(伊藤夏人)
○ 順調に進み出したらお互いの欠点などを蒸し返そうね
「お互いの欠点などを蒸し返」すのは、あくまでも「順調に進み出したら」の事である。
未だ「順調に進み」出さないうちに「お互いの欠点などを蒸し返そう」ものなら、何もかもぶち壊しですからね。
「順調に進み出し」てからの「欠点」の言い合いは、言わばナニする前のナニみたいなもので、かえって刺激的かもね。
〔返〕 お互いにバツイチなこと蒸し返し彼ら夜通しハッスルしてる 鳥羽省三
(西中眞二郎)
○ 蒸し暑き午後の眠りにやや疲れ夢に見るのは亡き人ばかり
今年の夏は暑かったですからね。
私も、毎日の日課としていた「午後の眠りに」「やや」以上に「疲れ」果て、「夢に見るのは亡き人ばかり」でした。
全く以って同感の至りの一首でありました。
〔返〕 出会う人少なくなりて別れ逝く人のみ多き今年の夏か 鳥羽省三
今年の夏の暑い盛りに、敬愛する先輩<U・M先生>が冥界に旅立たれました。
<U・M先生>には、公私共々何かにつけてもお世話になり、いろいろとご指導賜りましたので、今更ながらに、私自身の死期も遠くないことを思い知らされました。
因って、此処に深く哀悼の意を表します。
〔返〕 想ひ出す退職の際の訪れをフランスワイン五本空けにき 鳥羽省三
(晴流奏)
○ 愛されて育った記憶母の味プロセスチーズを入れた蒸しパン
「プロセスチーズを入れた蒸しパン」に「母」から「愛されて育った記憶」を思い起こすのは、極めて自然なことでありましょう。
本作を読みながら、連れ合いの翔子に、「そう言えば、その昔、我が家でも『蒸しパン』をよく作ったっけなあ。具として入れたのは何だったろうか?」と話し掛けたら、「我が家の『蒸しパン』の定番は、干し葡萄と南瓜と薩摩芋とプロセスチーズであった」などと返す。
「これでは、何が定番か判らないではありませんか?」と言いたかったのであるが、其処までは言いませんでした。
〔返〕 定番はホウレン草と思い出す緑色した変な蒸しパン 鳥羽省三
(砂乃)
○ 竹ひごを蒸気に当ててたわませてすいすいと義母は竹籠を編む
これ亦、昔懐かしい一首である。
今は亡き私の父は、「竹籠を編む」ことはしなかったが、アケビの蔓で編んだ籠を作っていた。
その際も、確か材料にするアケビの蔓を、薬缶から吹き出る「蒸気に当てて」いたような気がする。
ところで、この一首の表現に関して一言申し上げますと、韻律を整える為に、「竹ひごを蒸気に当ててたわませて義母はすいすい竹籠を編む」となさったら如何でありましょうか、とも思うのであるが、本作の作者・砂乃さんとしては、「竹ひごを蒸気に当ててたわませて義母はすいすい竹籠を編む」としてしまったら、あまりに「すいすいと」して、面白くないとお思いになられたので、四句目を殊更に字余り句となさったのでありましょうか?
〔返〕 アケビ蔓しごいて籠を編む父の記憶もおぼろ古希の我には 鳥羽省三
(野州)
○ 蒸けてゆく温泉饅頭見据えつつ敷石に降る雨に濡れたり
伊香保温泉辺りでの雨の日の即詠でありましょうか?
〔返〕 蒸し上がる餡饅肉饅無視無視し南京街をほっつき歩く 鳥羽省三
(如月綾)
○ じっくりと蒸留された極上のあたしをあなたひとりにあげる
「じっくりと蒸留された」「あたし」とは、後厄を過ぎた「あたし」のことでありましょうかしらん?
だとすれば、ぱんぱんに肉が張っていて「極上」の<鎌倉ハム>みたいかもね?
〔返〕 後厄を二歳過ぎにし中古で何を今更ひとりにあげる? 鳥羽省三
十人が毟り喰らったプリマハム残り一切れあなたにあげる 々
(揚巻)
○ 垣間見た残像きえぬコンタクト蒸留水がひたひたにする
目から外した「コンタクト」レンズに、直前に「垣間見た残像」が映っているとしたら、それは今様の怪談であり、情念というものでもありましょうか?
その「垣間見た残像きえぬコンタクト」を「蒸留水がひたひたにする」としたら、その「蒸留水」には、どんなマーブル模様が描かれるのでありましょうか?
〔返〕 揚巻は二枚貝の名髪型のあげまき描くマーブル模様 鳥羽省三
(中村成志)
○ 中骨にわずかににじむ血の色よ蒸甘鯛の身は姉に似て
一線を越えてはならぬ仲の陰湿な<姉弟愛>を思わせて、薄気味悪い一首と思われる。
作者・中村成志さんは、どの線までご意識なさって居られるのでありましょうか?
〔返〕 中骨にはつか滲める血の色を啜り啜りて甘鯛を食む 鳥羽省三
隠微な境地を狙ったもので無ければ、せめてこの返歌のようにスマートに詠みたいものである。
(秋月あまね)
○ 熱弁はやむこと知らず蒸しパンは虫のパンだとまことしやかに
「蒸しパンは虫のパンだとまことしやかに」に言うに及んでは、「やむこと知らず」の「熱弁」も、いささか度が過ぎている。
〔返〕 便箋は島から島へ通う船恋人同士の便りを乗せて 鳥羽省三
(青野ことり)
○ 蒸し暑い路地を茶とらがのったりと歩く わたしは追い越せなくて
なにせ<ことり>の脚力では、いくら「蒸し暑い路地を」「のったりと歩く」「茶とら」でも、決して「追い越せ」は出来ません。
足を鍛えましょう、小鳥の図太い脚を。
〔返〕 蒸し風呂に小一時間も入ったら脂肪が抜けて脚細くなる 鳥羽省三
(sh)
○ 蒸しパンのような退屈膨らんでただ曖昧に薄らいでいく
「蒸しパンのような退屈」という表現は、出色の直喩と思われる。
そうした「退屈」が「膨らんでただ曖昧に薄らいでいく」という下の句の表現も宜しく、注目に値する作品である。
〔返〕 揚げパンのような苦渋が滲み出て忍びも敢へず過ごせし夏よ 鳥羽省三
(新井蜜)
○ 火にかけた蒸し器の中の唐芋の火傷しさうなきみが乳ふさ
「きみが乳ふさ」を「火にかけた蒸し器の中の唐芋」に擬するような比喩は、小細工が過ぎて宜しくない。
推敲の余地あり。
いくら熱くても、そんな不細工な「乳ふさ」に何処の男性が触るだろうか?
〔返〕 ティファールの蒸し器の中の餡饅の如き乳房の冷めも遣らずも 鳥羽省三
(佐藤紀子)
○ 赤飯の蒸かしあがりて湯気白し 今日は双子が三歳になる
上の句と下の句の間の一字空きは無用と思われるが、直前の新井蜜さんの作品と比較した時、「今日は双子が三歳になる」という、奇を衒わない下の句の表現に好感が持てる。
〔返〕 赤飯はレトルト品で事足りぬ今日は祭日鎮守の杜の 鳥羽省三
(すくすく)
○ 蒸し暑い夜は無理して眠らずに青いコアラの話をしよう
「コアラ」を注意して観察したことはないが、「青いコアラ」って、果たして居るのかしら?
おそらくは居ないだろうが、だとすれば、<すくすく>さんのこの一首は、見果てぬ真夏の夜の夢でありましょう。
〔返〕 底冷えのするこの朝を着古しのコート羽織りて歌読む我は 鳥羽省三
(飯田和馬)
○ 蜜蜂に蒸殺されゆく生き物の複眼に消えた入道雲
科学的知識に乏しい私には解らないことではあるが、「蜜蜂」の大群は、他の「生き物」を囲んで「蒸殺」するのでありましょうか?
本作は、その「蒸殺されゆく生き物」が「蒸殺されゆく」時に、わずかに覗かせた「複眼」に浮かんだ「入道雲」の「消えた」瞬間を詠っているのでありましょうか?
だとすれば、なかなかに仕掛けに富んだ傑作である。
〔返〕 紀香・美紀・眞由美の乳房に囲まれて蒸殺されたき我が想ひかな 鳥羽省三
(高松紗都子)
○ 蒸すことは穏やかな熱をたもつことタジン鍋かこむ砂漠の民は
「タジン鍋」と<他人丼>との違いを連れ合いに質問したら、「他人丼は私が亡くなった後のあなたが、一人淋しく場末の食堂でぼそぼそと食べる店屋物であり、『タジン鍋』は、昼夜の寒暖の差が激しい『砂漠の民』が、天幕の中で一族揃って『かこむ』温かい『鍋』である」という名回答が得られた。
<門前の女房習わぬ問答を知る>。
この教養ある妻を先立たせてはならないと思った評者である。
〔返〕 蒸すことは蒸すのであるがこの頃はあまり匂わぬ私の放屁 鳥羽省三
(五十嵐きよみ)
○ 窓という窓の向こうに寝乱れた家族がいそうな蒸し暑い夜
あの<脂肪の塊>ならぬ<教養と良識の塊>みたいな<五十嵐きよみ>さんが、とも思われる、悩ましい一首ではある。
〔返〕 冬の夜は冬の夜なりに寝乱れて悩ましきかな脂肪のかたまり 鳥羽省三
○ 順調に進み出したらお互いの欠点などを蒸し返そうね
「お互いの欠点などを蒸し返」すのは、あくまでも「順調に進み出したら」の事である。
未だ「順調に進み」出さないうちに「お互いの欠点などを蒸し返そう」ものなら、何もかもぶち壊しですからね。
「順調に進み出し」てからの「欠点」の言い合いは、言わばナニする前のナニみたいなもので、かえって刺激的かもね。
〔返〕 お互いにバツイチなこと蒸し返し彼ら夜通しハッスルしてる 鳥羽省三
(西中眞二郎)
○ 蒸し暑き午後の眠りにやや疲れ夢に見るのは亡き人ばかり
今年の夏は暑かったですからね。
私も、毎日の日課としていた「午後の眠りに」「やや」以上に「疲れ」果て、「夢に見るのは亡き人ばかり」でした。
全く以って同感の至りの一首でありました。
〔返〕 出会う人少なくなりて別れ逝く人のみ多き今年の夏か 鳥羽省三
今年の夏の暑い盛りに、敬愛する先輩<U・M先生>が冥界に旅立たれました。
<U・M先生>には、公私共々何かにつけてもお世話になり、いろいろとご指導賜りましたので、今更ながらに、私自身の死期も遠くないことを思い知らされました。
因って、此処に深く哀悼の意を表します。
〔返〕 想ひ出す退職の際の訪れをフランスワイン五本空けにき 鳥羽省三
(晴流奏)
○ 愛されて育った記憶母の味プロセスチーズを入れた蒸しパン
「プロセスチーズを入れた蒸しパン」に「母」から「愛されて育った記憶」を思い起こすのは、極めて自然なことでありましょう。
本作を読みながら、連れ合いの翔子に、「そう言えば、その昔、我が家でも『蒸しパン』をよく作ったっけなあ。具として入れたのは何だったろうか?」と話し掛けたら、「我が家の『蒸しパン』の定番は、干し葡萄と南瓜と薩摩芋とプロセスチーズであった」などと返す。
「これでは、何が定番か判らないではありませんか?」と言いたかったのであるが、其処までは言いませんでした。
〔返〕 定番はホウレン草と思い出す緑色した変な蒸しパン 鳥羽省三
(砂乃)
○ 竹ひごを蒸気に当ててたわませてすいすいと義母は竹籠を編む
これ亦、昔懐かしい一首である。
今は亡き私の父は、「竹籠を編む」ことはしなかったが、アケビの蔓で編んだ籠を作っていた。
その際も、確か材料にするアケビの蔓を、薬缶から吹き出る「蒸気に当てて」いたような気がする。
ところで、この一首の表現に関して一言申し上げますと、韻律を整える為に、「竹ひごを蒸気に当ててたわませて義母はすいすい竹籠を編む」となさったら如何でありましょうか、とも思うのであるが、本作の作者・砂乃さんとしては、「竹ひごを蒸気に当ててたわませて義母はすいすい竹籠を編む」としてしまったら、あまりに「すいすいと」して、面白くないとお思いになられたので、四句目を殊更に字余り句となさったのでありましょうか?
〔返〕 アケビ蔓しごいて籠を編む父の記憶もおぼろ古希の我には 鳥羽省三
(野州)
○ 蒸けてゆく温泉饅頭見据えつつ敷石に降る雨に濡れたり
伊香保温泉辺りでの雨の日の即詠でありましょうか?
〔返〕 蒸し上がる餡饅肉饅無視無視し南京街をほっつき歩く 鳥羽省三
(如月綾)
○ じっくりと蒸留された極上のあたしをあなたひとりにあげる
「じっくりと蒸留された」「あたし」とは、後厄を過ぎた「あたし」のことでありましょうかしらん?
だとすれば、ぱんぱんに肉が張っていて「極上」の<鎌倉ハム>みたいかもね?
〔返〕 後厄を二歳過ぎにし中古で何を今更ひとりにあげる? 鳥羽省三
十人が毟り喰らったプリマハム残り一切れあなたにあげる 々
(揚巻)
○ 垣間見た残像きえぬコンタクト蒸留水がひたひたにする
目から外した「コンタクト」レンズに、直前に「垣間見た残像」が映っているとしたら、それは今様の怪談であり、情念というものでもありましょうか?
その「垣間見た残像きえぬコンタクト」を「蒸留水がひたひたにする」としたら、その「蒸留水」には、どんなマーブル模様が描かれるのでありましょうか?
〔返〕 揚巻は二枚貝の名髪型のあげまき描くマーブル模様 鳥羽省三
(中村成志)
○ 中骨にわずかににじむ血の色よ蒸甘鯛の身は姉に似て
一線を越えてはならぬ仲の陰湿な<姉弟愛>を思わせて、薄気味悪い一首と思われる。
作者・中村成志さんは、どの線までご意識なさって居られるのでありましょうか?
〔返〕 中骨にはつか滲める血の色を啜り啜りて甘鯛を食む 鳥羽省三
隠微な境地を狙ったもので無ければ、せめてこの返歌のようにスマートに詠みたいものである。
(秋月あまね)
○ 熱弁はやむこと知らず蒸しパンは虫のパンだとまことしやかに
「蒸しパンは虫のパンだとまことしやかに」に言うに及んでは、「やむこと知らず」の「熱弁」も、いささか度が過ぎている。
〔返〕 便箋は島から島へ通う船恋人同士の便りを乗せて 鳥羽省三
(青野ことり)
○ 蒸し暑い路地を茶とらがのったりと歩く わたしは追い越せなくて
なにせ<ことり>の脚力では、いくら「蒸し暑い路地を」「のったりと歩く」「茶とら」でも、決して「追い越せ」は出来ません。
足を鍛えましょう、小鳥の図太い脚を。
〔返〕 蒸し風呂に小一時間も入ったら脂肪が抜けて脚細くなる 鳥羽省三
(sh)
○ 蒸しパンのような退屈膨らんでただ曖昧に薄らいでいく
「蒸しパンのような退屈」という表現は、出色の直喩と思われる。
そうした「退屈」が「膨らんでただ曖昧に薄らいでいく」という下の句の表現も宜しく、注目に値する作品である。
〔返〕 揚げパンのような苦渋が滲み出て忍びも敢へず過ごせし夏よ 鳥羽省三
(新井蜜)
○ 火にかけた蒸し器の中の唐芋の火傷しさうなきみが乳ふさ
「きみが乳ふさ」を「火にかけた蒸し器の中の唐芋」に擬するような比喩は、小細工が過ぎて宜しくない。
推敲の余地あり。
いくら熱くても、そんな不細工な「乳ふさ」に何処の男性が触るだろうか?
〔返〕 ティファールの蒸し器の中の餡饅の如き乳房の冷めも遣らずも 鳥羽省三
(佐藤紀子)
○ 赤飯の蒸かしあがりて湯気白し 今日は双子が三歳になる
上の句と下の句の間の一字空きは無用と思われるが、直前の新井蜜さんの作品と比較した時、「今日は双子が三歳になる」という、奇を衒わない下の句の表現に好感が持てる。
〔返〕 赤飯はレトルト品で事足りぬ今日は祭日鎮守の杜の 鳥羽省三
(すくすく)
○ 蒸し暑い夜は無理して眠らずに青いコアラの話をしよう
「コアラ」を注意して観察したことはないが、「青いコアラ」って、果たして居るのかしら?
おそらくは居ないだろうが、だとすれば、<すくすく>さんのこの一首は、見果てぬ真夏の夜の夢でありましょう。
〔返〕 底冷えのするこの朝を着古しのコート羽織りて歌読む我は 鳥羽省三
(飯田和馬)
○ 蜜蜂に蒸殺されゆく生き物の複眼に消えた入道雲
科学的知識に乏しい私には解らないことではあるが、「蜜蜂」の大群は、他の「生き物」を囲んで「蒸殺」するのでありましょうか?
本作は、その「蒸殺されゆく生き物」が「蒸殺されゆく」時に、わずかに覗かせた「複眼」に浮かんだ「入道雲」の「消えた」瞬間を詠っているのでありましょうか?
だとすれば、なかなかに仕掛けに富んだ傑作である。
〔返〕 紀香・美紀・眞由美の乳房に囲まれて蒸殺されたき我が想ひかな 鳥羽省三
(高松紗都子)
○ 蒸すことは穏やかな熱をたもつことタジン鍋かこむ砂漠の民は
「タジン鍋」と<他人丼>との違いを連れ合いに質問したら、「他人丼は私が亡くなった後のあなたが、一人淋しく場末の食堂でぼそぼそと食べる店屋物であり、『タジン鍋』は、昼夜の寒暖の差が激しい『砂漠の民』が、天幕の中で一族揃って『かこむ』温かい『鍋』である」という名回答が得られた。
<門前の女房習わぬ問答を知る>。
この教養ある妻を先立たせてはならないと思った評者である。
〔返〕 蒸すことは蒸すのであるがこの頃はあまり匂わぬ私の放屁 鳥羽省三
(五十嵐きよみ)
○ 窓という窓の向こうに寝乱れた家族がいそうな蒸し暑い夜
あの<脂肪の塊>ならぬ<教養と良識の塊>みたいな<五十嵐きよみ>さんが、とも思われる、悩ましい一首ではある。
〔返〕 冬の夜は冬の夜なりに寝乱れて悩ましきかな脂肪のかたまり 鳥羽省三