酔いどれ反省会

反省出来ない人の反省文

いよいよ明日から本番です

2023年06月28日 22時07分41秒 | 日記
明日と明後日、「アネックス仙川ファクトリー」というスタジオで行われるパフォーマンス『ダンスリンクリングvol.17』ですが、ソロとデュオ、それぞれ6組の出演者がいて、その中の1組

振付:寺杣彩
出演:加藤律

の出演者である、加藤さんとKATOさんの対談の模様をお送りいたします。

▼▼▼

加藤「いやぁ、ラストリハお疲れ様でした」
KATO「お疲れ様でした〜」
加藤「4月からちょっとずつリハを始めて、いよいよというか…あっという間ですなぁ」
KATO「どうですか?ラストリハを終えて」
加藤「最後の仕上げ!といきたいとこですけど、やっぱり毎回新たな課題が出てきますよねぇ」
KATO「ほほう。それはどんな?」
加藤「動きに関して言えば、自分の範囲内でおさまっちゃってるとかさぁ」
KATO「あぁ、加藤がよく言われるやつだ」
加藤「そうなんだよねー。ただ『遠くに!』って意識するだけでは違う気もしてさぁ」
KATO「それも結局自分の得意な動きの中での『遠く』でしかないもんね」
加藤「そうなんだよねー。なんか直線じゃなく曲線?直線って意識するの簡単じゃん。曲線の『遠く』をさ、ま、過程ってことなのかもしれないけど、そこをねぇ、もっとねぇ、、、」
KATO「でもそれしんどいんだよねぇ」
加藤「そうなんだよねー。ともすれば得意な方ばっかに行っちゃって楽に動きがちだからねー」
KATO「わかるーーーーーー」
加藤「みたいなことをね、今日のリハで指摘されて、改めて感じたかなぁ」
KATO「他には?」
加藤「他には……自分をさらけ出すってことかなぁ」
KATO「舞台に立つってそうだし、ソロだと逃げ場ないしね」
加藤「そうだねぇ」
KATO「動きの話と同じで、さらけ出すにしても、得意なところばかり出しちゃいそうだしね」
加藤「それ!!それな!!!!」
KATO「うわ、近いよ加藤」
加藤「あ、ごめん…思わず。それさー、得意なとこばっかりさらけ出すのって、結局押しつけになっちゃうのかなぁ、とかさぁ」
KATO「ふむふむ」
加藤「あと、さらけ出したくない部分が、本当は面白いのでは?と思うのに、なかなかできなかったりさぁ」
KATO「ふむふむ」
加藤「自分の弱い部分とかねぇ」
KATO「上手くやろうとしちゃうからなぁ」
加藤「だからテメーの『上手くやろう』なんてのはたかが知れたもんで、もっとやるべきことがあんだろ!って話よ!!!!!」
KATO「急に熱くなったな加藤」
加藤「熱くもなるよ明日本番だぜ!」
KATO「衝動的に熱くなっても良い事ないぜ。力んでパフォーマンスが固く重くなるだけ。ほら、これ飲みな」
加藤「え、金麦?いいの?」
KATO「もちろん」
加藤「ありがとう。(プシュ、ゴクゴク)染みるー」
KATO「あとは、例えば今回の作品についてはどう思う?」
加藤「どう思う…とても面白い…というか興味深い…と言うか面白いと思ってるよ」
KATO「ん、え、どっち?」
加藤「どっちも」
KATO「どういうところが?」
加藤「今回はダンサー・振付家の寺杣彩さんに振付して頂いてるんだけど、今回の作品のタイトルが『Traveling through KATO』ってことで、ダイレクトに加藤を掘り下げてくれてる感じがすごいっていうか、僕自身、自分のこと、体もそうだし普段どんなことをどう感じてるか、とかさ、いろんなことを曖昧にしてきたなぁ…って思ったんだよねえ」
KATO「へー。それって例えば?」
加藤「例えば、自分の生活で、ダンスと仕事と自炊ってさ、結構重要な三本柱で、それらの割合って100%の中でそれくらいなんですかね?とか聞かれると、難しかったりね」
KATO「全部大事っちゃ大事だもんね」
加藤「そうなんだよ。でも『全部大事』で済ませちゃうのも違うのかもなぁ…って思ったなぁ」
KATO「ハッキリさせるのが良いってこと?」
加藤「そうじゃなくて、一度考えてみるってことじゃない?多分。ハッキリさせることは目的じゃないと思うなぁ」
KATO「まぁ、そういう割合って日々変わると思うしなぁ」
加藤「そうなんだよ。でも日々変わるから考えなくてオッケー!じゃなくて、『変わるとしても、本質的に、自分の中で本当に大事なものって』とか考えるのも面白かったけどね」
KATO「確かになぁ。いろんな物があって、それによっていろんな刺激を日々受け続けて、自分の感覚が揺さぶられ続けてるってことあるよなぁ」
加藤「だから、自分的に何が良いか悪いかとかわかんなくなるよなぁ」
KATO「それで結局一番目にするもの耳にするものが『良い』って思っちゃったりねぇ」
加藤「わかるーーーーーー」
KATO「そんなことをね、いろいろと話してきた稽古だったね」
加藤「ホントだねぇ。振付家と1体1で、こんなにじっくり作品作ったのって初めてかも」
KATO「どう?自分のこと、ちょっとはわかった?」
加藤「どうだろうなぁ。加藤マジ迷宮だわぁ」
KATO「とか言って、めちゃシンプルな一本道なのに、自分で勝手に迷宮にしてるってこともあるんじゃない?」
加藤「うっせーし!ねーし!そんなことねーし!」
KATO「熱くなんなよ。ほら、金麦」
加藤「え、いいの?ありがとう(プシュ、ゴクゴク)」
KATO「とにかく明日は楽しみたいですなぁ」
加藤「ホントにねぇ。ともすれば真剣に『踊ってます!』って感じになりがちだから、もっとね、フラットに、楽に、でもヘンテコに、思い切り、楽しみたいですなぁ」
KATO「ですなぁ」
加藤「KATOも、飲む?金麦」
KATO「あ、自分、ハイボールあるんで」
加藤「ブラックニッカ?」
KATO「4リットル買ってますよもちろん」
加藤「もつよねー」
KATO「もつねー」
加藤「1ヶ月は余裕だよね」
KATO「でも最近1ヶ月もたなくなってきてさー」
加藤「やば!飲み過ぎ注意報発令!!」
KATO「アイアイサー!!」
加藤「ハイボールを作る時、400mlのグラスにウイスキーは大さじ1.5にどとめよ!このところの2.5、、なんならほぼ3は多すぎである!」
KATO「アイアイサー!!」
加藤「あ、こら!それもうほぼ3である!!なんなら4である!!」
KATO「アイアイサー!!」
加藤「濃い!!濃いよ!!これ濃いよーーー!!」
KATO「アイアイサー!!」
加藤「と言うわけで、明日と明後日、いよいよ本番なので、どうぞよろしくお願いします」
KATO「よろしくお願いします」



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モヤモヤ…

2023年06月06日 21時34分44秒 | 日記
日々ラジオを聴いているが、ラジオCMで以下のようなものがある。

大人「パナソニックグループのCMに出演中の村山きらりちゃんに質問です」
子供「はい!」
大人「どんな時に幸せを感じますか?」
子供「ママに怒られるかもしれないですけど、遊んでる時です!(てへぺろ)」
大人「一人一人の幸せに寄り添います」
子供「幸せの、力に!パナソニックグループです!」

と言うもの。てへぺろに関してはもちろん言ってないけど、そう言う雰囲気での発言ということで。「てへへ」的な。

おそらくこの村山きらりちゃんは子役なんだろう。テレビを持ってないのでどういう人なのか全然わからないけど、このCMをラジオで聴くたびに、すごくモヤっとする。

1.なぜ遊んでる時が幸せだと怒られるのか
2.なぜ怒る人が母親なのか
3.メディアが「子役」に押し付けるイメージ

【1に関して】
別に遊んでる時が幸せでも良いじゃん!と思うのだが、このCMでは、それでは「怒られる」と言う。つまり子供は、「遊ぶ」と言う自分のための行為よりも、勉強だったり、家でのお手伝いだったりで「誰かの(何かの)役にたつ行為」に幸せを感じるべき、と言うメッセージを感じてしまう。それゆえに、「勉強は何かの役に立つためのもの」という考えに繋がってしまうかもしれないし、「自分自身、何かの役に立たなければならない!」と言う考えに囚われてしまうかもしれない。

【2に関して】
なぜ怒る人が「パパ」ではなく「ママ」なのか。これって父親は外で働き、子育ては母親がするもの、って言う古臭い性役割に則った発想でしかないと思うのだが。

【3に関して】
ジェンダーや人権に関して、まだまだ全然足りないが、マジ牛歩とはいえ、ちょっとずつは進んでる気はするが、子役って、、、どうなの??変わってなくない??「お手伝いをするのが好きです!」「おやつの時間に好きなおやつが出ると、とーっても幸せです!」とか言って、周りの大人から「かわい〜〜〜〜〜!!」って言われる存在でしょ、たぶん今も。それって子供を同じ人として、対等の存在として見ていないというか、そう言うキャラクターとして消費する商品としてしか見ていないというか。それって些細なことじゃなく、そう言う視点が、女性とか性的マイノリティとか他の人種の人たちに対する目線であったりするんだろうと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

20秒くらいのCMだけど、毎回こんなことが心に渦巻いてモヤモヤする…というか、ちょっと気持ち悪くなる。

単純に

大人「どんな時に幸せを感じますか?」
子供「遊んでる時です!」

とかの方が、清々しく受け取れると思うのだが。

このCMに限らず、他にもこんなモヤモヤを抱くCMはたくさんあるし、ラジオパーソナリティのふとした発言に「え、それって…」とモヤることもある。

そう考えると、自分のふとした発言で、誰かをモヤらせてることも、きっと、、てか、絶対にある。それって、一気にゼロにすることは不可能なので、モヤり、モヤらせながら、学んでいくしかないんだろうな、と思う。

「モヤスイッチ」とかみんな持ってればね、その都度ボタン押して「モヤ〜」って鳴るやつね。あれば気軽に話し合ったりできる…こともあるかもなぁ。
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障がい者スポーツ大会スポーツ大会

2023年06月03日 21時16分57秒 | 日記
今日は「障がい者スポーツ大会」だった。東京都のHPによると

『東京都障害者スポーツ大会は、「身体」「知的」「精神」の3つの部門で競技を行う、都内最大規模の障害者スポーツの祭典』

とのこと。勤務している学校の生徒も多数出場するので見に行くことに。

以前は、この大会の他、ハンドサッカーの大会や、ボッチャの大会など、生徒が参加する大会はよく見に行っていた。でもコロナ以降、大会も開催できなかったり、出来てもオンラインだったり、現場で出来ても観客は入れれなかったりと、そう言う時期が続いていた。

今年はついに観客も入れての大会!!そんで台風接近で大雨!!!!

でも主催側のTwitter情報では「通常通り開催します」とのこと。

「マジで!!この雨で……え、、マジで!?」と言う気持ちで会場に行ったら、雨の中、ボランティアスタッフであろう方々が、準備をされていて、「マジだ!!お疲れ様です!!」と思った。

現在3つの学校に勤務しているので、それぞれの学校のブースへ行って、子どもや大人たちにご挨拶。

子供も大人も、普段の学校とは違う表情と緊張感で、そう言うのがね、とても良いのです。

そして「障がい」って一言で言ってもその中身はさまざまで、本当にいろんな身体がある。特別支援学校で働くようになって、「同じ身体なんてない!!」と、頭では知っていたつもりだけど、事実として突きつけられて、かなり衝撃を受けた。それが面白くて、今も特支で働き続けている。

障がい者スポーツ大会、本当にいろんな身体がある。そしていろんな心がある。

この大会で感じるのは、身体だけじゃなく心も感じること。

「障がい」って言われるけど、それが身体でも知的でも精神でも、それはその人の個性で、決して「かわいそう…」などと思われる事ではないと言うこと。

みんなそれぞれの身体や心、それぞれに真っ直ぐに向き合ってた。

いろんな身体や心があり、いろんな向き合い方があって、それが身体に現れるっていう…「身体ってすげえ!!」と改めて思う。

午前中の雨は昼前にはやみ、午後には日差しも出てきた。蒸し暑くキツい状況でも、選手たちはそれぞれ集中して、やるべきことに集中していた。

いろんな身体があり、それぞれの身体への向かい方も様々。

いわゆる「健常者」と言われる人たちだって、スポーツにおいて、それぞれの身体へのアプローチとかある訳じゃないですか。「障がい者」と言われる人たちだって同じ。むしろ、もっといろんな身体や精神があるから幅広いとも言えるかもしれない。

「スポーツ大会は記録や結果が大事」と言うのも、大事です。参加する生徒にとっても、それはとても大事な経験になるでしょう。

でもそうじゃない、そこ以外の大事さってむしろ、子供よりも大人に問われてる気がする。

まぁ、そんなことはみんなわかってることですからね。

子供達、普段の学校とは違う表情、終わった後の全部出し切った表情。

それらを見てたらもう…胸いっぱい愛いっぱいで、たまらず銭湯に行っちゃいますよね。温冷浴、しちゃいますよね!!

そんで銭湯後は、ロータリーで飲みますよね。一人でも、ロータリーで飲みますよね。



朝9時から15時くらいまで、ほぼ立ちっぱなし移動しっぱなしだったので、結構疲れたわぁ。でも、子供達も先生方も、マジでお疲れ様でした。数年ぶりに大会を見れて本当に楽しかったなぁ。自分の身体への意識も、改めて向いたかなぁ、と。

ロータリーで飲んだ後、帰宅してKATO‘Sキッチン
・鶏胸肉のおろしわさび
・刺身こんにゃく



胸肉のやつは先日作って美味しかったので今日も。こんにゃくはTwitterで見たレシピ。美味しい美味しい。

明日はランドリー行って食材買い出しして、って言う、全力で日常ですな。
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