私の社会活動でこの国を一番憂いている政治家と言えば、中曽根康弘元総理と石原東京都知事、そして長い親交のあった神奈川県の松沢成文元知事、それから大阪の橋下知事。特に松沢元知事の政治手腕は目を見張るものがある。特に毎年力が付いてきた松沢元知事は多くの県民から、将来を期待されただけに非常に残念だ。石原知事、何とか力を貸してやって下さい。
何故、今まで石原知事を応援しているかと言うと、これだけ多くの政治家がいても、教育問題とか子供の周りを取り巻く有害環境の整理、児童ポルノ漫画本などの規制、それに安全保障の問題、国防、憲法9条を含む日本独自の憲法、憲法改正。
今の日本をダメにする憲法を維持をしてはいけない。何しろ民主党の4人組、管・仙谷・岡田・枝野がいたのでは、この国は間違いなく滅亡する。しかし、自民党が本気で政権を奪取して、安倍晋三を総理大臣にする事によって、どんどん社会を変えていかなければなりません。
再度、安倍晋三衆議院議員に内閣総理大臣をやってもらうしかない。
自由民主党幹事長(第37代)、内閣官房長官(第72代)、自由民主党総裁(第21代)、内閣総理大臣(第90代)などを歴任した,安倍 晋三(あべ
しんぞう衆議院議員(6期)。1954年(昭和29年)9月21日 - )は、日本の政治家。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89 より
教育
総理大臣官邸を訪れたハーバード大学学生らと内閣官房長官塩崎恭久と安倍晋三2006年12月に教育基本法を改正し、教育の目標の一つとして愛国心という言葉を盛り込んだ他、義務教育9年の規定や男女共学の項を削除した。内閣府直属の「教育再生会議」を立ち上げ、2007年6月には教員免許更新制を導入した。その他、学校週五日制の見直しや大学進学の条件として社会奉仕活動の義務化を提唱した。その他の政策としては、教育バウチャー制度の導入を検討、「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクト」の座長を務め、自民党の山谷えり子らと共にジェンダーフリー教育に対する批判等を行った。
改正後の教育基本法については、「一見、立派なことが書いてあるが、家族・郷土・歴史・伝統・文化・国など、私たちが大切にしなければいけないものが抜け落ちている。日本人として生まれたことに誇りを持つためには、そうしたことを子どもたちに教えていくことが大切ではないか」「“世界から尊敬されている”ということも、誇りが持てるということにとって大切だ。世界に貢献していく際に“日本はこういう理想を持っており、こういう世界を実現していきたい”と述べていく必要がある」と述べている。
アメリカ合衆国国務副長官ロバート・ゼーリックと握手を交わす(2006年1月)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89 より
略 歴
1954年9月21日 : 東京都に生まれる。本籍地は山口県大津郡油谷町(現・長門市)。
1977年3月 : 成蹊大学法学部政治学科卒業
1977年4月 : 米国カリフォルニア州ヘイワードの英語学校に入学。その後、ロングビーチの語学学校に転校した。
1978年4月 : 南カリフォルニア大学に入学。政治学を専攻し春・夏・秋学期を履修し、1979年に中退。
1979年4月 : 株式会社神戸製鋼所入社
1982年11月 : 神戸製鋼所退社、外務大臣(安倍晋太郎)秘書官に就任
1993年7月 : 衆議院議員初当選(旧・山口1区)
1999年10月 : 衆議院厚生委員会理事
2000年7月 : 第2次森改造内閣で内閣官房副長官に就任
2001年4月 : 引き続き第1次小泉内閣で内閣官房副長官に就任
2003年9月 : 自由民主党幹事長に就任
2004年9月 : 自由民主党幹事長代理に就任 党改革推進本部長に就任
2005年10月 : 第3次小泉改造内閣で内閣官房長官に就任
2006年9月 : 自由民主党総裁に選出、第90代内閣総理大臣に就任
2007年9月 : 自由民主党総裁(中央政治大学院総長)及び内閣総理大臣を辞職
2007年9月 : 安倍内閣総辞職
主な所属議員連盟
天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟(顧問)
創生「日本」(第2代会長)
神道政治連盟国会議員懇談会(会長)
日本会議国会議員懇談会
みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会
日本の前途と歴史教育を考える議員の会
公共放送のあり方について考える議員の会
日韓議員連盟(副幹事長)
安倍晋三衆議院議員の交友関係:スパイシーより
中国から絶えず弱小国家日本と言われても、反論する事が出来ない日本政府このまま行ったら中国の属国になるに違いない。今日本は立ち上がらなければいけない時に来ている。それにダライ・ラマの側近ペマさん、今の日本の現状を修正しなければいけない、頑張れ日本。
ペマ・ギャルポ氏のプロフィール
桐蔭横浜大学大学院教授
岐阜女子大学名誉教授(南アジア研究センター)
拓殖大学客員教授(海外事情研究所)
チベット研究所名誉所長
南アジア地域協力連合調査研究会会長
モンゴル国大統領社会文化担当顧問
TVコメンテーター(国際情勢)(※2007現在)
山谷先生は我が国の子どもを巡る性の問題、ますます多くの子供達は子どもを取り巻く有害環境によって小学生までがお金欲しさに売春をする、これでいいのか。今でさえ家庭教育ゼロと言われている時代。このまま進んで行ったらこの国は100%崩壊する。これを防ぐには厳しい法律で対処しなければいけない。今一生懸命にこの問題に取り組んでいる山谷先生に期待するしかない。応援します。
プロフィール
昭和25年9月19日
東京都武蔵野市生まれ
栄冠幼稚園(福井市)
福井市立順化小学校
福井市立明道中学校
世田谷区立桜ヶ丘中学校
東京都立駒場高校
昭和48年3月
聖心女子大学文学部卒業
出版社勤務を経て、ラジオ・雑誌・新聞の特派記者として渡米、家族・教育・生活問題などを取材する。サンケイリビング新聞記者、産経新聞生活面記者、テレビキャスター、エッセイスト、サンケイリビング新聞(発行部数約九百万部、世界最大の主婦向けの情報紙)編集長に。
経歴
平成12年6月 衆議院議員初当選
平成16年7月 第20回参議院議員選挙(比例区) 初当選 得票数242,063票
平成17年11月内閣府大臣政務官 就任
〔小泉内閣〕
平成18年9月26日 内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)就任
〔安倍内閣〕
平成19年9月 内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)留任〔福田内閣〕
平成20年8月26日 内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)退任
平成20年10月7日 自由民主党女性局長 就任 (~21年9月)
平成20年11月 自由民主党拉致問題対策特命委員会事務局長 就任
平成21年10月 参議院環境委員長 就任 (~22年10月)
平成22年7月第22回
参議院議員選挙(比例区) 当選(2期目) 得票数254,469票
平成22年9月
自由民主党シャドウ・キャビネット 拉致問題担当副大臣 就任
自由民主党 組織運動本部 本部長代理 就任
平成22年10月
参議院内閣委員会 理事
参議院予算委員会 委員
参議院 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会委員
西村慎吾先生は多くの政治家の中でも、この国を憂いている第一人者。以前先生が活動していた頃、私も参加した事がある。とにかく先生と石原知事の親交は業界でも有名。愛国心を持っていない政治家が多いから、この国はだめになるのだ。国民は選挙で国の為に一生懸命働く政治家を選ぶ義務がある。今国民に与えられる権利と云うのは選挙だ。その選挙に行かないと云う事は、この国を放棄しているのと同じだ。とにかく一生懸命働く先生を国会に上げる事がこの国の未来を明るくする。
■ 西村慎吾先生の経 歴
・昭和23年7月7日 大阪府
堺市生まれ
・父 西村栄一(民社党第2代委員長)、
岳父 岡澤完治(衆議院議員)
・京都大学法学部卒業
昭和57年司法試験合格
・平成5年衆院選初当選
大阪府第17選挙区(堺市)
・たちあがれ日本
大阪府第17選挙区支部長
■過去の役職
・改革クラブ衆議院代表・衆議院 安全保障委員
・日本・ミャンマー友好議員連盟 幹事長
・「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」幹事長
・災害対策特別委員長、懲罰常任委員長、安全保障委員会理事、法務委員会理事、内閣委員会理事、北朝鮮拉致問題特委員、弾劾裁判所裁判員、裁判官訴追委員
・内閣 防衛政務次官
・民主党拉致問題対策本部副本部長、自由党組織委員長、同代議士会長、同大阪府連会長、新進党総務、同党首補佐役、民社党中央執行委員、同国際局長
私は竹花さんとは確か議員会館である集まりがあり、竹花さんの今の子供達を取り巻く有害環境の影響でわが国の子ども社会を歴史的に見ても類を見ない大変な状況になっても援助交際や出会い系サイトによる性被害を受け心身がボロボロになってしまっている。この子供達の性を巡る年齢層は小学生まで汚染されており、このままいったら日本の将来はないと警鐘。石原知事のすごいところは以前竹花さんを副知事にした事だ。私も竹花さんの話を聞き警察官僚の出身であらゆる子供たちの現実を話してくれたのは初めてであり感激した。
竹花 豊氏の略歴
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E8%8A%B1%E8%B1%8Aより
元警察官僚。東京都副知事、警察庁生活安全局長を経て、現東京都教育委員。兵庫県生まれ。2003年の副知事就任当初はその経歴、治安回復への期待から新聞や雑誌など各媒体から「治安担当副知事」という通称でも呼ばれたことで知られる。
兵庫県立加古川東高等学校卒業
1973年 東京大学法学部卒業 警察庁入庁
1986年 在オーストリア日本国大使館一等書記官
1989年 警察庁刑事局刑事企画課理事官
1990年 警察庁刑事局捜査第二課暴力団対策室長
1992年 警察庁刑事局保安部薬物対策課長
1994年 警察庁生活安全局薬物対策課長
1994年 大分県警察本部長
1996年 警視庁地域部長
1997年 警察庁長官官房参事官(金融・不良債権関連事犯担当)
1999年 警視庁生活安全部長
2000年 警察庁長官官房首席監察官
2001年 広島県警察本部長
2003年 東京都副知事
2004年 警視庁と協力し「東京都安全・安心まちづくりアカデミー」設置。「おやじの会」のネットワーク組織「おやじ日本」結成
2005年 警察庁生活安全局長
2006年 バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会委員
2007年1月19日 警察庁退官
2007年3月8日 松下電器産業東京支社 参与
2007年10月1日 東京都教育委員(任期:2011年9月30日まで)