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街場の成熟論 (内田 樹)

2024-04-21 11:54:48 | 本と雑誌

 いつも聴いている大竹まことさんのpodcast番組に著者の内田樹さんがゲスト出演していて、本書についてお話ししていました。

 内田さんの著作はいままでも「日本辺境論」をはじめとして何冊か読んでいます。
 内田さんの主張は、ご自身の “思考の軸足” にブレがないので、昨今のいろいろな社会事象に関する私自身の考え方の揺らぎをアジャストするのにとても参考になります。

 ということで、いつもながら興味深い気づきは多々ありましたが、それらの中から特に印象に残ったものをいくつか覚えとして書き留めておきます。

 まずは、「選挙と公約」というタイトルの小文から、「日本の有権者の投票行動における決定要因」について、内田さんの理解を語っているところです。

(p98より引用) 選挙における政党の得票の多寡と、政党が掲げる公約の適否の間には相関がない。・・・
 ・・・選挙に勝った政党は政策が正しいから勝ったのではない。「勝ちそうな政党」だったから勝ったのである。選挙に負けた政党は政策が間違っていたから負けたのではない。「負けそう」だから負けたのである。
 有権者たちは「勝ち馬に乗る」ことを最優先して投票行動を行っている。その「馬」がいったいどこに国民を連れてゆくことになるのかには彼らはあまり興味がない。

 大胆な仮説ですが、実際の結果を振り返ると(情けないことですが)確かになるほどと首肯できますね。
 そして、内田さんはこう続けています。

(p100より引用) 選挙というのは、勝った政党の掲げた政策の方が優先的に実施される可能性が高いという、ただそれだけのものである。それ以上の意味を選挙に与えてはならない。
 「正しい政策を選べ」と求められていると思うからそれが分からない有権者は棄権する。だから、これほど棄権率が高いのである。有権者は「正しい」ことを求められていない。「自分が暮らしやすい社会」を想像することを求められているのである。それほど難しい仕事だ
ろうか。

 これは確かに現実的な行動論ですが、今の多くの有権者は「『自分が暮らしやすい社会』が選挙により実現できる」という意識すら希薄であり、そもそものところ「選挙行動と結果の相関に対する不信感(無力感)」とその顛末としての「行動意欲の欠如」が実態のようにも思います。すなわち「私が、選挙に行って誰かに一票を投票しても、世の中何も変わらない」という諦観が先に立っているのだと思います。
 これを突き崩すには “投票による変化の成功体験” が最も有効な手段なのですが、不幸にも、多くの有権者はその「過去の痛い失敗例」をいまだに強く記憶しているのです・・・。

 次は「格差について」のコラムでの内田さんの指摘。

(p130より引用) 格差というのは単に財が「偏移」しているということではない。格差は必ず、何の価値も生み出していない仕事に高額の給料が払われ、エッセンシャル・ワーカーが最低賃金に苦しむという様態をとる。必ずそうなる。

 この指摘も納得感がありますね。
 社会の発生論的に、いわゆる “ブルシット・ジョブ・ワーカー” は、支配階級であったり管理層であったりするのが通例なので、この是正には「公権力の関与」が求められるのです。ただ、その具体的な関与手段として、「公権力による富の再配分」は現実的には効果薄だと内田さんは考えています。
 内田さんのお勧めは、富裕層から吸い上げた資産を活用した「公共財の充実」、すなわち、誰でもが自由に使える “公共基盤(コモン)の再生” です。

 そして、最後に書きとめておくのは「V 語り継ぐべきこと」の章で記された内田さんによる「半藤一利さんの著書(語り継ぐこの国のかたち)の解説文」の中のくだりです。

(p253より引用) 歴史修正主義者が登場してきたのは、日本でもヨーロッパでも1980年代に入ってからである。まるで戦争経験者が死に始めるのを見計らったように、戦争について「見て来たような」話をする人間たちがぞろぞろと出てきたのである。
 歴史修正主義は戦争経験者たちの集団的な沈黙の帰結である。・・・
 だからこそ半藤さんの「歴史探偵」の仕事が必要だったのだと思う。半藤さんは戦争経験者たちが言挙げしないまま墓場まで持ってゆくつもりだった記憶の貴重な断片を取り出して、記録することを個人的なミッションとしていた。

 半藤さんの思想と活動を通して、“「歴史」に真摯に向き合い、その記憶から謙虚に学ぼうとする姿勢” を、内田さんはとても大切なものとして伝えようとしています。

 

 

 

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