
血液型の話で必ず思い出すのは、「A型の神経質アタックを必ず打ち返すO型の無神経ブロック」というコメントだ。もう20数年目によく聞かされた。ちなみにO型は私を指している。
そういうセリフを繰り出す人のどこが神経質なんだか分からなかったが、きっとこのセリフを理解できないあたりが無神経なのだろうと、渋々了解するのだが、振り返って思うに、単に彼女は私が嫌いだったのだ、というシンプルな答えに帰決する。
日本ほど血液型の話が好きなお国柄も珍しいようで、外資系に働く日本語ペラペラのアメリカ人から、日本への赴任が決まった時、友人から受けたアドバイスのひとつが「血液型を調べておけ」だったという話を聞いた時は、ほんと、おかしかった。アメリカでは治療において血液型が大事なんだと説明してくれた。
私は、血液型による性格分類を深く信じていない。
もともと血液型によるものなのか、後付された共通認識としてあるべき姿に自らが刷り込んでいったものか。
かつて、人生で初めての献血をした先輩がひどく落ち込んで戻ってきた。
献血前検査で「O型」と言われ、「自分は今までA型だと信じていたし、自分の性格って典型的なA型だと思っていたのに。どうしよう、人生変わっちゃう~!」
この告白を聞いて以来、私は血液型による性格って、ものすごく跡付けされたものだと確信するようになった。なにしろ、星占いなどに関心も興味もない親の世代でさえ、血液型による性格分類には肯定的だった。
そういう人に育てられれば、そういう傾向は一層深まるだろう。
とくに日本のように、血液型と性格とがものすごく癒着しているとその傾向は自然な動向だ。
でも、確かにそれらしさって言うのも否定し切れないものがあって、元来だろうが、後付だろうが、血液型を告白しあう辺りからお付き合いを始めるって言うのは、安易かつ安全かも?
ただし、あまりに血液型の性格分類に詳しい場合、はっきり言って辟易する。そして、なにもそこまで断定しなくても、と思う。
冒頭のようなコメントも、A型の人がみんなするわけではない。ちなみに、私の夫と子供はA型だが、O型の私をそんな風に否定することはしない。一方で、私にはなくて彼らにはあるものも結構たくさんあって、それはそれで面白い。
少し前に、血液型のシリーズ本がヒットしたそうだが、一番売れたのはB型だって。B型は、自分大好き、自分のことをもっとよく知って、なんて素敵なんだろうって再確認したいから売れたんだって書評が面白かった。
そういえば、B型の友人は、「憎まれっ子世に憚る」とかいって笑っていたなぁ。
フォローはいつもさりげなく、心憎い気の回しようで、結構やんちゃな友の顔が、幾つか浮かぶ。
空気が冷えてきて、人恋しくなってくる。

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