本来月末は日経MJの教育マーケティング情報をまとめる週なのですが、最近
面白い記事が少なく、また企画自体マンネリ化してきたので、しばらくお休
みします。代わりに、今月はコガが久しぶりにワクワクしたApple Special
Eventについてお伝えします。
実は、こんなにeラーニングでワクワクしたのは14年振りのことです。
1998年にサンフランシスコで開催されたASTDのカンファレンスに参加し、
様々なeラーニングのソリューションを目の当たりにして、「これから企業
内教育に凄いことが起こるぞ」とワクワクしたのを鮮明に覚えています。ま
あ実際にはあまり凄いことは起こらなかったのですが。。。。
さて、話を今に戻しましょう。1月19日、教育に関する新製品発表をテーマ
としたApple Special Eventがニューヨークのグッゲンハイム美術館で行わ
れました。その模様はApple社のアメリカのサイトで視聴することができま
す。
Apple Special Event January19,2012
今回のイベントでは下記の3つの製品について説明しています。
その1「ibook2」
その2「ibook Author」
その3「iTunes U」
まだ日本語訳がアップされていないようなので、今回のメルマガは、このイ
ベントの翻訳+解説+コガの感想みたいなものまとめてみました。上記サイ
トと合わせてご覧いただければ、今回Appleがリリースした教育向けのソリ
ューションのワクワク感がおわかりいただけると思います。
■イベント全体の概要および問題点の明確化
イベントの最初に登場するのは、VPのPhiles schiller氏です。話は脱線し
ますが、この人の顔を見ると、つい広島弁で話し出すのではないかと思って
しまいます。その理由は下記のサイトにあります。
「広島弁吹き替えプロジェクト公式サイト」
なので冒頭の部分だけちょっと広島弁風に翻訳してみました・・・
「わしらAppleは、会社できた時から、こがいに教育のことばっか考えてき
たで。ほいじゃけぇ今回の発表はぶち重要なんよ」
といった感じでしょうか?
広島の方添削お願いします。<(_ _)>
さて、本題に入ります。appleが教育ビジネスにとって必要と考えているの
は、「teaching」「Learning」「Student Achievement」の3つに対する深
い理解と洞察です。
そしてiPadは登場以来、教育の分野で特筆に値するほど利用されています。
例えば高校では生物や化学のテストに、K12の生徒には世界とコミュニケー
トするツールとして活用され、先生や親から絶賛の声をいただいています。
しかしアメリカの高校生は様々な課題を抱えています。例えば高校入学者の
うち卒業できるのは70%だけです。OECD生徒の学習到達度調査(PISA)にお
ける読解、数学、科学の三分野でのアメリカのランクは、それぞれ17位、31
位、23位と散々たる状況です。(ちなみに日本の2009年の結果は、読解8位、
数学9位、科学リテラシー5位)こうした状況を改善すべく、教師や教育委員
会はたゆまない努力をしています。
この後、現場の先生や教育委員会の人などが登場するビデオが流され、学校
教育の課題について滔滔と語り始めます。そして皆の教育に対する願いは
「Student engagement」にあると宣言し、冒頭の部分は締めくくられ、今日
の本題の一つ目であるiBook2についての説明に入ります。
【補足1】
Student engagementとは、学生が勉強に対してワクワク感を持って主体的に
取り組む様子のことで、日本語に訳しにくい言葉です。参考=「学生エン
ゲージメント」(http://goo.gl/m7m8q 京都大学高等教育研究開発推進セ
ンター)
1■テキストブックの再発明=iBook2(7分より)
今までの本(アメリカの高校で使われている教科書)は
not Portable ポータブルでない
not Durable 丈夫でない
not Interactive インタラクティブでない
not Searchable 検索性がない
not Current 内容のアップデートが難しい
not Great Contents 内容がつまらない
といった欠点がありました。
【補足2】
はて、ここで我々日本人の頭には?マークが飛び交います。だって教科書は
iPadよりは軽いし(Portable)、教科書は落としても壊れない(Durable)
けれど、iPadは壊れるよねえ~などなど。
実はこのくだりを理解するにはアメリカの高校教科書の実態を知っておく必
要があります。私も今回調べてビックリしたのですが、あちらの教科書は例
外なく厚く(300~400ページでハードカバー付)、そのため値段も高価で、
1冊60~100ドルぐらいするそうです。だから大抵の生徒は新品の教科書を
購入するのでなく、先輩からボロボロの教科書を譲り受けて使うのだそうで
す。そして重い教科書は持ち歩くのは大変なので、つい学校に置いていって
しまう。その結果、予習や復習をしなくなるため学力が下がるという状況が
起きているようです。
(参考)アップルが電子書籍で最初に教科書を狙う理由(Blog)
それらを解決するのがiBookという訳で、このあとRoger Ronser氏が登場し
てデモを交えた製品説明を開始します。
【補足3】
デモを見ていただければ、英語が分からなくともiBookのだいたいの機能を
理解できると思います。コガが今回の機能の中で一番ワクワクしたのは、
ノートテイキングです。教科書の中のテキストを選択し、別ページにタイト
ルを入れて保存するだけで、デジタル版の単語カードのようなものができて
しまうのです。その他の機能は「マルチメディアでお勉強」ができるという
レベルからあまり進化しておらず正直なところ新鮮味はありません。しかし、
そこはAppleです。同じマルティメディアでも見せ方や操作感がとってもス
マートでかっこいいのです。この辺りが「Student engagement」を向上させ
るキモかもしれません。
そして最後に再びフィル氏が登場し、iBook2の特徴を以下の5点にまとめま
す。
1)ゴージャスでスクリーン一杯に展開される本
2)インタラクティブなアニメや写真や動画が埋め込まれた本
3)素早く流れるような操作感
4)本にアンダーラインを引いたり、ノートが作成できたりする
5)検索性のよさ
6)章のまとめや、スタディーカードがある
なおこのiBooks2は、Apple Store無料でからダウンロード可能です。
2■iBooks Authorの紹介(22分から)
次にインタラクティブなibook2のコンテンツを作成するためののソフト
「iBooks Author」についての紹介が始まります。
ここでもロジャー氏が23分から31分までデモで説明してくれます。ポイント
は「マルチメディアやインタラクティブな機能を盛り込んだ教科書が簡単に
作れますよ」という点と、このソフトは無料ですという点にあります。さら
に完成したらiBookStoreにパブリッシュ(公開)可能で、デリバリー面での
サポートがあることを説明しています。
再度フィル氏が登場し、iBooks Authorの特徴を以下の4点にまとめます。
1)誰でもインタラクティブなBookが作成できる
2)綺麗なテンプレートつき
3)マルチタッチウィジェットや写真や動画も入れ放題
4)iBookStoreで配信
iBooks AuthorもiBooks2同様、Apple Store無料でからダウンロード可能です。
【補足4】
教育コンテンツ作成のオーサリングソフトというと、今まで
Authorware(オーサーウェア マクロメディア社)
ToolBook(ツールブック SumTotal Systems社)
などがありましたが、どちらも高額で、あまり普及しませんでした。
では無料だと爆発的に普及するかというとそうでもありません。かつてマイ
クロソフト社が、PowerPointと動画を同期結合し、簡単にeラーニングコン
テンツを作成することのできる"Microsoft Producer" という製品を無料で
提供していましたが、あまり普及しませんでした。久しぶりにMicrosoft
Producerのページを覗いてみたところ、ダウンロードページのリンクは切れ
ていました。
Producer 2003
コガがかつてeラーニングに携わっていた時、自大学のeラーニングシステム
用のコンテンツを生成するオーサリングソフトの検討に関わったことがあり
ます。しかし、このオーサリングソフトの開発というのはとても難しく手間
がかかり、割に合わないものだという事を痛感しました。
作成できるコンテンツの自由度を高くするとオーサリングソフトの操作は複
雑になり、そんなに面倒ならば既存のWebページ作成ソフトでコンテンツを
開発してしまおうという事になってしまいます。逆に「こういうコンテンツ
しか作れません」というオーサリングソフトにすると、操作はシンプルにな
るものの、似たような仕様のコンテンツしか作成できなくなってしまうから
です。
今回Appleが目指したのは、後者のオーサリングソフトだと思うのですが、
今後多くなるであろうユーザーからのニーズ(こんなコンテンツ作りたいの
だが・・・)にどの程度対応するか注目したいと思います。
■まとめと感想
この後、ピアソン、マグロウヒル、ハートコートなど、米国の主要教科書業
者が電子書籍化に積極的に取り組み始めている話と、もう一つの目玉である
iTunesUについての話が続きます。後者については今までもあったのですが、
それをアプリケーション化した点と、今後大学だけでなく高校教育の世界に
も展開する点が新しい情報でした。
最後に、iBooks2やibooks Authorに対するいくつかの素朴な疑問と回答をコ
ガの独断と偏見でまとめ、この2つのソフトの意味や位置づけを考えてみた
いと思います。
1)他のタブレットPCでは使えないのか?
おそらくNGでしょう。これはAppleによる教育ソリューションの囲い込み戦
略だからです。教育コンテンツ作成(ibooks Author)、教育コンテンツ配
信(iTunesU)、教育コンテンツ閲覧(iBooks2)をAppleがトータルで掌握
し、その世界に触れるためにはApple製品を使っていることが前提となる。
これがAppleの目指す教育マーケットの姿だと思います。モデルとしては音
楽配信の時のビジネスモデルの展開に似ていますね。でも音楽配信の時も、
WindowsPC用のiTunesソフトウェアを提供しているので、今後の展開によっ
ては、譲歩してくる可能性もあるかもしれません。
2)iBooks2での閲覧や途中のクイズの学習履歴は管理できないのか?
これもないと思います。今回のiBook2は、高校の授業という利用シーンが極
めて明確になっています。とすると、先生や学習管理者とのインタラクティ
ブな機能は、電子上で行わなくても教室でface to faceで行ううので不要と
いう発想ではないかと思われます。従来のLMSを中心としたeラーニングでの
利用シーンの想定(遠隔でいつでもどこでも学習できる)とは明らかに異な
るようです。
3)果たしてStudent engagementは向上するのか?
難しい質問です。教科書の上の図版が動き出したり、文字で書かれている章
末クイズがインタラクティブになることだけで、果たして生徒の学習に対す
る興味や動機付けは向上するのでしょうか?
コガの考えとしては、iBook2に既存の教科書を変えるだけでなく、教科書の
変化に合わせて教室授業も変えていかないとStudent engagementの向上は期
待できないと考えています。
ibooks2は「より楽しく効果的に知識を伝達する」という点を追求したコン
テンツプラットフォームと言えます。東大の中原先生風に言うと「導管モデ
ル」的な設計思想の域を脱していません。(導管モデルについては中原、長
岡(2008)『ダイアローグ 対話する組織』(ダイヤモンド社)を読んでく
ださい。手っ取り早く理解したい方は、以下のサイト(JMAM『人材教育』の
中原淳連載Vol.1~3をご覧下さい)http://goo.gl/6dzyD
なので、一層のStudent engagementを求めるためには、他の学習者や教員と
のコミュニケーションの場が不可欠であると考えます。
4)高校生にiPad2持たせるとどうなるのか?
「無くす(盗難も含む)」「壊す」「売ってしまう」
おそらく大半の高校の先生はこれらを懸念する筈です。コガの大学では1年
生にPCを購入させていますが、毎年前学期の内に紛失する学生がいます。ま
た一番やっかいなのは「壊す」でしょう。最近画面の割れたiPhoneをそのま
ま修理に出さずに使っている学生をよく見かけます。iPadがそうならない保
証はどこにもありません。そして一番の懸念が「売ってしまう」ことです。
そもそも誰がiPadの最初の購入費用を負担するのか分かりませんが、ヤフオ
クのようなサイトでiPad2が大量に出回ようになるのではと懸念します。
5)で、コガは何にワクワクしたのか?
冷静に考えると、iBooks2の普及には沢山の課題もありそうです。しかし、
iBooks2のデモを見たとき、何か今までとは違う事が起こりそうな予感がし
ました。iBooks2は教育工学的には80年代のマルチメディアの世界にあえて
留まり、教育の方法論のエッジを狙っていません。しかし、その一方で教材
の見た目と使い易さ追求するため、あらん限りの高度な技術を投入していま
す。今まで貧乏な教育工学研究者が手を出せなかったこの愚直な方向性が、
もしかしたら今後のeラーニングのブレイクスルーになるのではないかとコ
ガは考えています。
みなさんはどうお考えになりますでしょうか?
(文責 コガ)
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