Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol.356:大学教育に関する職業人調査─第1次報告書・・・その1

2010年04月10日 | 調査・アンケート
2010年3月30日の読売新聞(関西版)によりますと、2011年の春から全国の大学、短大に、キャリア教育が義務づけられることになったそうです。確かに、大学の就職内定率が就職氷河期以来の落ち込みを見せる中、大学として「就業力」を向上するための支援を充実させていくことは喫緊の課題といえます。

しかし、ここで冷静に考えなくてはいけないのは、大卒の学生は入社した企業で実際にはどんな仕事を任され、会社からはどういう能力を期待されているのかを「憶測」でなく「事実」に基づいて考えてみることではないでしょうか。今回ご紹介する「大学教育に関する職業人調査─第1次報告書」(東京大学大学経営・政策研究センター、2010年2月)は、現在企業が大学教育に求めるものについて、人事担当者と大卒社員の二つの側面から調査した大変貴重な資料とっています。全体は278ページというかなりのボリュームで、「人事担当者編」と「大卒社員編」の二つで構成されています。

今回は調査の概要と、第一部の「人事担当者編」について、コガが興味を抱いた部分を中心にお伝えいたします。皆さんも興味を持たれましたらぜひ下記のURLよりダウンロードしてみてください。
http://ump.p.u-tokyo.ac.jp/crump/resource/100312shokugyojin.pdf

◆◆◆調査の概要◆◆◆
この調査の特筆すべき点は2つあります。第一は、単に人事担当者へのアンケートに終わらせず、実際に現場で働く大卒社員にもアンケートを実施している点です。具体的には、全国の事業所をランダムに抽出、調査票を送付し、1事業所あたり「人事担当者1 名」+「5 名の大学卒業者(人事担当者からランダムに配布)」に協力をお願いする方法で調査を実施しています。有効回収数は人事担当で8,777票、大卒社員25,203票となっています。なお調査実施手順の詳細については資料のpp.2-7を参照願います。

第二は、今回調査対象とした事業所の従業者規模を30人以上1,000人以下の民営事業所としたところです。本報告書の「事業所」定義は

物やサービスの生産活動が行われる基本的単位であり、工場、営業所、本社などを指す統計上の概念のことである。たとえば、A 企業を想定した場合、a 東京本社、b 名古屋支店、c 広島工場、d 福岡支店、といった個々の生産単位である、a~d が事業所に相当するものである。

となっています。こうした事業所単位の調査を実施することにより、
・大企業の本社人事部に聞いただけでは分からない現場の実態
・今まで大学生が行くことの少なかった小規模事業所での状況
の2点を明らかにしています。特に小規模事業所での状況については、大学進学率が5割を超える昨今、学生の就職先の選択肢としてそれらを視野に入れることが必須となりつつあるため、そうした企業での大学教育に求めるニーズを把握する上で、この調査の意義は高いと言えます。

ちなみに、回答事業所について本所・支所の別をみると、「単独事業所(この事業所のみ)」が30.7%、「本所・本店」が32.4%、「支所・支店、営業所、工場」が32.0%で、ほぼ均等に分かれており、回答事業所の常用雇用者員数は99人以下が全体の7割強を占めるとのことです。

◆◆◆第一部「人事担当者編」◆◆◆
■全従業員に占める大卒者の割合は思ったより少ない
回答事業所の全従業員に対する大卒者の割合をみると、10%未満が35.7%で最も多く、大卒者の全従業員に対する割合の平均は26.3%でした。また20歳台の従業員に対する大卒者の割合でみても、その平均は29.3%と3割以下となっています。

ここ3年間で大学学部卒の従業員の増減はどうなのかというと、「変わらない」が40.2%で最も多いものの、「増えた」が24.1%で「減った」の9.4%を上回っており、増加傾向にはあるようです。また、長期的な人事政策としての考えを聞いたところ「減らしたい」と回答した事業所が2.2%なのに対し、30.1%の会社が大学学部卒社員を増やしたいと回答しています。ただ気がかりなことに、この質問に対しても6割の会社が「変わらない」と回答しています。

【コメント】
大学進学率が5割を超えたと言ってもそれは最近の話であり、日本の多くの職場では「大卒者」は少数派なのだという事実に改めて気づかされました。また最近の動向および今後の長期的な展望については「増えた・増やしたい」が減った・減らしたい」よりは多いものの、「変わらない」という企業の比率が多い点が気がかりです。今後、大卒の若者が増加する中、小規模の企業や事業所が彼らを採用しない限り、たとえ景気が上向きに転じたとしても慢性的に続く可能性が高いからです。

■成長の可能性ってなんだろう?
さて、少ないながらも徐々に採用が増えている大卒社員ですが、大卒採用に際しての重視する点について尋ねたところ、「非常に重視」と「重視」に回答した項目の比率は下記のようになりました(カッコ内は非常に重視すると回答した比率)。

1.学部の専門分野・・・57.7%(17.6%)
2.大学での成績・・・44.6%(2.2%)
3.卒業した大学・・・29.3%(1.7%)
4.サークルなどでの実績・・・43.2%(3.9%)
5.成長の可能性・・・84.3%(48.2%)

【コメント】
「成長の可能性」が突出して多いですね。他の項目は具体的で客観的に示すことができますが、「成長の可能性」だけは具体的に示すことができず、その評価も主観的にならざるをえない項目です。エントリーシートや面談のやりとりの中から「将来伸びそうだ」といった判断をするのだと思いますが、その判断の拠り所となるのは、結局1~4の項目ではないでしょうか。過去や現在を充実して生きてきた人間でないと、将来に成長の可能性を見いだすことは不可能だからです。

しかしこの「成長の可能性」というのは、コガもAO面接を担当する際、常に悩んでいる項目の一つです。伸びしろの大きそうな学生さんに入学してもらいたいという切実な願いがあるのですが、いくら過去の実績や面接時の人柄から推し量ったとしても、予知能力でもない限り彼や彼女の未来は分からないからです。

もし「ここを見れば一発で成長の可能性がわかりますよ」というコツをご存じの方がいらっしゃいましたら、こっそり教えてくださいネ。

■読み書き能力以外は評価されない大卒採用者
ここ5年ほどの間に採用された大卒者に対する評価として

・対人関係能力
・読み書き能力
・外国語の能力
・論理性
・人格的な成熟度

の5つの項目について「とても高い」と「やや高い」「やや不足」「非常に不足」「無回答」の5段階で尋ねました。「とても高い」「やや高い」とを合わせた比率=Aと、「やや不足」「非常に不足」とを合わせた比率=Bを比較してみたところ、以下のような結果となりました(左の数字がA、右の数字がBです)。

・対人関係能力  39.0% < 46.0%
・読み書き能力  44.6% > 41.2%
・外国語の能力  26.5% < 55.5%
・論理性     42.1% < 43.4%
・人格的な成熟度 30.3% < 55.5%

【コメント】
なんと読み書き能力以外すべての評価でBの方が上回っています。特に「外国語の能力」と「人格的な成熟度」では大差でBが上回っており、これは大学生教員として反省せねばならない結果となっています。

ただし外国語の能力に関しては評価が低いものの、「大卒社員編」で興味深い調査結果がでています。それについては次週お伝えいたします。

■現在の大学教育に対する評価と将来のあり方
まずこの設問では現在の大学教育に対する評価を、

・専門分野の理論を深く教育する
・専門の基礎となる基本的知識や考え方を確実に身につけさせる
・職業にすぐに役立つ教育をおこなう
・専門に拘らない、幅広い教育を行う

の4つの項目について、「成功している」「ある程度成功している」「成功していない」「無回答」の4段階で尋ねています。

「成功していない」と回答した率でみてみると、
・専門分野の理論を深く教育する(24.0%)
・専門の基礎となる基本的知識や考え方を確実に身につけさせる(27.8%)
・専門に拘らない、幅広い教育を行う(43.1%)
・職業にすぐに役立つ教育をおこなう(59.4%)

となっており、特に『職業にすぐに役立つ教育をおこなう』(59.4%)について社会は厳しい見方をしていることが窺えます。

次に、同じ4項目に関しての大学教育の将来のあり方について、「極めて重要」「ある程度重要」「重要でない」「無回答」の4段階で尋ねています。その結果「極めて重要」と回答したのは、

(1)専門分野の理論を深く教育する(36.3%)
(2)専門の基礎となる基本的知識や考え方を確実に身につけさせる(52.6%)
(3)職業にすぐに役立つ教育をおこなう(32.2%)
(4)専門に拘らない、幅広い教育を行う(31.4%)

となっております。

【コメント】
現在の成功と将来のあり方の組合せには微妙なズレがあるようですね。一番気になるのは「職業にすぐに役立つ教育をおこなう」という項目です。現状は「成功していない」と評価する回答が多いものの、将来の大学のあり方として「極めて重要」と考える回答はそれほど多くありません。即戦力となる人材は求めていても、その育成を大学には期待していないということなのでしょうか?

一方、将来のあり方で極めて重要という回答が一番多かったのは「専門の基礎となる基本的知識や考え方を確実に身につけさせる(52.6%)」です。こうした基本的な知識や考え方を「成長の可能性」の源と捉えているのかもしれません。

昨年の6月、中央教育審議会では「職業教育に絞った別の高等教育機関」を創設する方針を打ち出しました。上記の調査結果を見る限り、仮にこういった機関が設立されても、実は企業の人事担当者のニーズから乖離しているように思えるのですが、皆さんはどうお感じになりますでしょうか?

次週は、第二部の「大卒社員編」についてまとめていきたいと思います。

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