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理系人間はなぜ英語の勉強が嫌いなのか? (その1)

2009年04月01日 | 数学学習

大方の理系の人間は英語が嫌いである。私の入学した大学でも、文系の一番低い学部(私の入学した学部だ)の学生は、理系の難関学部(理工学部)の学生よりも英語ができるのが普通らしい。それには理由があると思う。

①英語の勉強は、理系の学問が終わったところで出発している。

数学や理科では、謎を発見して謎を解く事が求められる。逆に言えば、謎が解けてしまえばそれで問題は終わってしまう。ところが英語では、謎が解けてからが出発である。何度も何度も単調な暗記・暗誦をしなければならない。それは一言で言えば分りきった事をこなすだけの退屈なものに感じられる。

②英語の基礎は話し言葉であり音読が基本になっているが、数学は書き言葉であり紙と鉛筆で勉強するのが基本になっている。要するに全く異なった記号=道具を用いて勉強する。

英語だとか外国語は基本的にはコミュニケーションのための言葉であり音声中心主義だ。これに対して数学は文字中心言語である。確かに音声でどうやって表現した良いのか判らないような文字あるいは通じ表現が沢山あるが、それで困ることはほとんどない。



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和田秀樹が提唱した「暗記数学」というのがあった。要するに青チャートのような参考書を勉強するとき、例題をじっくり考えたりするのではなく、わからなかったらすぐに答えを見てしまおう、そしてその解答の仕方を丸暗記して「数学」の実力をつけてしまおう、というものである。

和田の暗記・数学という考え方は、理系と英語という観点からすれば、ちょっと別の言い方で述べることもできる。

暗記数学という考え方は、謎あるいは問題を発見し、それを解く理系的快感を真っ向から否定してしまったので、猛反対を受けたことであろう。実は和田流の方法論というのは、数学の勉強をが英語の勉強のようにしてしまったとも言えるのである。謎は苦労して解くから面白いというのではなく、既習のボキャブラリーの組み合わせにすぎないということになる。数学の学習が、英語の単語学習や構文学習のようなものになってしまっているのである。

もちろん、人間の血と汗の結晶である思索の産物を単なるボキャブラリーとみなしてしまおう考え方には、理系人間からの大いなる反発があったというわけだ。なにしろ、数学が語学学習に堕落させてしまうことになるからだ。なにしろ語学は学問ではないのだから。

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