連日行政刷新会議のメンバーによる公開仕分け作業がテレビニュースに流れている。
「公開であること」はすごい力を持つ。
私たちは、討議の雰囲気を、口調を見聞きすることができるのです。
ああ、文明の利器の有効利用、そのものです。
だって、折角の民主主義であり、税金は国民の財産なのですから。
その財団は10億円の予算の執行をしていると、実は数ヶ月前話題にしていた。
どんなしごと?多分助成金を出しているのであって、団体そのものでは実働はしていないのではないか?
ということも、私たち夫婦の話の中に出ていた。
で、昨日の夕刊のトップでずばり、ニュースに!
映像の中の仕分人
「10億円の助成金を配るのに5億円(の費用)かかっているのですか?」
答える当事者、資料を確認しながら
「いえ、…5億円弱です」
仕分人
「10億円配るのに、5億円弱かかるのですね」
と。
やり取りが目に飛び込んでくる。
先日ウン十年ぶりに会食した夫の旧友の組織のハズです。
(会食の誘いのメールでは、食事代は折半にとの断り書きが書かれていて、当日も先に彼が折半額を支払った、と)
組織の中にいる人にとっては、先輩の後に自分にあてがわれたポスト。
そのポストで、先輩がしてきたことに劣ることなく、日々を送っている、真面目に。
そうしている自分が責められることは、理不尽に思えるのだろうか。
それとも、自分の俸給が、仕事内容に余りあるということに、実は気づいているのだろうか。
組織があって、誰かが座るポスト。
あてがわれたポストに、異を唱えるということは、去ること。
どんな判断をなさるのだろう。
昔。
今はこの俸給をもらえるけれど、将来、ボクが年をとったとき、さらに多くの俸給を支給されるようになったら、ボクはそれを受取ることはできない。
この種類の仕事は、仕事量においても、その責任と負担感についても、若手も年配も俸給の差に匹敵するほどの差はない。
しかし、年配者に支給される俸給額は、ボクにはどう見ても、多すぎるから、将来その立場になったら、ボクはそれをもらうことはボクの主義に合わず、ボクはもらえない。
その職業をやめる理由のひとつとして、そんなことを挙げた夫でした。
そんな理由を挙げる人、いますか?
やめてから25年程。
彼の大学の公務員になった仲間は、世に言う天下りメンバーです。
世の中すっかり変わって、天下りバッシング。
自分の仕事に見合った収入だったら、堂々と胸を張って受取れる。
仕事に見合うのではなく、そのポストだからといって、あてがわれる立場にはなりたくない、
夫の論理に、今、光が当たってきた、そのように思えます。
世の中に、彼の同類いるでしょうか。
いたら、私、興味深い。
友人達と、茶飲み話をしていると、何故か、しばしば「ウチの夫も同じ…」なんて、言う人が多いのです。
話題をさえぎることになるので、敢えて否定もしませんが、なんで軽々とそんな表現がでてくるのか、不思議です(笑)。世の中こんなものですが、私よくあります。ウチも同じって、言い方されるの。
私には、天下りがこんなに多い世の中なのに、そんなに、収入の多くなるのを拒絶する夫達がいるとは思えません(こんな考え方の夫の話題したことないから、判らないのももっともなんだけど)。
私だけが知っている。
夫の感覚ってレアケースだと思うのだけれどなー。
仕分け作業は、まだ始まって2日目。
今後どんな展開になるか。
無血革命なんだなー、
こんな風な流れになることもあり、なんだ!
そういう思いでニュースを見守っています。
「公開であること」はすごい力を持つ。
私たちは、討議の雰囲気を、口調を見聞きすることができるのです。
ああ、文明の利器の有効利用、そのものです。
だって、折角の民主主義であり、税金は国民の財産なのですから。
その財団は10億円の予算の執行をしていると、実は数ヶ月前話題にしていた。
どんなしごと?多分助成金を出しているのであって、団体そのものでは実働はしていないのではないか?
ということも、私たち夫婦の話の中に出ていた。
で、昨日の夕刊のトップでずばり、ニュースに!
映像の中の仕分人
「10億円の助成金を配るのに5億円(の費用)かかっているのですか?」
答える当事者、資料を確認しながら
「いえ、…5億円弱です」
仕分人
「10億円配るのに、5億円弱かかるのですね」
と。
やり取りが目に飛び込んでくる。
先日ウン十年ぶりに会食した夫の旧友の組織のハズです。
(会食の誘いのメールでは、食事代は折半にとの断り書きが書かれていて、当日も先に彼が折半額を支払った、と)
組織の中にいる人にとっては、先輩の後に自分にあてがわれたポスト。
そのポストで、先輩がしてきたことに劣ることなく、日々を送っている、真面目に。
そうしている自分が責められることは、理不尽に思えるのだろうか。
それとも、自分の俸給が、仕事内容に余りあるということに、実は気づいているのだろうか。
組織があって、誰かが座るポスト。
あてがわれたポストに、異を唱えるということは、去ること。
どんな判断をなさるのだろう。
昔。
今はこの俸給をもらえるけれど、将来、ボクが年をとったとき、さらに多くの俸給を支給されるようになったら、ボクはそれを受取ることはできない。
この種類の仕事は、仕事量においても、その責任と負担感についても、若手も年配も俸給の差に匹敵するほどの差はない。
しかし、年配者に支給される俸給額は、ボクにはどう見ても、多すぎるから、将来その立場になったら、ボクはそれをもらうことはボクの主義に合わず、ボクはもらえない。
その職業をやめる理由のひとつとして、そんなことを挙げた夫でした。
そんな理由を挙げる人、いますか?
やめてから25年程。
彼の大学の公務員になった仲間は、世に言う天下りメンバーです。
世の中すっかり変わって、天下りバッシング。
自分の仕事に見合った収入だったら、堂々と胸を張って受取れる。
仕事に見合うのではなく、そのポストだからといって、あてがわれる立場にはなりたくない、
夫の論理に、今、光が当たってきた、そのように思えます。
世の中に、彼の同類いるでしょうか。
いたら、私、興味深い。
友人達と、茶飲み話をしていると、何故か、しばしば「ウチの夫も同じ…」なんて、言う人が多いのです。
話題をさえぎることになるので、敢えて否定もしませんが、なんで軽々とそんな表現がでてくるのか、不思議です(笑)。世の中こんなものですが、私よくあります。ウチも同じって、言い方されるの。
私には、天下りがこんなに多い世の中なのに、そんなに、収入の多くなるのを拒絶する夫達がいるとは思えません(こんな考え方の夫の話題したことないから、判らないのももっともなんだけど)。
私だけが知っている。
夫の感覚ってレアケースだと思うのだけれどなー。
仕分け作業は、まだ始まって2日目。
今後どんな展開になるか。
無血革命なんだなー、
こんな風な流れになることもあり、なんだ!
そういう思いでニュースを見守っています。
そう言うとカッコ良いので言ってるだけでは???
官僚ではなく、憲法で報酬が保障されている職業だったので、報酬以外のことが(民間企業の人の理解の圏外でしょうか)、当事者には真剣な関心事だったりしているのです。
努力家で、緻密で、細かい…ところを「同じ」といいたいのでしょうか。
私自身が、独特のタイプだな、と思っているのに、よそ様から「似ている」といわれると、??と思うわけです。
あの山口判事程ではありませんが。
この判事の話はあの食糧難のころ親たちに聞かされていたのです。コメントにも引用したかったのですが何せ名前も知らなかったので。。。
私の父など気性から言えばそういうところがありますが、子育て中で、子供の飢えを何とか、、と山へ山菜や食べられる雑草を採りにでかけ、蛇まで捕まえて蛋白源にしていました。でも、これはみんながしていたことですね、当時は。農業地帯に暮らしていながら食料はものすごく足りなかったと思いますが、そんなところへ東京から昔の教え子がお米を買出しに来て云々というエピソードもあります。
絶対不可能だと言うことを身をもって示した山口判事と言う人の信念は今の政治家たちに学んでほしいことですね。
自分に対する過信にも近い(?)勇気が必要なのでしょうね。
serenaさん、官僚と政治家を混交していません?
政治家は選挙というものを経る必要があるので、官僚とは別です。この8月の国政選挙で自民党は惨敗をして、今まで路線で安穏としていた人たちは苦渋をなめています。
で、自民党政権路線に繋がっていたキャリア官僚が今、厳しい立場にある、ということです。