goo blog サービス終了のお知らせ 

ユラーナ Ulana - A bridge between Japan and Overseas Countries

龍神由美のブログ。江戸の面影を残す川越に、先祖代々300年住んでいます。私の川越暮らしを綴ります。

「松はお家の神さま」と

2012年01月12日 | 短歌
去年、植木屋さんを入れたときに歌を詠みました。朝日カルチャーセンターの通信講座を長年受講しているのですが、添削されたものが返って来ました。

 植木屋さんは「松はお家(うち)の神さま」と言ひて鋏の音響かせり
                         詠み人 ユラーナ

初句を「植木屋さんは」で始めてしまうと5音ではなく7音となってしまうので、「植木屋は」にしようかと悩んだのですが、「植木屋さんは」で提出してみました。

一首の背景としては、「植木屋さんは、木と対話しながら仕事をしているんだなぁとつくづく思います。お茶菓子も食べてくれて、木の様々なお話も聞けて、よい仕事をしていたもらいました。」と書いたところ、先生から次の講評をいただきました。

「初句は定型に収めるならば『植木屋は』と『さん』を取るのですが、そうすると全く別趣の歌になってしまいます。字余りでも、ここはやはり『さん』づけですね」

ということで、直されることなく、評価点は高かったです。「植木屋さん」とさんづけにすることによって、私の中で、その植木屋さんに尊敬の念があったことがおわかりいただけるかと思います。「松はお家の神さまだから、大切にしてくださいね」、という言葉、胸にずしりと響きます。

ユラーナ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「メルトダウン」のニュース聞きつつ

2011年06月18日 | 短歌
短歌を始めてから10年目になります。伯父が亡くなってから、心の整理がつかず、なかなか詠めませんでしたが、朝日カルチャーセンターの通信講座を再開しました。


5月に詠んだ歌が返って来ました。そのうちの一首。

    床の間に花活けて心鎮まりぬ「メルトダウン」のニュース聞きつつ (詠み人 ユラーナ)


先生の講評「花といい、茶といい、伝統ある日本のものの意義を、技術革新の最先端であるべきはずの原発事故と対比させることで、より際立たせているようです。」

総評としては、「震災を詠んだ二首を含め、いずれも身の周りの出来事を他の物事との間に生じる違和感がモチーフとなっているのを興味深く思いました。再開されたことをとても嬉しく感じています。」


もう詠めないかも、と何度も思いました。始めた頃は、体の中からほとばしるように言葉が出てきましたが、最近は、そうは行きません。
小学生の短歌が、毎週のように朝日歌壇に入選しているのを見て、「うまいなぁ」と感動しています。

でも、私は、私で、自分の身近な世界をゆっくりと綴ってゆくことにしたいと思っています。


ユラーナ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今週の朝日歌壇

2011年06月07日 | 短歌
今週の朝日歌壇より心に残った歌をご紹介いたします。


    山なりにカーブを切れど三陸の見なれた町のどににも着かない (岩沼市)山田 洋子
                                 (永田和宏、佐佐木幸綱選)

佐佐木幸綱先生の評「よく通る山側の道路からの見なれた風景。その風景の中から、いくつもの町が消えてしまったのだ。下句、吐息のような表現が悲しい。」


    生ゴミを埋めた土からジャガイモが草に負けじと葉を出し伸びる (西海市)前田 一揆
                                 (馬場あき子選)

西海市は、長崎県にある市。最初、被災地の方が詠んだ歌かと思いました。どんな環境にも負けずに育つ強い力を持つジャガイモに見習いたいと思います。


    余震なき日はあらずしてかの日より二月は過ぎ二キロ痩せたり (仙台市)坂本 捷子
                                 (馬場あき子選)

これは仙台の方。すっかり関東は、余震が収まりましたが、仙台ではまだまだ続いているようです。5月中旬に詠まれた歌。「二キロ痩せたり」に、はっとします。


    土下座などされても還らぬ日常と知れども怒りのやり場のなくて (福島県)斉藤 栄子
                                 (佐佐木幸綱選)

津波による被災地の方でなく、原発事故による被災地の方。「還らぬ日常」を引き起こした電力会社への怒りは、「日常」を取り戻した私たちの想像をはるかに超えたものでしょう。しかし、まだ、原発事故は、悪化を続けています。


    言いかけたごめんなさいに気づかずにママは怒ったすごく怒った (富山市)松田 わこ 
                                 (永田和宏選)

小学生、松田わこちゃんの歌。私が子供の頃にも、こんなことがあったなぁ、と思わせる歌。震災の歌から離れて、ちょっとほっとします。


今週も、被災地からの歌が多かったのですが、西日本の方からの日常を詠んだ歌も大分選ばれていました。テレビの映像から震災の様子が消える今日、歌からのメッセージは、貴重です。


ユラーナ   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今週の朝日歌壇

2011年05月31日 | 短歌
今週の朝日歌壇より心に残った歌をご紹介いたします。


    防護服の警察官が持ち上げし赤きランドセル背負ひしは誰 (郡山市)渡辺 良子
                                (高野公彦選)

これの歌は、まるでテレビの映像を見ているかのようです。「胸の痛む情景である」と高野公彦先生の評にありました。


    はるばるとカップ麺来たるハングルもタイ語も読めぬが湯を入れて待つ (仙台市)武藤 敏子
                                (高野公彦、佐佐木幸綱選)

韓国やタイからも救援物資であるカップ麺が届いたのですね。どんな味がしたのでしょうか。「救援物資にたよる被災地の生活の空気が読める」と佐佐木幸綱先生の評。


    見上げれば今年の青いこいのぼりブルーシートの上を泳げる (常陸太田市)鈴木 盛雄
                                (永田和宏選)

屋根が壊れてブルーシートをかける状況であるのに、鯉のぼりを立てたのですね。「生きる」ことへの強い気力を感じます。


    死者ひとり増え行方不明者ひとり減る数字の上ではそうなのだけど (伊勢原市)長谷川久江
                                (永田和宏選)

この歌を読んで、はっとしました。悲しい、悲しい数字です。


    かまどには昔神様おりましていま原子炉に神はいますか (東京都)無京 水彦
                                (佐佐木幸綱選)

火に対する畏敬の念は、戦前まで続いていたと思います。「原子炉に神はいますか」という問い、誰もしたことはなかったのではないでしょうか?人間の力を超えたものの存在を意識するとき、そこに「神」を見出すように思います。電力会社は、原発を人間の力でコントロールできると思っていたのではないでしょうか。


今週も大震災を詠んだ歌が多かったです。計画停電もなくなり、日常生活が戻って来ている関東地方。被災地からの声に耳を澄ませることが大切だと思いました。


ユラーナ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今週の朝日歌壇

2011年05月24日 | 短歌
今週の朝日歌壇から、心に響いた歌をご紹介いたします。


    喘ぎつつ坂登り来て避難所の廊下に見つけし母の後ろ姿 (久慈市)三船 武子
                              (佐佐木幸綱、永田和宏選)

作者は、あちこちの避難所を回ってお母さんを捜されたのでしょう。やっと見つけたお母さんの後ろ姿に、涙した作者の姿が浮かびます。


    葬儀社の店も家族も霊柩車も流されてみなガレキとなりぬ (八戸市)山村 陽一
                              (馬場あき子選)

作者は、八戸の葬儀屋さん。先週の歌から続けて読むと、仕事のために被災地を訪れて、同業者が皆いなくなってしまったことに、唖然としていらっしゃる様子が浮かびます。その場に立った方ではなくては、詠めない歌です。


    新緑は曇硝子を青くせり西方浄土の木なる栗の木 (東京都)豊 英二
                              (高野公彦選) 

高野公彦先生の評に「上句に初夏の季節感がよく出ている。下句、『栗』という文字を分解すれば『西の木』即ち西方浄土の木」とありました。震災の歌と少し離れて、こういう歌には、ほっとします。そして、学ぶことができました。


    よろこびに尾を振りながら井守二匹今朝植え付けし早苗泳ぐ (三重県)喜多 功
                              (佐佐木幸綱選)

井守二匹が「よろこびに尾を振りながら」とは、田んぼを愛していらっしゃる方でなくては、詠めない歌ですね。無農薬の田んぼなのでしょうか。


   白き和紙にくるみて小鳥葬れり間なく遊びし小さき鈴と (東京都)志摩 華子
                              (佐佐木幸綱選)

亡くなってしまった小鳥を白い和紙に包んであげ、そして、よく遊んでいた小さい鈴と一緒に、埋葬してあげたという作者。私も子供の頃、文鳥を飼っていましたが、死んでしまったときは、本当に悲しかったです。作者は、涙をぽろぽろとこぼしながら、埋葬してあげたのではないでしょうか。


今週は、日常を詠んだ歌が少し増えました。被災地のことは、絶対に忘れてはいけないし、現在も避難所生活の方は、多数いらっしゃるわけで、歌を通して、それを知り続けることが大切だと思っています。しかし、また、「日常を生きる」ということも大切なのだと、選者の先生の選ばれる歌を通して知りました。


ユラーナ

   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする