本書は、神戸女学院大学での内田氏の講義が原型となっていますので、当初想定されていている読者は「学生」です。
近い将来社会に出て行く学生たちは、就職活動を通じて自分が携わる企業や仕事を探すことになります。それは、自分と仕事とのマッチングを模索する営みでもあります。
大学においてキャリア教育を教える立場にもある内田氏は、この就職活動において学生たちが意識する「適性と天職」という発想の否定から講義を始めます。
(p21より引用) 与えられた条件のもとで最高のパフォーマンスを発揮するように、自分自身の潜在能力を選択的に開花させること。それがキャリア教育のめざす目標だと僕は考えています。この「選択的」というのが味噌なんです。「あなたの中に眠っているこれこれの能力を掘り起こして、開発してください」というふうに仕事のほうがリクエストしてくるんです。自分のほうから「私にはこれこれができます」とアピールするんじゃない。今しなければならない仕事に合わせて、自分の能力を選択的に開発するんです。
この感覚は非常によく分かりますね。私も25年以上会社勤めをしているので、多くの若手・中堅社員をみてきていますが、仕事を通じて大きく伸びるかどうかは、まさにこの「発想の転換」の成否にかかっているように思います。
もちろん、どんなことがあっても「仕事に合わせるべき」と言っているのではありません。
(p30より引用) 「天職」というのは就職情報産業の作る適性検査で見つけるものではありません。他者に呼ばれることなんです。中教審が言うように「自己決定」するものではない。
「自分(の意思)」がすべてではないということです。「自分探し」で仮に(どんなものか分かりませんが・・・)「自分」が見つかったとしても、それと「自分がやるべきこと」に関わることができるかは別物です。
(p30より引用) 人間がその才能を爆発的に開花させるのは、「他人のため」に働くときだからです。人の役に立ちたいと願うときにこそ、人間の能力は伸びる。それが「自分のしたいこと」であるかどうか、自分の「適性」に合うかどうか、そんなことはどうだっていいんです。
内田氏のこのコメントは、かなり極端に振った言い方ではありますが、「他者への貢献を自己目的化する」と、そのエネルギーはものすごく大きなものになるというのは、そのとおりだと私も思います。
本書の後半での「贈与経済」についての立論でも、内田氏は、「他者との関係性」という視点からその理路を説いています。
(p207より引用) 今遭遇している前代未聞の事態を、「自分宛ての贈り物」だと思いなして、にこやかに、かつあふれるほどの好奇心を以てそれを迎え入れることのできる人間だけが、危機を生き延びることができる。
最終講での内田氏からのエールです。
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