DNAの「二重らせん」構造解明のエピソードの紹介や、細胞膜のダイナミズムの解説など、生物学者とは思えないほどの滑らかな筆致で話が進みます。
著者は、本書で「生物とは・・・」という生物の定義を追求して行きます。
生物の一つの定義は「自己複製するもの」というものでした。
この点に関して著者が紹介したのは、、DNAの構造、すなわち、あの有名な「二重らせん」をめぐる物語でした。
しかし、生命のからくりは、単純な「複製」では説明できないような不思議な現象を引き起こします。生命のからくりは、もっとダイナミックなものとしてとらえないと説明できないのです。
著者は、ひとりの生物学者を紹介します。
(p8より引用) 私は一人のユダヤ人科学者を思い出す。・・・その名をルドルフ・シェーンハイマーという。彼は、生命が「動的な平衡状態」にあることを最初に示した科学者だった。私たちが食べた分子は、瞬く間に全身に散らばり、一時、緩くそこにとどまり、次の瞬間には身体から抜け出てゆくことを証明した。つまり私たちの生命体の身体はプラモデルのような静的なパーツから成り立っている分子機械ではなく、パーツ自体のダイナミックな流れの中に成り立っている。
著者は、本書のいくつもの章において、いろいろな言い様でこの「動的平衡」のメカニズムや意味を説明していきます。
メカニズムという点では、「タンパク質の相補性」がキーコンセプトのようです。
また、意味づけという側面では、「エントロピー増大への対抗」という点を指摘しています。
(p167より引用) エントロピー増大の法則は容赦なく生命を構成する成分にも降りかかる。・・・しかし、もし、やがては崩壊する構成成分をあえて先回りして分解し、このような乱雑さが蓄積する速度よりも早く、常に再構成を行うことができれば、結果的にその仕組みは、増大するエントロピーを系の外部に捨てていることになる。
つまり、エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり流れこそが、生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになるのだ。・・・
エントロピーの増大は生命の終焉をもたらすものです。
逆に、生命はエントロピーの増大に対抗するものということになるのです。
こうして、生命の定義は書き換えられます。
(p168より引用) 自己複製するものとして定義された生命は、シェーンハイマーの発見に再び光を当てることによって次のように再定義されることになる。
生命とは動的平衡にある流れである
著者は、生命とは「効果」だというのです。
(p154より引用) 生命とは要素が集合してできた構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果なのである。
本書は、単純に分子生物学の専門書とは言い難い、ちょっと不思議な読み心地の本です。
専門的な記述といっても初心者向けに非常に優しく書かれているので、高校生物+α程度の知識で何となくわかったような気がします。
そういう科学書としての顔に加えて、もう一つの顔をもった本です。
ニューヨークやボストンでの研究生活やその街の風情・佇まいの細やかな描写が、一風変わったエッセイとしての趣きも醸し出しているのです。
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891) 価格:¥ 777(税込) 発売日:2007-05-18 |
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