臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日俳壇から(11月10日掲載・其のⅡ・決定版)

2013年11月14日 | 題詠blog短歌
[長谷川櫂選]

(横浜市・林勝洋)
〇  一夜にて荒野になりぬ秋出水

 フィリピンのレイテ島或いは伊豆大島での直接体験に基づいての旅行詠でありましょうか?
 それならば宜しいのであるが、仮に、横浜市にお住いの方が「一夜にて荒野になりぬ秋出水」とお詠みになったとしたならば、いかにも臨場感に欠けた措辞と斥けられ、大袈裟な身振りだけが目立つ作品である、と評される場面も在りましょう。
 〔返〕  一夜にて元の木阿弥粟島の瀬戸内国際芸術祭果つ


(伊万里市・萩原豊彦)
〇  露の世に泣いて生まれて赤ん坊

 「露の世に⇒泣いて⇒生まれて⇒赤ん坊」との、語句の運びの軽快さが見事な一句であるが、それとは裏腹に、題材となっている事実は、厳粛にしてあまりにも赤裸々な出来事である。
 「産まれる」とは、あくまでも受け身の行為であり、産まれて来る国も時代も家庭も母親も父親も、選んで「産まれて」来ることが出来ないのである。
 〔返〕  芋の葉に露と生まれて風に散り蒸発せむもおらが生涯


(調布市・長岡貝郎)
〇  芋の葉の露三粒にも四粒にも

 「芋の葉」に置く「露」は、たとえ「三粒」であっても「四粒」であっても、夕べを待たないで消え行く宿命でありましょう。
 そうした厳粛なる事実さえも御存じならないでなのか、本句の作者・長岡貝郎さんは、「三粒にも四粒にも」見える「芋の葉の露」に感動の眼差しを向けているのでありましょうか?
 〔返〕  芋の露連山影を正しうしそれでも尚且つ夕べを待たず


(日野市・山本碩一)
〇  どこ迄を薬といふか温め酒

 飲む者によりけりではありますが、私の場合は、一日三合ぐらいは「薬」と心得て居ります。
 〔返〕  どこ迄の息災ならむ通販の皇潤飲んでる八千草薫
      B反市のCMなどに出て居たが島倉千代子の死こそ泣かせる
      「出前一丁、食べて下さい!」と叫んでたが島倉千代子の死こそ哀れ


(東京都・井原三郎)
〇  さつきまで亡き妻のゐし夜長かな

 「そう、その通りです。嘘でも幻でもありません。ついさっきまで、すぐ其処に居て、長年連れ添った私と一緒に、秋の夜長の艶話をしていたのです」とは、懸命にお話なされるのではありますが・・・・・・・・。
 独り身の「夜長」の侘しさの果てに夢見た幻視が題材となっているのでありましょうか?
 〔返〕  さっきまで鳴いてた鴉が鳴き止んで権兵衛種蒔けゃ穿り返す


(島原市・中川萩坊子)
〇  空といふ大ふところに秋の雲

 真っ青に晴れ上がった秋空こそは、まさしく「大ふところ」と言えましょう。
 その「大ふところ」の青空に「秋の雲」が浮かんでいる雄大な風景を彷彿とさせる一句である。
 〔返〕  漂ひて雲仙岳の向かふまで大ふところに抱かれし雲

 
(今治市・横田青天子)
〇  作りたる人の気性や木の実独楽

 直ぐにずっこけるのやら、澄んでいつまでも廻るのやら、その出来栄えはいろいろ様々でありましょう。
 また、その形も、ずんぐりむっくりで頭でっかちのやら、胴長でスマートのやら、とりどりでありましょう。
 そのいずれにしろ、「木の実独楽」という玩具は、「作りたる人の気性」そのままに作られているのである。
 〔返〕  独り身の叔父の造りし木の実独楽造りし叔父を悼みて廻る  


(たつの市・竹内澄子)
〇  温め酒父と呼ぶ人もう在らず

 何処にもかしこにも亡き人ばかりが満ち満ちているのである。
 本句の作者・竹内澄子さんは、事もあろうに、女だてらに父の仏前に胡坐をかいて、「温め酒」を嗜んでいるのでありましょうか?
 〔返〕  名産のヒガシマル醤油に山葵添へ温め酒など墓前で飲まむ


(門真市・奥中渓水)
〇  老い二人力あはせて柿簾

 柿の木は折れ易いから、高齢者にとっては、先ず捥ぐのが大変である。
 無事に捥ぎ終えたとしても、その後の処置、即ち「皮剥き」、「串刺し」、母屋の二階の軒下での「天日干し」と、これ亦なかなか厄介な仕事ばかりが待っているのである。
 そういう次第でありますから、「老い二人力あはせて柿簾」とは、まさしく実感のこもった一句と言えましょう。
 〔返〕  ずるずると皮を剥いても老い二人誰に見せよう子や孫別居


(いわき市・馬目空)
〇  肉体が心を思ふ夜寒かな

 「肉体が心を思ふ」とは、本末転倒も甚だしい。
 即ち「肉体」が才女を欲してむずむずするから、それに従って「心」が才女に対して恋情を抱くに至るのである。
 否、話題となっているのは、才女に対する恋情では無くて、「夜寒」でありました。
 それならば、先刻の評言は取り消させていただきます。
 〔返〕  赤とんぼ夜寒に遭ったら冷たかろ才女の襟巻掛けてやろうか


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