酔いどれ反省会

反省出来ない人の反省文

年度末2021

2021年03月29日 20時20分12秒 | 日記
年度末、いろんな物事が動く時期だ。

僕自身、来年度は、さぁ、どうやって生きていこう...と、河原に座って遠くの夕焼けを眺めてしまう時期だ。

仕事が激減するのは初めてではない。ひと夏ずっとそうめんだけを食べた時期もあるし、その気になれば、塩と米と酒だけで1年くらい過ごせるかもしれない。

時間講師なんて、毎年うまいこと時間数が入るわけじゃないのは知ってたことだ。

ここで仕事が減ったのは、ある意味よい機会と考えるべきなのかもしれない。講師以外の仕事をゲットできるよう、来年度はいろいろ頑張ろう。なんでもやりまっせ!!

ネガティブに捉えず、「やべーーー!!」と言いつつも、ポジティブな姿勢を忘れてはいけない。

そんな事を考えていたら、本日もKATO'Sキッチンに来てしまった。。

閑静な住宅街の中に、ひっそりと佇むアパートの一室にある隠れ家キッチン。

前向きな事を言ってても、心のどこかではやっぱり不安はある。もちろん。そういう気持ちが、KATO'Sキッチンへと足を運ばせたのだろう。

アパートの外階段をあがりドアを開ける。

「いらっしゃい」

いつもと変わらぬ大将がそこにはいる。これがまず嬉しい。

変わらぬ「いらっしゃい」が聞けるのが嬉しい。

靴を脱ぎ、キッチンを抜けて和室へ入る。

すかさず出てきたお通しは「イカ刺しの漬け」。



僕もすかさず発泡酒を注文する。

ねっとりとしたイカ刺しを発泡酒で流し込む。最高だ。

続いてはポテサラを注文。



KATO'Sキッチンのポテサラは、ザ・普通のポテサラだ。

それが良い。余計な事をしない。おしゃれな味付けなど一切しない。何なら「ちょっと物足りない...」っていうくらいの味付けが良いのです!!
あぁ、イカ刺しとポテサラで発泡酒を飲み干して、レモンサワーを注文する。

次なる食べ物は「チヂミ」。



KATO'Sキッチンでは珍しいが、注文してみた。玉ねぎとキムチが入ったチヂミはレモンサワーにピッタリだ。

ラストはガッツリと、「豚の柚子胡椒レモン炒め」。



今日は刺身の気分ではない。

新年度に向けて、ガッツをつけていくのだ。

レモンサワーもお代わりをして、すべてたいらげる。

心も体も満たされた。

「ごちそうさまでした」

店を出る時にそう言ったら、

「ありがとうございました」

いつもと同じ大将の挨拶が返ってきたんだけど、

いつもと違うのは、大将がしっかり僕の目を見ていたことだ。

その視線には、優しさと、厳しさがあった。

目が合った時間は、0コンマ数秒の事だけど、とても長く感じた。

生活に安定なんてないし、みんな生きるのに必死だ。

みんな生きるための努力と工夫を続けている。

でもま、それも楽しまないとですけどね!!

と言われた気がした。

はい、大将。あざっす!!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ANTIBO公演終了~

2021年03月24日 20時45分53秒 | 日記
ANTIBO東九条終了。2日目は豪雨の中、パフォーマーもスタッフもお客さんも、かなり過酷な状況だった。

初日は天気もなんとかもって、非常にやりやすかったし、思い切って楽しむことが出来た。

2日目の豪雨でも、もちろん思いきって楽しんだけど、ずぶ濡れだし、水冷たいし、お客さんに泥水ブッシャ―ってしないよう気を付けつつとか考えてたら、、、もう何がなんだか、、、と、突っ走った感じ。

だけど、その2日目のみんなが過酷な状況でのパフォーマンスこそ「これぞ!」という感じがした。

どうなるかわからない感じ。それでもみんなが何かを共有して、突き進む感じ。

でも考えてみれば、そもそもあの場所でやること自体、どうなるかわからないという事もあったしね。

ANTIBOに『A界隈』という作品がある。東京は阿佐ヶ谷の劇場、ザムザ阿佐ヶ谷を拠点として、阿佐ヶ谷の街中いろんなところでパフォーマンスをするという作品。

僕個人的には、ANTIBO作品の中でA界隈が一番印象に残っていて、「どうなるかわからない」を強く感じた作品だった。

その「どうなるかわからない」が好きなのだろうか。ただ単に、好き勝手やって「どうなるかわからない」ではない、もちろん。

終わってからのBingさんの「切り拓いていかなきゃいけない」という言葉が印象的だった。

忘れられていく場所、でもその場所を強く愛する人がいるという事。そういう場に土足で踏み込むのではなく、その場所の歴史を知り、人たちを知り、食を知り、自分なりに出来る限り理解すること。

仕込みのちょっとした時間に、テクニカルスタッフのヤノちゃんが、中学生の時の、在日朝鮮人の友人との思い出話をしてくれて、それも印象的だった。同じような経験はないが、自分の小学校の頃のある思い出もフラッシュバックしたりして、不思議な感じがした。

常にウェルカムでやりやすい場所にいても仕方がなく、敢えて過酷な状況に飛び込んで、その土地の人たちと徹底的に話し合って、ぶつかり合って、理解し合うための努力を続けること。

そうする事で、「作品がおもしろかった、つまらなかった」だけじゃない、「何か」が生まれるんだろうな。それがBingさんが言う「切り拓く」という事なんだろうか。

全然まとまらないしまとめるつもりもないし、このままごちゃごちゃ考え続けよう。

本当に、あの場所、あの地域の方々、メンバー、お客さん、本当に本当に、ありがとうございましたーーーーー!!!!!!!最高に楽しかったーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「いつもコメントありがとうございます」

2021年03月11日 21時51分36秒 | 日記
彼は、今日も一人で呑んでいる。

一人暮らしの部屋で、一人で吞んでいる。

彼はテレビを持っていないので、PCでYouTubeを見る。

可愛い女性が一人でお酒を呑んでるような動画をよく見る。

きっと一緒に呑んでるような気分が味わえるのだろう。

「寂しいやつ」「わびしいやつ」と思うだろうが、

そういう動画は、このように「一緒に呑んでる気分を味わってもらえるように」

という思いもあるはずだから、需要と供給がマッチしてるからいいんだ!と彼は言う。

それを「寂しい」「わびしい」と言うのなら、動画を撮っている人に対しても

「寂しい」「わびしい」と言う事になるんだぞ、と、よくわからない事も彼は言う。

彼は最近、またお気に入りのYouTubeチャンネルを見つけたらしい。

まだチャンネル開設して間もないらしく、登録者数も少ない。

登録者数が少ないと、コメントの返信もマメに返してくれるらしい。

それで彼は、そのチャンネルの動画をたくさん見ては、たくさんコメントするようになった。

律儀に、丁寧に、コメントが返ってくる。

自分の存在が認識される嬉しさからか、彼は何度もそのチャンネルの動画にコメントをするようになる。

チャンネル登録者がまだ少ない側からすると、一つ一つのコメントはまだ嬉しいかもしれないし、

無下にも扱えないなぁ、という事もあるのだろう、毎回丁寧に返信をしてくれるようだ。

「もういい加減やめなよ」と、誰かが言う。

いや、別に、好きでやってるから。と彼は言う。

YouTubeにコメントを残して、自分を認識してもらって、それで、その後、奇跡的にどうこうなろうなんて、そんなこと、、、そんなこと、別に別に、、べべべ、別に、かかかかかっか、考えて、ないから!!!!と、彼は言う。

その日も彼は動画にコメントを残した。

翌日、チャンネルの主から返信が来た。登録者数が少ないから、返信が来る速度が速いのが、また身近に感じてしまう要因だと、彼は言う。

その日の返信には、冒頭にこう書かれてあった

「いつもコメントありがとうございます」と。

何度も何度も何度も何度もコメントをしていれば、そう言われるだろう。

そしてそれは、相手からしたら好意的な返信なんだろう。

しかし彼は、そのコメントをもらった時に、こう思った。

「あれ、、ぼく、何やってんだろう...」と。

「いつもコメントありがとうございます」。

彼は確かに、いつもコメントをしていた。

コメントをする事で、どうこうしたいなんて考えてませんよと思いつつも、

心のどこかで、どうこうしたいと考えてしまう自分が嫌だなぁと思っていた。

彼は、自分の心の中だけで起こる事は、どうにか無視する事が出来た。

それが、外側から「いつもコメントありがとうございます」と言われた。

「僕は、、いつも、、、、コメント、してたんだ、、、、」と、今さらながら、彼は思った。

いつも行く居酒屋で、店員から「毎度どうも!」と、常連扱いされたら急に行けなくなる、

という話を聞いたことがあるが、それに近いものがあるのだろうか。

「僕は、このチャンネルの常連になってしまった...」と彼は思った。

もう、見まくってるし、コメントしまくってるし、まごうかたなき常連なのだが、

「いつもコメントありがとうございます」と言われたことで、

外側から「あなた常連ね」と言われた気分になってしまったようだ。

「常連になることが嫌なのではない」と彼は言う。

ただ、いつも一人で酒を呑んで、

可愛い女子が酒を呑むYouTubeチャンネルを見て、

ヘラヘラしている自分を、急に、ぎゅいーーーーーーんと、引いて見てしまった、らしい。

「いつもコメントありがとうございます」。

普通なら嬉しい返信であるはずなのに、それをもらって彼は

「僕、、、何やってんだろ、、、、」と思った。

彼は、インターネットを閉じて、パソコンにDVDをセットした。

それは「ブルースブラザーズ」だった。

彼は、ブルースブラザーズを見ながら、少しだけ、泣いた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

KATO'Sキッチン2021/3/8

2021年03月08日 21時17分44秒 | 日記
年度末は別れの季節。

ここ5、6年ほど、同じ学校で働いている講師の先生や、

ここ数年ご一緒して、講師以外に興味深い活動をされている先生、

そんな方々がこぞって、今年度で講師職をお辞めになるらしい。正直、結構ショックだった。

正教員と講師とは立場が違うし、正教員の方々も良い方ばかりなのだけど、同じ「講師」という立場で、あれこれ話せたのはとてもありがたかったなぁ、、と。

みんなそれぞれの生活、それぞれの活動のため、今の職を辞して、講師職以外に励んでいた仕事に専念したり、そう言うことではなく、生活を一新させたりと、みなさん、それぞれが、それぞれの道を進んでいる。

その点僕は、今の学校で来年度も働けるなら働きたいと思っている。それは悪いことではない。仕事はしなきゃいけない。お金は稼がなきゃいけない。

だけど、みんなそれぞれの道に進んで、それぞれのやりたいことを追求している。それに比べて僕は...となってしまう。

でも、変わることが良いのか?とどまることは悪で、動くことが果たしてどんな場合でも正義と言えるのか??と、それっぽい言い訳ばかりして、何も変わっていないのではないか。

そんな事を考えながら職場を出て、気づいたらその足でKATO'Sキッチンに向かっていた。モヤモヤしていると、気づいたら向かってしまう。

閑静な住宅街の中にポツンとたたずむ古いアパート。その一室にある隠れ家居酒屋KATO'Sキッチン。今日も外階段を上がり、ドアを開ける。

「いらっしゃい」

いつもの「いらっしゃい」だ。やはり変わらない大将がそこには居た。

靴を脱ぎ、キッチンを抜けて和室へ入る。畳に腰を下ろすと、すぐにお通しが出る。

かみなりこんにゃく



シンプルな中に、七味のピリッとした刺激がお酒を誘う。いつものように発泡酒を注文する。

マヨ系のサラダは外せないので、「本日のマヨ」を注文。



どうやら今日はスパサラのようだ。うん、やっぱり美味しい。

発泡酒を飲み終え、いつものレモンサワーに移る。

やはり野菜も欲しいという事で、「きのこサラダ」も注文。



「シンプル」と「雑」のギリギリのラインをせめぎ合っているこのメニューもまたKATO'Sキッチンらしい。

最後はやはり刺身だろう。「本日の刺身」は「鶏刺し」だった。



KATO'Sキッチンではお馴染みの鶏刺し。

あぁ、、やっぱり美味しい。レモンサワーもお代わりをして、鶏刺しも食べ終える。

今日も大満足です。大将、ありがとう。

「大将、ごちそうさまでした」、店を出る時に、あいさつをする。

「・・・ざました」と大将。

あれ、、、、大将、、、素っ気ない。。

まぁ、たいてい、いつも素っ気ないけど、今日、特に、素っ気ない??

なんか、見透かされてる感じがした。

しんどい時はKATO'Sキッチンに来るし、大将も受け入れてくれる。

だけどKATO'Sキッチンは決して安心安全なシェルターではない。

KATO'Sキッチンはいつだって自分を映す鏡なのだ。

大将は何も変わっていない。変わっているのは僕なのかもしれない。

変われないという事で、変わっていくものがあるのかもしれない。

それが良いのか悪いのかわからないが、意識していく事は大事なのかもしれない。

変わる変わらないと、外面を意識するばかりでは、ただただいろんな感覚が死んでいくだけなのかもしれない。

KATO'Sキッチン、今日も、お酒も食事も美味しかった。

いろんな事を気づかせてくれるKATO'Sキッチン、大将、ありがとう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする