臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

一首を切り裂く(047:蒸・其のⅠ)

2010年12月02日 | 題詠blog短歌
(伊藤夏人)
○  順調に進み出したらお互いの欠点などを蒸し返そうね

 「お互いの欠点などを蒸し返」すのは、あくまでも「順調に進み出したら」の事である。
 未だ「順調に進み」出さないうちに「お互いの欠点などを蒸し返そう」ものなら、何もかもぶち壊しですからね。
 「順調に進み出し」てからの「欠点」の言い合いは、言わばナニする前のナニみたいなもので、かえって刺激的かもね。
  〔返〕 お互いにバツイチなこと蒸し返し彼ら夜通しハッスルしてる   鳥羽省三


(西中眞二郎)
○  蒸し暑き午後の眠りにやや疲れ夢に見るのは亡き人ばかり

 今年の夏は暑かったですからね。
 私も、毎日の日課としていた「午後の眠りに」「やや」以上に「疲れ」果て、「夢に見るのは亡き人ばかり」でした。
 全く以って同感の至りの一首でありました。
  〔返〕 出会う人少なくなりて別れ逝く人のみ多き今年の夏か   鳥羽省三
 今年の夏の暑い盛りに、敬愛する先輩<U・M先生>が冥界に旅立たれました。
 <U・M先生>には、公私共々何かにつけてもお世話になり、いろいろとご指導賜りましたので、今更ながらに、私自身の死期も遠くないことを思い知らされました。
 因って、此処に深く哀悼の意を表します。
  〔返〕 想ひ出す退職の際の訪れをフランスワイン五本空けにき   鳥羽省三
 

(晴流奏)
○  愛されて育った記憶母の味プロセスチーズを入れた蒸しパン

 「プロセスチーズを入れた蒸しパン」に「母」から「愛されて育った記憶」を思い起こすのは、極めて自然なことでありましょう。
 本作を読みながら、連れ合いの翔子に、「そう言えば、その昔、我が家でも『蒸しパン』をよく作ったっけなあ。具として入れたのは何だったろうか?」と話し掛けたら、「我が家の『蒸しパン』の定番は、干し葡萄と南瓜と薩摩芋とプロセスチーズであった」などと返す。
 「これでは、何が定番か判らないではありませんか?」と言いたかったのであるが、其処までは言いませんでした。
  〔返〕 定番はホウレン草と思い出す緑色した変な蒸しパン   鳥羽省三


(砂乃)
○  竹ひごを蒸気に当ててたわませてすいすいと義母は竹籠を編む

 これ亦、昔懐かしい一首である。
 今は亡き私の父は、「竹籠を編む」ことはしなかったが、アケビの蔓で編んだ籠を作っていた。
 その際も、確か材料にするアケビの蔓を、薬缶から吹き出る「蒸気に当てて」いたような気がする。
 ところで、この一首の表現に関して一言申し上げますと、韻律を整える為に、「竹ひごを蒸気に当ててたわませて義母はすいすい竹籠を編む」となさったら如何でありましょうか、とも思うのであるが、本作の作者・砂乃さんとしては、「竹ひごを蒸気に当ててたわませて義母はすいすい竹籠を編む」としてしまったら、あまりに「すいすいと」して、面白くないとお思いになられたので、四句目を殊更に字余り句となさったのでありましょうか?
  〔返〕 アケビ蔓しごいて籠を編む父の記憶もおぼろ古希の我には   鳥羽省三


(野州)
○  蒸けてゆく温泉饅頭見据えつつ敷石に降る雨に濡れたり

 伊香保温泉辺りでの雨の日の即詠でありましょうか?
  〔返〕 蒸し上がる餡饅肉饅無視無視し南京街をほっつき歩く   鳥羽省三


(如月綾)
○  じっくりと蒸留された極上のあたしをあなたひとりにあげる

 「じっくりと蒸留された」「あたし」とは、後厄を過ぎた「あたし」のことでありましょうかしらん?
 だとすれば、ぱんぱんに肉が張っていて「極上」の<鎌倉ハム>みたいかもね?
  〔返〕 後厄を二歳過ぎにし中古で何を今更ひとりにあげる?    鳥羽省三
      十人が毟り喰らったプリマハム残り一切れあなたにあげる    々


(揚巻)
○  垣間見た残像きえぬコンタクト蒸留水がひたひたにする

 目から外した「コンタクト」レンズに、直前に「垣間見た残像」が映っているとしたら、それは今様の怪談であり、情念というものでもありましょうか?
 その「垣間見た残像きえぬコンタクト」を「蒸留水がひたひたにする」としたら、その「蒸留水」には、どんなマーブル模様が描かれるのでありましょうか?
  〔返〕 揚巻は二枚貝の名髪型のあげまき描くマーブル模様   鳥羽省三


(中村成志)
○  中骨にわずかににじむ血の色よ蒸甘鯛の身は姉に似て

 一線を越えてはならぬ仲の陰湿な<姉弟愛>を思わせて、薄気味悪い一首と思われる。
 作者・中村成志さんは、どの線までご意識なさって居られるのでありましょうか?
  〔返〕 中骨にはつか滲める血の色を啜り啜りて甘鯛を食む   鳥羽省三
 隠微な境地を狙ったもので無ければ、せめてこの返歌のようにスマートに詠みたいものである。


(秋月あまね)
○  熱弁はやむこと知らず蒸しパンは虫のパンだとまことしやかに

 「蒸しパンは虫のパンだとまことしやかに」に言うに及んでは、「やむこと知らず」の「熱弁」も、いささか度が過ぎている。
  〔返〕 便箋は島から島へ通う船恋人同士の便りを乗せて   鳥羽省三


(青野ことり)
○  蒸し暑い路地を茶とらがのったりと歩く わたしは追い越せなくて

 なにせ<ことり>の脚力では、いくら「蒸し暑い路地を」「のったりと歩く」「茶とら」でも、決して「追い越せ」は出来ません。
 足を鍛えましょう、小鳥の図太い脚を。
  〔返〕 蒸し風呂に小一時間も入ったら脂肪が抜けて脚細くなる   鳥羽省三


(sh)
○  蒸しパンのような退屈膨らんでただ曖昧に薄らいでいく

 「蒸しパンのような退屈」という表現は、出色の直喩と思われる。
 そうした「退屈」が「膨らんでただ曖昧に薄らいでいく」という下の句の表現も宜しく、注目に値する作品である。
  〔返〕 揚げパンのような苦渋が滲み出て忍びも敢へず過ごせし夏よ   鳥羽省三


(新井蜜)
○  火にかけた蒸し器の中の唐芋の火傷しさうなきみが乳ふさ

 「きみが乳ふさ」を「火にかけた蒸し器の中の唐芋」に擬するような比喩は、小細工が過ぎて宜しくない。
 推敲の余地あり。
 いくら熱くても、そんな不細工な「乳ふさ」に何処の男性が触るだろうか?
  〔返〕 ティファールの蒸し器の中の餡饅の如き乳房の冷めも遣らずも   鳥羽省三


(佐藤紀子)
○  赤飯の蒸かしあがりて湯気白し 今日は双子が三歳になる

 上の句と下の句の間の一字空きは無用と思われるが、直前の新井蜜さんの作品と比較した時、「今日は双子が三歳になる」という、奇を衒わない下の句の表現に好感が持てる。
  〔返〕 赤飯はレトルト品で事足りぬ今日は祭日鎮守の杜の   鳥羽省三


(すくすく)
○  蒸し暑い夜は無理して眠らずに青いコアラの話をしよう

 「コアラ」を注意して観察したことはないが、「青いコアラ」って、果たして居るのかしら?
 おそらくは居ないだろうが、だとすれば、<すくすく>さんのこの一首は、見果てぬ真夏の夜の夢でありましょう。
  〔返〕 底冷えのするこの朝を着古しのコート羽織りて歌読む我は   鳥羽省三


(飯田和馬)
○  蜜蜂に蒸殺されゆく生き物の複眼に消えた入道雲

 科学的知識に乏しい私には解らないことではあるが、「蜜蜂」の大群は、他の「生き物」を囲んで「蒸殺」するのでありましょうか?
 本作は、その「蒸殺されゆく生き物」が「蒸殺されゆく」時に、わずかに覗かせた「複眼」に浮かんだ「入道雲」の「消えた」瞬間を詠っているのでありましょうか?
 だとすれば、なかなかに仕掛けに富んだ傑作である。
  〔返〕 紀香・美紀・眞由美の乳房に囲まれて蒸殺されたき我が想ひかな   鳥羽省三


(高松紗都子)
○  蒸すことは穏やかな熱をたもつことタジン鍋かこむ砂漠の民は

 「タジン鍋」と<他人丼>との違いを連れ合いに質問したら、「他人丼は私が亡くなった後のあなたが、一人淋しく場末の食堂でぼそぼそと食べる店屋物であり、『タジン鍋』は、昼夜の寒暖の差が激しい『砂漠の民』が、天幕の中で一族揃って『かこむ』温かい『鍋』である」という名回答が得られた。
 <門前の女房習わぬ問答を知る>。
 この教養ある妻を先立たせてはならないと思った評者である。
  〔返〕 蒸すことは蒸すのであるがこの頃はあまり匂わぬ私の放屁   鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
○  窓という窓の向こうに寝乱れた家族がいそうな蒸し暑い夜

 あの<脂肪の塊>ならぬ<教養と良識の塊>みたいな<五十嵐きよみ>さんが、とも思われる、悩ましい一首ではある。
  〔返〕 冬の夜は冬の夜なりに寝乱れて悩ましきかな脂肪のかたまり   鳥羽省三


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