つれづれ日記

心と目の記録

家紋について

2006-10-26 22:29:07 | Weblog

 我家の家紋、違い鷹の羽

昨日、「久しぶりの洋裁」を載せたら、モーさんのおばちゃんからコメントを頂き、本当に嬉しかった。
私も同じように、洋裁と編み物をする母の作った服を着て育ち、友達のように既製品を着てみたかった。
大人になって初めて母の手作りの服を着せてもらった事に感謝をしたが、子供にわかるはずが無い。
私は3人の娘達の服を縫って着せて育てたが、娘達はそれほど喜ばす、当たり前の事だった。友達からは羨ましがられたと聞いたけれども。

紋付の羽織をリフォームしてブラウスに仕立てた私は、改めて家紋について知りたくなり、検索をした。
家紋辞典2000点に及ぶ家紋が掲載されているという。
着物を着る人が少なくなり、家紋は一般の人の常識の中から消えていくような気がするのは残念な事。
世の中の移り変わり、進化はどうすることも出来ない。
魔法のようなインターネットの世界で遊べる幸せには感謝。

昨日のブラウスの写真をアップすると細い縞がゆがんで見え、Wクリックで大きくしたのを、右下の「通常のサイズに伸ばす」にすると縞はきちんと出て、家紋もはっきり見えた。何故でしょう?


久しぶりの洋裁

2006-10-25 14:37:58 | Weblog

 生地は一越縮緬

「家紋のついたブラウス?」と友人。
[はい、義母の羽織だったのです。ほどいてブラウスに縫いました。」「最近流行の袖口?」しげしげと見る友人。
[紋を利用できないかと考えて、袖の紋が胸に来るように裁ちました。」「??・・・」

よほどのことが無いと着物を着るのが面倒になり、義母の残した着物は洋服に利用できそうなものと、高価なものだけ残して昨年整理した。
私の実家の母は洋裁が上手で、もの心ついた時から、嫁入りのスーツ、オーバーまで母の手作りであった。
いつでもシンガーミシンはすぐに使えるようになっていたので、小学生の頃から私もミシンをかけて、人形の服や着物を縫い、6年生の時に8枚はぎのフレヤースカートで提灯袖の自分の好みのワンピースを縫って皆に驚かれた記憶がある。
戦争が始まり皆もんぺの時代になり、生地は売っていないのでセルの着物などで誰でももんぺを作り日常着となった。
終戦後は食糧も生地も履物もなく、みな工夫して生活をした。終戦後1年たつとようやくスカートを履き、女性はおしゃれをするようになったが、一般に生地は売っていなくて絣の着物のブラウスを着ている人、浴衣で女性の下着を縫って履いている人、食糧も無いのに東京の人達は良くぞ生きていたものだと今になって感心する。
戦後、市川房枝さんが戦争未亡人の為に、瓦礫の中にバラックの建物を立て、そこで機械編みの編み物を指導した時、親しかった母が協力者として毎日通い、皆で写した写真がある。
そのときに私が着ている白いレースのワンピースは、母のレースの長じゅばんをほどいて、縫ってくれた服だ。
写真は本当に人生の記録をはっきりと残してくれて有難い。
年頃の私と妹の為に錦紗の着物をほどいて何枚ものブラウスやワンピースを母は縫ってくれた。
今回私は初めて着物をほどいて、ブラウスを縫い、ほどくのが大変だし、裁ち合わせが難しいことに気がつき、母に感謝をした。しかしこれは私にとって楽しい事だ。
時間があれば洋裁も手芸もしたくて、何時出来るかわからないのに材料をつい買ってしまう。

 


ホッとしました

2006-10-24 22:52:01 | Weblog

 (下の富士山の絵と私の住所は切り取りました。)

3ヶ月ごとにイギリスに送るマガジンの12月号の原稿を今日送ってホッとした。
記事に載せる写真を優勝犬のオーナーMさんに送ってくれるように頼んだら、CDに入れて宅急便で届いた。
ところが何にも画像が出てこない?
カメラやさんで見てもらったが空っぽ。時間が無いのでMさんからのメールで添付された画像2枚をプリントしたら、予想より良く出来て安心。
記事は早めに出来ていたが、クリスマスの祝詞のページは未だだったので、今日午前中に急いで作った。
編集者から日本の文字で書いて欲しいと言われて、毎年絵や写真に言葉を筆ペンで書く。
三菜ちゃんの顔を〇で型抜きしてクリスマスリースにする予定だったが、少し顔を上げたほうが良い表情になるので
プリントしたものを丸く切り取り、用紙に貼り付け周りにペンでリースを描き絵の具で色をつけてごまかした。
印刷では色が出ないが感じは出るので、下の樅木は薄くして簡単に筆で書き添えただけ。
急いでカメラで撮り、記事と写真と祝詞に手紙を添えて入れ、郵便局に走った。
締め切りが11月1日なので、荒仕事となりパソコンに入れて見たら、お粗末の限り。もっと丁寧に書けばよかったと後悔。
10月は大事な行事などあり、本当に忙しかった。


4ヶ月ぶりに見えた冨士山

2006-10-12 09:16:56 | Weblog

下の写真は5月の終りに写した夕暮れの冨士山、10月7日まで一度もベランダから見えなかった富士山が7日に雲がかかってうっすらと見えた。
翌朝8日は高気圧に覆われて晴天、かすんではいるがこのような写真が撮れた。
雪がうっすらと見える。今年の初冠雪は7日で昨年より4日早かったと新聞で見た。

 


白猫ちゃん

2006-10-02 21:54:49 | Weblog

買い物に行く通りに、白い猫がいて仲良くなり、呼ぶとこちらに来てくれる。
赤い首輪をしているが、どうやら野良猫で、夕方になるとある家の玄関の外に食器が出されて、餌さを貰っている。
家の中には入れてもらえない、俗に外猫と言う存在らしい。
大抵隣の空き地か、その隣の庭にいるので、毎日買い物に行ったとき、帰りに呼んで撫でてお話をして帰る。
食べ物を上げたいけれど、無いときには期待が外れ可哀想なので、撫でてあげる人に徹して、暫くあごの下など撫でると、いくらでもきりなく頭を摺り寄せてとても喜び、最後に興奮して噛み付く。
今日は噛み方がひどくて2箇所から血が出てしまい、今後気をつけないとと反省。
私の手には、犬に噛まれたあと、猿に噛まれて縫ったあと大型のオウム噛まれたことなどあるが、噛まれる事に恐怖は無い動物好き。

玉簾を撮ったときに、丁度出て来たので写した写真。
雨の時は何処に寝るのかしら・・・白ちゃんは。