(穂ノ木芽央)
○ 泣きもせず別れのことば受けとめつ白き蒸気がかくす停車場
「白き蒸気がかくす停車場」と、名画『ローマの休日』の向うを張って、巧みに仕上げたものである。
「白き蒸気がかくす」ものは、別れ行く二人のキスシーンばかりでは無く、熟年に達したヒロインの目尻の皺や顔の沁みでもありましょうか?
〔返〕 泣きもせず迷いもせずによく来たね靄に霞める別れの駅に 鳥羽省三
(山口朔子)
○ 蒸気あげ鳴り止まぬやかん風女子が気にはなりつつ終電に乗る
ケータイで遊び友達とでも話しているのか、「終電」の車内でけたたましく叫ぶ女性を、「蒸気あげ鳴り止まぬやかん風女子」としたのはそれなりに優れた着想であり、表現ではあるが、「やかん」に例えられるのが「女子」ならば、それは「やかん」とするよりも「ケトル」とした方が宜しかろうと思われるのである。
更に言えば、一見<字余り>風で韻律を気にしたくなるが、内在律が利いているので、韻律に格別な乱れは感じられない。
「やかん」を当世風に<ケトル>に置き替えたうえ、字句を少し整理して言えば、「蒸気噴き響き止まないケトル風女子を避けつつ終電に乗る」となりましょう。
この「終電」は、最近何かと話題に事欠かない<埼京線>の「終電」であり、「女子が気にはなりつつ」を「女子を避けつつ」と改めたのは、韻律を配慮したばかりでは無く、下手に「ケトル風女子」に近寄ったりしたら、場所が場所であり、時間も時間だから、痴漢か痴女に間違えられる恐れがあるからである。
〔返〕 湯気を上げしゃべりまくれるやかん風親父尻目にキャバクラを出づ 鳥羽省三
(じゃこ)
○ 蒸しパンが水に浮くのか沈むのか君が知りたいなら知りたいな
「蒸しパンが水に浮くのか沈むのか」という上の句はどうでも宜しく、一首全体の重量は、「君が知りたいなら知りたいな」という下の句に掛かっているのである。
即ち、本作は、主体性というものを爪の垢ほどにも持っていない腰抜け男の心境を詠んだ作品なのである。
〔返〕 出汁じゃこを買いに町田の富沢に君が行きたいなら行きたいな 鳥羽省三
(村木美月)
○ 灼熱の想いはいつか沸点を超えて蒸気となりゆくでしょう
かなり古風な発想であり、戦前戦後の毒っ気の無い歌謡曲を思わせる作品である。
〔返〕 灼熱のサハラ砂漠に陽は落ちて善男善女はモスクに集う 鳥羽省三
(蓮野 唯)
○ むしむしと蒸してる夜に虫が出て叫ぶ私を無視してる彼
年甲斐も無く、下手な<言葉遊び>に熱中している熟女・蓮野唯さんではある。
余りの下手さ加減に、一瞬、無視してしまおうかとも思ったのであるが、他ならぬ歌友・蓮野唯さんの御作であるから、敢えて駄弁を弄したのである。
〔返〕 無視無視と肉饅蒸してる中華街金が無いから無視して過ぎる 鳥羽省三
当地では、横浜名所の中華街の名店が、<ミシュラン>の<レストラン・ランク>から完全に黙視されたとして、話題となって居ります。
御地のご様子はいかがですか。
今年の柿は甘かったですか?
〔返〕 柿食えば想い出します蓮野唯さくさくさくと気さくな気性 鳥羽省三
(ともの)
○ 夏だねと冷やし中華をゆでる君 わたしは横で蒸し鶏を割く
「冷やし中華」に、割いた「蒸し鶏」は付き物ですからね。
将に夫唱婦随というところでありましょうか。
〔返〕 夏だねと庭で行水してる君覗かれないかと見張りする僕 鳥羽省三
(黒崎聡美)
○ おすすめは蒸し料理という居酒屋に恋から遠い三人で行く
「恋から遠い三人」と申しますと、武藤兵吉さんと離別した後の浅丘ルリ子さんと、未だ結婚も離婚もなさって居られないながらも歌唱力抜群の演歌歌手・島津亜矢さんと、そして三人目は、元・横綱審議会委員のあの方かしら。
このお三方がお揃いで、「おすすめは蒸し料理という居酒屋」にいらっしゃったら、無視出来ぬ程に蒸し蒸しすることでありましょう。
〔返〕 お奨めは寄り寄り寄りの一手にて琴奨菊は三役復帰 鳥羽省三
(お気楽堂)
○ 酒蒸しに使った酒がとっておきの吟醸だとは知らぬが仏
これは私も、かつてはよく遣られたことである。
でも、例え遣られたとしても、今の私なら、自分自身から「知らぬが仏」を決め込んで、文句一つ言わないに違いない。
〔返〕 花入れを尿瓶代わりに使うとはお釈迦様でもご存じあるまい 鳥羽省三
(伊倉ほたる)
○ アイロンの蒸気をあてる間違った折り目は正すただひたすらに
いっぱしの主婦を気取っていらっしゃるのでありましょうが、是また<詠まざるに如かざる>一首かと思われます。
〔返〕 恥の上またまた恥を塗り重ねいくら何でも蛍は飛べぬ 鳥羽省三
(今泉洋子)
○ 蒸し暑き闇に目覚めしあかときを方位感なく鵲の啼く
「鵲」は、スズメ目カラス科に分類される鳥類の一種であり、大正十二年三月七日に佐賀県の天然記念物に指定され、現在は同県の県鳥にもなっている。
一方、本作の作者・今泉洋子さんは、その「鵲」を県鳥としている佐賀県佐賀市にお住いになられる<さが無き>良妻賢母ではありますが、高い所なら電柱にでもアンテナにでも巣を架ける「鵲」と、案外何処かで通じる面がお有りなのかと、近頃の評者は密かに思っているのではあるが、そんな失礼なことは、例え口が裂けても決して申し上げないつもりなのである。
冗談はこれ位にして、本論に戻ります。
「本作は、お題<蒸>中の粋美とも申すべき傑作」と、不覚にも一瞬思いかけたのではありますが、よくよく考えてみますと、「蒸し暑き闇に目覚めしあかときを」という表現中の「あかとき」に難在り。
即ち、「あかとき」とは、「暁(あかつき)」の古形であり、「夜が明ける頃」「東の空が白み始める頃」を指して言う言葉であるから、厳密に申し上げると、先行する「闇」の一字と僅かながらも矛盾するのである。
将に、千慮の一失とも言うべきでありましょうか。
それはそれとして、「あかときを方位感なく鵲の啼く」という表現は、佐賀県在住者ならではの実感を伴った表現と思われ、感服の至りとも思われるのである。
試みに「闇」の一字、または、「あかとき」の四字を除いて改作させていただきますと、「蒸し暑き寝屋に目覚めしあかときを方位感なく鵲の啼く」或いは「蒸し暑き闇に目覚めし丑三つを方位感なく鵲の啼く」となりますが、今一つですね。
〔返〕 蒸し暑き厨の隅の笊のなか蜆一升身の性を侘ぶ 鳥羽省三
(注) 性=さが
(村上きわみ)
○ ふゆやさい蒸しております。泣くほどのことではないと思っています。
本作は、作者・村上きわみさんが、今は無きご母堂様に宛ててお書きになられた
お手紙の一部かと思われますが、お手紙の全文の掲載は割愛させていただきます。
「ふゆやさい蒸して」いる時に限らず、冬の暗い厨で、何かを調理している時には、「今は亡き母もまた、私と同じような年頃に、私と同じような思いを堪えながら、この暗い厨で調理して居たに違いない」と思って、泣けて来るのでありましょうか?
本作の作者は、そうした気持ちを堪えながら「泣くほどのことではないと思っています」などと、気丈めかした事を仰っては居られますが、心の底では、泣いているのでありましょう。
〔返〕 ボーナスを貰って来ました。喜んで居られる程の額では無いが。 鳥羽省三
(闇とBLUE)
○ 蒸し暑い日にエクレアを頬張ればすれちがう人笑う原宿
「原宿」族と言われる人種は、道を歩きながら、ケータイに耳を当てたり、何を食べているのかは判らないが、しきりに口をもぐもぐさせていたりしているのである。
そんな原宿でも、あの暑い盛りに「エクレアを頬張」ったりしていれば、「すれちがう人」は「笑う」に違いない。
〔返〕 アラスカの森でビールを飲んでます酒の肴は氷の天麩羅 鳥羽省三
(さくら♪)
○ 菜箸を揮う私の鼻歌は威風堂々蒸し上がるまで
「男子厨房に入るべからず」という格言も在りますが、妻の不在の折などに、その禁を冒して、キッチンの隅でインスタントラーメンを茹でたりしている時は、つい「鼻歌」の一つも歌いたくなり、また、手にしている「菜箸」をタクト代わりにして、オーケストラの指揮者気取りになったりするものである。
本作の作者の場合は、その際の演奏曲目が「威風堂々」だったのでありましょう。
本作の作者は、高校で「吹奏楽部」に所属していたのでありましょうか?
〔返〕 味見する小皿叩いて取る音頭彼のふるさと上州の八木
(夢雪)
○ 茶わん蒸し銀杏などを探してはわいわい話す旅館の食事 ...
一句目から二句目への渡りにやや難点が在ると思われる。
本作の作者の意図としては、「『茶わん蒸し』の中から『銀杏などを探してはわいわい話す旅館の食事』は、とても楽しい」といったところにありましょうが、字余りになることを恐れて「茶わん蒸し銀杏などを探しては」とした為に、その意図が充分に伝わらない恨みが在るのである。
〔返〕 銀杏を茶碗蒸しから見つけてはわいわい騒ぐ修学旅行 鳥羽省三
(のびたんか?)
○ 蒸し上げたかぼちゃは冬のあたたかい家族の色をしすぎていたね
「蒸し上げたかぼちゃ」は、確かに「冬のあたたかい家族の色」を「しすぎて」いますよね。
その発見と、大胆にして素朴な、その表現が素晴らしいのである。
〔返〕 蒸し上げた金時芋は俺の芋イモが芋食う妹(いも)持たぬまま 鳥羽省三
(田中ましろ)
○ しゅくしゅくと蒸散しゆく思いにて曇るガラスにさよならと描く
「しゅくしゅくと蒸散しゆく思いにて曇るガラス」に書いた「さよなら」の一語は、まさか遺書ではあるまい。
でも、「しゅくしゅくと蒸散しゆく思いにて」とあるのを見ると、少し疑わしくもなるのである。
〔返〕 粛々と祝いの言葉述べるごと暮れの掃除のガラス拭きをす 鳥羽省三
(久野はすみ)
○ 理髪店に蒸しタオルの匂い満ちている幸福はわりとあっさり終わる
「理髪店に」於いて、「蒸しタオル」を顔に掛けられ、その「匂い」の「満ちている」時は確かに<至福の時>という思いがするのであるが、そうした「幸福」感に満ちた時は「わりとあっさり終わる」のである。
〔返〕 蒸しタオルに顔包まれている時にふと感じたる至福の思い 鳥羽省三
○ 泣きもせず別れのことば受けとめつ白き蒸気がかくす停車場
「白き蒸気がかくす停車場」と、名画『ローマの休日』の向うを張って、巧みに仕上げたものである。
「白き蒸気がかくす」ものは、別れ行く二人のキスシーンばかりでは無く、熟年に達したヒロインの目尻の皺や顔の沁みでもありましょうか?
〔返〕 泣きもせず迷いもせずによく来たね靄に霞める別れの駅に 鳥羽省三
(山口朔子)
○ 蒸気あげ鳴り止まぬやかん風女子が気にはなりつつ終電に乗る
ケータイで遊び友達とでも話しているのか、「終電」の車内でけたたましく叫ぶ女性を、「蒸気あげ鳴り止まぬやかん風女子」としたのはそれなりに優れた着想であり、表現ではあるが、「やかん」に例えられるのが「女子」ならば、それは「やかん」とするよりも「ケトル」とした方が宜しかろうと思われるのである。
更に言えば、一見<字余り>風で韻律を気にしたくなるが、内在律が利いているので、韻律に格別な乱れは感じられない。
「やかん」を当世風に<ケトル>に置き替えたうえ、字句を少し整理して言えば、「蒸気噴き響き止まないケトル風女子を避けつつ終電に乗る」となりましょう。
この「終電」は、最近何かと話題に事欠かない<埼京線>の「終電」であり、「女子が気にはなりつつ」を「女子を避けつつ」と改めたのは、韻律を配慮したばかりでは無く、下手に「ケトル風女子」に近寄ったりしたら、場所が場所であり、時間も時間だから、痴漢か痴女に間違えられる恐れがあるからである。
〔返〕 湯気を上げしゃべりまくれるやかん風親父尻目にキャバクラを出づ 鳥羽省三
(じゃこ)
○ 蒸しパンが水に浮くのか沈むのか君が知りたいなら知りたいな
「蒸しパンが水に浮くのか沈むのか」という上の句はどうでも宜しく、一首全体の重量は、「君が知りたいなら知りたいな」という下の句に掛かっているのである。
即ち、本作は、主体性というものを爪の垢ほどにも持っていない腰抜け男の心境を詠んだ作品なのである。
〔返〕 出汁じゃこを買いに町田の富沢に君が行きたいなら行きたいな 鳥羽省三
(村木美月)
○ 灼熱の想いはいつか沸点を超えて蒸気となりゆくでしょう
かなり古風な発想であり、戦前戦後の毒っ気の無い歌謡曲を思わせる作品である。
〔返〕 灼熱のサハラ砂漠に陽は落ちて善男善女はモスクに集う 鳥羽省三
(蓮野 唯)
○ むしむしと蒸してる夜に虫が出て叫ぶ私を無視してる彼
年甲斐も無く、下手な<言葉遊び>に熱中している熟女・蓮野唯さんではある。
余りの下手さ加減に、一瞬、無視してしまおうかとも思ったのであるが、他ならぬ歌友・蓮野唯さんの御作であるから、敢えて駄弁を弄したのである。
〔返〕 無視無視と肉饅蒸してる中華街金が無いから無視して過ぎる 鳥羽省三
当地では、横浜名所の中華街の名店が、<ミシュラン>の<レストラン・ランク>から完全に黙視されたとして、話題となって居ります。
御地のご様子はいかがですか。
今年の柿は甘かったですか?
〔返〕 柿食えば想い出します蓮野唯さくさくさくと気さくな気性 鳥羽省三
(ともの)
○ 夏だねと冷やし中華をゆでる君 わたしは横で蒸し鶏を割く
「冷やし中華」に、割いた「蒸し鶏」は付き物ですからね。
将に夫唱婦随というところでありましょうか。
〔返〕 夏だねと庭で行水してる君覗かれないかと見張りする僕 鳥羽省三
(黒崎聡美)
○ おすすめは蒸し料理という居酒屋に恋から遠い三人で行く
「恋から遠い三人」と申しますと、武藤兵吉さんと離別した後の浅丘ルリ子さんと、未だ結婚も離婚もなさって居られないながらも歌唱力抜群の演歌歌手・島津亜矢さんと、そして三人目は、元・横綱審議会委員のあの方かしら。
このお三方がお揃いで、「おすすめは蒸し料理という居酒屋」にいらっしゃったら、無視出来ぬ程に蒸し蒸しすることでありましょう。
〔返〕 お奨めは寄り寄り寄りの一手にて琴奨菊は三役復帰 鳥羽省三
(お気楽堂)
○ 酒蒸しに使った酒がとっておきの吟醸だとは知らぬが仏
これは私も、かつてはよく遣られたことである。
でも、例え遣られたとしても、今の私なら、自分自身から「知らぬが仏」を決め込んで、文句一つ言わないに違いない。
〔返〕 花入れを尿瓶代わりに使うとはお釈迦様でもご存じあるまい 鳥羽省三
(伊倉ほたる)
○ アイロンの蒸気をあてる間違った折り目は正すただひたすらに
いっぱしの主婦を気取っていらっしゃるのでありましょうが、是また<詠まざるに如かざる>一首かと思われます。
〔返〕 恥の上またまた恥を塗り重ねいくら何でも蛍は飛べぬ 鳥羽省三
(今泉洋子)
○ 蒸し暑き闇に目覚めしあかときを方位感なく鵲の啼く
「鵲」は、スズメ目カラス科に分類される鳥類の一種であり、大正十二年三月七日に佐賀県の天然記念物に指定され、現在は同県の県鳥にもなっている。
一方、本作の作者・今泉洋子さんは、その「鵲」を県鳥としている佐賀県佐賀市にお住いになられる<さが無き>良妻賢母ではありますが、高い所なら電柱にでもアンテナにでも巣を架ける「鵲」と、案外何処かで通じる面がお有りなのかと、近頃の評者は密かに思っているのではあるが、そんな失礼なことは、例え口が裂けても決して申し上げないつもりなのである。
冗談はこれ位にして、本論に戻ります。
「本作は、お題<蒸>中の粋美とも申すべき傑作」と、不覚にも一瞬思いかけたのではありますが、よくよく考えてみますと、「蒸し暑き闇に目覚めしあかときを」という表現中の「あかとき」に難在り。
即ち、「あかとき」とは、「暁(あかつき)」の古形であり、「夜が明ける頃」「東の空が白み始める頃」を指して言う言葉であるから、厳密に申し上げると、先行する「闇」の一字と僅かながらも矛盾するのである。
将に、千慮の一失とも言うべきでありましょうか。
それはそれとして、「あかときを方位感なく鵲の啼く」という表現は、佐賀県在住者ならではの実感を伴った表現と思われ、感服の至りとも思われるのである。
試みに「闇」の一字、または、「あかとき」の四字を除いて改作させていただきますと、「蒸し暑き寝屋に目覚めしあかときを方位感なく鵲の啼く」或いは「蒸し暑き闇に目覚めし丑三つを方位感なく鵲の啼く」となりますが、今一つですね。
〔返〕 蒸し暑き厨の隅の笊のなか蜆一升身の性を侘ぶ 鳥羽省三
(注) 性=さが
(村上きわみ)
○ ふゆやさい蒸しております。泣くほどのことではないと思っています。
本作は、作者・村上きわみさんが、今は無きご母堂様に宛ててお書きになられた
お手紙の一部かと思われますが、お手紙の全文の掲載は割愛させていただきます。
「ふゆやさい蒸して」いる時に限らず、冬の暗い厨で、何かを調理している時には、「今は亡き母もまた、私と同じような年頃に、私と同じような思いを堪えながら、この暗い厨で調理して居たに違いない」と思って、泣けて来るのでありましょうか?
本作の作者は、そうした気持ちを堪えながら「泣くほどのことではないと思っています」などと、気丈めかした事を仰っては居られますが、心の底では、泣いているのでありましょう。
〔返〕 ボーナスを貰って来ました。喜んで居られる程の額では無いが。 鳥羽省三
(闇とBLUE)
○ 蒸し暑い日にエクレアを頬張ればすれちがう人笑う原宿
「原宿」族と言われる人種は、道を歩きながら、ケータイに耳を当てたり、何を食べているのかは判らないが、しきりに口をもぐもぐさせていたりしているのである。
そんな原宿でも、あの暑い盛りに「エクレアを頬張」ったりしていれば、「すれちがう人」は「笑う」に違いない。
〔返〕 アラスカの森でビールを飲んでます酒の肴は氷の天麩羅 鳥羽省三
(さくら♪)
○ 菜箸を揮う私の鼻歌は威風堂々蒸し上がるまで
「男子厨房に入るべからず」という格言も在りますが、妻の不在の折などに、その禁を冒して、キッチンの隅でインスタントラーメンを茹でたりしている時は、つい「鼻歌」の一つも歌いたくなり、また、手にしている「菜箸」をタクト代わりにして、オーケストラの指揮者気取りになったりするものである。
本作の作者の場合は、その際の演奏曲目が「威風堂々」だったのでありましょう。
本作の作者は、高校で「吹奏楽部」に所属していたのでありましょうか?
〔返〕 味見する小皿叩いて取る音頭彼のふるさと上州の八木
(夢雪)
○ 茶わん蒸し銀杏などを探してはわいわい話す旅館の食事 ...
一句目から二句目への渡りにやや難点が在ると思われる。
本作の作者の意図としては、「『茶わん蒸し』の中から『銀杏などを探してはわいわい話す旅館の食事』は、とても楽しい」といったところにありましょうが、字余りになることを恐れて「茶わん蒸し銀杏などを探しては」とした為に、その意図が充分に伝わらない恨みが在るのである。
〔返〕 銀杏を茶碗蒸しから見つけてはわいわい騒ぐ修学旅行 鳥羽省三
(のびたんか?)
○ 蒸し上げたかぼちゃは冬のあたたかい家族の色をしすぎていたね
「蒸し上げたかぼちゃ」は、確かに「冬のあたたかい家族の色」を「しすぎて」いますよね。
その発見と、大胆にして素朴な、その表現が素晴らしいのである。
〔返〕 蒸し上げた金時芋は俺の芋イモが芋食う妹(いも)持たぬまま 鳥羽省三
(田中ましろ)
○ しゅくしゅくと蒸散しゆく思いにて曇るガラスにさよならと描く
「しゅくしゅくと蒸散しゆく思いにて曇るガラス」に書いた「さよなら」の一語は、まさか遺書ではあるまい。
でも、「しゅくしゅくと蒸散しゆく思いにて」とあるのを見ると、少し疑わしくもなるのである。
〔返〕 粛々と祝いの言葉述べるごと暮れの掃除のガラス拭きをす 鳥羽省三
(久野はすみ)
○ 理髪店に蒸しタオルの匂い満ちている幸福はわりとあっさり終わる
「理髪店に」於いて、「蒸しタオル」を顔に掛けられ、その「匂い」の「満ちている」時は確かに<至福の時>という思いがするのであるが、そうした「幸福」感に満ちた時は「わりとあっさり終わる」のである。
〔返〕 蒸しタオルに顔包まれている時にふと感じたる至福の思い 鳥羽省三