野中氏は、「ものごとの進め方」として、対極にある2方法を示します。
(p125より引用) ものごとの進め方には、論理実証主義に基づく客観的で科学的で論理分析的なアプローチと、ビジョンや強い思いに裏付けされた主観的で実践的なアプローチとがある。理論か実践か、論理分析か直観か、この対比は本書のあらゆる場面で登場する課題だ。
本書では、この2つの方法の対比から、イノベーターたる要件を明らかにしていきます。
たとえば、「イノベーションの創造のためには・・・」との切り口からは、以下のように論じています。
(p342より引用) 論理分析は誰が考えても同じ展開になるため、他社も同じような分析的仮説を導き出し、差別性がなくなってしまうのだ。
これに対し、イノベーターが生み出す仮説とは、客体と一体化して顧客の目線に入り込み、市場を内側から見たときに直観的に浮かび上がるものである。
2つの方法は、主体の立ち位置の対比でもあります。
- 主客分離・自他分離の客観的観点から、マーケットを外から顧客と一線を画した視座でみるか、
- 主客一体・自他非分離の主観的視点でマーケットの中に入り、顧客と同一化された視座でみるか。
また、この2方法は、主体のものごと(対象)に対する姿勢の対比でもあります。
(p343より引用) 分析的仮説が顧客の「平均像」を出そうとする計算的な解であるのに対し、直感的仮説は主客未分化の世界で顧客にとっての最善を実現しようとする思いの投影にほかならない。分析的仮説が過去や現在の延長上に連続的にしか未来を描けないのに対し、直感的仮説は非連続的に新しい未来を創造していこうとするものであり、ここに決定的な違いがある。
野中氏は、イノベーションを生み出すため2つの方法のうち「論理分析的アプローチ」に対して明らかに否定的です。
(p338より引用) 世の中をより豊かにする新たな知識想像は、単なる市場分析からは生れない。
そして、現代の日本には、この悪しき姿勢が蔓延していると感じています。
(p248より引用) 日本のビジネスマンの多くが今、「分析マヒ症候群」に陥っている。何かというとすぐ分析が始まり、・・・論理が明晰であればあるほど、仕事ができていると思い込んでいる。
こうした論理分析万能主義者の最大の問題点は、「あなたは何をやりたいのか」という問いに、明快に答えられないことだ。自分は何のために仕事をし、何をやりたいのか。この問いに、どこかで借りてきたような言葉でしか答えられない人間にはイノベーションは起こせない。
野中氏は、イノベーションの源泉を「熱き思いを持った主体」に求めます。
さて、最後に、本書で印象に残ったフレーズをいくつかご紹介します。
まずは、こういった類の著作にはいつも登場するセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長の言です。
(p352より引用) 鈴木氏は「ものごとは常に客観的に考えろ」という一方で、「私はものごとを直観的に考える方だ」と一見矛盾したことをいうが、これは、いったんメタ認知による自己否定を媒介して、顧客の視線に入り込み、直観するという発想法を語っている。
帯広の「北の屋台」を運営している久保北の起業協同組合専務理事の気づき(不便のコミュニケーション)です。
(p93より引用) 「店主も開店前に屋台を組み立て、閉店後はまた収納するのは面倒で不便です。できればやりたくない。だから、隣同士、お向かいさん同士で手伝い合う。屋台の不便さが店主同士のコミュニケーションも生んでいるのです。・・・」
主体性の大事さについての「はてな」近藤代表取締役の言葉です。
(p306より引用) ユーザーの声に一つ一つ応えていくと、結局、つくり過ぎ症候群と同じになってしまいます。われわれが公開した情報に対してユーザーから批判が出ても、どちらが客観的に正しいかではなく、そのユーザーの要望に本質的な問題が隠れているのかどうか、自分たちで探って判断していかなければならない。・・・最後に本質的な問題を見つけ、解決していくのは自分たちだという決意がなければユーザーの声とは向き合えません。
イノベーションの作法―リーダーに学ぶ革新の人間学 価格:¥ 1,995(税込) 発売日:2007-01 |