[稲畑汀子選]
(神戸市・岸田健)
〇 蜩の声は孤独に添ふ様に
カナカナカナカナカナと鳴く蜩はいつも私たち高齢者を孤独地獄の底に誘うのである。
〔返〕 蜩や隣家のおきな燈を点し
(東京都・丹羽ひろ子)
〇 汗を掻き戻る体調旅三日
旅先での暮らしも三日目ともなれば、「今日は少し足を延ばして大英博物館まで行って来よう」という次第にもなり、それと共に現地時間にも馴れ、併せて体調も回復するのでありましょう。
〔返〕 人間は汗を流して一人前
(伊万里市・田中南嶽)
〇 蝉時雨一気に鎮め山雨急
つい先刻まで耳に付いて離れなかった蜩の声が、山からの雨が激しくなるや急に止んでしまったのである。
〔返〕 紫陽花の彩り濃くて山雨急
(金沢市・高田俊彦)
〇 茫々とある妻の辺のたゞ涼し
妻との二人暮らしも友白髪を抱く頃ともなれば、常に茫々としたものになりがちである。
私の暮らしにはクーラーも扇風機も必要としない。
ただひたすらに「茫々とある妻の辺」に在ればこそ涼しい顔をして居られるのである。
〔返〕 茫々と風立つ午後や山頭火
(大阪市・友井正明)
〇 山の端を掠め闇切る夜這星
清少納言の著『枕草子』に「星は、すばる。彦星。夕づつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて・・・・」とある。
本句中の「夜這星」とは、「流れ星」の別名であり、本句の作者は、「流れ星が闇夜を真っ二つに切断するようにして輝いたかと思うと、忽ち山の端を掠めて消えて行った様を遠望して」本句を詠んだのでありましょう。
〔返〕 夜這とふ佳き習俗や隠れ里
(神戸市・日下徳一)
〇 知らぬ間に妻が後に遠花火
「暑さ凌ぎに、神戸港で揚がる遠花火でも見ようとして浴衣姿で庭に出ていたところ、何時の間にか年若い妻も亦、すっぴんぴんの顔して私の後ろに居たのである」といった意でありましょうか?
作者の日下徳一さんにしてみれば、すっぴん顔の若妻が可愛くて可愛くてならなかったのでありましょうよ!きっとよね!
〔返〕 愛妻の名は「江莉菜」とふ我の名は「日下徳一」釣り合ひ取れず
(芦屋市・酒井湧水)
〇 長崎の蝉山に鳴き坂に鳴き
長崎市は山と海とに囲まれ、市街地は擂鉢の底のような形態を成しているのである。
「山」が多ければ、必然的に「坂」も多いという事になり、結果的には「長崎の蝉」は「山に鳴き坂に鳴き」という理屈になるのである。
いささか四角張った解説をしてしまいましたが、如何でありましょうか?
〔返〕 熱風は山に囲まれ冷めもせず焼死者忽ち十五万人
(浜田市・田中由紀子)
〇 動くより動かぬ暑さありにけり
「動くより動かぬ暑さありにけり」とは、真然り、私は猛暑日には思い切って生田緑地まで足を運び、岡本太郎美術館を参観することに決めています。
〔返〕 動いても動かなくても暑いのだ
(富津市・三枝かずを)
〇 木蔭出て瑠璃の光となる揚羽
「木蔭出て瑠璃の光となる」と言うからには、作中の「揚羽」は定めし「紫揚羽蝶」でありましょう。
〔返〕 物蔭に居て輝かず揚羽蝶
(横浜市・松永朔風)
〇 物忘れ歳か病か秋思かな
「物忘れ」の原因は「歳」の所為か「病」かは定かでありませんが、この際はより文学的に「秋思」の所為としておきましょう!
〔返〕 朔風の激しき頃や物忘れ
(神戸市・岸田健)
〇 蜩の声は孤独に添ふ様に
カナカナカナカナカナと鳴く蜩はいつも私たち高齢者を孤独地獄の底に誘うのである。
〔返〕 蜩や隣家のおきな燈を点し
(東京都・丹羽ひろ子)
〇 汗を掻き戻る体調旅三日
旅先での暮らしも三日目ともなれば、「今日は少し足を延ばして大英博物館まで行って来よう」という次第にもなり、それと共に現地時間にも馴れ、併せて体調も回復するのでありましょう。
〔返〕 人間は汗を流して一人前
(伊万里市・田中南嶽)
〇 蝉時雨一気に鎮め山雨急
つい先刻まで耳に付いて離れなかった蜩の声が、山からの雨が激しくなるや急に止んでしまったのである。
〔返〕 紫陽花の彩り濃くて山雨急
(金沢市・高田俊彦)
〇 茫々とある妻の辺のたゞ涼し
妻との二人暮らしも友白髪を抱く頃ともなれば、常に茫々としたものになりがちである。
私の暮らしにはクーラーも扇風機も必要としない。
ただひたすらに「茫々とある妻の辺」に在ればこそ涼しい顔をして居られるのである。
〔返〕 茫々と風立つ午後や山頭火
(大阪市・友井正明)
〇 山の端を掠め闇切る夜這星
清少納言の著『枕草子』に「星は、すばる。彦星。夕づつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて・・・・」とある。
本句中の「夜這星」とは、「流れ星」の別名であり、本句の作者は、「流れ星が闇夜を真っ二つに切断するようにして輝いたかと思うと、忽ち山の端を掠めて消えて行った様を遠望して」本句を詠んだのでありましょう。
〔返〕 夜這とふ佳き習俗や隠れ里
(神戸市・日下徳一)
〇 知らぬ間に妻が後に遠花火
「暑さ凌ぎに、神戸港で揚がる遠花火でも見ようとして浴衣姿で庭に出ていたところ、何時の間にか年若い妻も亦、すっぴんぴんの顔して私の後ろに居たのである」といった意でありましょうか?
作者の日下徳一さんにしてみれば、すっぴん顔の若妻が可愛くて可愛くてならなかったのでありましょうよ!きっとよね!
〔返〕 愛妻の名は「江莉菜」とふ我の名は「日下徳一」釣り合ひ取れず
(芦屋市・酒井湧水)
〇 長崎の蝉山に鳴き坂に鳴き
長崎市は山と海とに囲まれ、市街地は擂鉢の底のような形態を成しているのである。
「山」が多ければ、必然的に「坂」も多いという事になり、結果的には「長崎の蝉」は「山に鳴き坂に鳴き」という理屈になるのである。
いささか四角張った解説をしてしまいましたが、如何でありましょうか?
〔返〕 熱風は山に囲まれ冷めもせず焼死者忽ち十五万人
(浜田市・田中由紀子)
〇 動くより動かぬ暑さありにけり
「動くより動かぬ暑さありにけり」とは、真然り、私は猛暑日には思い切って生田緑地まで足を運び、岡本太郎美術館を参観することに決めています。
〔返〕 動いても動かなくても暑いのだ
(富津市・三枝かずを)
〇 木蔭出て瑠璃の光となる揚羽
「木蔭出て瑠璃の光となる」と言うからには、作中の「揚羽」は定めし「紫揚羽蝶」でありましょう。
〔返〕 物蔭に居て輝かず揚羽蝶
(横浜市・松永朔風)
〇 物忘れ歳か病か秋思かな
「物忘れ」の原因は「歳」の所為か「病」かは定かでありませんが、この際はより文学的に「秋思」の所為としておきましょう!
〔返〕 朔風の激しき頃や物忘れ