ちょっと話題になっている本です。以前の同僚の方のお薦めでもあったので、読んでみました。
著者の出口治明氏は、ライフネット生命保険株式会社会長兼CEO、歴史の専門家ではありませんが、稀代の読書家としても有名な方です。
本書は、その出口氏が、人類の長い歴史の中から10のトピックを取り上げ、現代を読み解くヒントを解説したものです。
具体的な内容は、かなり出口氏流の解釈が開陳されていることもあり、すべてが史実であるかといえば私の知識では識別できませんが、とても刺激的な指摘のオンパレードです。
たとえば、北宋時代に確立された「官僚制」の成立の背景には「紙」と「印刷」があったという話。官僚制を支える官吏の登用には、ご存知の「科挙」という試験が用いられていました。
(p56より引用) なぜ科挙という全国統一テストができたかといえば紙と印刷です。科挙って試験でしょう。試験をやろうと思ったら、まず何が要るかといえば参考書です。・・・10世紀の中国では、すでに紙と印刷技術が進歩して、参考書が広く国内に行き渡っていたということです。技術が、いかに制度に影響を与えるかという好例です。
技術史と政治史のクロスオーバーですね。
もう一つ、中国を理解するための鍵として「諸子百家」が採り上げられているくだりから。春秋戦国期、中国では多彩な思想が一気に勃興しました。著者は、この「諸子百家」が並び立つ状況をこう解釈しました。
(p105より引用) 諸子百家は必ずしも対立していたのではなく、棲み分けていたのではないか。
「法家」の思想を奉る官僚に、その与党としての民を生み出すアジテータとしての「儒家」とそれに反抗した少数派の「墨家」。そういった図式を覚めた目で眺める「道家」という並立した俯瞰模様です。
(p106より引用) 棲み分けという考え方は重要です。儒家の中でも性善説と性悪説が対立していたと、物の本には書いてありますが、僕はこれも少し違うと考えています。・・・
すなわち、性善説と性悪説も、儒家の中で対立していると考えるのか、あるいはそれぞれに説く相手が違ったんだ、棲み分けていたんだと考えるかで、ものの見方が変わってくる。
この指摘はとても興味深いですね。著者は、こういった各種思想の棲み分けの賢さに、過去から現在に至る中国社会の安定性の源を認めているのです。
そして、最後は、アメリカを世界の中でどう位置付けるかの基本的認識についてです。著者は、アメリカを世界の中では特異で例外的な国だと語っています。
(p272より引用) アメリカは、世界で一番ユニークな人工国家であると同時に、地理的条件がこれほど恵まれた国もなく、・・・それ故、アメリカは普通の国ではなく、とても変わった国だというのがむしろ世界の常識ではないでしょうか。しかし戦後の日本人は、何となくこう考えてしまう。
「アメリカはすべての規範であり、アメリカこそが普通の国である」と。
こういったそもそもの対象に対する立ち位置の違いを意識し、それを踏まえて考え行動することは、多様な価値観を持つ人々と付き合ううえでは大変重要なことです。これは、国際社会においてもそうでしょうし、ビジネスや常日頃の人間関係においてもそうだと思います。
さて、本書を読み通しての感想ですが、著者は本書によって、私たちに「歴史」を学ぶ姿勢を示してくれているように思いました。
「おわりに」において、著者はこう語っています。
(p332より引用) 歴史を学ぶことが「仕事に効く」のは、仕事をしていくうえでの具体的なノウハウが得られる、といった意味ではありません。負け戦をニヤリと受け止められるような、骨太の知性を身につけてほしいという思いからでした。そのことはまた、多少の成功で舞い上がってしまうような幼さを捨ててほしいということでもありました。「自分が生まれる前のことについて無知でいることは、ずっと子どものままでいること」(キケロ)なのです。
この考え方は、こと歴史にとどまらず、著者の「読書」一般に対する姿勢でもあります。
仕事に効く 教養としての「世界史」 | |
出口 治明 | |
祥伝社 |