臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

結社誌「かりん」9月号より(其のⅡ)

2016年10月08日 | 結社誌から
[作品 Ⅱ]

○  定年を待たずに辞める後輩が脱走ですよと晴れ晴れ笑う  (川崎)桝本英樹

 「定年を待たずに辞める後輩」とある以上は、その「後輩」は、あと数年で「定年」を迎えるぐらいの年齢であったに違いない。
 であるならば、件の「後輩」は、退職勧奨金がプラスされた退職金を元手にして〈ラーメン屋台〉でも開くつもりで退職したのかも知れませんね!
 それにしても、その彼が「晴れ晴れ笑う」とは、私・鳥羽省三としては、少し解せませんね?
[蔭の声] 件の後輩は、さる有望ベンチャー企業にヘッドハンティングされたのである。


○  口開けて少女の眠る昼電車奥に未処理の虫歯がひとつ  (野田)松澤龍一

 千葉県野田市にお住まいの松澤龍一さんよ!
 貴方は見てはならないものを見てしまったんですよ!
 貴方は、思わず知らずのうちに、この世の禁忌に触れてしまったんですよ!
 貴方が思わず知らずのうちに犯した罪が、将来、貴方の身の回りにどんな災いを齎すか?
 貴方ご自身や、貴方のご家族、そして、親戚や姻戚に如何なる祟りを齎すか、貴方ご自身知っていて、そんなつまらないミスを犯したんですか!
 中学生や高校生くらいの少女にとって、自分の寝顔を赤の他人から覗かれるのは、どれくらい恥ずかしいことなのか、貴方はご存じなんですか?
 ただの寝顔ならまだしも、「昼電車」で「口開けて」眠っている「少女」の「口未処理の虫歯がひとつ」在るなんて事を、赤の他人の中年男性から知られたとしたら、それは即ち、その「少女」が、汗臭い中年男性の貴方に処女膜を破られたと同じくらいの屈辱なんですよ!
 件の「少女」が苛まれている屈辱感の大きさを思えば、私・鳥羽省三は、嵐寛寿郎扮する〈怪傑黒頭巾〉にでもなって、貴方方、松澤家の者に復讐して遣りたいような気だってしますよ!
 覚えてらっしゃい!


○  生年の証明書無くとも買へました映画館のシルバーチケット  (小平)深澤祝子

 小平市の深澤祝子よ!
 その顔をして、何を惚けてらっしゃるんですか!
 貴女のその顔の皺を見れば、貴女がアラフォー世代なのか、曾孫の三人も居るお婆ちゃんなのか、一目瞭然ではありませんか!
 とぼけるのもいい加減にしなさいよ!


○  一間の畝に大根葉蒔き終へて晴耕雨読と言ふも侘しき  (北海道)佐藤 衛

 然り!
 全くその通りでありまして、私としては、一言もありません!
 でも、たった一言言わせていただきますと、二、三句目に「畝に大根葉蒔き終へて」とありますが、そのうちの「大根葉」の「葉」は無用ではありませんか!
 何故ならば、貴方は、たった「一間の畝」に「大根葉」を蒔いたんじゃなくて、「大根」そのものの種、即ち、秋大根の種を蒔いたんですから!


○  わたくしが私でなくなりたい時にウツボ見に行くドンキホーテの  (東京)光野律子
○  店先の水槽の筒にじっとしてウツボは笑みを浮かべておりぬ    (東京)光野律子

 「わたくしが私でなくなりたい時」に「ドンキホーテ」の「ウツボ見に行く」のは何故か?
 それは、件の「ウツボ」が、「ドンキホーテ」の「店先の水槽の筒にじっとして」居るばかりではなくて、「笑みを浮かべて」いるからである。」
 即ち、本作の作者は、「凹んでいる時の自分と『ドンキホーテ』の『店先の水槽の筒にじっとして』居る『ウツボ』との間に通い合う何かを見出しながら、それでも尚且つ『笑みを浮かべて』いる『ウツボ』に、生きて行く勇気を貰う事が出来ると思って居る」のである。 


○  鳥を見に幾度も通ひしヘリポート今オバマ氏が確かに降り立つ  (広島)楯田順子
○  妹を見舞ひにあるいは図書館へ馴染みの道をオバマ氏がゆく   (広島)楯田順子  

 引退の日を前にして、米国の大統領閣下「オバマ氏」の人気が、急上昇したとか。
 その人気者の「オバマ氏」が、本作の作者・楯田順子さんゆかりの「ヘリポート」に「降り立ち」、「妹を見舞ひにあるいは図書館へ」行く時の「馴染みの道」を歩いて「ゆく」とあらば、被爆地・広島の一市民としての楯田順子さんは、どんなにか興奮し感激したことでありましょう!
 米国大統領「オバマ氏」を迎えた広島市民・楯田順子さんの熱狂ぶりが、あますところなく伺われる二首である。 


○  黄泉の世界は知らぬけど夏来れば供える水に氷片落とす  (秋田)飛田正子

 私・鳥羽省三は、神も仏もその存在を全く信じてはおりません。
 だが、それでも尚且つ、信仰心の欠片ぐらいのものは持ち備えているのであり、その証しとして、我が家には、私と私の連れ合いの両方の両親などを祀る棚がありまして、その棚の遺影写真の前には、毎朝、毎朝、主として私の連れ合いが、夏は真水、それ以外の季節にはお茶をお供えしてるんです。
 で、それに就いて、この夏にふと気が付いたことなんですが、私の連れ合いは、夏季間にお供えする真水を入れた緑色をした清水焼のお茶碗に、真水と共に冷蔵庫から出した氷の欠片を一個入れてるんです!
 私としては、これには吃驚仰天してしまい、「死んでしまった者には、暑さ寒さなど関係ないじゃないか!」などと、つい、うっかりと心無い言葉を口にしてしまいました。
 この作品に接して、私は、「この世の中には、私の連れ合いと同じような気持ちを持っている優しい女性が居るんだなあ」と思うと共に、「あの時は悪いことをしたなあ」と改めて思いました。 
 就きましては、本作の作者・飛田正子さんありがとう。
 私の連れ合いよありがとう。
 秋田美人のお二人よ、真に、真にありがとうございます。


○  棚の上の『釣り吉三平』ポンと落ち渓流釣りに行こうと誘う  (秋田)飛田正子

 「秋田」と言えば、漫画通なら直ぐさま『釣り吉三平』と来る!
 なにしろ、『釣り吉三平』の作者・矢口高雄は、私たち、秋田県出身者のヒーローですからね!
 その『釣り吉三平』の漫画本が、本作の作者・飛田正子さんのお宅の本棚に何冊か置かれていたのであるが、何かの拍子に、その中の一冊が「ポン」と音を立てて板の間に落下した。
 その様子を掴まえて、「棚の上の『釣り吉三平』ポンと落ち渓流釣りに行こうと誘う」などと、洒落のめすとは、流石は学力検査日本一の秋田県民!


○  デパ地下はおばさんの街と思いしが近頃おじさんごろごろしてる  (秋田)飛田正子

 ところで、秋田市内に〈デパート〉と呼べる程の華やかな商業施設がありましたっけ?
 私の記憶しているところに拠ると、本金と西武が喧嘩別れをしてからは、秋田市内には〈デパート〉と呼ぶような商業施設が失くなった、と思われますが!
 そう、そう、たった今、思い出したんですが、そう言えば、かつての秋田市には、「木内百貨店」なる、小規模ながらも老舗を誇るデパートがあり、私も少年時代の遠足で出掛けたように記憶しています。
 その「木内百貨店」は一時閉店していたようにも思われるんですが、また新たな場所で開店したんですか?


○  「用のなき日の雨は好き」梅雨時に聞かされつづけし母の口ぐせ  (川崎)由良真喜子

 然り!
 「用のなき日の雨は」は、私・鳥羽省三も大好きです。
 こんなことを思いながら、私は、結社誌「かりん」の九月号の「作品Ⅱ」欄から選抜した秀作の鑑賞文を記しているのですが、今、現在、私の耳には我が家の屋根打つ雨音が聴こえます。
 この雨音は、周囲の静けさを乱す程のものではなく、ましてや、この雨音に因って、私の鑑賞文を書く意欲や速度が乱されるような事は、決して、決してありません。(なんちゃって、カッコ付けちゃったりしてさ!あほみたい)


○  樹を映せば風も映りし水張田を苗の太りて占めゆく緑  (神奈川)鈴木八重子

 「樹を映せば風も映りし水張田」という歌い出しの叙景がなかなか見事である。
 「水張田」に映った「樹」の揺れで以て、作者は「風」の存在に気づいたのでありましょうが、それと同時に、「風」が吹くと「水張田」の水面に皺が寄るので、「風」の存在を知ることが出来るのである。
 「苗の太りて占めゆく緑」という後半部の叙景から解るのは、本作の作者が、この地にほとんど毎日のように通い訪れている、ということである。
 或いは、件の「水張田」は、作者の午後の散歩道の途中に在るのかも知れません。 
 本作の作者は、田園地帯に訪れた初夏を、視覚と聴覚のみならず、触覚を含めた身体全体の感覚で感得しているのでありましょう。


○  清正の井戸の湧水とめどなくひかりとなりて菖蒲田に入る  (川崎)近藤けい子

 「清正の井戸」とは、明治神宮御苑内にあり、昨今は都内有数のパワースポットとして知られていて、多くの若者たちが訪れている。
 同じ御苑内の、「清正の井戸」から少し離れた所に「菖蒲田」が在るので、「清正の井戸」から溢れた「湧水」が「菖蒲田に入る」事も有り得ましょう。
 「とめどなくひかりとなりて」とした比喩が素晴らしい。
 

○  「入院にて新聞牛乳止めます」と独居の門にか細き貼り紙  (山形)石川りつ子

 甥が郷里の街で新聞販売店を経営してますが、「近頃は配達部数が次第に少なくなっている」とのことです。
 なにしろ、近頃の若者たちは、新聞なんか頼まれたって読みませんからね!


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