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続 羊の歌―わが回想 (加藤 周一)

2013-03-19 23:02:34 | 本と雑誌

Imperial_rescript_on_the_terminatio  久しぶりの加藤周一氏の著作です。
 だいぶ以前に「羊の歌」は読んでいるのですが、本書は、いつかは読もうと思っていた「続編」です。

 自伝的色合いの濃いエッセイですが、本書での加藤氏の回想は、「終戦直後の東京の風景」から始まります。

(p3より引用) 焼け跡の東京には、見せかけの代りに、真実があり、とりつくろった体裁の代りに、生地のままの人間の欲望が-食欲も、物欲も、性欲も、むきだしで、無遠慮に、すさまじく渦を巻いていた。政府は、「一億総ざんげ」という言葉を思いついて宣伝していたが、だれもざんげしてはいなかったし、またその必要を感じていたわけでもない。「ざんげ」どころではなく、当の政府が保証することのできない生活を・・・なんとかして維持するのに忙しかったのである。

 人びとは決して虚脱状態にあったわけではありませんでした。むしろある意味戦時中よりも活き活きとしていたのです。加藤氏の叙述は、そういった市民生活の現実をストレートに伝えてきます。

 こういった終戦直後の東京の風景は、その後の加藤氏の思想の原点を規定するものだったようです。戦場において残虐な行為を強いられていた同一人物が復員後の家庭で良き父親としてふるまっているという事実。

(p5より引用) 性は善なりや。これは信ずるに足りない。性は悪なりや。しかしこれもまた信じることができない。そもそも一人の男について、その性の善悪を問うよりは、多くの人間を悪魔にもし、善良にもする社会の全体、その歴史と構造について考えた方がよかろうという考えに、私はそのとき到達したように思う。・・・そのときの考えは、その後の私のものの考え方の方向を決定した-どんな人間でも悪魔ではないのだから、私は死刑に反対し、戦争はどんな人間でも悪魔にするのだから、私は戦争に反対する。

 加藤氏の信念の源流はやはり「終戦」にあったようです。
 無謀な戦争によって多くの尊い命が失われました。加藤氏の親友の何人かも帰らぬ人となりました。“命”の価値は絶対的なものです。それを凌駕する価値はあるのか・・・。

(p216より引用) いくさは政治的な行動の一つであり、すべての政治的な行動の値うちは、相対的なものにすぎない。相対的な目的のために、とりかえしのつかぬ(絶対的な)し方で、測り知れぬ犠牲を他人に強制するのは、正しくないだろうという考えは、常に私の念頭を去らなかった。

 第二次大戦の悲劇は、ひとつには、事実が判断に資することができなかったことが要因だったと加藤氏は考えました。

(p182より引用) 天下国家の大事については、一市民の手に入れることのできる情報は常にかぎられたものでしかないだろう。それにも拘らず、目前の情勢の変化と将来の成り行きを、一個の全体として、考えるためには、多かれ少なかれ価値判断と係りのある仮説を樹てるほかはあるまい。しかし私は、そういう仮説を、いくさの頃よりは綿密に工夫し、いくさの頃よりも多くの事実によって検証したいと考えていた。

 多様な経験を経て事実を積み上げ、自分自身を決定する条件を知ること、それが加藤氏にとっての目指すべき姿になったのです。

(p184より引用) 私は血液学の専門家から文学の専門家になったのではない。専門の領域を変えたのではなく、専門化を廃したのである。そしてひそかに非専門化の専門家になろうと志していた。

 戦前・戦中、加藤氏は「戦争反対」の立場でした。しかしながら、その行動は先鋭的なものではありませんでした。「生命をかけて政治運動にとびこむほど、政治上の道義を信じたことはない」と自らも語っています。

 こういった加藤氏の政治問題の捉え方、政治問題に対面する態度については、社会主義・共産主義・ファシズム等が渦巻くヨーロッパでの思索生活の中で培われてきたようです。

(p149より引用) 絶対的な道義的価値と、権力政治の動かし難い現実とを、どう折り合わせるか、と問う代りに、相対的価値を、力関係だけで決定されるのではない政治的現実のなかで、実現するには、どういう具体的な道があるか、と問うこと。・・・条件つきでない答えをもとめることは無駄であり、意味のある答えは条件つきでしかありえないと考えること。そういう考え方はその後の私の政治問題に対する態度を決定したと思う。

 時々思い出したように読みたくなるのが、加藤氏の著作です。


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